第94話 勇者の合コン狂想曲 Ⅰ
「う~ん」
俺は椅子に座りながら唸る。あくまで椅子である。便器ではない。
今いるのはツーリングサークルの部室であるが、頭を悩ませているのはサークル関連ではなく、先日茜から釘を刺されたティアの事だ。
1月にティアから直接的な求愛を告げられ、そのまま放置する事すでに5カ月。いろいろとバタバタとしていてすっかり忘れていた。
我ながら最低である。普通ならとっくに愛想をつかされているだろう。
「けど、今更なんていえばいいんだ?」
あれからティアからは特に何も言われていない。そんな中で俺のほうからどう切り出せばいいのか皆目見当もつかない。
あの時の話だけど、とか言うには時間が経ち過ぎててマヌケだ。
そもそも俺はどうしたいのか。その結論が出ていないのだ。
俺はティアを、そしてレイリアやメルのことも大切に思っている。それだけは間違いがない。
ただ、それが恋愛感情なのかどうなのか、経験が少な過ぎて判別がつかない。うん。この発想自体がロクデナシだが、それはこの際置いておこう。
茜は言葉でも行動でも俺に3人を受け入れるように促しているが、俺のメンタルは日本人のままである。どうにも茜に対する後ろめたさが消えないし、茜を含めた4人を同じように扱うことができる自信がない。
多くのラノベ主人公のように「ハーレムヒャッハー!」なんて弾けることはできそうにない。
「う~ん」
ガチャ。
「あ、柏木君いたいた」
「先輩ち~っす!」
俺が唸っていると、部室のドアが開いて章雄先輩と相川が入ってきた。章雄先輩は俺の顔を見て嬉しそうだ。
「相川はともかく、章雄先輩はどうしたんですか?」
章雄先輩は4年生。法科大学院に進学が決まっているとはいえ引退した身だ。もっともしょっちゅう遊びに来るのであまり実感がないが。
「実はさ、柏木君にちょっと頼みがあってさぁ」
章雄先輩が頼み?
非常に嫌な予感がするんだが。
「だが断る!」
「それ絶対言うと思った! そんなこと言わないで頼むよ!」
「そうそう! 俺からもお願いします!」
相川まで頭を下げる。いったいなんなんだ?
「……とりあえず、聞くだけは聞きます」
「あのさぁ、合コン行かない?」
章雄先輩がニマニマ笑いながら顔を寄せて言う。
「……さぁて、そろそろ茜でも迎えに」
「ちょ、ちょっと最後まで聞いてってば」
「アホか! 彼女いるのにそんなもん行けるわけないでしょうが! バレたら修羅場っすよ!! だいたい、先輩は満岡さんどうするんですか!」
合コン。
何とも甘美な響きだが彼女持ちにとっては鬼門中の鬼門である。
そもそも、俺はともかく、章雄先輩にとっては清香ちゃんの爺さんやその他の連中にバレたら物理的に終わるんじゃないのか?
「いや、俺も頼まれたんだよ。D大の知り合いから。ウチの大学の女の子に声かけたんだけど、柏木君が来るなら参加するって娘(こ)がいてさ」
「章雄先輩、顔広いんだから他の人探せばいいじゃないっすか! それに相川も小林さんはいいのかよ」
「そのへんは俺に任せて下さいよ! 絵美には上手いこと言って工藤先輩とレイリアさん、ティアちゃん、満岡さんを連れ出してもらいますから」
それなら大丈夫なのか? いや、しかし……
「それに俺が来るならって、誰っすか? そんなこと言ってる女の子って。心当たりが全くないんですけど」
自慢じゃないが俺はそんなにモテないぞ? 言ってて悲しいが。
「去年の夏に、例のイベントサークルの事件があったでしょ? その時に助けられたって女の子からいろいろ噂が広まってるんだよね。それで、学内の女の子達が柏木君に結構注目してるんだけど、聞いたことない?」
「マジ?」
初耳なんですけど?
「絵美も言ってましたよ。先輩、女の子が絡まれてたところを助けたこともあるらしいじゃないっすか。そのせいで憧れてる娘(こ)も結構いるのにいつも工藤先輩とかと一緒にいるから声かけづらいんじゃないですか?」
……マジか? バイト先での出来事といい、マジでモテ期到来っすか?
「い、いや、それに、だからっていっても」
「そ・れ・に! 今回の合コン、ウチの大学の女子だけじゃなくてK女子大の娘(こ)達も来るんっすよ!」
K女子大っていったら近隣でもレベルの高い女の子が多いって噂の?
い、いや、ちょっとマテ。レベルで言ったらレイリア達だって最高レベルだ。ここでそんな誘惑に負けるわけには。
「別に先輩達が浮気するってわけじゃないんすから。あくまで人数を確保するための協力じゃないっすか! そんなに遅くまでいる必要もないんですから大丈夫ですって!」
「そうなんだよ! 今回もD大の知り合いじゃ女の子集められないから、どうしてもって頼まれてさぁ。柏木君来てくれないとK女の娘だけじゃ人数合わないんだよ! 助けると思ってさぁ!」
ひ、人助けなら、仕方がない、かな?
と、とはいえ、もしバレたらそんな言い訳通用するのか?
「あ、茜達を連れ出すってどうやるんだよ」
苦し紛れに俺が出した言葉に相川と章雄先輩がニヤリと笑う。
「ふっふっふ、それは問題ないよ。コレを使うからね」
そう言ってカード大の紙片を掲げる。
それは浦安にあるドブ◯ズミの国の前売りチケット、それも日付指定のものだった。
「そのD大の知り合いに用意してもらったんだよ。日付指定だし、小林さんと清香ちゃん、工藤さんにレイリアさん、ティアちゃんの5人と、久保さんの分もあるよ」
……随分と奮発してないか?
「絵美の奴、かなり好きですからね。章雄先輩の話だと満岡さんは行ったことなくて興味があるみたいだし、工藤先輩達も大丈夫でしょ?」
年明け早々に行った時は茜はそうでもない様子だったけど異世界組は結構気に入っていたな。
確かにそれなら上手くいくかもしれないか?
「一緒に行ってくれって言われたらどうするんだよ? それに都合よく満岡さんや茜達が付き合うか?」」
「ほら、そろそろ恒例のナイトツーリングでしょ? それの下見に行くって事でどうっすかね? あと、満岡さんに関しては大丈夫です。何度か章雄先輩に付いて部室に来ている時に結構仲良くなったらしいですし、工藤先輩ともよく話してますから、ちょっと誘導すれば一緒に行くことになると思います。有香ちゃん(久保さん)も誘いますからそれほど不自然じゃないでしょ?」
そ、そうか。
そういうことなら仕方がない。かな?
こ、困ってるみたいだし? それにティアのことを考えるにもほかの女の子と話をしてみるってのはいいかもしれないし? 決してやましいことなんか考えてないし?
俺の脳内で色々と意見が交わされている……否定的な意見を言う奴がいないのは何故だ?
「と、いうわけで、柏木君の参加は決定ね!」
「よっしゃ! あ、日程は13日の土曜日ですから、最低でも夕方から、できれば本当にナイトツーリングの下見をするために朝から空けておいてくださいね!」
早いな! 今週末かよ!
「……はぁ、しゃーないな。わかったよ。行きゃ良いんだろ?」
「そういいつつ、顔が緩んでるよ?」
そ、そそそんなわけねーし!
バイトも休まないといけないから気が重いんだよ? ホントだよ?
それから章雄先輩達との打ち合わせ(口裏合わせ)を終えた頃、茜から電話がかかって来たので迎えに行くことにする。
中庭の一角、自動販売機の近くのベンチに茜が座って待っていた。レイリア、ティアと一緒に。
「あ、裕哉」
「よ、よう。2人も一緒だったのか」
「うむ。講義が終わって校舎を出たときに会ったのじゃ」
「ユーヤさん、お疲れ様です」
ぎこちなく手を挙げて3人のところに行く。
ヤベェ、なんか、すっごく悪いことをしている気がする。顔に出てないか?
「? 裕哉? どうかした、あ、ちょっと待ってね。はい、絵美ちゃん? え? ホント? ちょっと待ってね、ちょうど一緒にいるから聞いてみる」
何かいいかけた茜が、着信に気づいて電話に出る。そしてレイリアとティアに週末地名詐称テーマパークに誘われたことを伝えた。
早速相川が行動を開始したらしい。
アイツ、こういうことになると素早いよな。
「前に行ったユウエンチですか? 楽しかったのでまた行ってみたいです」
「うむ。我も異存はないぞ。その清香なる娘は例の拐われたという者であったな。ならば我らが護衛すれば良かろう」
2人の返事を聞いて茜は小林さんに行くことを伝え、電話を切った。
どうしよう。なんか上手くいきすぎじゃね?
「それで、あ! ご、ごめん。勝手に決めちゃった!」
俺のことを忘れていたらしい。ちょっと寂しいが今回に限っては都合が良い。
「い、いや、俺も週末に急に予定が入っちゃってさ。そろそろサークルで恒例になってるナイトツーリングの下見を相川達と行くことになって……」
「それで言い難そうにしてたんですか」
ティアがニッコリ笑いながら言う。
痛い。視線に込められた信頼が痛いよ。
「裕哉、何か隠してない?」
「良いではないか。主殿にも色々と考えることがあろう。たまには男同士気楽に過ごすことも必要じゃ」
レイリアのフォローが怖い。
何か見透かされていそうな感じがする。
「う~~、わかったわよ。でも、何かあったら私にも相談してね」
「わ、わかってるって」
まだ何か言いたげな茜も、結局引き下がってくれた。
……罪悪感が半端ない。
いや! 別に悪いことをしているわけじゃないんだし、大丈夫だ!
落ち着いたらちゃんと話もしよう。うん。
折を見て、話せる時がきたら、多分……。
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