第99話 勇者のストーカー退治 Ⅰ

 ピクピク

 鼻がムズムズして、ゆっくりと意識が覚醒してくる。

 横向きに布団に寝ている俺の顔になにやらフワフワとしたモノがあたっているらしい。

 ん~、なんだ?

 時折ソレがピクピクと動き、その度に鼻やら口やらをくすぐる。

 まだ目を開けないまま右手を動かす。

 何かが乗っているような重さがあるがかまわず手を上げようとする。

 フニョン。

 柔らかい感触が手の平に伝わった。

 うん。柔らかいしスベスベしてる。

 そのままその感触を楽しみつつ、働かない頭のまま更に手を動かすと指先にフサッとした、何コレ?

 

 ゆっくりと目を開ける。

 三角形の、フサフサした、耳が俺の顔を撫でていた、って、耳?

 一気に目が覚めた。

 そこにあったのは紛れもなく大きな猫の耳。言うまでもなくティアのソレだった。

 空いている左手でゆっくりと掛け布団をはだける。

 右向きに寝ている俺の胸元に、向かい合いようにティアが寝ている。

 俺の右腕はティアの腰を抱くように下敷きになっていて、手の平はティアの着ているTシャツの捲れ上がった形の良いお尻をダイレクトに鷲掴みしていた。

 どうりで柔らか、って、そういうことじゃなくて!

 驚いて右手が動き、指先がティアの尻尾の付け根に当たる。

「フニャン、ユーヤさまぁ……」

 一瞬、ピクッとティアの身体が跳ねる。

 

 え? え? なんで? 俺の部屋、俺の布団にティアが寝てるの??

「んん~、にゃ、あ、ユーヤさん、おはようございますぅ」

 ティアの目が開き、エメラルドグリーンの綺麗な瞳が俺を見つめる。

「お、おはよう、じゃなくて! 何でティアがここに?!」

 別の部屋に一人で寝てるはずじゃ?

「え~と……あ! 夜中に物音で目が覚めてしまって、ついでにお水を飲んだのですけど、慣れない間取りだったので……」

「間違えて俺の部屋に入ってしまったと?」

 思い出すかのように少し考えて、思い至ったのかバツが悪そうに耳をヘニャンとさせながら経緯を話すティア。

「ユーヤさんの姿が見えたので間違えたのはすぐに分かったんですけど、寝顔を見てたらつい」

 つい、って、あのなぁ……。

 

「っと、それよりも、そろそろ起きてくれないか」

「あ、はい」

 俺の言葉に身を起こすティア。

 こんな事をして、間違いがあったら色々と、本当に色々と困るので、一言注意をしておこうと思って、ティアを見、慌てて反対側を向く。

「ティ、ティ、ティア? そ、そそ、その、その格好は?」

 ティアはTシャツ一枚だった。

 寝間着代わりにと、以前俺から半ば強引に持っていった俺のTシャツ。

 身体の大きさにかなり差があるのでまっすぐ立てば腿の半ばまでは隠れるであろう大きさだが、ティアはそれしか着ていない。下着すら身につけていないのだ。

 男の憧れ、裸ワイシャツならぬ、裸Tシャツ。

 どおりでお尻をダイレクトに触った感触なはずだ。

 どうして分かるのかって?

 だって、見えちゃったもの。

 Tシャツ越しのふくらみと先端のポチッとした突起とか、捲れ上がった裾の先の見えちゃいけないところとか。

 見たのは一瞬だけだが、意味もなく高スペックな勇者の能力。細部までバッチリと見えてしまった。

 

「だいぶ暖かくなってきたので、最近は寝るときはこの格好ですよ?」

 不思議そうな声音でティアが言う。

 っが! お願いですから恥ずかしがってください!

「と、とにかく、着替えてきてくれ!」

「? わかりました。それじゃ着替えたら少し早いですけど、朝ご飯の支度も始めますね」

 そう返事をしたティアが部屋を出て行くまで、その姿を見ないように反対側を向いたままにする。

 襖を閉める音を背中で聞いたあと、俺は大きく息を吐いた。

 焦った。マジ焦った。

 今見た光景は記憶から削除しよう。そうしよう。うん。

 ……………………削除できねぇ~~~~~!!

 健全な青少年があんなの見て忘れられるわけねぇ!!

 いかん。ティアを見る度に思い出しそうだ。

 か、顔でも洗って、気を静めよう。

 俺は立ち上がり、部屋を出ようと『押し入れ』を開けた。

 ……落ち着け、俺。

 

 

 改めて襖を開けて、洗面所で顔を洗う。必要以上にバシャバシャと。

 一度部屋に戻り、着替えをしてからレイリアの部屋へ声を掛ける。

「主殿か? もう起きておる故、入ってくれ」

 レイリアのしっかりとした返事が聞こえたので襖を開ける。

「ティアがもうメシ作りに行ったから、そろそろ親父達の部屋へ、って、おわぁ!」

 ピシャン!

 言いながら部屋に入ろうとした俺の眼前に飛び込んできた光景に慌てて回れ右して襖を閉める。

 

「な、なんて格好してんだよ! っつか、着替えてないなら入れとか言うなよ!!」

 レイリアの姿は、一応全裸ではないし、裸ワイシャツでも裸Tシャツでもない。けどあまりに扇情的なスッケスケの赤のネグリジェだった。

 一切隠すことなく堂々と正面に立っていたので、褐色の肌の大きなふくらみとピンク色の先端、ネグリジェと同じくスケスケのショーツ越しの茂みとか、その、バッチリクッキリと。

 頭茹であがりそう。

「うむ。この間アカネと一緒にデパートに行っての、買ってきたのじゃ。是非とも主殿に見てもらいたかったので丁度良い。どうじゃ? 人族の容姿の好みはいまだによく分からぬが、悪くなかろう?」

 悪く無いどころかとっても最高です。眼福です。けど勘弁してください。

 

 先日の合コン騒ぎ以降、レイリアとティアのこういった意図的なラッキースケベじみたアクシデントが頻発している。

 身体的な接触も増えた気がするし、あからさまに誘うような仕草も多い。

 どうやら俺が黙って合コンに行ったことで、なにやら心境の変化があったようなのだが、更に俺一人での行動が制限されてしまった。

 自室とトイレ以外はほとんど常に茜とレイリア、ティアのいずれかがくっついてくるのだ。

 ちなみに俺に拒否権は無い、らしい。

 

 レイリアに着替えるように強めにお願い(!)して、俺はまたもや洗面所で、今度は頭から水を被って茹だった脳味噌を冷やす。

 5分ほどしてようやく動悸と目の奥に焼き付いた光景が落ち着いたのでレイリアを待たずに玄関を出る。そして隣の部屋の玄関を開けた。

 靴を脱ぎ、短い廊下を通って入った先はダイニングと続きの部屋をリビングにした場所。

 そこにはキッチンに立つティアと母さん、ダイニングテーブルには親父と亜由美が腰掛けテレビを見ていた。

 描写が色々とおかしいと思うだろうが、実はここは俺達家族が住んでいた一軒家ではない。

 ちょっと古めの2階建て木造アパート、その一室だ。

 

 何故かというと、以前話が出た自宅の建て替えが今週から始まり、新しい家が完成するまでの間、一時的に近くのアパートに引っ越したのだ。

 とはいえ、人数が多いので3DKの部屋を隣り合わせで2つ借りることになった。全員で住める広い部屋もあるにはあったのだが、どうせ一時的なものだし広い部屋を1つ借りるよりもここを2つ借りた方が安かったのだ。

 なので1つをダイニングと部屋を繋げてリビングにし、そちらに両親と亜由美が住み、俺とレイリア、ティアの3人が隣の部屋に住むことになった。

 

 古いアパートなので部屋は全て和室。風呂とトイレはもちろん付いているのだが狭い。置いておく荷物もそれほど多くは出来ないので最低限のものだけ持ち込み、必要なものなんかは貸倉庫に保管してある。

 家具の類は折角家が新しくなるのでそれに併せてほとんどを処分し、新たに購入することになった。レイリアとかティアとかメルとかの分も揃えなきゃならないしな。

 当然、家具とかってのはちゃんとしたのは結構な値段がする。家1件分、人数も全部で7人(生まれてくる子供と茜の部屋まで用意するとなると9人)となれば軽く数百万はとぶ。が、俺達はそれを異世界で購入することで解決した。

 というのも、俺がこっちの世界で使い道のない異世界のお金を大量に持ってるからで、恩賞やら冒険者として魔物を討伐した報酬とか、普通に異世界で暮らすには数十人を一生養っていけるくらいのものがアイテムボックスに死蔵されているのだ。

 貴金属素材として使うにも限界あるし。

 

 個人が資産を溜め込んでいるのは経済的にも王国にとって良くないので、ここぞとばかりに散財することに決めたのだ。

 大量生産の機械類が発達していない異世界において、家具類はこっちの世界以上に高い。全てが職人による手作業なのだから当然だ。

 その代わりに作りは頑丈で、出来栄えは見事の一言に尽きる。

 王国も復興のために人手をとられているので申し訳ないとは思ったのだが、職人ギルドに相談したところ、建築やインフラ関係に仕事が集中していて、家具などの職人はむしろ仕事が少ないか安価なものばかりで困っているらしく、もの凄く歓迎された。

 資材の不足も心配したが、建築用の資材と家具用の木材では使われる素材が異なるとかで問題ないらしい。

 加えて、勇者である俺の家の家具を作るってのに妙な名誉? 的なものがあるらしく、儲からなくてもとか言う人までいたとか。

 ある意味お金を使うことも目的の1つなので、しっかりと利益は計上するようにお願いしたけど。

 

 そんなわけで、母さんと亜由美、茜、ティア、メルと何故かエリスさんまで連れ立って職人達に大量の家具類を注文しに行った。もの凄くウキウキしてた。

 ちなみに一応の希望だけは伝えたものの、親父と俺はほとんど蚊帳の外である。

 後で一応の見積もり金額(職人の世界ではこっちでも割とあるが、見積金額=確定金額ではなく、最終的には結構金額が変動するのだ)を見せてもらったが、さすがにびびった。日本円にして億超えって……

 確かにお金は気にしなくて大丈夫って言ったけど。いや、いいんだけど、小市民の金銭感覚しかない俺には心臓に悪すぎる。

 相当数の職人がその腕を振るうらしいが、1から全てを作るので最低でも数ヶ月は掛かるだろう、けどどうせメルが妊婦や新生児、出産に関わる治療を習熟するために、俺もその間こっちの世界に居なきゃならないので丁度良い。

 ついでに中古でオフロードバイクでも買って平原を疾走とかしてみたいし。復興の手伝いとか、茜と亜由美を連れて皇国とかへの旅行もいいかも。一生懸命治癒魔法を学ぶメルから怒られるかもしれんが。

 

 話が逸れたな。

 そんなわけで、仮住まいとなった部屋のダイニングに腰掛けると、すぐさまティアが熱いお茶を淹れて持ってきてくれる。

「あ、ありがと」

「はい!」

 ぎこちなくお礼を言うとニッコリと笑みを浮かべて食事の支度に戻るティア。

 ……どんな顔をすれば良いのかわかんねぇ……

 先程見た光景がチラつくのを必死に追い散らし、淹れてくれたほうじ茶を啜る。

「お、親父は今日は休みか?」

「ああ、ただ工事関係者との打ち合わせとかもあるからな、美由紀が仕事だし、病院まで送ってからはそのまま出ずっぱりになるだろうな。帰りも迎えに行くし。お前達は?」

「私は兄ぃとティー姉と一緒にお出かけ。師匠は茜さんと買い物って言ってた」

 俺の代わりに亜由美が答える。

 

 今日は斎藤に誘われて亜由美と一緒にアニメ? ゲーム? それ関係のイベントに行くことになっている。

 ティアは多分俺のお目付役、なんだろうなぁ。

 そんなふうに今日の予定を話していると、着替えたレイリアが入ってきた。

「おはよう」

「師匠、おは」

「おはようじゃ。む、主殿、先に行くとは酷いではないか」

 レイリアは挨拶を返しつつ、そう文句を言う。

 が、俺は脳内の画像処理にいっぱいいっぱいである。

「そうじゃ、まだ主殿の感想を聞いておらぬぞ」

「か、感想って、言えるか!」

 顔に熱が揚がるのが自分でもわかる。

 いつもの雰囲気と異なり、子供っぽく口を尖らせるレイリアの顔をまともに見れない。

 お、思い出すな、頑張れ。

「……兄ぃのスケベ」

 俺は無実だ!

 

「……ティア……どうじゃ……そ……った?」

「……まだ駄目……た。意……して……ると思う……ど」

 レイリアがキッチンにいるティアに近づいてボソボソと囁き合っている。

 断片的にしか聞こえないが、今度は何を企んでいるのやら。

 怖いので追及しないけど。

 そうこうしているうちに食事の用意が調い、全員が食卓に着く。

「「「「「「いただきます」」」」」」

 

 朝食を終えると母さんは病院職場へ、親父はそれの送迎に出る。

 俺達もそれぞれ外出着に着替えて家を出る。

 レイリアは茜が迎えに来るらしく、のんびりとしていたが。

 俺は亜由美とティアを連れて駅まで歩き、電車に乗って東京へ。

 イベントの行われる上野に着いて、斎藤との待ち合わせ場所に。

 約束の時間前だというのにすでに斎藤は待っていたようだ。

 その足下には大きな紙袋が置いてある。

 何か嫌な予感がするんだけど?

 

 

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