第96話 勇者の合コン狂想曲 Ⅲ
『カンパーイ!!』
大野さんの音頭に集まった面々がグラスを掲げる。
合コンの参加メンバーが全員集まり、自己紹介の前に乾杯をすることになった。
俺は右手でグラスを持ち上げつつ、左手で拳を作ると振り下ろす。
ゴンッ!
「ふぎゃ!」
「何を
「うっ、やっぱダメ?」
悶絶して言葉を出せない戸塚に代わり信士がバツの悪そうな顔をしながら言うが、答えは当然ながらノーである。
俺が連れ出した手前、後で問題になるようなことを許すわけにはいかないだろう。
……一年の時にサークルの新歓コンパで
空気を読んで章雄先輩は苦笑いしつつ黙っていてくれる。そういや、相川も去年やったな。神崎先輩にガッツリ説教くらってたが。
神崎先輩って、口数少ないし説教も短く済むんだけど、威圧感がハンパないので堪えるのだ。
改めて戸塚と信士に烏龍茶を渡す。
「俺は先月誕生日だったから、もう堂々と飲めるっすよ」
相川は嬉しそうにビールの入ったグラスをあおる。
戸塚が恨めしそうにそれを見ている。ってか、コイツ絶対普段飲んでるだろ。
「それじゃ初対面の人が多いから自己紹介しようか。まず俺がこの会を呼びかけたD大文学部4年の大野です。就職は内定してるけど彼女は無し。ただ、今回はそういうのを置いといてとにかく知り合いを増やしたいと思ってます。
えっと、それじゃ俺から見て時計回りで自己紹介していこう」
大野さんの発言で順番に自己紹介をしていく。
今回の参加者は男が10人、女の子が11人だ。
なるほど確かに人数的には余裕があったな。
章雄先輩が頑張ったらしい。それにしても、章雄先輩ってこんなに女の子の知り合い多いのに、なんであんなに彼女ができなかったんだ? やっぱヘタレだからか?
大野さんと一緒に来ていた人達は皆D大文学部に在籍しているらしい。日本文学科とか哲学科とか、一応俺の在籍している経済学部も文系に分類されてはいるんだけど、タイプが違いすぎて話が合う気がしない。みんな眼鏡掛けて真面目そうな雰囲気だし。
次に女子達だが、まずK女子大から6人。文学部人文学科の3年生と4年生らしい。イメージほどお嬢様って感じではないが、噂通り皆さん美人である。
そして俺達と同じ大学から5人。法学部2人と経済学部3人。
相川以外は文系ばっかりだな。俺と信士、戸塚は経済学部だし、章雄先輩は法学部だから。
当然ながら男性陣はテンション上がりまくりである。
大野さんは主催者の使命感か、男性女性双方に気を使いながら飲み物や食べ物を用意したり、話を振ったりしている。
コレ見ると合コンの主催って苦労ばっかりでメリット少なそうなんだが、大丈夫なのか? 少々不憫に思えるんだけど。
「柏木くん、やっと話が出来るねぇ〜」
一通り自己紹介が終わって各々が雑談を始めると、章雄先輩の提案で対面に分かれていた男女をシャッフルして席を変える。
要は男女が互い違いになるようにしたのだが、確かにこの方が合コンっぽいか。
すると隣に来た女の子、同じ大学の遠山さん、がそう俺に話かけて来た。セミロングの栗色の髪をポニーテールにしたネコみたいな表情の娘(こ)が満面の笑顔を向ける。なんで?
「えっと、やっとって?」
戸惑いつつ返事を返す。こういう席でどうやって話を転がしたらいいのかまったくわからんから周りの様子を見ながら大人しくしてた俺としてはちょっとビックリ。
いや、女の子と話をするのに慣れてないとかじゃないけど、ちょっとドキドキしてドモリそうになる。
「前から話しして見たかったんだよね〜! ほら、柏木くん有名人じゃん!」
「え? なになに? 彼、そんなにそっちの大学で有名なの?」
遠山さんの言葉に、逆側に座っていたK女子大の三国(みくに)さんが食いつく。
三国さんは黒髪をショートボブにして眼鏡をかけた綺麗系の人である。
「ウチの大学じゃ、チョー有名よ! 去年、学内のサークルの奴が後輩の女の子を集団でヤろうとしてたところに乗り込んで助けたんだって! それもソイツらがヤバイクスリばら撒いてたのを知って、他の子も助けるために全員病院送りにしたんだってさ! 他にも絡まれてる後輩助けたり、大学の校門前に押し寄せたヤクザを蹴散らしたりしたって聞いたよ!」
……誰の事っすか?
なんか、話が大げさになってないか? 特に最後のヤクザが校門に来た時って、俺じゃなくて章雄先輩の件だよな?
「えぇ〜!! それって、もしかしてニュースにもなったやつ? すごーい!」
真に受けないでください。そんな正義の味方は存在しません。あれはただの成り行きです。
「い、いや、あれは」
「背も高いし、カッコいいからは声掛けたい娘も結構いるんだけど、いつも誰か女の子連れてるからできなかったんだよねぇ」
「へぇ〜、モテるんだ?」
三国さんが興味津々という顔で俺を見る。
この間先輩から聞いてはいたけど、ホントにそんなに広まってんのか?
「何? なんの話?」
遠山さんの大声で他の女の子も身を乗り出して来た。嬉々として俺の武勇伝を語り出す遠山さん。けど、半分以上は俺の身に覚えのない内容である。それに俺の女性遍歴を捏造するのはやめてほしい。
ただ、それ以上に問題なのは他の男性陣の俺に向ける視線である。
……視線が痛いです。今にも射殺しそうに睨んで来ます。
「そんなにモテるなら合コンなんて来んなよ」
「爆発しろよ」
「……藁人形ってどこで買うんだっけ」
「さっすが、兄貴。ッパねぇっす。俺もシメられたいっす」
男達からボソボソと呪詛が聞こえる。怖ぇよ! 後、どさくさに紛れて変な事口走ってるのは誰だよ!
「い、いや、俺の事よりさ、みんなは大学でサークルとかって入ってるの?」
なんとか話をそらすために話題を振る。
振り方が下手すぎる? しゃーねーじゃん! こんなん想定外すぎるわ!
「そ、そうだね、俺たちはみんなバイクのサークルなんだけど、大野達は?」
俺の必死のヘルプに応えて章雄先輩がD大の連中に問いかける。
「お、おう、俺と武藤はフットサルやってたぞ。木島はボクシングで国体3位だったっけ」
突然のフリに大野さんが戸惑いつつも自分の後輩達をアピールする。
「国体3位ってすごいっすねぇ。アマでトップクラスって事でしょ?」
「い、いや、まぁそうだけど」
俺はその流れに必死に乗る。少々わざとらしいくらいに、さっきから一際強く睨んで来ていた木島君をヨイショする。
「へぇ〜、国体ってそんなに凄いの?」
「ボクシングって強そうだよね」
その甲斐あって女子達の注目が木島君に移る。
良かった。一息つける。
「ちぇ、面白くなりそうだったのに」
遠山さんがつまらなそうに唇を尖らす。可愛らしいですけど、わざとですかい!
「勘弁してください。それと、さっきの噂の内容はほとんどデタラメですから」
「そうなの? 女性関係も?」
「そっちは完全にウソです! 彼女いるのは事実ですけど1人だけですよ」
合コン来て何カミングアウトしてるんだ俺は……
そんなこんなで軌道修正しつつ、なんとかみんなが和気藹々の雰囲気になる。
章雄先輩と大野さんが色々と話題を振りながら場を盛り上げる。2人のコミュ力がすごい。
「人文学科ってどんな事やるんですか?」
俺の一つ向こう側にいる信士も三国さんと話をしている。何故か戸塚も一緒にいるが。
「う〜ん、私はヨーロッパとロシアの古典文学の研究かな? 特にロシア」
「あ、俺も読んだことあるっすよ。えっと、『うわんの馬鹿』でしたっけ」
「馬鹿はオマエだ。『うわん』は妖怪かピッチャーだろうが! イワンだイワン! トルストイの有名な古典だろうが」
いかん、思わずツッコんでしまった。
「あはは、戸塚君って面白いわねぇ」
「間違ってたらもっと蔑んだ目で見てくれても、痛!」
無言で後頭部を殴りつける俺と信士。
だんだん病気が進行してないか?
「ロシア文学って面白いから読んで見たらどう?」
三国さんが笑いながらそう勧める。
「でも、裕兄はよく知ってるなぁ。俺も読んだ方がいいかな?」
「『イワンのばか』は共産主義の経済思想で引用されることもあるからな。多分経済史とかの授業で内容くらいはやるよ」
三国さんには悪いが、授業に関係ない本だと眠くなるぞ。
「経済学部って文系でも即物的な感じだよな」
向かい側に座っていたD大の人(名前忘れた)がそう皮肉っぽく会話に加わって来る。
どうも先程の話題からか、口調にトゲがあるが気にしない。
「俺達が専攻してるのは哲学だから、文学的素養が必要だしな」
「
戸塚と信士は相手の物言いにムッとした表情をしたが場の雰囲気を気にして流している。
言った本人は、俺の言葉に込められた皮肉を感じ取ったのか睨みつけて来た。短気だな。
「柏木君は哲学って嫌いなの?」
「いや、別に嫌いってわけじゃですよ。有名な人もいますし。アリストテレスとかニーチェとか相田みつをとか」
「『相田みつを』は哲学者じゃねーよ!」
人間の本質を探求したって点で詩人も哲学者も同じだと思うんだけどな。
「物事の基軸となる思想も哲学って言いますから、本質を突き詰めたり起点となる考え方って意味での哲学は大事だと思いますけど、文学としての哲学に社会的な意義を見出せないのが本音ですね。まぁ個人的な感情なんで、人にとやかく言うつもりもないですけど」
俺の言葉にD大生がものすごい形相で睨む。
いかん、こんな物言いをするつもりはなかったんだが、つい。もしかしたらチョットムカついてたのか、俺?
余計な一言で雰囲気が悪くなりそうになったので別の話題にしよう。
「さっすが、兄貴! そうっすよね! 哲学なんて社会では役に立たないっすよね!」
だからまぜっ返すんじゃねーよ!
「っ! ……ちょっとトイレ行ってくる」
何か言い返すかと思ったが、気を落ち着けるためだろう、相手が席を立つ。
あ〜、悪いことしたな。後で謝っておこう。
相手の言い方はともかく、雰囲気を壊すのは良くないな。反省。
そんな風に考えて、戸塚と信士にも言い含めようとした時。
ガシャーン! パリーン!
『テメェ、もういっぺん言ってみろや、コラァ!!』
個室の襖の向こう側、他のお客さんがいるオープン席から騒音と怒鳴り声が聞こえて来た。
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