第101話 勇者のストーカー退治 Ⅲ

 突然感じた異様な気配。

「ユーヤさん」

 ティアも気がついたらしい。さすがだ。

 俺はティアに頷いて見せると、周囲を探る。

 いた。

 ここからだと後ろ姿しかわからないが、中背で痩せ型の男性が観客達をすり抜けて舞台に近づいていっている。注意してその気配を読むと、ただの恨みや殺気を通り越して殺意を持っていることがわかる。

 男は初夏に差し掛かっているのにコートのようなものを羽織っている。となると、凶器でも隠し持っているのか。入場の時にちゃんとチェックしてほしいものだ。

 ……そういえば、俺もこんな格好してるのに何も言われてないな……。


 なんにしても、気がついた以上は放っておくわけにはいかない。

 妹がせっかく楽しみにしていたイベントを、嫌な思い出になんてしたくないしな。

「ティア、亜由美と斎藤を頼む」

「はい。お気をつけて」

 俺はティアに一言告げて移動する。が、人が多い。進めねぇ。

 観客達に阻まれて遅々として進めない俺をよそに、男が舞台のヘリにたどり着いた。

 ステージの前にいる警備の人が男を押しとどめようとして、叫び声をあげながら慌てて距離を取る。

 男が手に長いものを持ち、振りかぶる。照明が反射した、ナイフ? いや、山刀か?

 それを見て、警備員達も完全に腰が引けていた。警備がそれはどうかと思わないでもないが、所詮は平和な日本の警備会社の人である。警察官じゃあるまいし、命がけで職務を全うなんてできるはずがないか。


 男は警備員や周囲の観客達に特にそれ以上構わず、舞台によじ登る。

 ここにきて、初めて異常事態を察した舞台上の人達と観客。

 歌っていた御堂さんもマイクを持ったまま動きが止まる。ステージにいる他の人達も同様に、突然の事態を飲み込めずに、一様に戸惑った表情で固まっていた。

 ざわめく観客と虚しく鳴り響く伴奏の音楽。

 このままじゃ間に合わないな。本当なら舞台に男が上がる前に片付けたかったが、思った以上に人が邪魔で前に進めなかった。

 警備員さん達に怪我がなさそうなのが救いだが、男は御堂さんをヒタっと見据えている。完全に御堂さんがターゲットなんだろう。


 となればもう遠慮しているわけにもいかない。なので、観客の中で比較的体格の良さそうな男性の肩を踏み台にしてショートカットする。

 少しだけ飛行魔法を併用して、あまり強い衝撃が肩にかからないように気をつけつつ、幾人かの男性を経由して舞台上まで飛び込む。

 ……最後、一際踏みやすそうなターバンに巻かれた頭があったので強めに踏み切ったが、キニシナイよ。

 俺が舞台上に踏み込んだ時、ちょうど男が山刀を御堂さんに振り下ろそうとしている瞬間だった。

 目を見開いたままそれを見つめて固まっている御堂さんを横抱きに抱えて山刀を躱す。


「え? あれ? あの」

 めまぐるしく変わる状況に、混乱して俺の顔を見つめたまま呆然とする御堂さん。……結構美人さんだ。

 とっさにお姫様抱っこしてしまったんだが、ちょっと役得。なのか?

 調子に乗るとティアから皆んなに報告が行きそうなので表情を引き締めよう。

 にしても、困った。

 勢いに任せて飛び込んだのはいいが、この先どうしようか。

 舞台に乱入した男を片付けるのは簡単だが、そうなると大騒ぎだよなぁ。今更遅いのかもしれないが、亜由美はこのイベントと後の御堂さんとの対面を楽しみにしていたし、斎藤にとってもある意味自分の作品の晴れ舞台だ。

 無駄かもしれないけど、俺の格好もアレなことだし、ちょっと悪足掻きしてみようか。


「な、なんなんだよオマエ!」

 男が癇癪を起こしたように喚き、山刀を振り回す。が、遅!

「あ、あの、貴方はいったい」

 まだ混乱から回復していない御堂さんが俺の手の中で身を固めながら疑問の声をかけてくる。

「イベントを続けて。今なら誰も怪我してない。大丈夫だから」

 マイクが声を拾わないように御堂さんの耳元で囁やく。これで通じてほしい。お願い!


「り、リューガ、貴方が何故? !」

 御堂さんがマイクを使って言う。さっきと声音が違うし声に張りもある。声優としての声なのか?

 ってか、俺のコスプレキャラ、リューガっていうのか? うぅぅ、恥ずい。でも、

「下がってろ。オレがやる」

 内容はイマイチ理解していないが、さっき見た予告や短編アニメのキャラに似せたつもりで大げさに演技しながら御堂さんを降ろす。

 どうやら俺の猿芝居に御堂さんも付き合ってくれるらしい。目がしっかりとした意思を持っている。


「おおっとぉ! 別の仕事で来れなかったはずのリューガがフィーナを救ったぁ!」

「リューガ、殺してはダメよ! 彼は操られているだけなの!」

 舞台上にいた別の出演者、えっと、多分このアニメの声優さん達、が御堂さんと同じように演技に乗っかってきた。

 思わずチラッとそっちを見ると、真剣な目仕事モードでこっちを見ながら声を張り上げる声優さんと、予定通りですって感じで腕組みしてウンウン頷いている監督さんの姿。全員口元がヒクヒクして額に脂汗流しているけど、なんとかイベントを維持しようと協力してくれている。

 マジでプロだな、この人達。


 さて、そうなるとどうやってこの場を収めるか。

 確か斎藤がこのキャラは電撃を使うとか言ってたし、予告編のアニメでもそんなシーンがあった。なら、そういう演出をしてやろう。

 俺は風魔法を使って周囲の空気を振動させ静電気を発生させる。さらに自分の腕の周りに渦状に真空の空間を作り、その中に発生させた静電気を放電させる。そうすると、青白い小さな稲妻が複数走る。

 といっても、見た目だけで電圧はそれほど高くない。テレビなんかでたまに出る、金属のボールから放電するような、そんな光景。

 直接触ってもちょっとビリっとくるくらいでほとんど無害だ。本当の雷撃魔法は一瞬で終わるからみてるほうは何が何だかわかりにくいし、威力もありすぎるからな。


 さっきからギャーギャー騒ぎながら山刀を振り回していた男がそれを見て固まる。

「ヒッ! な、なんだよ、何なんだよ」

 興奮状態だったのが急に冷めたのか、青い顔をして後ずさり、一瞬の後、踵を返して逃げようとする。

 けど、流石に逃すわけにはいかない。

 俺は男まで真空のチューブを伸ばして放電させると同時に純粋な魔力の塊を叩きつける。

 静電気だけじゃ倒せないからな。仮に電圧上げても感電するだけじゃ地味だし。

 男は吹っ飛び、転がりつつ舞台袖の奥に消えていった。

『オォォォッ!』

 途端に観客席から歓声が上がる。


「じゃあな」

 俺はそう言いつつ、男が転がっていった舞台袖に退散。

「リューガ!」

 御堂さんの声が舞台から響く。

『リュ、ウ、ガっ! リュ、ウ、ガっ! リュ、ウ、ガっ!』

 観客席からは予想外のリューガコール。止めて! これ以上俺を追い詰めないで!!

 舞台からは監督さんや声優さん達が今の一幕についてでっち上げコメントが聞こえてくるが、もうどうでもいい。

 とりあえず、意識を失っている男をスタッフさんが持っていた結束バンドで縛り上げ、引っ込むついでに回収した山刀も渡して処理をお願いし、そそくさと逃げ出す。

 引き留めようとするスタッフさんをダッシュで振り切りその場を後にして、物陰で元の服装に着替える。

 これでイベントは大丈夫だよな?

 これ以上はもう何もやんねーぞ!



 建物内を適当にウロついて、ようやく斎藤達のいる会場に戻った俺を迎えたのは、キラキラした目で見てくる斎藤とティア、それとニヤニヤ笑いの亜由美。

「いや〜、さすがだよね、柏木君」

「ユーヤさん、かっこよかったです!」

「録画バッチリ。あとで家族で鑑賞会」

 あ、亜由美、これが終わったら買い物行こうか? お兄様が何でも買ってあげよう! 美味いものでも良いぞ! だ、だから、ダメ?


 どうやら監督さん達が今の騒動をうまく誤魔化したらしい。

 多少ザワザワしたものの、残りのイベントは中止されることなく無事終了した。

 そして、今、出演者の控え室に向かって歩いているのだが、大丈夫なんだろうか。

「イベントはうまくいったけど、実際に乱入者がいたんだし、会えるのか?」

「う〜ん、どうなんだろ? とりあえず行ってみて、聞いてみるしかないよね。じゃないと不自然だし」

 そりゃまぁそうか。事前に約束してるわけだし、本来俺達が実情を知るわけがないはずなのに、向こうから中止の連絡もないのに行かないわけにはいかないな。

 亜由美もできれば会いたいって顔してるし。


 控え室に着くとまず斎藤が用件を伝えて許可を取る。

 あの騒動のせいでキャンセルになることも考えていたのだが、割とあっさり控え室に招き入れられた。

「はじめまして、御堂です。今日は来てくれてありがとう」

「あ、あの、御堂さんのファンです。出演された作品は全部見ました! きょ、今日はありがとうございます」

 斎藤が挨拶と俺達の紹介をすると、控え室にいた声優さん達と制作スタッフの人達もそれぞれ自己紹介をしてくれた。さっき見た監督さんもいる。

 声優さん達はこのアニメのキャラの声で話してくれたのがちょっと面白い。

 亜由美は珍しく緊張してガチガチだった。後でからかいたいが、今日に限っては間違いなく返り討ちにされるので止めておこう。残念だ。


 声優さんや監督さんは快く亜由美の持ってきた色紙にサインをしてくれたし、亜由美と一緒に写真も撮ってくれた。

 ものすごくサービスしてくれているが、これも斎藤の威光なのか? 今度から『斎藤先生』と呼んでやろう。

 俺とティアは少し離れて見ていたのだが、ティアの美少女ぶりに男性の声優陣のテンションが上がり、それに釣られたのか俺まで女性声優さん達に「カッコいい」とか褒められて、ちょっといい気分である。社交辞令かもしれないが、そう思ってはいても嬉しいのは男の業だ。

 そんなこんなで結構話し込んでるんだけど、大丈夫なんだろうか? 事件の後だし、警察とか。聞けないけど、気になる。


 あまり長居するのも迷惑だろう。

 そう考えて、亜由美に帰りを促そうとしたら、御堂さんが俺のほうに近寄ってきて突然頭を下げた。

「あの、さっきは危ないところを助けていただいてありがとうございました」

「は? あ、いや、何のことですか?」

 何でいきなりバレてんの?

 とっさに誤魔化すが、御堂さんは首を振ってさらに言葉を重ねる。

「仕事柄、声には敏感なんです。少し声色を変えていたみたいですから気付くのに遅れましたけど。体格も同じだし、それに、コスプレ姿は何度も見てますから」


「へ? 見てる?」

「助けてもらってばっかりですよね。『特撮工房』さん」

 は? 特撮工房? ってことはあの夏冬のイベント関係者?

「あ〜、わかんない? 『エリカ』です」

 ……マジ?

「え〜!? あの有名コスプレイヤーの『エリカ』が御堂さん?!」

 横で聞いていた斎藤が驚愕の声を上げる。

 まさかの展開。世間、狭すぎるだろ!


 

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