第108話 Side Story コスプレ声優の心象 前編

「はぁ~……」

 私は控え室の鏡の前で思わず、といった感じで溜め息をもらした。

 といっても別に自分の顔に悲観したわけじゃない。というか、顔はそれなりに気に入ってるのだ。結構可愛いとか言われることも多いし、そんなに悪くないとは思っている。

 スタイルだって自分の趣味のためにもキッチリ管理しているので、我ながら割と良い線いってると思う。

 服装は……今日のイベントのためにアニメキャラと同じ衣装なのがちょっと、いや、冷静になると結構恥ずかしいけど、まぁ、コスプレはいつものことなので、これも大丈夫。

 溜め息の理由は、今日のお仕事のことでも自分の身体的なものでもなくて、ここのところ自分をおそっている出来事のせいだ。

 

「どうしたのよ、盛大に溜め息ついて。これからイベント始まるってのにそんな辛気くさい顔してちゃダメじゃん」

 今日の共演者の女性がそう言って私の肩を叩く。

 言葉の内容はきつく聞こえるが、微笑みながら励ますように言われているので申し訳なく思う。

「あ、アレ、まだ捕まらないの?」

「アレって、愛ちゃんどうかしたの?」

「なんか、ストーカーに付きまとわれてるんだって。あ、姿見せたことないから付きまとうってのとは違うのかな? でも、愛のこと監視してるみたいなメールやら手紙やらが届くんだっけ?」

 友人でもある別の共演者、由香里ちゃんが私に声を掛けてきた女性にそう説明する。

 そうなのだ。

 1年くらい前から時々私のSNSのアカウントやメールに変なメッセージが届くようになった。時には直接家の郵便受けに手紙が入っていたこともある。

 その内容は、私の食事内容についてだったり、私服の露出が多いことであったり、趣味でやっているコスプレのことであったりと、普通のファンでは知りようのないことを指摘するものだったのだ。

 そのくせ後をつけ回したりといった直接的な接触は何もない。はっきり言って気味が悪い。

 

 一応、事務所の社長には相談した。そしたら社長はすぐにストーカー対策に詳しい探偵に依頼してくれたのが心強い。

 芸能事務所の中にはタレントなんて消耗品としか考えてないところもあるって聞くけど、うちの事務所は所属タレントを凄く大事にしてくれるので感謝している。

 のだけど、やっぱり解決しないことには不安は無くならないし、何より気が滅入るのだ。

「何、愛ちゃんストーカーに狙われてんの? 俺も経験あるけど、きっついよねぇ~。この業界、よくある話しだけどさぁ。でも充分気を付けた方が良いよ? なんなら俺が送り迎えとかしてあげようか?」

「うっわ、ここぞとばかりにつけ込む気満々! そっちのほうが危なそ~。あ、でも斉木さんのストーカーってガチムチのゲイって話じゃなかったでしたっけ?」

 近くで話を聞きつけたらしい声優の斉木さんの発言に由香里ちゃんがツッコム。

 嫌なことを思い出したらしい斉木さんが『うぎゃ~!』とか言いながら頭を抱えていた。

 いつもながら明るくて賑やかな声優仲間たちだ。

 その雰囲気に引き摺られて私の気分もようやく上に向いてくれた。

 

「お~い、そろそろ時間だよ。簡単にリハやってから、すぐに開場だから」

「「「は~い!」」」

「おっしゃ! んじゃ、今日もよろしく~!!」

 今回の企画のプロデューサー、青木さんが呼びに来て、みんなで返事をする。

 今日は私たちが声優として参加しているスマートフォン用オンラインゲームのアニメ化をプロモーションするイベント。

 主要キャストの一部の声優とアニメの監督さん、6人と司会のタレントさんで進行する。

 後半には私を含めた声優陣によるミニライブもある。

 最近の若手声優は声の仕事だけじゃなくて、アイドルとかタレント活動もしなきゃならないのだ。

 まぁ、見てもらうのも好きなので、ある意味天職かもね。

 

 

 イベントは順調にプログラムを消化して、ミニライブが始まった。

 ミニとはいってもアニメ用の主題歌をはじめとしてゲームの歌などもあり10曲ほどを私たち声優が歌っていく。

 そして終盤、私のソロの曲が始まったときにそれは起こった。

 舞台の右側(舞台からだと左側)で観客が近寄らないように配置されていた警備員がこちらまで聞こえるほどの叫び声を上げて1人の観客から距離を取った。

 そしてその観客が舞台に上がってくる。手には大きなナイフ? 鉈みたいに分厚くて日本刀みたいに尖っているドスみたいなものを持っている。

 あまりに現実感の無い光景に、私はバカみたいにボウッと立ちすくんでいた。

 男が私をジッと見据える。その視線にゾワッと全身に鳥肌が立つ。

 ゆっくりとした足取りで男が私に近づき、ナイフを振り上げる。

 逃げなきゃ、でも身体が動かない。

 照明を反射してギラつくナイフから目が離せないまま、ああ、ここで死ぬのか、もっとしたいこと沢山あるのに、夏のイベント用に作ってる衣装もまだ途中だし、彼氏だって欲しいのに。

 最期の瞬間って、スローモーションみたいに感じられるのって本当だわ。周りの風景がすごくゆっくりに見える。

 白刃が私に当たると思った瞬間、グッと私の身体が何かに包まれ、瞬間移動したみたいに男が離れた。

 

 は?!

 何が起こったのかわからず、視線を動かすとすぐ目の前に銀色の髪で大きなサングラスをした男の人の顔があった。

「え? あれ? あの」

 思わず間抜けな声が出る。

 このキャラは確か、ゲームにもアニメにも登場する『リューガ』というキャラだよね?

 でも今回のイベントには担当する声優さんが40代後半なので見た目的にイメージが違うので参加していない。だって、リューガはクールな二枚目設定なのにご本人はちょっと小太りで少し頭頂部が、いえ、なんでもない。

 それはどうでもいいとして、目の前にいる人はゲームのリューガがそのまま出てきたような雰囲気のイケメンさん。……顔半分見えないけど。

 えっと、これはいったい、どゆこと?

 しかもなにやら身体が浮遊感。脚、地面についてないし。

 これは女の子の憧れ、お姫様抱っこでは?

 私が状況を把握できずにボヘッとしているうちに、刃物男はさらに目茶苦茶にナイフを振り回してくるのが視界の隅に映る。

 思わず身を固くしてしまったが、私を抱き上げたリューガ(仮)は流れるような動作で危なげなく躱していった。

 やだ、カッコイイ。

 

「あ、あの、貴方はいったい」

 先程までとは違う意味での緊張に身を縮ませながら、ようやくそう問いかけることができた。

 すると、彼は私の耳元に唇を近づけて囁く。

 あまりのシチュエーションに私の乙女回路がビンビンに反応しかけるがなんとか堪える。

「イベントを続けて。今なら誰も怪我してない。大丈夫だから」

 低い、でも作ったような声で彼はそう言った。

 はて、確かに声音は意識して変えているようだけど、どことなく聞いたことのあるような声な気がする。

 いけない、今はこんなことを考えている場合じゃない。

 どうやらこの人はイベントを続けさせたいようだ。私としてもそのほうが良いのは確かだ。だって、お仕事だし。

 あの刃物男の目的もこのリューガ(仮)が私を助ける理由もわからないけど、そもそもこれがリアルなのか私たちには知らされていない演出なのか(さすがにあの目は演出じゃないと思うが)はわからないけど、とりあえず今はやるべきことをやろう。

 

「り、リューガ、貴方が何故? !」

 私は急いで呼吸を整えてキャラ用の声を出す。

 その声を聞くと彼は刃物男から一跳びで距離を取ると私を降ろし、男に対峙する。

 お姫様抱っこが終了してちょっと残念だけど、私は彼の行動を無駄にしないように演技を続ける。

「おおっとぉ! 別の仕事で来られなかったはずのリューガがフィーナを救ったぁ!」

「リューガ、殺してはダメよ! 彼は操られているだけなの!」

 斉木さんと由香里ちゃんがすかさず演技に乗ってくる。ここら辺の呼吸はさすがだ。

 それからはあっという間だった。

 リューガ(仮)の腕にバチバチと稲妻が纏わり付いたかと思うと刃物男が舞台袖まで吹き飛び、呆気にとられるうちに彼も姿を消してしまった。

 私はなんとか今の一幕を演出にするべくリューガコールを煽る。

 その後は監督が予定通りって感じのコメントを入れて、最後に声優陣全員でアニメ版のエンディング曲を歌ってイベントは終了した。

 

 緞帳が下りて舞台袖から私たちが引っ込むと、額に青筋立てた舞台責任者が立ちはだかっていた。

「監督さ~ん? さっきの演出、何? 俺、聞いてないんすけど?! マジギレしていいっすよね?!」

「ちょ、ちょっと待って! 俺も知らないって! 青木さん、どうなってるんですか?」

「ぼ、僕はやってないって! てっきり藤本監督のサプライズかと」

 イベントの内容に干渉できる責任者3人が誰も知らないって、となると、やっぱりアレは。

「あの~、さっきのリューガのコスプレした人が『警察呼ぶように』って言って、ナイフ男を結束バンドで拘束していったんですけど……」

 裏方作業をしていたスタッフの人が遠慮がちに会話に割り込む。

「「「…………マジ?」」」

 一瞬無言になり、顔を見合わせた3人がスタッフに確認する。

「マジです」

「ちょっ、ホンモンじゃねーか! け、ケーサツ呼べ! 119番!」

「お約束のボケかましてる場合か! さっきのリューガどこ行った?! 探せ!!」

「ほら! やっぱり俺のせいじゃないじゃん」

「「うるせーよ!!」」

 しばらくその場が混乱した。

 

「ホントに大丈夫? 無理しなくても良いんじゃない?」

「ん、大丈夫。原作ゲームのクリエイターさんだし、それに私個人的にも知らない人じゃないから」

 由香里ちゃんが心配してくれるが、お偉方3人の狼狽えぶりを見てたら気持ちも落ち着いてきたから平気。

 それに、これから会う予定のゲームクリエイターである斎藤さんは、『特撮工房』ってサークルの代表で夏冬のイベントでも何度か会ったことのある顔見知りだ。

 もっともイベントではコスプレイヤー『エリカ』と名乗ってるので、声優『御堂愛』とは知らないとは思うけど、せっかく私の大ファンだという友人を連れてきてくれるのなら会うほうが良いだろう。特撮工房にはちょっと格好いいコスプレイヤーがいるし。何より一度約束したんだから、どうしようもない場合以外は果たしたい。

 

 刃物男は警察にドナドナされていった。

 もしあの人が私の監視をしていたストーカーならこれで万事解決ってことになる、かもしれない。

 今は残った数人の警察の人がイベントの警備担当や会場スタッフから聞き取りをしているらしいし、私たちも面談が終わってから事情聴取に応じる予定。

 約束の時間になり、斎藤さんと3人の男女が控え室にやってきた。

 1人は私のファンだという、中学生の女の子。ショートボブですごく可愛らしい。

 1人は茶色い髪でくりくりした目の大きなビックリするくらいの美少女! いいなぁ、コスプレとか似合いそう。

 最後は男性。背が高く、全身が引き締まった精悍な感じの人で、あ、いつもイベントで会うコスプレイヤーの人だ。

 素顔をちゃんと見るのは考えてみれば初めてだけど、それなりに整った顔も悪くないけど、何よりその雰囲気が凄い。うん、イケメンだわ!

 

 最初は私のことを心配してこの面談に消極的だった声優仲間たちも思わぬ美少女&イケメンの登場にテンション爆上がりでファンサービスに勤しんでいる。

 サインや写真、キャラ声でのトークはともかく、ハグや口説き文句はやり過ぎだ。

 もちろん斉木さんが亜由美ちゃんとティアさんに近づくのは女性陣が全力で阻止した。

 柏木さんともせっかくなので色々と話をしてみた。イベント会場ではあんまり話す機会って無いしね。けど、やっぱり初対面って感じの受け答え。まぁ、これはしょうがないかな?

 ただ、何度か声を聞くたびに違和感というか、引っかかる感じが私の中に出てくる。そしてそれは由香里ちゃんと彼が話すのを少し離れた位置から見て確信に変わった。

 彼だ。舞台上で私を助けてくれたリューガのコスプレした人は。

 

 

 

 警察の事情聴取も終わり、迎えに来てくれた大和田さんの車で事務所まで帰ってきた。

「愛ちゃん! 大丈夫なの? 怪我は?」

「い、石崎さん、大丈夫です。その、く、苦しい」

 事務所の事務系全般を担っている石崎さんが私の顔を見るなり駆け寄ってきて、ギュウッと抱きしめてきた。

 石崎さんは恰幅がよく、なかなか力が強い。男の子3人を育て上げた豪快な肝っ玉母さんなのだが、少々感情表現が豊かで力強いスキンシップが受け止めるのに大変。

 嬉しくないわけじゃないけどできれば私はイケメンに優しく抱きとめられたい。

「連絡を貰って心配したよ。でも無事で良かった」

 続いて声をかけてきたのは千葉さん。私がまだ声優養成学校に通ってたときにこの事務所にスカウトされるきっかけを作ってくれた人。

「お帰り。疲れてるとは思うけど、とにかく詳しい話を聞かせて」

 最後に迎えてくれたのが社長の金井さん。

 電話で簡単に事情は話しておいた。けど、当然詳しい話はまだだ。

 私は金井さんに連れられて奥の面談室に移動し、イベントでの出来事を話し始めた。

 

「そう、か、うん、わかった。とにかく怪我がなくて良かった」

「はい。ご心配おかけしました」

「愛ちゃんに非がないのはわかってるから気にしないで良いよ。ただ、さっき警察の人に聞いたんだけど、乱入の犯人が御堂へのストーカー行為は否認してるらしいんだ。取り調べをしている人の印象だと嘘は言っていないようだって」

 一通り話を聞いた金井さんがそう言って沈鬱そうにため息を吐いた。

 これで万事解決とはいかないらしい。ちょっとショック。

「となると、さすがに何か手を打っておいたほうが良いだろうね。今回の襲撃犯とストーカー別の人間だとすると、これまで通りに直接的には何もしてこないかもしれないけど、これをきっかけに何か行動を起こすかもしれないし」

 考えれば考えるほど憂鬱になってくるわね。

「それで、その、今日助けてくれた人、その柏木って人に間違いないんだね?」

「はい。本人も認めましたし、声とか体格とか間違いないと思います」

 柏木さんには口止めされているけど、立場上社長には事情を話した。事務所の他の人には話さないようにお願いをして。

 

「藤本さんからイベントの動画をまわしてもらって見たけど、何やってる人なの? ちょっと尋常じゃないんだけど」

 あ、それは私も事情聴取の合間に見せてもらった。確かに何か、殺陣を見てるみたいですごく余裕そうだった。

「大学生って言ってました。確か、今3年生のはずです」

 最初に会ったのが4年前で、その時大学受験の話をしてたから、うん、間違いないはず。……留年とかしてなければ。

「だったら……」

 そう前置きして、金井さんは彼が都合の良い間だけでもボディーガードとして頼めないかと言ってきた。

 できれば私を今までのように1人で行動させるのではなく、送り迎えとか万一の場合に護衛をつけたいけど、事務所の人間はそれぞれする仕事があるからずっとは難しい。かといってプロに頼むのは期間が明確じゃない分費用が物凄いことになるから避けたい。もちろん、誰もいなければ背に腹はかえられないが、と。

 私は少し考える。

 今のままじゃ私も不安だし、正直言って今日の出来事は思い出しても足が震えてくるぐらい怖かった。

 

 柏木さんは、うん、怖くない。というか物凄く頼りになりそうだし、柏木さんに助けてもらうのは今日が初めてじゃない。

 夏冬のイベントは時折変な人、というか何か勘違いしたろくでもないのが来ることがある。

 以前イベントでコスプレをしているときにそういった人に絡まれて困っている時に助けてくれたことがある。最初はレッ○キングだったっけ? それについこの間、冬のイベントでも古い仮○ライダーの格好で助けてくれたっけ。

 ……考えてみれば助けてもらってばっかだ、私。

 結局、一度話をしてみて、引き受けてくれるようならお願いすることにした。

 せっかくの縁だからと連絡先を聞いておいて良かった。

 自宅へ帰ってからスマホのアドレスから柏木さんの名前を呼び出して電話をかける。別に事務所からでも良かったんだけど、なんとなく気恥ずかしかったので。

 そして、翌日に事務所に来てくれると返事を貰った。

 

 

 柏木さんは私のボディーガードを引き受けてくれた。

 しかも、自分の用事があり一緒にいられないときは別の人を手配してくれるというプロ顔負けの対応ぶり。

 気になるのはその別の人というのが、イベントの時にも一緒に控え室に来ていたティアさんと、レイリアさんというエキゾチックな途轍もない美人さんだということ。

 うわぁ~、護衛対象よりも護衛する側の人のほうが何倍も美人ってどういうこと?

 最初、どちらかは柏木さんの恋人かと思ってたんだけど、恋人は別にいて、2人は家族として一緒に暮らしているとか。けど、どう見ても2人とも柏木さんを狙ってるよね? 私も柏木さんのことはちょっと良いなぁとか思うけど、勝てる気がしない。

 2人とも見た目だけじゃなくて、実力も十分ボディーガードを務められるぐらいの腕前らしい。実際、しつこく絡んできた芸人さんをレイリアさんが視線一つで追い払ってた。相手の人、足がプルプルして涙目になってたよ。

 

 ストーカーのほうは初日に『ボディーガードを辞めさせろ』ってメールが届いてからは進展なし。

 柏木さんはそれを見ても全く動じず、むしろ不敵な笑みを浮かべてて、思わずキュンときた。

 もういっそのこと私のことも攻略してくれないかなぁ。

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