第105話 勇者のストーカー退治 Ⅶ
ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ、7人か。
マンションから出た俺の後ろから人の気配が近づいてくる。
左右から3人ずつ、残る1人は少し離れているな。
単なる見張りか、それとも不意打ち要員かね?
まぁ、それは良いとして、問題はこの音か。
入口を出た直後からヴィィィンと聞こえる、実物を見たことはないけど、多分、あ、いた。
俺の右手、少し離れたところ、上空十数メートルに4つのプロペラを持った飛行体、いわゆるドローンが飛んでいる。
大きさは50センチくらいか? 多分色は黒。普通なら夜の闇に隠れて見えないだろうが、あいにく俺の視覚は特別製だ。
にしても、ドローンって意外と音小さいのな。都会の喧噪の中なら紛れて気づかないかもしれない。とはいえ、夜の住宅街ではそれなりに聞こえるが。
左右から不穏な気配の人、それに上空のドローン、となれば相手の狙いはある程度絞れるな。さて、どうするか。
「何か用か?」
不意に立ち止まり、正面を向いたまま背後の気配に問いかけてみる。
「っ?!」
動揺して動きが止まったので、ゆっくりと振り返る。
気配の人物達は全員男。見るからに素性のよろしくない雰囲気を漂わせているが、まぁ単なるチーマーかチンピラ崩れってところだろう。
……どうでもいいが、チーマーとかって他の地域ではほとんど絶滅してるって以前ネットで見た気がするが、埼玉では未だに結構生息しているんだが、ひょっとして保護区にでも指定されているんだろうか? 暴走族もそれなりにいるし……。
「こんな夜更けに男に囲まれて喜ぶ趣味はないんだけどな。一応聞いてみるけど、人違いとかないか? それと、そっちの物陰に隠れてる、つもりの奴も出てきたらどうだ?」
6人は姿を見せていたが1人は建物の陰でこちらを窺っていたので、そう言ってみる。というか、気配を探るまでもなく、顔半分出して見てたのでバレバレである。市○悦子か!
驚きつつ不機嫌そうに無言で出てくる男。『あらやだ!』とか言いながら出てきてほしいものである。様式美って大事よ?
この後に及んでも男達は一言も話さない。無言で3段式警棒やらトンファーやらを取り出している。雰囲気だけはいっぱしの仕事人だな。それなりに荒事には慣れていそうだし。
「そのようなものを取り出して主殿に何をするつもりじゃ?」
「?!」
突然後ろからレイリアの声が響く。
……ちょっちビックリ。気配と魔力を消して近寄るのは止めてほしい。明らかに連中よりも俺を驚かせようとしてただろ。
「レイリア、絶対に手を出すなよ」
放っておくとレイリアが全員を瞬殺しかねないので、そう釘を刺す。
今のこの状況で考えられるのは、ストーカー野郎がチンピラ雇って御堂さんのボディーガードである俺達をボコる、それが上手くいかない場合を想定してドローンで監視、情報を収集するあるいは襲ってきたチンピラ相手に喧嘩をさせて、その映像を証拠にして暴力事件に発展させて俺達と御堂さんを引き離す。
そんなところか?
だとすればここで手を出すのは面倒だ。
相手の人数や凶器、素性を考えれば罪に問われることは考えづらいが、事件にでもなれば御堂さんの周囲が手薄になりかねないからな。逆に手厚くなることも考えられるが、希望的観測はやめておいたほうが良いだろう。
「ふむ。ならば主殿に任せるとしよう。では車で待っておる」
俺の口調と視線から何かを察したのか、レイリアは素直に頷いて踵を返す。
「せっかく出てきたのに、残念じゃ。どうも最近影が薄く……」
……心の声がダダ漏れですが。
離れていくレイリアをとっさに追おうとした男を俺が一歩踏み出して牽制する。
「チッ!」
元から俺一人がターゲットだったのか、男は舌打ちしつつ追うのを諦める。
そして俺を囲む7人の男達。
何か、最近、女の子に囲まれるよりも、こうして物騒な男共に囲まれるほうが落ち着く気がするんだが、ひょっとして病んでるんだろうか?
うん、考えちゃいけない気がするので置いておこう。
「ウルァァ!!」
突然、でもないが、1人が警棒を振りかぶり、大声を上げながら殴りかかってきたのを皮切りに、男達が次々と攻撃してきた。
警棒で、トンファーで、拳で、蹴りで攻撃し、時にはタックルで俺に掴みかかろうとする。
それらをすべて躱す。しかも悠々と。
2人同時攻撃だろうが、背後からの足下タックルだろうが、ヒョイヒョイと。
男達は、最初は驚愕と苛立ち、次いで悔しさと困惑を表情に浮かべながらも諦めずに攻撃してくる。
「クソッ! 何で当たらねぇんだよ!」
「このっ! ちょこまかと!」
「逃げんじゃねぇよ!」
そんな怒号をあげながら手足を振るい、飛びかかってくる男達。
というか、いい加減実力差を理解して逃げてもいいと思うんだが、よっぽと金をもらっているのか、それとも馬鹿なのか。
とにかく、この連中程度なら俺にとっては大した脅威にはならない。持っている武器も刃物でも銃器でもないから、直撃食らったところでほとんどダメージも無いしな。だからといって食らってやるのも何か嫌なので躱すけど。
なので、俺は次の行動をとる。
攻撃を避けながらドローンの位置を確認しつつ、落ちている指先大の小石を拾う。
そしてそれを、男の体で死角になる位置から指で弾き、ドローンのプロペラを打ち抜く。
ガッ!
小さな音と同時にドローンが大きく揺らぐ、が、落ちない。
……意外なことに、プロペラ1個壊れても墜落しないのか。
しょうがないのでもう一回。
ガキョン!
2つ目のプロペラが根元から吹き飛び、ドローンが錐揉みしながら落下した。
今度は成功!
他人の持ち物を破壊したわけだが、特に問題にはなるまい。
死角からの攻撃、夜間で暗いし、しかも俺が弾いた小石の速度は弾丸にもひけはとらないはずだ。暗視装置くらいは付いてるかもしれないが、高速度カメラでも搭載していない限りわからないだろう。
第一、ドローンの飛行は結構厳しく規制されている。
具体的には国土交通省が指定する市街地、間違いなくこの近隣は指定されているはずで、その飛行は無許可ではできないし、日没から夜明けまでの夜間や第三者の30メートル未満の距離での飛行も禁止されている。
確か、よほどの明確な理由と安全措置が執られていない限り許可されないはずだ。
なので、ストーカー野郎も訴えることなんてできるはずないからな。
俺は墜落したドローンをいったん放置して、改めて男達に向き直る。
念のため周囲をもう一度探って監視がいないことを確認しておく。とはいえ、マンションの目の前だし住宅街の中なので人の気配は無数にある。あまり派手なことはできない。
「さて、まだやるかい? そろそろ本気で相手してもいいんだけどな」
そう言いながら、殴りかかってきた男の警棒とトンファーを奪い取り、目の前でへし折る。
金属製のそれらが割り箸のように簡単にポッキリと折れるのを見て男達の顔が引きつる。そして後退りしたのを見て、
「動くな!!」
魔力を込めた殺気を飛ばす。
男達は汗だくで息を荒げ、3人ほどはズボンが濡れている状態で全員その場でへたり込んだ。
よしよし、これなら見られても大丈夫、だよな?
「さて、んじゃ、お話、聞かせてもらおうかね?」
恒例の尋問タイムスタートである。
「それで兄ぃ、御堂さんは大丈夫なの?」
俺が事務所に車を返して、金井さんに一連の報告を済ませ、アパートに帰り着くと待ち構えていたように亜由美が問いかけてきた。
というか、これ、今日男達に襲撃されたからってわけじゃなく、このところほとんど毎日のやりとりなのだ。
どうも、亜由美は御堂さんの事が本当に心配らしく、俺の顔を見る度に聞いてくる。特に今日はあの後、ティアをレイリアに迎えに行かせたから尚更だろう。
「御堂さんは無事だって。今は影狼が張り付いてるし、上手くいけばストーカーの尻尾を掴めるかもしれないしな」
あれから俺は出番がなくて少々いじけ気味だったレイリアに手伝ってもらって(魔法で)尋問を行なった。ただ、やっぱり金で雇われただけで大した情報はもっていなかった。それでも頼んできた人物の容貌は確認できたし、依頼内容が俺を怪我させることであること、反撃された場合は適当な理由と怪我をでっち上げて被害者として警察に届けること、依頼は3日前であることが確認できた。
さらに、ドローンも回収し、金井さんに引き渡してある。
元々依頼していた探偵事務所に調べさせれば製造番号なんかから持ち主がわかるかもしれないそうだ。
なんでも、基本的に高額で特性上破損や故障の可能性が高い大型ドローンはメーカーへのユーザー登録をしていることが多く、販売店で保険に加入する割合も高いそうなのだ。
製造番号からどこの店舗で販売されたかはすぐに分かるのでそこから辿れる可能性も高い。それなりに期待できそうである。
まぁ、登録や保険加入が義務づけされているわけではないし、中古なんかも売られているので確実に、とはいかないかもしれないが。
それともうひとつ、もっと期待できる事がある。
詳しく聞きたそうな亜由美が俺の後にくっついて自室に入ってきたので説明しようと口を開き掛けた瞬間、部屋の真ん中辺りで魔法陣が開き、レイリアとティアが転移してきた。
「ユーヤさん! 見つけましたよ!」
「キュウ!」
目の前の俺を認識するやティアは嬉しそうに、頭にしがみついていたタマはどこか誇らしげに成果を報告する。
「主殿の言ったとおり、あの黒い、なんという名じゃったか、そう、“ゆーほー”を回収しに来た者がおったらしい」
レイリアがそう付け加える。
けど、UFOじゃなくてドローンな。まったく、変な言葉ばっかり覚えやがって。
連中を尋問している最中にスマホで調べたら、ドローンってのはせいぜい30分くらいしか飛べないらしい。小型のものならまだしも大型で高価なものを墜落したからといって放置することはないだろうと踏んで、レイリアにティアを迎えに行ってもらいその場を監視するように頼んでいたのだ。
俺とレイリアは金井さんに報告するために事務所に行かなきゃならなかったからな。
別にレイリアを監視にまわしても良かったんだが、レイリアはスマホの扱いがイマイチだから不安だったのだ。その点ではティアのほうが普段から亜由美とゲームしたりLINEでやりとりしたりしてるので慣れてるしな。
移動も
んで、事務所で報告が終わった後にレイリアとティアが合流したというわけだ。
「写真もバッチリです。今はタマちゃんがネズミさんとコウモリさんを使って監視してます」
タマの周囲の動物に干渉する能力範囲は俺の魔力を使っても十数km程度だが、どうも事前に配下に置いた少数の動物なら相当な距離離れても制御できるらしい。
俺の従魔なのにティアが気づいて教えてくれた。流石に俺や第三者に感覚同調させることまではできないようだが、行動がタマに把握できていればやりようはある。
最近は亜由美やティアにすっかり懐いてペットと化していたんだが、流石は俺の従魔。……でもこのところ俺の言うことよりもティアの言うことのほうがよく聞いてるんだよな……
「どれどれ? あれ? この人って」
ティアが差し出したスマホの写真を見ると、そこに映っていたのは見知った人物だった。
なるほど、どうりで御堂さんの行動が把握されてるはずだ。
とはいえ、これだけじゃ証拠には弱いか。
さて、どうしたもんかね?
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