第95話 勇者の合コン狂想曲 Ⅱ
そんなこんなで13日の土曜日である。気分的に13日の金曜日じゃなくて良かったような気がしないでもない。大して意味は無いが。
相川の要請通り、俺は朝から章雄先輩と相川に合流してナイトツーリングのルート検証のためにバイクを走らせている。
このナイトツーリング、文字通り夜にサークルでツーリングをするという何の解説も必要ない単純なものなのだが、ウチのサークルでは年に数回行なっている。
景色も楽しめないしリスクも増えるので、ツーリングとしてはあまり意味がないのだが、サークル設立時の理念として『ツーリングを通してバイクの楽しさと安全に楽しむための運転を広く知ってもらう』というのを掲げており、そのための一環として設立当初からの恒例となっている。
他にも雨天ツーリングを梅雨時にやってたりするのだ。
興味がない人もいるかもしれないが一応解説しておこう。
夜間のバイク走行には自動車にはないリスクが数多く存在している。
まず一番は昼間に比べて周囲から認識され難い事だ。
車に比べて大きさも小さいしライトの照射範囲も狭いから、ライダー側からも視認性は悪くなるし、周囲からも気付かれ難い。
特に夜間はバイクとの距離を誤認されやすく、普通の速度で道路を直進しているのに、対向車が急に右折してきたり路地から目の前に車や歩行者が飛び出してきたりして事故を起こすケースが非常に多いのだ。
これは車体もライトも自動車に比べて小さいので実際よりも遠くにいるように見えてしまうことによる。
他にも夜間は路面状況が視認しづらいために、濡れた路面やマンホール、砂利などでタイヤをスリップさせて転倒することもある。
更に面倒なのが、夜間単独でバイクを走らせていると、無意味に煽ってきたり悪質な危険走行を仕掛けてくる輩が多くいる。
そういった事故やトラブルを防ぐライディングを学び、実践するためにナイトツーリングは非常に重要な行事なのだ。
午前中の割と早い時間から、事前にピックアップしておいたルートを実際に走って確認していく。
「う~ん、今のコースだと初心者にはちょっと危ないっすかねぇ。さっきのルートの方が良いんじゃないっすか?」
「そうだな。免許取ったばっかの新人もいるし、まずは夜間走行に慣れてもらうのが先か。それにこの時期だといつ雨降るかわからんし」
「あ、でもさっきのルートは夜間工事する区間があるから、それも考慮しないと」
相川の感想に俺が答え、章雄先輩が補足する。
夜の予定はともかく、今は3人とも真面目に話し合いを行なっている。
サークルメンバーの安全に関わるからな。手は抜けない。
「信士はどうだ? 何か気づいたことあったか?」
「いや、俺も初心者だし、先輩達みたいに意見言えっていわれても無理だよ。今のルートでも何か危ないのかわかんなかったし」
信士が情けない顔で返す。
まぁ、そりゃそうか。それを分かってもらうためのナイトツーリングだしな。
ところで、なんでここに信士がいるのかって?
巻き込ん、いや、どうせならと誘ったのだ。
新入生&初心者として意見を聞くのも大切だろう。もちろん、これが終われば解散、ってのはあまりに薄情なので夜の合コンにも参加する(させる)予定だ。
他意はない。決してやましいことをするわけじゃないって証人にするためとか、久保さんも茜達と一緒に遊びにいってるはずだから巻き込むにはちょうど良いとか、バレた時の言い訳は多い方が良いとかなんて考えていない。うん。
「アニキが決めるならなんでも良いっすよ! あ、でもアニキが夜の峠を攻めるのを見るってのも……痛!」
「アニキじゃねーっつってんだろうが! だいたいお前はどこで聞きつけてきたんだ!」
いつも通りアホな事を言い始めた戸塚のケツを蹴り飛ばす。
……だから、嬉しそうな顔すんなよ!
「朝から後をつけ、いえ、偶然っすよ、偶然!」
「今、何を言いかけた? いいから言ってみ?」
俺は戸塚の背後に回り両腿に足を掛けて両手を伸ばして捻りながら前に倒しこむ。
懐かしのパロ・スペシャル。わからない人はググってくれ。
「ノー! ギブ! ギブっす!」
「ちょ、柏木君、ストップ! 戸塚君の顔が18禁案件になってるから!」
「うわぁぁ……」
「戸塚って……」
見ていたメンバーがドン引きしている。うん、見たくないな。
仕方なく解放する。
「どうせここまで来ちゃったんだし、しょうがないから一緒に連れていけば良いよ。幸い人数には余裕あるし」
「いや、そんなに甘やかさないでも」
「放置してもそれはそれで悦(よろこ)びそうだし」
……確かにそっちの方が嫌だな。
「はぁ、しょうがないか。けど、絶対に大人しくしてろよ。フリじゃないからな!」
一応クギを刺しておこう。無駄なような気がしないでもないが。
それからも俺達は昼食を挟んでいくつかのルートを確認し、最終的に2つのコースに絞る。
後は他のメンバーにも意見を聞いて決めることにしよう。
「こんなもんっすかね」
「そうだね。ここまですれば後は良いんじゃないかな。ちゃんとやるべきことはやったわけだし」
「と、なると」
「いよいよ、行きますか。時間もちょうど良いしね」
相川と章雄先輩が妖しい笑みを浮かべながら頷きあう。
はぁ、とうとう始まるのか。
「どう思う?」
「憂鬱そうな表情をしようとしてるけど、口元が緩んでるっすね」
うるせーよ!
俺達が再びバイクにまたがって、まず駅近くの駐輪場に移動する。
ここは有人の屋内駐輪場なのだが大型バイクも預けることができるので、俺やサークルメンバーもよく利用している。
当然のことながら今日はアルコールが入る予定なので全員が明日までバイクを預かってもらうのだ。
6時間以上24時間以内で2千円。高いのか安いのかよくわからんが、まぁ、こんなものなのだろう。バイクを預けることができる駐輪場は少ないので助かっている。
預けた後は徒歩で合コン会場である居酒屋へ。個室もあるちょっと大きめのお店らしい。
「え? 合コン? 裕兄、マジ?」
「合コンっすかぁ! 良いっすね!! あ、アニキのお酌は俺がしますんで、うぎゃ!」
歩きながらこれからの予定を話すと途端にうろたえる信士とテンションが上がってわけのわからないことを言いはじめる戸塚。
戸塚はともかく、信士は何も言わずに連れ出したからな。戸惑いはわかるがそれでも興味深げというか、嬉しそうに相好を崩す信士。
うん。なんだかんだ言っても男の子。合コンの響きにはそそられるものがあるよな?
現地集合となっているのでそのまま店内に。
「19時から大野の名前で予約してあるんですが」
「は〜い! ご案内しま〜す!」
章雄先輩が告げると女性店員さんが明るい声と表情で案内してくれる。
まだ時間には余裕があるが、すでに何人か来ているらしい。
個室の襖を開けると男が5人、座って談笑していた。
「お、章雄、来たか」
「早かったんだな。大野のところはそれで全員か?」
一番手前側にいた男が振り向き、章雄先輩に向かって手を挙げ、先輩もそれに応える。
どうやらこの人が今回の合コンを章雄先輩に持ちかけた大野さんという人らしい。
「まぁ、待ちきれない奴が多くてな。そっちも聞いてたよりも人数が多いな」
大野さんが軽く笑いながら応じる。
確かに最初の予定よりも2人も増えたからな。章雄先輩曰くこれでも問題ないらしいから良いんだけど、結構な人数だ。
聞いた話では合コンってのは4〜5人くらいずつってのが多くて、それ以上だと大変らしいんだけど大丈夫なんだろうか。
「自己紹介は後でいいだろ? そろそろ女の子達も……」
章雄先輩がそう言いかけた時、再び襖が開いた。
「来たよ〜! 章雄君おまたせ!」
「「「「「おじゃましま〜す」」」」」」
先頭にいた女の子が章雄先輩に手を振り、その後ろから続々と女の子達が入ってくる。
う〜ん。みんなおしゃれだし結構可愛い娘達ばかりである。
「いらっしゃ〜い! 入って入って、あ、電話だ、ちょっと待って……もしもし、あ、着いた? もうみんな中で待ってるから、うん、わかった……他の子も着いたみたい」
途端に慌ただしくなった。
少しすると残りの女の子も到着し、それぞれが席に着いたところで合コンが始まった。
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