第100話 勇者のストーカー退治 Ⅱ
「ヨーちゃん、ヤッホ」
亜由美が相変わらずの平坦な口調で斎藤に挨拶しつつ手を挙げる。
本当に今更だが、妹よ、兄の同級生に対して『ヨーちゃん』はどうなんだ?
サブカル好きで意気投合してから個人的なやりとりもしているし、斎藤も気にしてないみたいだから良いんだけど。
「亜由美ちゃん、柏木君とティアちゃんも、おはよう」
「うっす。何か悪いな、亜由美のワガママで付き合わせて」
「サイトーさん、おはようございます」
俺とティアも斎藤に挨拶。と、謝罪。
「あはは、大丈夫だよ。元々僕も来る予定だったし、今回のイベント、っていうか、原作は僕も絡んでるしね」
斎藤が明るく笑いながら手を振る。
そう、今回のイベントは斎藤が制作に加わっていたゲームのアニメ化を告知? 宣伝? するイベントらしく、そのゲームとアニメに声優として参加している人が好きな声優さんであることを知った亜由美が斎藤に頼んでチケットを手配してもらったものらしい。
斎藤がゲームの制作とかで収入を得ていることは知ってたが、アニメ化されるほどの人気作品に関わってたとは知らなかった。なんとも言えない不思議な気分だ。
知り合いに漫画家とか小説家がいるのと同じかね?
待ち合わせ場所から会場まで歩きながら、なんの予備知識もない俺とティアにゲームの内容や大まかなストーリーを説明しつつ先導する斎藤についていく。
亜由美もいつもの無愛想な表情ながら機嫌が良さそうに時折ゲームについて補足する。
ゲーム自体はスマホ用のオンラインゲームで亜由美もプレイしているらしい。
「頼んでみたら“御堂さん”もイベント終わった後に会ってくれるって」
「ホント?! ヨーちゃん、ホントに会えるの?!」
斎藤の一言に亜由美が食いつく。
「う、うん、流石に僕も直接の面識はなかったから、制作会社の人を通じてダメ元で頼んでみたんだけど、快く受けてくれたみたい。イベントが終わってから控え室に行けば良いって。一応僕も関係者用の身分証もらえたから」
いつもの落ち着きをかなぐり捨てて飛び跳ねて喜ぶ亜由美。
そんなに嬉しいのか? 兄としてはちょっと嫉妬してしまうのだが。
亜由美が興奮気味に話してくれたことによると、御堂さん、御堂愛(みどうあい)さんはここ数年で人気が出た女性の声優さんで、子供の声から大人の女性、動物や男性の声まで幅広く声優として活躍するだけでなく、近年の声優の傾向らしいが、恵まれたルックスでアイドル的な活動もしている売れっ子だそうだ。
亜由美の好きなアニメのサブキャラも担当していて、主役以上に人気らしい。
そういう世界のことはよくわからんが、とにかくすごい人で、その人がわざわざ時間をとって亜由美に会ってくれるとか、あれ? 斎藤って実は凄くね?
「そこまでしてくれたのか。すまん。ってか、斎藤ってそんなに凄かったのか。今度から斎藤さんって呼んだ方がいいか?」
「か、勘弁してよ! たまたま向こうが受けてくれただけだから!」
俺がからかい交じりに言うと、斎藤は顔を赤くして固辞した。うん、しばらくこのネタで弄れそうだ。
「そ、それより、柏木君こそ最近大学で噂になってるよ?」
「それを言うな」
そうなのだ。
例の合コン騒ぎで、ある意味予想を裏切らず、大学内で章雄先輩と俺がヤクザと繋がりがあるという噂が広まってしまった。
参加していた女の子達から広まったのだろうけど、最初の噂では章雄先輩がヤクザの2代目で俺が若頭になっていた。のだが、今では何故か章雄先輩はヤクザに追いかけられる多重債務者で、俺はヤクザの裏の仕事を請け負うヒットマンということになっているらしい。
解せん。
当初は章雄先輩がメインで俺は先輩との関係性からオマケみたいな扱いだったはずなのに、いつの間にやら章雄先輩の話は下火になり俺がメインになっていた。
なんでも、先輩のヘタレっぷりが学内の常識になりすぎてて、ヤクザ側ではなく被害者側の方が信憑性が高い印象だかららしい。
おかげで俺の方は大学の男達からは視線をそらされ道を譲られる状況になっている。泣きたい。
女の子達からも……いや、これは元からあんまり声をかけてもらえてないな。最近はレイリアやティアも近くにいて牽制してるし……。
ちなみに、後日章雄先輩は大野さんからかなり文句を言われたらしい。とはいっても、あの後みんなは別の店で二次会をしたらしく、結果が上々だったこともあり本気で怒っていたわけじゃないようだ。
とはいえ場を白けさせたのは確かだし、せっかくの大野さんの気遣いも無駄になったわけで、テーマパークのチケット代は返却することにした。
先輩は満岡さんの分を、相川は小林さんの分を、残りは俺が負担。まさに踏んだり蹴ったりである。
「ま、まぁ、人の噂も75日って言うし、しばらくしたら落ち着くんじゃない?」
「2ヶ月半も続いたら胃に穴が開くわ!」
ホントに勘弁してくれ。
「兄ぃの自業自得。要反省」
うるせぇ。
「と、ところで、サイトーさんが持っている紙袋はなんですか?」
「ちょ、ティア、それは」
微妙な雰囲気になった俺と斎藤の空気を変えようとして気を使ったのか、ティアが斎藤が手に下げている大きな紙袋に話題を移す。が、それは俺がさっきからあえて無視し続けていた話題なわけで。
「これ? いや〜、実はメインキャラの1人を僕がデザインしたんだけど、結構人気が出たんだよね〜! で、そのイメージのモデルが柏木君だったから、せっかくだから是非柏木君にその格好をしてもらおうと」
よくぞ聞いてくれましたとばかりに満面の笑みでティアに答える斎藤。
……嫌な予感が的中しやがった。しかも俺がモデルって、聞いてねぇよ!
斎藤が紙袋からコスプレ衣装を取り出す。
ハーフコート丈の詰襟のようなデザインのシルバーの上着に濃紺の革パン、シルバーグレーのカツラに目元の見えないゴーグルタイプの鏡面グラス、黒の指ぬき革手袋、どこの厨二病患者だ?
「このキャラはね、主人公を補佐するクールな武闘派で雷を操るんだよ。補佐するって言っても常に一緒にいるんじゃなくて、要所要所で颯爽と現れてピンチに助けたり、助言したりするストーリーでも重要な位置を占めているんだ」
嬉々として説明を始める斎藤。いや、熱くなるなよ。頼むから。
「い、いや、いくらなんでもこんなところでコスプレなんざできるか! なんで俺がそんな恥ずかしい……」
「え? 結構コスプレしてる人いるよ? ほら」
天下の往来でのコスプレ拒否の途中で斎藤が不思議そうな顔で追撃を放ってくる。
その言葉に周囲を見回す。
気づけばイベント会場の目の前。そして、ホントにいるよ。コスプレしている人がチラホラ。いや、見える範囲でもそれなりに。
逃げ場が、いや、俺が毅然と断ればそれで良い。
「兄ぃ。ここはヨーちゃんの力作に華を添えるべき」
妹よ。贔屓の声優さんに会わせてもらえるからといって兄を売るな。俺は圧力には屈しない。
「わぁ〜! ユーヤさんカッコいいです!!」
「うん! やっぱりイメージ通りだね!」
「兄ぃ、なかなか似合って、っぷっ、くっくくく」
楽しそうに声を上げるティアと満足そうにウンウンと頷く斎藤。亜由美はもう少し気を使ってくれ。せめて笑うのは俺の見ていないところでやれや。
結局、斎藤の押しと亜由美の圧力、ティアの期待するような視線に負けた俺は、今日も黒歴史を量産する。
せめてもと、斎藤に大学内の噂の払拭に協力させることにしたものの、こんな東京のど真ん中でコスプレするのはめちゃくちゃ恥ずかしい。
夏冬のイベントの時は周囲はコスプレイヤーで溢れているからそれほど羞恥心を刺激されることはないんだが。
マジで、どうしてこうなった。
ゴーグルタイプのサングラスのおかげで顔の多くが隠れているのがせめてもの救いだ。
自分で顔が赤くなっているのがわかるが、どうしようもない。早く済むことを祈ろう。
「と、とにかく、さっさと会場に入ろう」
「え〜! もうちょっとお披露目を、わ、わかったから、顔を掴むのはやめて」
ティアは最近ようやく慣れてきたスマホのカメラアプリを亜由美に教わりながら写真を撮っている。あとで削除してやる。
「もうお父さんとお母さん、茜さんには送信済み」
俺に何か恨みでもあるのか?
会場に入るとたくさんの人がいた。
こういったイベントは初めてだが、意外と見た感じ普通の人が多い。
もちろん若い人が多いのだが30代〜40代の人もそれなりにいるし、女性も結構いた。
コスプレしている人も割といるのでそこは少しだけ安心だ。
「もう少しで始まるね」
斎藤の言葉通り、少しづつ照明が落とされていく。
会場は舞台というよりはコンサート会場っぽい感じか?
イベントはまずゲームの紹介とアニメの予告、それからイベント用のオリジナル短編の上映と主題歌や挿入歌のミニライブ、監督や主要キャストのトークショーらしい。
ライブは件の御堂さんとやらが歌うらしく、亜由美が今からソワソワしている。
俺は特に好きな芸能人とかアーティストはいないのでファン心理というのはよくわからないんだが、そういうものなのだろう。
周りの雰囲気と自分の格好と内心のギャップがハンパないな。
そうして始まったイベントだが、基本的にはゲームを知っている人が前提なのだが、初心者? にも理解ができるような工夫がされていて、結構楽しめるものだった。
あまり興味がなかった俺でもアニメを『ちょっと見てみようか』なんて思ったくらい。
亜由美はもちろん、ティアも「絶対に見る」とか言ってるし、斎藤も周囲の人達と同じように盛り上がっていた。
……お前、関係者だよな?
特にライブはかなりの熱気で、アニメ用だけでなく、ゲームの曲も歌っているらしい。
最前列で見事なオタ芸を披露している頭にターバンを巻いた髭面の外国人、どこかで見たことがあるような気がしないでもないが、あえて追求はしたくないので見なかったことにする。
そうしてライブも終盤。
俺は不意にかすかな、それでいて異様な気配を感じ、後ろの髪がチリチリと逆立った。
……何だ?
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