第97話 勇者の合コン狂想曲 Ⅳ

 居酒屋のオープン席から響いてきた怒声。

 談笑していた俺達も一瞬で静まりかえり顔を見合わせる。

 まぁ、言っちゃえば飲み屋なんでこういう事もあるのだろうが、それでもその場面に居合わせれば戸惑いもする。

 大野さんが少し襖を開け、様子を伺う。ついでに章雄先輩と俺も。

 

「もういっぺん言え、っつてんだろ?! あ゛あ゛ぁ?!」

「…………」

 店内の中央付近の通路に見えたのはサラリーマン風の男性2人に詰め寄られて顔を強張らせながらもふて腐れた表情をした見知った男。

「浅田じゃねぇか、何したんだよ」

 大野さんが唖然と呟く。

 そう、先程まで俺の前にいて席を立ったD大の彼だった。

 

「お、お客様、その、落ち着いて……」

「喧嘩売って来たのはコイツだろうが!」

 2人の男性は、酔っているのか少し赤らんだ顔で浅田君を睨みながら声を荒げる。

 まだ手を出したり掴みかかったりはしていないみたいだ。

「か、柏木君、どうしよう」

 章雄先輩がオロオロしながら聞いてくる。うん安定のヘタレっぷりである。

「よし! 戸塚、お前ちょっと行って2、3発殴られてこい! 多分お前なら悦ぶシチュエーションだろ?」

「あ、アニキ、酷くないっすか? それに俺が殴られて嬉しいのは年上のお姉さんとアニキだけっすよ!!」

 嫌なカミングアウトすんなよ! 聞きたくなかったよ!!

 

「き、木島君、ボクシング強いんでしょ? 何とかしてよ」

「お、俺? いや、その」

 K女子大の娘(こ)が木島君に言うもいわれた本人は戸惑った顔。さすがにビビってはいない様子だが気は進まなそう。

「格闘技経験者が出たらマズイだろ」

 時々勘違いしている人もいるが、凶器と見なされる格闘技経験はプロとか黒帯とかはあくまで目安に過ぎない。一定の実力があると認められればアマや白帯でも素人が凶器を所持しているのと同等の扱いを法的に受けてしまう。喧嘩がどれだけ強くても専門的な格闘技経験が無ければ法的制約を受けないことを考えれば不条理ではあるが、そうなっているので仕方がないのだ。

 だいたい、世の中暴力で解決できるトラブルなんてそんなに無い。

 俺は窘めると立ち上がって襖を開ける。

 

「んじゃ章雄先輩と大野さん、行きましょう」

「お、俺も? なんで?」

「わ、わかった」

 このまま放っておくわけにはいかないので何とかしよう。大野さんは幹事みたいなもんだし、章雄先輩は……何となく?

 俺達は座敷から出ていまだに怒鳴り散らしている男達に向かって歩き出した。

 足下が店備え付けのサンダルなのがちょっと情けない感じだが、靴履き替えるのも手間なので。

 

「ちょっとすみません。ソイツの連れですけど、何かそちらに失礼でも?」

「あ゛? コイツが俺達を見て『酔っぱらいのリーマンがうるせぇ』とか言って舌打ちしやがったんだよ!」

 ……そんだけ?

 大野さんが穏やかな口調で割り込んで事情を聞くと応えた男。

 いや、まぁ、気分良く飲んでていきなりそんなことを言われりゃムッとするのは分かるんだけど、怒鳴るほどのことでも無いような気がするんだが。店員さんも困ってるし。

「俺達が睨んだら『男だけで飲んで仕事の憂さ晴らしかよ。こうはなりたくねぇ』ってよ! そこまで言われて黙ってられるか!!」

 ごめんなさい。

 そりゃ怒るわ。

 

「……お前、何やってんだよ。……その、すみませんでした。コイツ今日機嫌悪かったみたいで、俺からもちゃんと言って聞かせますんで」

「ふざけんな! ソイツは一言も謝ってねぇじゃねーか!」

 男達は納得しない。無理もないが。

 多分、この浅田って奴が不機嫌に当たり散らしたのは俺が原因だろうから、俺が口を出しても意固地になるだけだろう。なので章雄先輩に何とかしてもらおう。

「浅田君だっけ、とにかく君がこの人達に暴言吐いたのが事実なら、ちゃんと謝ろうよ。みんなも心配してるしさ」

 俺に肘で突かれて自分の役割を理解した先輩が浅田に言い含めるように促す。と、ようやく浅田が頭を下げる。

「……すいませんでした」

 不承不承、というか、いかにも仕方がないと言わんばかりの態度で。

 

「っ! テメェ! なんだその態度は!」

「ちょ、お、落ち着いてく……」

「あれ? 若じゃねぇですかい。どうかなさったんで?」

 さらに激高しそうな男を必死に宥める大野さんと章雄先輩。

 そこに野太い声が投げかけられた。

「はぇ? な!? ま、昌さん?! なんで?」

 声に含まれる迫力にその場の全員が声の主の方を向く。

 そこにいたのはご存じ満岡組の下っ端を束ねるガチもんのヤクザさんである昌(まさ)さんである。

 今時珍しいパンチパーマに鋭い眼光、頬には大きな刃物傷。体格は厳つく、わざとらしい白シャツの袖と襟元から覗く刺青。

 まさしく、THE YAKUZAな出で立ちである。

 

「お久しぶりっすね、昌さん」

「おお! 柏木の兄さんもいらっしゃったんですかい! いつもお嬢と若がお世話になっておりやす。んで、なんの騒ぎで?」

 ちょ、声でかい!

「ま、昌さん、ちょっと、その」

「アニキ、若と柏木の兄さんが来てるんですかい?!」

「何? 本当か?」

 慌てて止めようとした章雄先輩の声も虚しく、直ぐ側の座敷の襖が開け放たれ、中に居た男達が一斉に顔を出した。そしてあれよあれよという間に数人が俺達を囲む。もちろん皆さん、満岡組の面々である。

 

「若! それで、何が?」

 口をパクパクさせてパニクってる先輩の代わりに俺が状況を説明して騒がせたのを詫びる。

 大野さんや浅田、怒鳴り散らしていたサラリーマン風の男2人は瞬間凍結してしまったらしい。顔色も真っ白だ。

 ……燃え尽きたのか?

「そういうことですかい。なぁ小僧、何があったのかわかんねぇが、酒は楽しく飲むもんだ。人に当たり散らしちゃいけねぇ。違うかい?」

「は、ははははい~~!!」

 浅田が壊れた玩具みたいに高速で首を縦に振る。何か痙攣してるようにも見えるな。

「兄さん等も、仕事終わりの一杯を邪魔されて怒るのは分かるが、ここは自分らに免じて引いちゃくれねぇか? 若のご学友の掛けた迷惑のワビに、兄さん等の勘定は自分らが持つって事で」

「は、はい! 俺、いや、ボク達は大丈夫です!」

 さすがに毒気を抜かれたらしい2人も必死に頷いて同意する。というかコレ脅しみたいなもんじゃ……。

 

 そんなわけで、呆気なく解散となった。

 昌さんは店員さんにリーマン2人にいくつかの飲み物と食べ物を追加させてその会計を自分達に回すように言うと俺と章雄先輩に向き直る。

 ちなみに章雄先輩の顔色は今にも死にそうなくらい真っ青だ。

「にしても、偶然ですねぇ。ところでお嬢は? 確か、朝出かけるときはお友達と遊園地に行くとか言ってやしたが」

「い、いや、きょ、今日は別行動で、ボク達は、その」

「と、ところで昌さん達はどうしてここに?」

 しどろもどろになる章雄先輩を見かねて、話を逸らす。

「大きな仕事が一段落したんでさぁ。そんで、手の空いたもんだけですが慰労会でもしようって話になりまして、ここなら座敷もありますし、カタギん衆の迷惑にならないんで時々利用するんですよ」

 迷惑にならない、のか?

 ま、まぁ、悪いことしてないなら良いのか? うん、良いんだろう。

 

「昌! そんなとこで話してねぇで、こっちに呼ばねぇか。他のお客さんと店に迷惑だろうが!」

「へい! 若、柏木の兄さん、おやっさんも居りやすんで、どうぞ」

 爺さんもいるのかよ。

 俺はともかく、先輩は、死んだかな?

 こうなったら仕方がない。俺と章雄先輩が昌さんに続いて元の部屋とは別の、満岡組が借りている部屋に入る。

 章雄先輩は今にも倒れそうだが、うん、頑張ってくれ。

 

「おう! 来たか! 兄さんも久しぶりだな」

「玄吾老、お久しぶりです。元気そうで」

「その田んぼの虫みたいな呼び方はやめてくれや。それで? 兄さん達は大学の集まりかい?」

「そんなところです」

 まさか合コンとは言えないよなぁ。

「娘っ子もいるみてぇだな。ってことは、アレか? 確か合コン、とかいうやつか?」

 爺さんの一言に章雄先輩の全身が大きく跳ねる。

 そんなに動揺したらバレますって!

 

「くかかか、若いってのはいいなぁ、おい!」

 あれ?

「爺さん、怒らないのか?」

「まだ清香を泣かしたわけじゃねぇだろ? だいたい、アレはそんなことで泣くようなタマじゃねぇさ」

 そうなのか?

 ともかく、先輩の命はいまだ繋がってるらしい。

「そ、そそそ、そんな清香ちゃんを泣かせるような事は、その、今日は友達に頼まれて、あの……」

「良いってことよ! それに男が若いうちに女遊びしねぇでどうすんだ! 俺だって昔はウチのに内緒で散々……」

「散々、何ですか? 御爺様?」

「って、清香! オメェ何で?!」

「清香ちゃん?!」


 機嫌良さそうに笑う爺さんの言葉が遮られ、慌てて振り向く。

 そこには、某ネズミの国で楽しんでるはずの満岡さんの姿が。

「裕哉、楽しんでたみたいねぇ」

「あ、茜、さん? どうしてココに?」

 茜までいた!!

 マジ? 何で??

 …………ってことは、ヤバ! 信士!

 俺の身も危険だが、付き合わせた信士がマズい。

 慌てて合コン会場になっている座敷に戻る。と、そこにはにこやかな笑みを浮かべる久保さんと大量の汗を額に浮かべる信士(ついでに相川達)の姿があった。

 

「良くん、どういう事? なんで合コンなんて来てるの?」

「ちょ、なんで、いや、これは、だから」

「信士君? 女の子達に囲まれて楽しかったですか? ん?」

「ゆ、有香先輩、これは、その、裕兄に連れてこられて、あの」

 やっぱり!

 すまん、信士!

「賑やかじゃのぅ。お、なかなか美味そうではないか。我も何か頼むか」

「そうですねぇ。いっぱい歩いて少しお腹空きましたし」

 当然レイリアとティアも居た。

 ってか、何でココが分かったんだ?

 

 俺達以外の合コンメンバーは突然の騒ぎに付いていけずに呆然としていた。

「とにかく、騒ぎになるのもアレでしょう。自分らのところに皆さんどうぞ」

 昌さんが野太い声で呼びかけ、俺と信士と相川(ついでに戸塚も)、レイリア達女性陣が一緒に満岡組の部屋に移動する。

 き、気まずい。

 ちなみに章雄先輩は最初に満岡さん(清香ちゃん)に声を掛けられたときの姿勢のままフリーズしている。

 元々広さには余裕があったらしく、追加でテーブルと座布団が用意された。

 そして始まるごうも、もとい尋問タイム。

 

「それで? 説明、してくれるよね?」

 茜さん、背後にスタ○ドが見えます。不機嫌そうです。

 い、いや、俺にやましいところは無い、はず。

 なので俺はサークルの部室で章雄先輩と相川に懇願された事を強調しつつ説明する。

「ちょ、柏木君! ずるくない?」

「せ、先輩、裏切る気ですか?!」

 だって事実じゃん!

 ただし、信士に関しては店に来る直前まで知らせずに半ば強引に連れてきたことを久保さんに話しておく。

 弟分の恋路を邪魔する気は無いのだ。

 

「ふ~~~~~~~~~~~~~ん…………で?」

「「「「すみませんでした~~~~!!!!」」」」

 満岡さん、小林さん、久保さんのジト目と茜の一言に全員でDOGEZAである。

「ま、まぁ、お嬢、それに他のお嬢さん方も、そのへんで勘弁してやってくだせぇ。若や兄さん方も付き合いでしょうがなかったんでしょう。それより、帰りに直接こっちに来たんだったらお腹も空いてるでしょう。ウチで持ちますんで好きなものを頼んでやってくださいや!」

 昌さんの取りなしで何とか収まった。

「御爺様と章雄さんには後でお話しがあります」

「……次からはちゃんと連絡と相談をして下さい」

「次のデート代は全額良くんの奢りよ」

「裕哉、続きは後でね」

 収まった、よね?

 

「アカネよ、そのくらいで良かろう。言い辛かったから隠してただけで悪気があったわけではないようじゃし」

「……はぁ、わかったわよ。でも! 埋め合わせはしてもらうからね! もちろん私達全員に、よ!」

 はい。それで許してもらえるなら喜んでやりますとも。

 あと、信士、結構脈ありそうじゃね?

 

「それにしても戻ってくるの早かったんだな。それによくココが分かったな」

「ああ、それはトヅカさんが逐次報告してきたんですよぉ」

 俺の疑問にティアがニコニコと焼き鳥を頬ばりながら答える。

「はぁ?!」

「うむ。主殿の様子がおかしかったのでな。何か隠していると思ってトヅカに朝から付いていくように命じておいたのじゃ」

 なんてこった……

 まさかスパイが紛れ込んでるとは。

「ちょ、あっさりバラさないでくださいよ! って、うぎゃ~~!!」

 腹立ち紛れに戸塚の顔面を掴んで締め上げる。

「痛い痛い痛い! しょ、しょうがないじゃないですか! 成功したらレイリアさんが踏んでくれるって、痛い痛い痛い痛い!」

 オノレの性癖に俺を巻き込むんじゃね~~!!

 

 

 茜達が合流して30分程経過。

 そういえば合コンのメンバーほったらかしだった。

 一声掛けておこうと部屋に戻ると、誰も居ませんでした。

 ヒドくね?

 

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