第104話 勇者のストーカー退治 Ⅵ

「御堂さん、改めて、柏木ティアといいます。よろしくお願いします」

「柏木レイリアじゃ。事情は聞いておる。例え国が相手でも不埒な輩に指一本触れさせぬ故、我らに任せよ」

 朝の事務所に訪問した俺達は御堂さんと顔合わせしていた。

「すっごい美人……あ、その、よろしくお願いします!」

 レイリアを見てしばし呆然としていた御堂さんだったが、我に返るとピョコンと頭を下げる。

「柏木さん、その、本当に大丈夫なのかい? 何か被害が広がりそうな娘たちなんだけど」

 金井さんが俺に小声で聞いてくる。2人の外見だとそう思うのは無理ないけどね。

「見た目はああですけど、腕の方はまったく心配ないですよ」

 一番実力が低いティアでも機動隊一部隊くらいなら相手取ることできるはずだし。

「そうなのか……う~ん、できれば2人ともうちの事務所に入ってほしいくらいなんだけどなぁ。多分、いや、絶対、局に行ったら声かけられると思うよ」

 ……ひょっとして面倒事が増えるか?

 

「今日は9時からスタジオでゲームのアテレコ、15時からネット放送局のアニメ関連番組収録だね。20時には終わる予定。移動は事務所の車を使って」

「は~い! 直帰で良いんですよね」

 御堂さんが金井さんからの指示に笑顔で答える。持っている手帳を開かないので、多分事前に聞いているんだろう。金井さんが言ったのは俺達に対しての部分が大きいのかね。

 それからいくつかのことを確認してから事務所を後にする。

 昨日俺を案内してくれた女性が「愛ちゃんのことをお願いね」と柔やかに言い、丸顔の男性も笑みを浮かべていたが、細身の神経質そうな男性はジロジロと不躾に俺達を見送っていた。どうも不審者を見ているような視線だったが、まぁ、詳しい事情を知らなければしょうがないのかもしれない。

 

 事務所近くの駐車場で車に乗り込み、教えてもらったスタジオの住所をナビに設定して発進する。

 後部座席に御堂さんと一緒に乗っているティアが声優の仕事についてあれこれと尋ね、御堂さんも苦労話を中心に答えている。

 逆に御堂さんから俺とティアやレイリアの関係を聞かれたり、日常の雑談なんかを賑やかに話している。

 やっぱり若い女の子が集まると実に賑やかだ。

 打ち解けた頃合いを見計らって、御堂さんにストーカーのことを聞いてみることにする。

「フェイスブックとブログをやっているんだけど、割とストーカー気質っぽい書き込みなんかはデビューした当初からあったんだけど、タレントさんや他の女性声優さんの話ではそういうのも珍しくもないって聞いてたからあまり気にしていなかったの。でも1年くらい前から自宅のポストに差出人の名前のない手紙が入るようになって、その内容が私の行動を監視しているようなものだったの」

「監視、ですか?」

 俺が尋ねると、御堂さんはうんざりとしたような表情で頷く。

「私がイベントでしたコスプレのこととか、打ち合わせなんかで帰宅が遅くなった時間とか、外で食べた食事の内容とか」

 うわぁ、それは気持ち悪いな。

 

「ふむ、じゃがケーサツとやらには相談したんじゃろう?」

「うん、社長と一緒に相談に行ったんだけど、直接接触してこない相手だと警察も何もできないって。一応調べてはみるって言って送られた手紙なんかは持って行かれたんだけど、何も変わらず」

 そんなもんなのか?

「芸能人だから仕方ないんじゃない? みたいな感じだったし、社長もほとんどあてにしてないみたい。社長の個人的なつてで探偵事務所に依頼したんだけど、そっちもあんまり進展ないらしいの」

「じゃあ、今のところは何もわからないんですか?」

 ティアの確認に少し沈んだ顔で頷く御堂さん。

 本当に打つ手がないようだ。

「それで、先日のイベントで私が襲われたって聞いた社長がボディーガードをつけたほうが良いって言って、それならって柏木さんのことを話したの。私も怖かったし」

 確かにあんなことがあれば不安にもなるだろう。

 とはいうものの、どうしたもんか。

 

 そんな話をしているうちにスタジオに到着したので近くのコインパーキングに車を駐めて降りる。

 雑居ビルのように見える建物にAZ音響スタジオの看板。御堂さんが慣れた様子で中に入り、俺達も続く。当然何かあってもすぐに動けるように準備はしておく。

「おはようございま~す」

「あ、愛ちゃん、お疲れ様~。今日はこれお願いね」

 スタジオに入るとメガネに髭面の30代くらいの男性が御堂さんを迎え、紙の束を渡す。

「うわぁ、今回も結構ありますねぇ。ザックリ目を通しますね」

 御堂さんはさっそく渡された紙束をパラパラとめくる。

 ってか、アレ200枚くらいあるんじゃないか? しかも当日いきなり渡されるの?

「ん? えっと、君たちは?」

 俺達に今気がついたらしい男性が、キョトンとした顔で聞いてきたので簡単に事情を説明する。

 説明の内容は事前に金井さんと打ち合わせ済みだ。

 つまり、先日のイベントで暴漢が御堂さんに危害を加えようとしたため、一時的に送り迎えとフォローをするために同行している、という内容なのだ。

「そっか、お疲れさん、よろしくお願いね」

 慣れているのか、あっさりと頷いた男性、森脇さんというらしいが、紙束(シナリオか?)に目を通している御堂さんに内容の補足らしきものをして、ほんの20分ほどで御堂さんはマイクのあるブースに入っていく。

 俺達はこのままこの場所で待機だ。

 御堂さんの入ったブースはこちらの、沢山の機材のある部屋とガラスで隔てられており、数本のスタンドマイクと大きなモニターが設置してあった。

 俺達みたいな素人がイメージするとおりの光景だ。

 

「んじゃ、始めようか。愛ちゃん、Aの3からお願い」

「はい!…………『ごきげんよう。あら? あなた名前は?』……」

「愛ちゃん、もうワントーン高めでお願い」

「あ、はい」

 ………………

 御堂さんがマイクに向かって台詞を言うのを見る。ってか、それ以外にすることないし。

 スタジオには数人のスタッフさんがいて、御堂さんと時折やりとりしながら次々と収録していっているようだ。

 てっきりこういったアフレコとかアテレコとかって映し出される画面を見ながらするものだとばかり思っていたので、ちょっと意外だ。

 ゲームの台詞は一度にそれほど長くないようで、ほんの数秒程度の台詞を終えると、すぐに次の台詞と、めまぐるしくシーンが変わっていっているようだ。

 聞いてるだけだと何が何やら全く情景がわからん。

 よくアレで感情を込めた台詞を言えるものだと感心する。

 

「どうだい? 収録の様子は」

 しばらく見ていると森脇さんが聞いてくる。

「何が何やらさっぱりわからん」

「でも何か面白いです」

 退屈そうに椅子に座っているレイリアと興味深そうなティア。対照的な2人のコメントに苦笑いの森脇さん。

「ゲームの音声の収録ってこんなんなんですね。てっきりモニターにシーンが映されて、それに声を当てるんだと思ってました」

「見た人はみんなそう思うみたいだね。でもゲームやグラフィック自体まだできてないからこんな感じだよ。台詞に合わせてグラフィックを調整したりもするから、声のほうが先に来ることが多いんだ。それに今はスケジュールの関係でアニメなんかも完成した映像に当てるより絵コンテ見ながら収録する方が多いしね。全部を完成映像でやるのって吹き替えとかナレーションくらいじゃないかな?」

 そうなんだ。

 声優さんってすごいな。

 

 数度の小休憩を挟んで収録を終え、再び車で移動。

「どうでした?」

「声優さんってすごいんですねぇ。よくあんなに口調を変えられますね」

「うむ」

「面白かったよ。それに感心した。間違いなく俺にはできない」

 御堂さんが尋ね、俺達は口々に感想を言う。

 が、レイリアは途中から寝てただろ?

「今日は結構楽でしたよ。最近はイメージを維持するためにやってないですけど、1年くらい前までは成人向けのゲームのアフレコも結構あって、ちょっと恥ずかしかったりして余計に時間がかかるし怒られるし、大変だったから」

 そうなのか、そうなんだろうな。

 エロゲーのアフレコ風景とか見たら何かちょっと間抜けそうだな。

 美人声優さんが濡れ場のシーンの台詞を恥ずかしがりながらアフレコ……ちょっと見てみたい。

 

「お腹空いちゃいましたね。お昼はどうします?」

 もう少しで次の収録が行われるスタジオに到着するタイミングで御堂さんが聞いてくる。

 時計を見ると午後2時少し前。

 そういえば飯食ってなかったな。

 15時前に到着すれば良いみたいなんで食事の時間くらいはありそうだ。

 なのでちょうど道沿いに見えたイタリアンのファミレスに寄ることにする。

 昼時を少し外しているのですぐに席に案内された。

「えっと、ホントならニンニク系が好きなんだけど、収録あるしアサリとキノコの和風パスタかな」

「俺はタラコのパスタとイカとアンチョビのピザだな」

「わたしは若鶏のグリル、大盛りで」

「主殿、パフェが無いのじゃが」

 それぞれがメニューを見ながら注文する。

 レイリアは大層不満そうだが無いものはしょうがないじゃん。

 

「あ、メール? ……え?」

 ブチブチと文句を言っている1名を宥めていると、御堂さんのスマホがメールの着信を伝えてきたらしい。

 それを確認した御堂さんの顔が強張る。

「どうかしたんですか?」

 突然表情を変えた御堂さんにティアが聞く。

 それに答える代わりに彼女はスマホの画面を俺達に見せた。

『ボディーガードをクビにしろ』

 画面にはただ一言そう書かれている。

 俺は御堂さんに断ってスマホを受け取り、発信者のアドレスを確認する。

「捨てアドか」

「ユーヤさん、捨てアドってなんですか?」

「捨てアドってのは匿名でも取得できるメールアドレスで、迷惑メールなんかによく使われるんだよ。発信者の情報を隠したいときに使うヤツが多いんだ」

 もちろん自衛のために使う人もいるし、きちんと登録した業者のサブアドレスを捨てアドにしているケースもあるが、捨てアドのアドレスを発行する業者は多くて、登録が不要なところもある。そういう業者の発行するアドレスはドメインが独特なのが多いからすぐに分かる。

 ただ、そうなるとアドレスから辿るのは無理だな。

 

「まぁ、ストーカーってんだから御堂さんに護衛が付いているなんて遅かれ早かれバレるのはわかってたから気にしなくてもいいですよ。ただ、初日にこういったメールが来るならある程度相手は絞れるかもしれませんね」

 俺は安心させるために御堂さんに笑いかけながら言う。

「そ、そうですね。あ、一応社長にメール転送しておきます」

 それが良いだろう。

 少なくとも多少の判断材料にはなるだろう。

 それに俺の本音としては早々にこういったアクションを起こされたほうが反応がないよりもやりやすい。シッポも掴みやすいし、なにより一番困るのは長期化することだからな。

 俺はもちろん、レイリアもティアも脅迫メールが来たことに平然としているのを見て御堂さんも落ち着きを取り戻したようだ。

 もっとも、レイリアは多分よくわかってないと思うが、まぁそれは言わないほうがいいだろう。

 

 食事を終え、ネット系番組とやらの収録を行うスタジオに行って、再び御堂さんが仕事を終えるのを待つ。

 金井さんの予言どおり、レイリアとティアに番組スタッフやら芸能事務所やらの人から盛んに声がかかったが、2人ともまったく興味が無さそうで全て黙殺していた。興味を持たれても困るけど。

 そうして収録が終わりスタジオを出ると既に21時を過ぎていた。

 御堂さんを自宅に送り、事務所に車を返し、まだ仕事をしていた金井さんと今日の報告と明日以降の打ち合わせ。

 結局自宅へ帰り着いたときには日付が変わっていた。

 これでも事務所を出てから路地に入り、カメラや人目がないことを確認して転移してきたのだ。まともにバイクで帰ってきていたら更に1時間近く遅くなっていただろう。

 流石にこの状態が続くのは生活に支障があるな。できるだけ早めに解決したいものだけど。

 

 

 

 そんなこんなで護衛開始から1週間が経過した。

 あれからストーカーからのアクションは今のところ無い。とはいってもそろそろ焦れてきてもおかしくはないので油断は禁物である。

 護衛は俺とレイリア、ティアの3人のうち、2名は付くようにしている。

 3年にもなると多少は大学の単位にも余裕ができてくるが、それでもそれなりに受けなければいけない講義もあるので平日は2人に任せることが多かったのだが今日は講義がなかったので俺とレイリアが御堂さんに同行していた。

 アニメのアフレコ収録と雑誌のインタビューが終わり、御堂さんを自宅まで送迎する。

 事務所の車を御堂さんが住むマンション前の路肩に停車させ、レイリアを車に残して玄関まで送る。

「戸締まりはしっかりとして、何かあればいつでも良いからすぐに連絡して」

「はい、ありがとうございます。それじゃお休みなさい」

 恒例となりつつある挨拶を交わし、御堂さんが玄関に入って施錠するのを確認してから周囲の気配を探りつつマンションを出た。

 

 マンションの出入口から車まで100メートルほど。

 でて数メートルも歩かないうちに俺の耳にブーンという高い音が聞こえてきた。

 ついでにマンションの陰から複数の気配が近寄ってきているのがわかる。

 どうやら、ようやく待っていたアプローチが来てくれたらしい。

 

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