第109話 Side Story コスプレ声優の心象 後編
「ただいま戻りました~!」
事務所の扉を開けて、いつも通りの挨拶。
私の後ろからは苦笑いを浮かべつつ柏木さんとティアさんがついてきている。
「お帰り! 愛ちゃんすっかり元気が戻ったねぇ。やっぱりイケメンがそばにいると違うねぇ」
石崎さんがそうからかうように笑って言う。
「ち、違いますよぉ! こ、この子が可愛くて、ですね」
私は胸に抱いたタマちゃんを少し持ち上げながら、石崎さんの言葉を否定する。
ティアさんが連れている真っ白なアルマジロのタマちゃん。
身体の外側部分は鱗のようなもので覆われているけど、意外とフニョフニョと柔らかくて、お腹側はフサフサの毛が生えている。お目々はつぶらで鼻もヒクヒク。
尋常じゃなく可愛いのだ。
アルマジロってテレビでしか見たことがなかったけど、その時はそれほど可愛いとも思っていなかった。穴の中から引きずり出されて丸焼きにされてたし。
その映像で出てたアルマジロよりも色は綺麗だしシッポも短いから別の種類なのかもしれないけど、こっちの言葉も理解してるっぽいし、クッキーが大好きみたいで食べる姿もとってもラブリー!
仕事先でも最早誰よりも人気を博している。特に女性陣はメロメロなのよ。
「そりゃ良いけど、イケメン全否定されて崩れ落ちてる男の子のフォローもしてやんなよ」
「え? あぁ! えっと、そういう意味じゃなくて、その、柏木さんは可愛いとかじゃなくて、カッコよくて、あの」
私の必死のフォローに柏木さんは『冗談だって』と苦笑いしてる。
「んじゃ、俺とティアは金井さんと打ち合わせするから」
ワタワタと慌てる私に軽く手を振って、柏木さんは金井さんと面談室に入っていった。タマちゃんも連れていかれちゃったし。
むぅ、何か最近妙に軽くあしらわれてる気がする。
ついこの間、柏木さんが私を家まで送った後に襲われたとか言ってたけど、何故かそれから柏木さんの機嫌が良い。襲われて機嫌が良くなるとか、どんななの?
何かストーカーのことで進展でもあったのかな?
3日ほど前、収録のためにテレビ局に行ったときにいきなり金井さんから『今いる楽屋で柏木さんとラブシーンの演技して』って無茶ぶりがあった。
後から聞いたところ、どうもその楽屋に盗撮用のカメラが設置されていたらしく、犯人をあぶり出すために必要だったんだとか。
なので、乏しい恋愛経験と声優としての膨大なそういったシーンの経験値を総動員してなんとか不自然じゃない演技ができたと思う。
でも柏木さんは慣れてない感じで、その顔がちょっと可愛かった。勢いでキスまでしようとしたけど、それはティアさんに声をかけられて未遂に終わった。ちょっと残念。
でも私もつい『セフレでも良い』とかとんでもないことまで口走ってたし、いや~、アレは無いわ。
「あ、愛ちゃん、その、あれからどう? あの柏木って人がついてるけど、もう大丈夫じゃない?」
千葉さんがそう言って柏木さんが入っていった面談室の扉に目をやる。
「それはちょっと私にはわからないです。それに、私も柏木さんがそばにいると心強いので」
「そ、そう? でもさぁ、愛ちゃんはアイドル活動もしてるんだし、変な噂が立つのも問題だしさ。それにあの柏木って人、2人も女の人を連れてるのに別に彼女いるんでしょ? 女癖悪すぎじゃない?」
千葉さんのその言い方にちょっとムッとする。
普段千葉さんはこんなトゲのある言い方しないのにどうしたんだろ? どっちかというとこういうのは大和田さんが厳しくて、千葉さんは宥めるほうなのに。
その大和田さんはまだ柏木さんに対して距離は置いてるけど、特に何も言ってこない。それなりに信用しているんだと思う。金井さんから何か言われてるのかもしれないけど。
「スケジュールをなんとか調整して、彼じゃなくて僕か大和田が送迎できるようにしようと思うんだ」
「でもそれじゃこの間みたいなことがあったときに危ないですよね」
「彼の代わりに女の子がついてるときもあるんだから一緒じゃないか!」
どうしたんだろ? 今日の千葉さんは妙に頑なだ。
ティアさんもレイリアさんもそれなりに腕が立つって話は千葉さんも聞いてるはずなのに、そんなに心配なんだろうか。
その気持ちは嬉しいけど、さすがにこっちの都合で無理に柏木さんにお願いしたのに、解決もしてないのに辞めてもらうなんてできるはずないのに。
「お待たせ。こっちは終わったから、御堂さんに何もなければ送るよ」
千葉さんと微妙な雰囲気になっていると打ち合わせを終えたらしい柏木さんがそんな空気を無視するように声をかけてきた。
「あ、はい。私は特にないのですぐに出られます。それじゃ、千葉さん、お疲れ様です」
「…………」
「愛ちゃん、お疲れ様~。送り狼になっちゃダメよ」
「それ、なんで私に言うんですか?! 普通逆ですよ!」
これから車に乗るのに変に意識しちゃうじゃない。
ティアさんは面白そうにクスクス笑ってるし。
ティアさんの頭に乗っていたタマちゃんを奪い返してギュッと抱きしめ頬を膨らませながら事務所を出た。
「それで、社長との打ち合わせってなんだったんですか?」
事務所の車に乗り込み、発進するのを待ってから気になったことを聞いてみる。
だって柏木さんと金井社長が打ち合わせるなんて、例のストーカー絡みしか考えられないし。
「ああ、探偵さんの話だと大分対象を絞れてきたらしいから、この際一気に炙り出したらどうかって話。この間の、その、あれ、えっと、収録の楽屋でやったみたいな芝居を、盗撮とか盗聴をしてそうな場所で何度かしてみて、いっそのこと暴発させたら手っ取り早いんじゃないかと思ってさ」
途中物凄く言いづらそうだったのは、あのマジキス寸前までいった告白イベントのことね。
……柏木さん、彼女いるって話だけど、結構ウブなの? ひょっとして逆転チャンスあり? いや、でもなぁ、修羅場はちょっと……。
「えっと、暴発させるって、大丈夫なんですか? 危ないこととか」
「そいつは大丈夫。御堂さんの安全は絶対に確保するから。できるだけ早めにケリつけたいし、直接的に何か仕掛けてくれたほうが捕まえたときに言い逃れできないうえに実刑くらわせやすいし。捕まえても罰金刑だけだと安心できないでしょ?」
柏木さんはごく当たり前のように断言する。
いったいこの自信はどこからくるんだろ? 虚勢を張ってる感じもしないし緊張してる様子もない。相手がどんな手を使ってきても私に危害が加わることなく解決できると確信してるかのよう。
絶対にこの人普通の大学生じゃないよね? 予知能力があるとか超能力が使えるとか実は何年も戦場で戦ってきた凄腕の傭兵だったとか言われても普通に納得できそう。それどころか実は前世で別の世界でSランク冒険者だったとか言われても信じるわ。あと、魔王を倒した勇者とか……は、ちょっとイメージ違うか。
「この間のは盗撮用のカメラがあったんですよね? だったらお芝居するならもう『深い関係』になった感じでやってみたら良いんじゃないですか?」
思いきって私から提案してみる。
せっかくなのでこの機会に柏木さんとのなんちゃって恋人ごっこを楽しんでも罰は当たらないだろう。
ベッドシーンまではちょっとアレだけど、腕を組んだりハグしたりくらいなら役得で良いじゃない。何せ、コスプレ趣味のせいでろくに彼氏もできないんだから。
かといってオタク仲間たちはちょっと鼻息荒すぎてコワいし。
「えっと、いいの? あんまり無理はさせるつもりはないし、嫌だったらちょっと匂わすくらいでも良いんだけど」
「嫌じゃないです! あ、でも、エッチなお触りとかはダメですけど」
私の中の狼さんが飢えに耐えかねて出てきたら困るもんね。
「し、しない、しない! いや、マジで変なことしないから!」
むぅ、そこまで拒否されるとマジでへこむんですけど? いっそのこと誘惑しちゃおうかしらん。
そんなこんなで2週間。
収録の楽屋だったり送迎の車の中だったり事務所の中だったりと、いろんな場所でたっぷりと柏木さんとイチャイチャした。
最初は金井社長や柏木さんの合図で演技を開始してたんだけど、やっぱり急にだと不自然になることもあるので、できるだけ一緒にいるときは恋人感を出すようにした。
初めのうちは柏木さんに私が触れたり、腕を組んだり抱きついたりすると照れて挙動不審になったりして可愛かったのに、ここ最近は慣れてしまって堂々としていて簡単にあしらわれるのがちょっと悔しい。
やっぱり彼女がいるリア充は対応力が高い。
結構良い雰囲気になりかけたりもするんだけど、もうちょっと踏み込もうとするとティアさんやレイリアさんが絶妙なタイミングで邪魔をしてくる。
それに、疑似恋人関係はとても楽しかったんだけど、ちょっと切ない。やっぱり良いよなぁ、柏木さん。
金井社長以外の事務所の人はすっかり私と柏木さんが付き合いだしたって思い込んでるし。ストーカーを炙り出すための演技だったなんて言いづらい。
いつものように柏木さんに自宅まで迎えに来てもらい、まずは事務所で打ち合わせ。その後は収録場所まで車で移動だ。
今日はレイリアさんとティアさん、2人とも一緒に来ている。
タマちゃんも定位置であるティアさんの頭にしがみついてるので、車に乗り込むなりバッグからバタークッキーを取り出すとモソモソと私の膝の上に移動してきた。
手からクッキーを両手(両前足?)で受け取ると嬉しそうにちょっとずつ囓る。
うん、可愛い。
運転はいつも通り柏木さん。普段あまり車は運転しないらしいけど、バイクに乗っているせいなのか安心感のある運転をしてくれるのでなんの不安もなくティアさんとおしゃべりをしている。
移動すること1時間でロケ現場に到着。
潰れたのか、ちょっと不気味な感じの廃工場だ。撮影スタッフの車が数台門を入ったところに止まっているし、スタッフも忙しそうに工場内へ出入りしているのでちょっと安心する。
というか、撮影じゃなきゃ絶対に近寄りたくないよね。
社長に言って怪奇特番とかの仕事は絶対に入れないように頼んでおこう。
まだ昼間で明るくてもこんなに怖いのに夜中に肝試しロケとか心臓止まるわ。
そんな、場所的には不本意きわまりないけど、収録の内容は
「御堂さん、今日もお願いねぇ~。んじゃ段取り決めちゃおうか」
プロデューサーさんに挨拶した後は早速お仕事開始。
簡単なリハーサルとカメラテスト、振付師の先生を交えて動きを確認していく。
その後はひたすら音楽に合わせて歌い踊るの繰り返しだ。何度も何度も位置やライティング、動きを変えながら撮影していく。
何度目かの休憩を挟みつつ、ようやく夕方の撮影が終わる。
工場内の片隅に設けられた休憩スペースに戻ると柏木さんが見当たらない。
あれ? 休憩で戻るたびに『お疲れ様』と笑顔で迎えてくれるのに、ちょっと拍子抜けっていうか、寂しい。
レイリアさんに聞いてみると所用で外しているとか。まぁ、撮影スタッフが沢山いるここなら安全だし、問題ないのかな? 所用って、トイレかな?
とはいえ、せっかくなのでレイリアさんに柏木さんのことを聞いてみたのだけど、何も教えてくれなかった。う~ん、何か秘密がありそうな感じ。
ティアさんは柏木さんが頼りになることを強調していたけど、それは、うん、知ってる。
そんな話をしていたら、急にレイリアさんが低い声でティアさんに声をかける。
ティアさんも真剣な表情だ。なに? どうしたの?
2人が工場の入口に視線を向けたので私もそちらを見る。
と、意外な人が入ってきた。
「お疲れ様で~す。あ、愛ちゃん、良かった」
「千葉さん?! どうしたんですか?」
普段事務所にいるはずの千葉さんがどうして現場に? 何か急なことでもあったんだろうか?
慌てて椅子から立ち上がり、駆け寄ろうとした私の肩をティアさんが掴んで引き留めた。見ればレイリアさんは千葉さんの前に立ちはだかるようにしている。
え? なに? これ?
「動かないでいてください。あの人がミドウさんを狙っていたストーカーです」
困惑する私にティアさんが衝撃的な一言を告げる。
千葉さんがストーカー? いや、だって、千葉さんは私が声優としてデビューできるきっかけを作ってくれた人で、いつも穏やかでそんなそぶりは欠片も……。
改めて千葉さんを見た途端、私の背筋がゾワッと粟立つ。
あの目、イベントの時に舞台に上ってきた刃物男の目と同じだ。
足が凍り付いたように固まり、身体が震えてくる。
そんな私をよそに千葉さんとレイリアさんが一言二言言葉を交わし、千葉さんが苛ついたように舌打ちして、持っていた鞄から何かを取り出して天井に向けた。
乾いた炸裂音が響き、ガラスの破片が周囲に落ちてくる。
幸い私たちのところには飛んでこなかったけど、周りのスタッフから悲鳴が聞こえた。
拳銃?! なんかオモチャっぽいけど、確かに弾丸が発射された、紛れもない凶器。
ど、ど、どうしよう?! いくらなんでもこれは反則! レイリアさんたちは確かに強そうだけど拳銃には当たり前だけど勝てるわけがない。
柏木さんは? いや、いくら柏木さんでも無理だ。それにこの場にはいないし、いても来てほしくない。でも……。
そんな内心の葛藤で何一つできない私の前で、拳銃がレイリアさんに向けられ、発砲音が響くと同時にレイリアさんが拾ったらしい角材を一閃。
へ? え? あれ? え゛ぇぇ~!!
さらに数回の発砲音と角材を振るうレイリアさん。
…………何コレ? 弾丸を打ち落とした? レイリアさんって、五○衛門? 不二子ちゃんみたいに私はなりたい、じゃなくて、どうなってるの~?!
目の前の光景に私がパニックになっている間に、どこからか現れた柏木さんによって千葉さんは拘束された。
近くにはいなかったはずなのに一瞬で千葉さんの横に現れたこととか、平然と拳銃を奪い取ってそれを見ながら片手間に千葉さんに関節技極めてたこととか、そんな状況にもかかわらずのほほんとレイリアさんやティアさんと会話していたこととかは、今は置いておこう。
ツッコんじゃいけないと私の本能が絶叫している。だから、それは良い。
けど!
柏木さんに言われて、金井社長に事の次第を電話連絡してから戻ったときの千葉さんの変化が異常すぎる。
私が千葉さんたちのところから離れたのはほんの1、2分。その間に失神していた千葉さんが目を覚ましたのはわかる。
それから、私に対していきなり大声で土下座謝罪したのも、まぁ、理解できないでもない。
それでも、私の顔を見るなり目をそらしてチワワみたいにブルブル震えだしたのは完全に理解を超えている。
ブツブツと小声で『お、女の人怖い、もうやだ、早く刑務所入りたい』とかつぶやいてるし。
怖いよ! いったいこの短時間に何が起こったの?!
柏木さんに聞いたら苦笑いしつつ目をそらし『ちょっと説教を……』とか言ってたけど、絶対、違うよね?!
「つ、疲れた……」
私は事務所のミーティングルームの椅子に崩れ落ちて突っ伏す。
「お疲れさん。詳しい話は……明日にした方が良さそうだな」
金井社長がちょっと笑いながら言う。
金井さんが悪いわけじゃないんだけど、イラッとくる。
あの後、ほどなくして大量の警察官が廃工場にやってきた。すぐに始まる現場検証と事情聴取。
それ自体は2時間ほどで終了したのだけど、てっきり中止になるかと思った収録がスケジュール等の大人の事情で再開された。
それから3時間近く撮影は続けられ、最早ほとんど声も出ないくらいに疲れ果てた私がようやく修羅と化したプロデューサーから解放されたのはすでに日付が変わる寸前だった。
しかも、捜査がある程度進んだ段階で、また事情聴取があるらしい。柏木さんたちもさすがにお疲れの様子だ。
私が撮影を進めている間に色々と細かく聞かれたらしい。
まぁ、今回の事件解決の立役者だから仕方ないよね。
今は私の前でのんびりとコーヒー飲んでるけど。ティアさんはホットミルク、レイリアさんはどこから調達したのかチョコレートパフェを片手に。
「さて、それじゃストーカーも無事捕まったことだし、そろそろ俺たちもお役御免ですね」
え? あ! そうだった!
疲れで鈍っていた私の頭が一気に覚醒する。
もともとストーカーが捕まるまでという条件で私のボディーガードをしてくれていたんだった。
契約では解決は別の人たちのはずだったんだけど、それはともかく、確かにこれ以上続けてもらう理由がない。
途端に私の胸にヒヤリとした何かが流れて、言葉を出せなくなる。
「うん、まぁ、そうなんだけど、念のために御堂が受けていた被害がすべて千葉が行なったことだと確認できるまでもう少し続けてくれるかい?」
「あぁ、そうですね。確かに。了解です」
「多分、警察の取り調べで3、4日ではっきりするんじゃないかな? それまでもう少しお願い。まぁ、今日聞いた話の範囲でもほぼ間違いないだろうから、多少は気楽に構えてもらっても大丈夫だと思うよ」
金井さんが私の表情を見て追加した言葉に、柏木さんは頷いた。頷いてくれた。
ちょっとホッとする。
けど、そうだよね、もうすぐ一緒にはいられなくなるんだよね。
それから3日。
私の受けていたストーカー被害、盗聴や盗撮、行動の監視がすべて千葉さんによるものであることが警察の取り調べと私の記憶やメール、SNSの履歴で確認が取れた。
そして、同時にそれは柏木さんのボディーガードの期間の終わりを意味していて、とうとう今日の仕事終了をもって契約は完了する。
いつも通り、声優としてアフレコの収録を終えて事務所に戻る。
移動は恒例となっていた事務所の車だ。
「えっと、今日まで本当にありがとうございました。イベントで助けてもらってから、私の無理を聞いてもらって、その、柏木さんにそばにいてもらって、すごく安心できて、いっつも助けてもらってばっかりで、私は何もお返しできてないんだけど、あの」
一言だけお礼を言いたかったのに、口にした途端に訳のわからない言葉が次々に出てくる。
ヤバい。泣きそう。
「仕事として受けただけだから気にしないで良いっすよ。それに、気がつかなかったとはいえ、夏冬のイベントで何度も会ってる知り合いが変な奴の被害に遭ってるのに何もしなかったら逆に精神的にキツいんで」
そう言って柏木さんは笑う。
いつもの頼もしい笑顔じゃなくて、ちょっと照れたような困ったような笑み。
「ご苦労様でした。無理を聞いてくれて助かったよ。やってくれたことと比較すると申し訳ないくらいのお礼しかできないんだが受け取ってくれ」
金井社長が柏木さんたちに今回の依頼の謝礼を渡す。
「うむ、主殿、帰りにパフェを食ってから帰ろうぞ」
レイリアさんは最初に会ったときからまったくブレない。っていうか、一日にいくつパフェ食べれば気がすむんですか?
「わ、私も楽しかったです。あと、DVDとか原画とかサインとか一杯もらって、こっちこそありがとうございました」
「キュウ!」
ティアさんが頭を下げ、そこにしがみついていたタマちゃんも真似してコクコクとクビを縦に振る。
そういえば金井社長が倉庫に保管してた所属声優の出演作のDVDを大量にお土産とか言って持たせてたっけ。他にも現場で色々もらってたみたいだし。
「こちらこそ、あんまり縁のない業界を見れて楽しかったです。時給にしてみたら結構割が良いバイトでしたし」
「アレを割が良いとか言える君らは大概だと思うけどね。本音としてはこんなことはもう御免だけど、また何かあったら力を貸してくれると助かるよ。それに、時々は遊びに来てくれ」
金井社長の言葉に笑って頷き、柏木さんは差し出された手を強く握った。
柏木さんが私に向き直る。
鼓動が跳ね上がる。
3日経ったことで私も少し落ち着き、柏木さんがボディーガードを終了することの不安は抜けた。
とは言っても、私の仕事に柏木さんがついてきてくれていたここ数週間にすっかり馴染んでしまっていたので、寂しいという気持ちは強い。
それでも、最後はキッチリと締めなきゃ女がすたる。帰りの車の中ではグダグダだったし。
「今日まで本当にありがとうございました」
「無事に解決できて良かったよ。また何かあったら遠慮なしに連絡してよ」
深々と頭を下げた私は、柏木さんが笑顔での言葉にしっかりと頷いて、さらに一歩前に出る。
「御堂さん? ふぁ、ブっ」
柏木さんの戸惑ったような言葉を私の唇で塞ぐ。
「んなぁ?!」
「みゃ~!!」
ふっふっふ。
ついにしちゃった。
レイリアさんとティアさんが驚いた声を上げるが、最後なんだし、これくらいは良いでしょ?
結局、柏木さんの彼女さんには会えなかったから、ちょっと気にはなるけど、諦めるにはちょっと時間が必要そう。
なので、ちょっとだけ。
またね。
私の勇者様。
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