第106話 勇者のストーカー退治 Ⅷ
「裕哉君!」
御堂さんが俺の胸に飛び込んでくる。
「み、御堂さん? いきなりどうしたんですか?」
「……お願い、下の名前で、『愛』って呼んで」
彼女は抱きついたまま潤んだ瞳で俺を見上げる。
ぶっちゃけかなりの美人さんで、しかもなかなかのボリュームの胸が押しつけられて、理性が飛びそうです。
「い、いや、えっと、愛、さん?」
明らかにキョドリながら、どもりどもり答える俺。
「あ、あの、話って、その」
「わ、私を裕哉君のオンナにしてほしい」
「は、はい? い、いや、俺、カノジョが」
「いいの! 遊びでもいい! セフレでも、都合の良い女でもなんでもいいから! 恋人にしてなんて言わない! お願い!」
真剣な顔で真っ直ぐに俺を見て言う御堂さん。
「で、でもそれじゃ」
「裕哉君のことが好きなの! 勝手なのはわかってる、でも諦めたくない! 時々でいいの、迷惑掛けたりしないから」
俺の喉がゴクリと大きな音をたてる。
「い、いいのか? 抱くだけ抱いて、飽きたら捨てるかもしれないよ?」
俺の最低発言に、それでも御堂さんは嬉しそうに笑い、俺の胸に顔を埋めて強く抱きつく。
「それでもいい。ほんの少しの間だけでも一緒にいられれば、私はそれで満足だから」
「……わかった。今から愛は俺のオンナだ」
「嬉しい! ねぇ、キスして?」
御堂さんが俺から少し身を離して、少し顎をあげ、目をつむる。
「御堂さ~ん! そろそろスタンバイだそうですよ~!」
扉の向こう側から響いてきたティアの声で、あと10センチほどまで近づいていた俺と御堂さんの顔がバッと離れる。
ヤッべ! つい雰囲気に流されてとんでもないことするところだった。
御堂さんも俺から身体を離し、顔を赤らめながら恥ずかしそうに俯く。
今俺達が居るここは、今日の収録が行われるスタジオの控え室だ。
んで、出演者が揃い準備が整うまで御堂さんは待機。ティアはスタジオとその周辺の確認をするために動き回り、俺は御堂さんの付き人っぽく侍ってるわけ。
そしてその待ち時間で冒頭のメロドラチックなシーンになるわけだが、これにはちゃんとした訳がある。
決して浮気現場とかじゃないのだ。
……ホントだよ?
コンコン、チャッ。
「愛ちゃん、準備はいい? 収録始まるからスタジオまでお願い」
「千葉さん、はい、大丈夫です」
御堂さんの所属する事務所のスタッフである、丸顔太めの男性、千葉って人が控え室に入ってきて促し、御堂さんも若干顔が赤いまま返事をする。
「? 愛ちゃん、どうかした? 顔赤いけど……」
「な、なんでもないです。すぐいきます!」
千葉が御堂さんの様子を怪訝そうに伺い、彼女は慌てて表情を改めて扉に向かう。
千葉はそれを見て、俺の顔をチラッと見、そして控え室の一角に微かに視線をやってから御堂さんの後を追った。
先日の俺に対する襲撃騒動の後、ドローンを回収しに来た人物をティアが確認した。ほぼ間違いなくストーカーの犯人だろうが、これを証拠とするのはやっぱり弱い。もちろん、御堂さんを身辺警護している俺に対して暴力的な手段で行動した以上、警察に届けて捜査してもらうことは可能だろう。
俺も誰かに見られていることを想定して対応したから、こちら側としては問題も無い。
ただ、襲ってきた連中とストーカー野郎との接点に明確な証拠がない以上、惚けられることも考えられるし、何より、現在のストーカー規制法には穴が多いのだ。
一年ほど前に改正されてSNSも規制対象となったのは良いが、結局、警察の対応としては一度警告し、それでもストーカー行為を続けて初めて逮捕・起訴となる。しかも、初犯はほとんど罰金刑のみ。
もちろん抑止力になるのは間違いないのだが、警察官が警護してくれるわけじゃなく、せいぜい自宅周辺の見回りを強化してくれる程度。
法的にも人員的にもそれが精一杯の対応なのはわかるが、もともとストーカー行為をしようという連中は常識的な精神をしていないのだ。
ある程度はそれでストーカー行為を止めるだろうが、少数だが逆恨みで危害を加えようとする奴は必ず出るし、実際に事件にもなっている。
それを防ぐには、言い逃れようがないくらい徹底して追い詰め、二度と御堂さんに近づくことを考えられなくなるくらい完膚なきまで叩き潰す。
とはいえ、凶悪犯とまではいかない人間にどこまでするのか、さじ加減は難しいのだが……。
当初から、御堂さんのスケジュールをストーカーが把握しているのを考えて所属する事務所の人間が疑わしいことはわかっていた。
対象になるのは社長の金井さんを含めて5人。
まず、最初に事務所で対応してくれた40代くらいの恰幅の良い女性。石崎さんというらしいが、失礼ながら気の良い近所のおばさんっぽい人だ。ちなみに某家政婦さんとはなんの関係もない。
次は、先ほど御堂さんを迎えに来た千葉っていう丸顔太めの男性。
そして、俺が最初に事務所に行ったときに塩対応してくれやがった、大和田っていう神経質そうな細めの男。
4人目は、俺もまだ会ったことがないが、営業で飛び回っているらしい30代の女性。
最後は社長の金井さんだ。
こうしてみると一番怪しいのは大和田っていう人なんだが、確かに俺に対する対応は酷いもんだったが、気配を探っても俺に対しての警戒心はてんこ盛りなわりに悪意やら害意やらは全くなかった。
聞けば見た目で誤解されやすいが所属タレント(声優含む)をとても大切にしているらしく、胡散臭い連中や評判の良くない芸能関係者とは一切接触させないように心を配っている、社長からも信頼の厚い人物だとか。
金井さんに関しては、ストーカーなんぞやらなくても社長という立場ならいくらでもやりようはあるだろうし、依頼したストーカー対策の探偵事務所は結構な凄腕らしく本気度が窺える。態度や気配からも御堂さんに対して本当に心配しているのが見て取れたので早々に除外した。
となると、もうわかるよね?
ドローンを回収するために襲撃現場に現れたのは、先ほどの千葉って男だった。
ドローン自体は懸念していたとおりネットで転売された未登録のものだったらしく、そちらからはたどれなかったが、探偵さんが指紋を採取して千葉のものと照合し合致している。
んで、現在はさらに証拠を集めるために金井さんとも協議して放流中なのだ。
このことを知っているのは俺達の他は金井さんと探偵事務所の人のみ。事務所の他のスタッフはもちろん、御堂さんにも知らせていない。態度で警戒されると困るからな。
そして、今日は金井さんからの指示で千葉は先にスタジオ入りして収録の打ち合わせをしているのだが、案の定控え室に極小型のカメラが設置されていた。
疑ってかからないと絶対にわからないだろう、部屋の片隅に置いてあったゴミ箱の下側に小さな穴があり、そこからレンズが微かに見えたのだ。
さりげなくゴミを捨てるフリをして上から見たが、底を二重に加工してあるらしく見ただけだと空のゴミ箱に見える。変なところばかり芸が細かい。
当然、これは想定内なので、さりげなく金井さんとメールでやりとりして、暴発させるべく一計を案じた訳。
これが冒頭の寸劇の理由だ。
御堂さんには金井さんからメールで指示があり、それに合わせてタイミングを見て演技してもらった。
御堂さんはさすがの迫真の演技。俺は……どう贔屓目に見ても大根だな。
御堂さんの演技が凄すぎて最後なんか本気でドキドキしたし。
つい引き寄せられるように唇に……いや、なんでもない。
……男って奴は……。
外から気配を探っていたであろうティアのおかげで何もなかったが。
うん、惜しいとか思ってないよ? ホントに!
何にしても、詳しい事情を聞かされていない御堂さんとしては戸惑ったのだろうが、それを感じさせずに上手くのってくれたのが助かった。
後はおそらく録画しているだろう映像を千葉が回収して、暴走してくれればめっけ物だ。
念のため御堂さんには影狼も付けているができれば出したくない。目立つからなアイツは。なので目立たないようにレイリアが警護し、ティアがタマを通して千葉を監視している。屋外では烏、屋内ではネズミやら虫やらで、だ。さっきは背中にカナブンがくっついてたけど、アレもそうだろう。多分。
なので最近のタマの定位置はティアの頭だ。後ろ足を肩にかけて頭にしがみついている。
見た目真っ白なアルマジロのその愛らしい見た目でどこに行っても女性陣に大人気である。正直、主役であるはずの御堂さんよりも目立ちまくりである。
オマケに女性達がよってたかってクッキーやらビスケットやらあげるものだから、ティアの頭は食べかすだらけで髪もグチャグチャになり、ティアが閉口している。
それはともかく、とりあえず餌をまきつつ今日御堂さんが仕事を頑張っているのを見届けていく。
そんなこんなでさらに2週間が経過した。
俺達はあれからも時折挑発的な行動を続けつつ、監視を続けている。
その挑発に千葉がかなり焦れてきているのは確認できているので、そろそろ何か仕掛けてくるだろう。
おかげでこのところほとんど大学に行けてないんだが、単位はともかくサークルをほったらかしなのが心苦しい。
夏合宿のほうもいい加減詰めていかなきゃならないのに、人に丸投げしてるし。ちなみに投げつけた相手は章雄先輩である。
だって、あの人引退したはずなのにしょっちゅう部室に来てて暇そうだし。まぁ、先輩ならいろいろとわかってるし、久保さんにせっつかれながらなんとかするだろう。
決して以前の合コン騒動に俺を巻き込んだ報復措置などではない。そんな感情は俺の中には8割くらいしかないよ?
とはいえ、会長としての存在感は日々薄くなってきてるのは間違いないだろうから困ってるのだ。
さっさと終わらせたい。
さて、本日の御堂さんのお仕事は、新しいアニメの主題歌のMV(ミュージックビデオ)の収録らしい。
アニメの主題歌とはいえ、MVは普通のアーティストと同じように本人出演の実写映像らしい。
舞台は郊外にある廃工場。といっても今にも崩れそうな建物ではなく、所々ガラスは割れたりしているものの建物自体はそれほど傷んでいない場所だ。
それを演出上瓦礫を要所に散乱させて廃墟感を出している。後はライティングや映像加工処理で仕上げるらしい。
明るい昼間と暗くなった夜にそれぞれ撮影するそうだ。音は別録りで1曲分の映像を撮るのに何十回も曲を流しつつ様々な場所や角度から撮影するのだとか。
聞いてるだけで気が遠くなりそうな仕事である。
完成したものはわずか5分程度なのにな。
そんな労力のかかっている映像をユ○チューブで見るだけでCD買わない俺。うん、ちょっと罪悪感が……。
廃工場に着くと、御堂さんは車の中で撮影用の衣装に着替えてから撮影スタッフさん達のところへ。
「おはようございま~す! 今日はよろしくお願いします!」
「「「よろしくお願いしま~す!!」」」
御堂さんが挨拶をすると作業の手を止めることなくスタッフさん達が挨拶を返した。
御堂さんはそのままあれこれ指示を出しているプロデューサーさんのところへ。
「ユーヤさん、来てますよ」
「キュウ!」
ティアが俺に一言。
相変わらず頭の上に乗っかっているタマが鼻をヒクヒクさせながら片足をパタパタ動かす。
それだけで何が言いたいかは理解する。
「どうやら愚かな選択をしたようじゃな。つけ回すだけで満足しておれば良いものを」
レイリアが心底呆れたように言う。
言葉の内容には心底同意するが、つけ回すだけで満足するメンタルってどんなんだ?
ストーカーをしようとする精神自体がイマイチ理解できないが、そっちはもっと理解不能だ。
どちらにしても相手が動いたってことは、何かしらしてくるはずだ。
そのために煽りに煽ったんだからな。ちょうど良い機会だ。
俺はとりあえず金井さんにメールを打つ。
メールを送信したタイミングで撮影が始まった。
工場内に曲が流れ、それに合わせて御堂さんは振り付きで歌い、複数のカメラでその様子を映していく。
プロデューサーがその様子をモニターで見ながら曲が終わるごとにあれこれと指示を出しつつ撮影が進んでいった。
数回の小休憩を挟み、場所を変えながら行われる撮影を見ていると、不意にスマホが振動する。
金井さんから何か来たのかと思ってメールソフトを立ち上げると、あらまぁ、見覚えのない、フリーメールからラブレターが届いていた。
「ようやく待ちに待ったお誘いが来たらしい。ちょっと行ってくるからこっちを頼むな」
「あ、はい。でも」
「普通に考えれば罠じゃな」
そりゃそうだ。
とはいえ乗らないと始まらないからな。
俺は2人に手を振りつつ撮影現場を抜け出す。
『工場脇の危険物倉庫に1人で来い。来なければ工場を爆発させる』
こんな折角のお誘いにある意味喜々として指定場所へ向かう。
工場に爆発物は仕掛けられていないことは事前にしっかりと調べてある。
伊達に何度もテロリストとやり合う羽目になったわけじゃないのだ。千葉自身が持ち込んでいる可能性はもちろんあるが、千葉の行動は把握されているから身につけているもの以外で危険物は無いはずだ。
ただでさえ廃工場なんて危険な場所の可能性があるのに調べないわけない。それも昨夜と今日こちらに着いてから二度確認してあるのだ。
なのでこのメールがハッタリなのはわかっているので焦りはない。
となると向こうはレイリアとティアの2人がいれば問題ない。というわけでごくお気楽にノコノコやってきました危険物倉庫。
「お~い! 誰かいるかぁ~?」
いないのが気配でわかっているのに間抜けな問いかけ。
さて、どう出るかね。
ゴー、ガシャン! カシャン、ガコンッ!
閉まる扉。
閉じ込められる俺。
こう来たか。
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