第102話 勇者のストーカー退治 Ⅳ
驚きの展開である。
なんと、御堂さんが夏冬のイベントでコスプレしているエリカさんだったとは。そういえば面影が……ねぇな。女の人は化粧とかで変わるとは聞くが、別人じゃん。
「ぜ、全然気付かなかった。何度も会ってるはずなのに」
斎藤も知らなかったらしい。良かった。俺の目が節穴というわけではないということだな。うん。
「芸能界で仕事してて、イベントでコスプレとかって問題ないんですか?」
「う~ん、コスプレイヤーは声優になる前からやってたし、というか、もともとアニメ好きでコスプレやってるうちに声の仕事に興味が出て、それで声優学校に行くことになったのよ。事務所も知ってるし問題ない、んだけどねぇ~……」
亜由美の質問に答えながら御堂さんは少し困ったように笑う。
「い、いやいやいやいや、ちょっと待とうよ!」
「そ、そうよ! 愛ちゃんのコスプレオタク遍歴なんかより、え? なに? さっきのリューガ、あれ君だったの?!」
知り合いだったことが発覚して盛り上がった一部以外は御堂さんの発言に固まっていたのだが、ようやく再起動したらしい。
声優さん達が騒ぎ出す。
「本当に君がさっきのリューガなの? マジで?」
「ちょっと、コスプレオタク遍歴って、酷くない?! だいたい、声優でオタクじゃない人なんかいないじゃない」
「いや、そんなのどうでもいいから!」
いきなりこの場がカオスってます。
さて、どう誤魔化すか、ってか、無理っぽいな。
「……はぁ、バレないと思ったんですけどね」
しょうがないので白状する。
「す、すご~い! ね! ね! どうやったの? あれ! あの、バチバチッって、稲妻? それに相手吹き飛ばしてたし!」
「あれは、静電気発生装置のパンデグラフを袖に仕込んでいて、放電させただけです。ちょっとビリッとするくらいで見た目だけですし、吹っ飛ばしたのは顔面に黒いスーパーボールぶつけたので相手が驚いて勝手に後ろに跳んだだけだと思います」
事実は言えない。なので念のために考えておいた言い訳で誤魔化す。
パンデグラフってのは、テレビなんかで金属の球から稲妻のような放電を見たことあると思うけど、それを発生させる装置で、構造自体はそれほど複雑じゃない。高校の時、科学部に入っていた友人が自作してたくらいだしな。
もちろん、本来なら薄暗くしないと見えないくらいの放電しかしないし、腕にまとわせるなんてこともできないので、詳しくツッコまれると困るわけだが。
見ると声優さんたちは微妙に納得していない顔だ。
当たり前だな。俺でもこんな雑な説明で納得しないし。けどこの場はそれで押し通す!
後先考えずに魔法なんか使うんじゃなかった。
あっさりぶん殴ればそれで済んだのに、無理にイベントの内容に合わせて派手なまねを。俺の馬鹿。
「ま、まぁ、細かいことは良いじゃないか。それよりもお礼を言わないとね。本当にありがとう。あのままならイベントが中止になるどころか、御堂君が大怪我していただろう」
監督さんがフォローしてくれた。
40代くらいのヒゲを生やした超ダンディー。いいなぁ、こんな風な大人になれたら。うちの親父とは大違いだ。ヒゲ生やしたら変質者にしか見えないし、剃ったらウナ○イヌだし。今は色が抜けて普通に戻ったけど。
親父の若い頃にそっくりだという俺では監督さんみたいになれないのは確定である。切ない。
「それにしても、君は強いんだね。放電はともかく、男は大きなナイフ持ってたのに、御堂君を抱いたまま何でもないようにあしらってたし」
「えっと、一応格闘技の経験もありますし鍛えてますから。多少は慣れてます」
監督さんの隣にいた年配の声優さんが感心したように言うので、俺も軽く笑いながら答える。
「ナイフ持ってる相手とのバトルに慣れてるって、どんな生活なの?」
ボソッと若い女性がツッコむがスルーする。異世界で勇者生活とか言えないし。
まぁ、何にしてもバレたのなら隠してても意味がないので、ついでに気になっていることを聞いてみることにする。
「ところで、あの乱入した男ってどうなったんですか?」
「ああ、私達もまだ詳しいことは知らないんだけど、御堂君を狙ったのは間違いないらしい。君が拘束してくれたのですぐに警察を呼んで逮捕してもらった。僕らもこの後で事情を聞かれることになってるんだけどね」
「企画会社の人も頭を抱えてましたね。なんとかなったとはいっても、警備とか役に立たなかったですし、彼がいなければ愛ちゃんはヤバかったから」
まだよくわからないな。っていってもそんなに時間経ってないからしょうがないのか。
まぁ、騒動に介入したこと自体は後悔していない。
実際に俺が行かなきゃ間違いなく御堂さんは大怪我か、高い確率で死んでただろうし。ましてや知らなかったとはいえ、知り合いが被害に遭うなんて許容できることじゃないからな。
……そう思わなきゃやってられるか。
「改めて、本当にありがとうございました。あの瞬間、『ああ、自分はもうこれで死ぬんだ』って思いましたから、今でもちょっと震えてきます」
御堂さん、エリカさん? どっちで呼んだら良いかわからんが、再度俺に頭を下げる。見るとその手がかすかに震えている。
あんなのに狙われたら、そりゃそうだろう。その場で泣き叫んでいても不思議じゃない。というか、それが普通だ。
なのに、制作に携わった斎藤の紹介とはいえ単なる一ファンとの面談をキャンセルせずにいてくれたんだからな。
「いえ、力になれて良かったです。それに、このイベントは斎藤も関わってますし、妹も御堂さんに会えるのを楽しみにしてましたから。もっとも、舞台に飛び込んだときはイベントが中止になるかもと思いましたけど」
「そりゃあれだけお膳立てされたらね。僕らもプロだし。やっぱりイベントは成功させたいから」
一番最初に俺と御堂さんの芝居に乗ってくれた声優さん(男)が苦笑いしながら言う。さすがの一言だ。
「僕らも驚いたけどね。スタッフなんか「聞いてねぇ!」って怒ってたし、ほとんどの人が演出だと思ったらしいよ。おかげで最後までちゃんとやりきることができたけど」
「てっきり監督のサプライズかと思いましたよ。いつもいきなり無茶ぶりしてくるから」
口々に続ける声優さん。監督さんは矛先が自分に向きそうになってそっぽむいてるし。
「兄ぃもたまには役に立つ」
やかましい。
「っと、それで、ご相談なんですけど、できれば俺のことは黙っていてもらえると助かるんですけど」
今さらな気もするが、一応頼んでみる。
「えぇ~、悪いことしたわけじゃないんだし、秘密にしなくても良いんじゃないの? カッコよかったし、公表したらモテモテだよ?」
「そうだよ~! せっかく声優仲間に自慢しまくろうと思ったのに」
マジで勘弁してください。
「君たち、無理強いは良くないよ。あまり目立ちたくないって人もいるんだから。幸い今の話を聞いているのはこの場にいる人だけだから、恩人でもある彼の希望は聞くべきだろう。えっと、柏木君だったね、君が秘密にしたいなら僕らも
さすがは監督さん。実に話がよくわかる。
ダンディーは違うねぇ。惚れてしまいそうだ。もし希望するなら斎藤のケツを貸したって良いくらいだ。
それに言っていることももっともなので俺は頷いて了承する。
微妙なアクセントが気になるが。
それからもしばらく監督さんや声優さん達にいろいろ聞かれたり、御堂さんにコスプレの話を振られたり、亜由美が女性の声優さんに可愛がられてもみくちゃになったり、斉藤が監督さんとディープな会話を繰り広げたりと、結構な時間を過ごしてしまった。
会場の係員さんと思われる人が困った顔で呼びに来たので謝って会場を後にすることにした。
俺は結構疲れたんだが、亜由美は声優さん達に後ほど出演作のDVDやら原画さんの直筆デザイン画を送ってもらえることになりホクホク顔だ。
普段無愛想なくせに年上の女性キラーだったとは。うらやましい。
斎藤は斎藤で監督さんと意気投合したらしく、今度別の作品の制作に誘われてご満悦だ。悔しいので女性声優さんに囲まれて鼻の下を伸ばしていたことを奈々ちゃんにチクってやることに決めた。
ティアは俺と同じくちょっとお疲れモードだが、男性声優に一人に口説かれていたのを見かけて思わず邪魔したのが嬉しかったらしく、機嫌良さそうに俺の後ろにくっついている。
というわけで、今回は俺の一人負け状態である。
いや、その、御堂さんとかほかの女の子と連絡先交換したりとか、した、けど。
うん、あれは亜由美のついでっぽいからノーカンで。
その後は、亜由美を買収するために有名な果物屋のフルーツパーラーとやらに行ってびっくりする値段のパフェを奢ることになった。ファミレスの実に3倍の価格。絶対にレイリアは連れてこれないな。
だって、3人分で諭吉さんが飛ぶんだぜ? レイリアを連れてきた日にはどれだけ稼いでいようが破産する気がする。
さらに帰りにデパートに寄り、靴を強請(ねだ)られ? 強請(ゆす)られ? てようやく帰宅である。
ちなみに斎藤はイベント会場を出た時点で別れた。
返したコスプレ衣装に後付けだが放電装置を取り付けるとかいって張り切っていた。正直、どこまで口止めが効果あるのかわからないので助かる。
場合によっては警察に事情を聞かれるかもしれないし。
「ただいまぁ。お母さん、これお土産。兄ぃから」
「お帰りなさい。あら? ありがとう。ふふ、裕哉、どんな弱みを握られたのかしら?」
お見通しですか。そうですか。
「主殿、おかえりじゃ」
「裕哉、は、どうでも良いとして、ティアと亜由美、お帰り」
親父の態度が露骨すぎるので、「母さん、親父はいらないっていうからお土産は女性陣で食べて」と言っておいた。
1個千円のゼリーをみんなが食べるのを指を咥えて見ているが良い。
一度部屋に戻って軽くシャワーを浴び、着替えた後再びリビング部屋に。
母さんの手によってすでに食事の準備が整っていた。
妊娠を報告したことで母さんの勤務が準夜や夜勤無しの日勤のみになり、このところ毎日食事を母さんが作っている。
ティアは掃除や洗濯、料理の手伝いや買い物などをしている。
おかげで母さんは俺と亜由美の時と比べて随分楽だそうだ。
俺たちとしても母親の手料理が毎日食べられるのは嬉しい。
食事が並べられたテーブル、といっても人数が多いのでダイニングテーブルではなく座卓を二つ並べたものだが、自分の箸が置かれている場所に座る。
亜由美とレイリア、親父はすでに席に着きテレビを見ている。
ほどなく、母さんとティアも配膳を終えて食事が始まる。
絵に描いたような団欒の光景だな。
「レイリアはどこに買い物に行ってたんだ?」
「うむ。アカネに大きな本屋に連れて行ってもらったのじゃ。その後はアカネの服を見ておった。まぁ、あれじゃな、アカネの買い物は長いのでな、結局戻ってきたのは主殿が帰る少し前じゃ」
茜は大多数の女性の例に漏れず買い物好きだからなぁ。俺も何度か付き合って苦労した。
なんで女の人って買い物だけはあんなに体力続くんだろ?
「亜由美達はアニメのイベントだったっけ? どうだったの?」
「楽しかった。ヨーちゃんのおかげで声優さんとか監督さんとも会えたし」
母さんがニコニコと笑いながら亜由美に聞き、亜由美も機嫌良さそうに答える。
「して、ティアよ。主殿の様子はどうじゃった?」
「女の『セーユー』さん達と連絡先の交換をしてました」
「なに? ううむ、アカネに連絡して対策を練らねばならぬな」
レイリアとティアはコソコソと変な報連相をしないように!
「パパ寂しいんだけど」
うるせぇよ。
『次のニュースです。
今日東京上野で開かれていたアニメのイベントで……』
会話を楽しみながら食事をしていると、つけっぱなしになっていたテレビから何やら気になるフレーズが。
「あら? これ亜由美が言ってたイベントじゃないの?」
「ホントだ」
母さんが真っ先に反応してしまう。
『イベントの後半、出演者がいるステージに刃物を持った男性が警備員の制止を振り切って上り、出演していた女性に危害を加えようとしましたが、観客と思われる一人が割って入り男性を取り押さえました。その時の映像です』
全員が注視するテレビが淡々とイベントでの事件を報じ、続いてバッチリなアングルと鮮明な映像が映し出される。
男がステージに上り山刀を振り上げる姿と、派手なコスプレ衣装の男が女性を抱えて山刀を躱し、大げさな仕草で放電を纏わせながら男を吹き飛ばすシーン。
映像提供、主催者になってるな。
『男は犯行の動機について、「親から仕事をしろとうるさく言われてストレスが溜まっていた。好きな声優を殺して自分も死のうと思った」などと供述しており、警察がさらに詳しい動機と凶器を持ち込んだ経緯を調べています。なお、取り押さえた男性はすぐにその場を立ち去っており、警察は事情を聞きたいので名乗り出てほしいと呼びかけています。
続いてのニュースです。
元サッカーブラジル代表で股間を負傷して引退したA氏が女子サッカーの選手登録をすることの是非を巡り……」
「………………」
両親がなんとも言えない顔で俺を見る。
視線が痛い。
「覆水盆に返らず。もらったものはすでに私のもの」
「ずるいのじゃ。我もそっちに行けば良かった」
フイッと視線を逸らす亜由美を睨む。あと、ややこしくなるのでレイリアは黙っててくれ。
「お前は自分の能力隠すんじゃなかったのか?」
俺のせいじゃねぇよ! 緊急事態だからしょうがないじゃん!
「……自分の息子がこんなに馬鹿だとは……お前なら自分がいた場所から何か投げつけて乱入した男にぶつけて無力化くらいできただろう」
…………その手があった。
うわぁぁぁぁぁぁ!!
何で気がつかなかった?!
マジで俺、馬鹿じゃん!!
「「はぁ~」」
微妙な空気のリビングに両親のため息が響いた。
失意の中部屋に戻り、布団をかぶって悶々としていたらスマホの着信に気がついた。
画面を見ると、御堂さん?
確かに連絡先は交換したが、もしかして警察から何か言われたか?
「はい、柏木です」
「あ、えっと、御堂です」
とりあえず普通に応対。
聞くと、警察の事情聴取と事務所への説明を終えて、つい先ほどようやく自宅へ帰ってきたらしい。
時計を見るとすでに午後10時。
遅くまでご苦労様です。
俺のことに関しては警察も特に今回の乱入男との関連はないと考えているらしく、それほど熱心に探しているわけではないそうだ。
不幸中の幸いである。
「わざわざ知らせてくださってありがとうございます」
「えっと、電話したのはそのことだけじゃなくて、その、ちょっと相談したいことがあって」
「俺に、ですか?」
いったい何だろ?
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