第103話 勇者のストーカー退治 Ⅴ
翌日、俺と亜由美は再び東京を訪れていた。
夏前の夕方とはいえ都心は結構蒸し暑い。まだ梅雨前なんだけどなぁ。
事前に調べておいた場所まで到着し、バイクをコインパーキングに駐めて目的のビルを探す。
背の高いオフィスビルの裏手にあるちょっと古めの雑居ビル、入口脇に掲示されている会社名を確認して中に入る。
「意外と小さい事務所なんだね」
「だな。有名な声優が何人も所属してるらしいからもっと立派なところだと思ってたんだけどな」
昨日、御堂さんから連絡を受けて俺達は来たのだが、内容はまだ聞いていない。
どうも電話では言いづらいようだったので、直接会って話すことになった。朝食の席でその事を伝えると、亜由美がものすごく羨ましがり、約束が夕方で亜由美が学校終わってからでも間に合いそうだったので一緒に来ることになったのだ。
エレベーターに乗って4階まで上ると、『金井企画』という看板の付いた扉。
呼び鈴は見当たらないので軽くノックをする。すぐに応答があったので中に入った。
入ってすぐに受付のようなカウンターがあり、その向こうに机が並んでいる。
俺達が入ると、手前にいた40代くらいの女性が立ち上がる。
「いらっしゃいませ。誰かとお約束ですか?」
「えっと、御堂さんに呼ばれまして。柏木といいます」
「ああ、聞いています。こちらへどうぞ」
女性はすぐに頷いて奥へ俺達を促した。
移動しつつ横目で事務所を何となしに眺める。
事務所には声をかけてくれた女性の他に3人の人物。全員男性で、奥側の少し大きなデスクに50代くらいの人、そのすぐ手前にちょっと太った丸顔の人、女性の座っていたデスクの隣に20代後半くらいの細身で神経質そうな人がいる。
奥の男性は俺と目が合うとほんの少し笑みを浮かべて目礼をしてくれた。太めの人は興味深そうに、細めの人は不審者を見るかのような視線を無遠慮に投げつけている。
微妙に居心地悪い。
「愛ちゃんはもうすぐ帰ってくると思うから、少しだけ待っててね」
「あ、はい、大丈夫です」
御堂さんいないと思ったら出かけてるのか。まぁ、昨日も夕方まで仕事入ってるとか言ってたし、少し長引いてるんだろう。
「芸能事務所ってもっといろんなタレントさんとか沢山いるのかと思ってた」
「イメージとしては確かにそうだけど、声優とかタレントとかって基本仕事は外のスタジオとかテレビ局じゃないのか?」
亜由美が案内された応接間? をキョロキョロと見回しながらこぼすのに答える。
そもそも毎日事務所に顔出すかもわからないしな。
「それに意外と地味」
誰が聞いてるんだかわからないんだからそういうことは言わないように。
俺達が手持ち無沙汰で小声で話しながら待つこと15分くらい。
ようやく応接室の扉がノックされて御堂さんの声が聞こえてきた。
「ごめんなさい遅くなって」
申し訳なさそうに言いながら御堂さんが、そしてその後ろから事務所の一番奥にいた男性が入ってくる。
ソファーに腰掛けていた俺と亜由美も慌てて立ち上がる。
「ああ、いいよいいよ、そのまま、そのまま」
男性がそう言いながら手をヒラヒラと振り、対面のソファーに座る。御堂さんはその男性の隣だ。
俺達が改めて座ると同時に応接室の扉が開いて細身の男性がお茶を持って入ってくる。
こういうのは女性がするのが多いと思っていたんだが、ここではこれが普通なのか誰も気にした様子はない。
男性が、なぜか俺のところにだけ、いささか乱暴にお茶を置いて(他の人には普通に置いて)応接間を出るのを待ち、話を切り出す。
「えっと、それで、相談事があるとか? あ! 妹が聞いたら拙いなら席を外させますけど」
念のため聞いてみる。
「え? あ、それは大丈夫、ですけど……」
御堂さんが少し慌てて言ってから言いよどむ。
「僕の方から説明するよ。あ、申し遅れましたが、僕はこの事務所の社長をしている”金井”といいます」
そう言って名刺を差し出す男性、金井さんに俺も頭を下げて改めて自己紹介をする。
「とりあえず、まずはお礼を言わないとね。昨日のイベントでうちの御堂を助けてくれてありがとう。あのときの映像は僕も見たけど、君が助けてくれなければ御堂は良くて大怪我、悪ければ死んでいただろう。本当に何と言って感謝したら良いのかわからないくらいだ」
「い、いえ」
あぁ、やっぱ御堂さんも社長さんには俺のこと話したんだな。といってもあの状況なら話さないわけにはいかないのか?
「君が隠したいということも聞いている。今回のことは僕が強引に聞き出したことだから彼女を責めないでほしい。それに知っているのは事務所でも僕だけだからね」
「いえ、大丈夫です。単に面倒事を避けたいだけなんで、社長さんの立場もわかりますし」
ここは物わかりの良いふりをしておこう。実際ある程度は覚悟してたしな。
「ごめんなさい」
神妙な態度で頭を下げる御堂さんに笑いかけつつ問題ないと繰り返す。
「それで、今回君に相談したい内容なんだけど、御堂に聞いたところ君、いや、柏木さんは相当鍛えていて、荒事にも慣れているとか。それに映像で見ても舞台に乱入した大型ナイフを持った男に余裕で対処していたのを見て、是非力になってほしいと思ってね」
穏やかに微笑んでいた表情を一転させて真剣な顔で金井さんが続ける。
「任せてください。どんな事でも力になります」
って、おい!
なぜ亜由美が勝手に引き受けるんだよ!
「えっと、まずお話を伺ってから、できる範囲でよろしければ」
亜由美の後ろ頭をひっぱたき、もだえる愚妹を放置して続きを促す。
「えっと、ね、その、最近誰かに監視されたり、脅迫、のようなものを受けたりしてるの」
御堂さんが後を引き継いで言う。
「ストーカー、ですか?」
アイドルとかがよくストーカーに遭うっての時々噂で耳にするけど。けど、乱入してきた男のことじゃないのか?
俺がそう思って聞いてみると、金井さんは首を振って否定する。
「逮捕された男はストーカー行為を否定しているらしいんだ。以前に警察に相談したことがあって、警察も追求したらしいんだけどそれに関しては完全に否認しているし、供述にも矛盾はないらしい」
なるほど。話はわかったけど、でもなんで俺?
「普通の仕事をしている人はともかく、こういった芸能関係だとファンあっての仕事だからね。警察もそれほど熱心に対応してくれるわけじゃないんだよ。そもそも熱心な追っかけとストーカーとの境界も曖昧だしね。そういったわけで警察に相談はしているものの簡単に解決しないんだ」
「それはわかりますけど、でも俺は素人ですよ? 探偵なり警備会社なりに依頼するほうが確実じゃないですか?」
俺にも大学があるから四六時中護衛することはできないし、そういった相手の対処方法なんか知らないよ? まぁ護衛自体は何とでもなるけどな。
「もちろん解決をお願いしたいわけじゃないんだ。今ストーカー対策に詳しい探偵事務所に依頼してるから、その結果が出るまでの間、彼女の身辺警護とかをお願いできないかな? 本来無関係な柏木さんに頼むのは筋違いとわかってはいるんだけど、警備会社に依頼するのもかなり大仰になって仕事にも差し支えるし、事務所の人間では役に立たなそうでね。探せば腕の良い護衛とかもいるだろうけど、そういった人はどうしても費用がね。こんな小さな事務所でそれほどたいした礼も出せないのだけど……」
「…………」
「大手の芸能事務所なら仕事場への送迎やスタッフを張り付かせることもできるんだけど、僕のところはスタッフも所属タレントや声優を除けば5人しかいないからね。それに御堂も以前から知り合いだった柏木さんなら安心できると言ってるし」
それほど信頼されるような覚えは全くないんだけどなぁ。
そもそも御堂さんがコスプレイヤーの『エリカ』さんだって知ったのは昨日だし。
「兄ぃ」
亜由美が俺をジーっと見る。
いや、言いたいことはわかるんだが。
「わかりました。ただ、俺も大学があるし、男の俺が御堂さんと一緒にいられない場合もあると思うんで俺が付いていられないときは代わりに俺の友人に任せて良いなら、ですけど」
しばらく考えて、結局俺はそう言っていた。
乗りかかった船ではあるし、少し前にどこかの地下アイドルだかがストーカーに怪我させられたってテレビでいってたような気がするしな。
やっぱり知り合いが万が一にでも被害に遭ったとしたら後悔するだろうし。
何より、亜由美の視線が痛い。
「本当? いいの?」
御堂さんが身を乗り出して聞き返してくる。
金井さんもホッとした様子だ。
「もちろんそれは構わないとも。しかし、その友人というのは、大丈夫なのかい?」
「ああ、腕の方は問題ないはずです。刃物を持ってたりする程度の普通の相手ならどうとでもできるはずですから」
言うまでもなくレイリアとティアのことである。友人というか、家族だけどな。
実力は全く問題なし。というか相手の心配が必要なくらいだ。それと調子に乗って魔法使ったり身体能力全開にしたり……逆に不安になってきた……。
「そ、そうか、じゃあお願いできるかい? 基本的には仕事場所への送り迎えと、その他の行動時、仕事場所は関係者以外入れないからその間は大丈夫だ。後はその都度お願いするかもしれないけど、御堂が自宅を出てから帰るまでになるね。夜は当分あまり遅くならないように仕事を調整するから」
その後は細々としたことを話し合い、条件をすりあわせていく。
謝礼としてそれなりの金額が提示されたけど、そもそもこういうことの相場がわからないので多いのか少ないのか判断しかねる。第一、動機が動機なんでお金のことは割とどうでもいいし。
そして、実際の仕事は明日からになった。その時にレイリアとティアを紹介する予定だ。一応2人には連絡して了解はとってある。
「ごめんね。無理言って。でもありがとう」
「大丈夫! 兄ぃが命に代えても御堂さんを守るから!」
事務所を出るとき、御堂さんが改めて頭を下げ、俺、じゃなく亜由美が鷹揚に受ける。
だから、なんでお前が答えるんだよ!
「ま、まぁ、できる限りのことはするから、大船に乗ったつもりとまでは思えないだろうけど、安心していいよ。急に出かけることがあっても遠慮なく連絡して」
亜由美の頭を鷲掴みしてギリギリと締め上げながら苦笑いで答えておく。
シッポを踏まれた猫みたいな叫びを上げる亜由美を引きずって事務所を後にした。
雑居ビルを出た俺と亜由美はバイクを駐めたパーキングに向かう。
「うぅぅ、兄ぃ酷い。ハゲたらどうする」
「やかましい」
恨みがましい亜由美の視線を無視して今後のことを考える。
ストーカー対策に護衛するのは良いとして、俺にも俺の生活があるからあんまり長引くのも困るのだ。
緩いとはいえサークルの責任者なので活動にまったく参加しないわけにもいかないし、茜と逢う時間だってほしい。
金井さんが依頼している探偵がどのくらい優秀かはわからないが、早期に解決するに越したことはないだろう。
御堂さんだって早く気楽になりたいだろうしな。
「亜由美、明日から”タマ”連れて行くからな」
「ん。了解」
俺の言いたいことがわかったのだろう、あっさりと頷く。
ってか、アレは俺の召喚獣なんだけどな。
最近はすっかり亜由美のペットと化してる。自宅にいるときはだいたい亜由美の部屋で寝てるし、すっかりクッキーやビスケットで餌付けされてるし……。
何にしても、明日から忙しくなりそうだ。
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