第89話 Side Story 茜と聖女 中編
裕哉に連れられて戻ってきたメルさん。
裕哉が帝国との戦いに赴く際に王城でお世話になった。その時に物凄く親身になってくれて、たくさんお話しもして、それなりの人間関係は築けたとは思う。
すごくいい人だし、『聖女様』なんて呼ばれているのもわかる。でも私の内心はちょっと複雑なのだ。
レイリアさんは今では私の先生でもあるし、年上で、種族すら違う。ティアちゃんは年下で、裕哉のことを物凄く慕っていて、それに「私と一緒に裕哉のそばにいる」ことを望んでいる。だから私も2人には嫉妬心を抑え込むことができる。できている。
でもメルさんは印象がちょっと違う。同じくらいの歳で、美人で、スリムで、地位も人望もある。それに何より裕哉との距離がずっと近いような気がするのだ。
う~ん、なんていったらいいのか、多分立ち位置が私と同じに思えるのだ。
それなのに私よりもずっとたくさんの魅力を持っている。勝っているって思えるのは胸の大きさだけかも。
いや、それは良いんだけど。裕哉、私の胸好きみたいだし。2人でいるといっつも、って、それはいいか。思い出すと恥ずかしいし。
裕哉がモテるのは、まぁ仕方がない。レイリアさんとティアちゃんに関しては納得しているし、私自身一緒にいるのが楽しいとも思える。
でもメルさんに対しては、不安なのだ。もしかしたら一緒に過ごした時間が短いせいかもしれないけどね。
なので、メルさんが「異世界に帰りたくない」って言いだして慌てる。
「ちょ、ちょっと待とうか、メル。帰らないっていっても、俺の家そんなに部屋ないぞ」
裕哉が説得にかかった。頑張れ裕哉。
「ユーヤさんにご迷惑をおかけしたくはありませんが、どうかしばらくの間でかまわないのでお願いできませんか? 私の部屋などどのような場所でも構いません。野営にも慣れていますし、なんでしたら、その、ユーヤさんのお部屋と同じでも……」
オウ! そうだった、メルさん意外と肉食系だった。
「そ、そんなの駄目よ! それならウチに泊まれば良いわよ!」
味方を探して周囲を見回すもティアちゃんは純粋に嬉しそうにニコニコしてるし、レイリアさんと亜由美ちゃんはまるで悪戯が成功したみたいにニヤニヤしている。
早々に諦めて次善策を提示する。というか思わず言ってしまっただけだけど。
とにかく時間稼ぎに徹しよう。気持ちの整理がつくまでは2人きりにしないようにしないと。
そのあと少しして、私とメルさんは裕哉の家を出た。
外はもう薄暗くなってきているけど、気持ちを落ち着けるためにものんびりと歩く。
「ありがとうございます、アカネさん。でも、私もアカネさんとゆっくりとお話がしたかったので嬉しいです」
「あ、あははは、空いてる部屋とかがあるわけじゃないんで私と一緒の部屋ですけど。ちょっと狭いので申し訳ないんですけどね」
深く考えずに誘ったはいいけど、実際にうちは裕哉の家より少し小さい。というか部屋数が少ない。敷地面積はほとんど同じなんだけど、私もお母さんも犬が飼いたかったので庭を広く取っているのだ。
だから客間みたいなものは無いのよね。2階建の3LDKよ。
「さっきも言いましたけど野営に慣れているので狭くても大丈夫ですよ。野営だと小さなテントに数人で寝たり、馬車の荷台に雑魚寝だったりしますから。それより……」
そこまで言ってからメルさんは少し言い難そうに続ける。
「もしかしたら私はアカネさんにあまり好まれていないかもしれないと思っていましたので、お話ができる機会ができて嬉しいんです」
「好きじゃないとか、そんなことは……」
ヤバイ、ちょっとバレてる。
いえ、好きじゃないってわけじゃないのよ?
「気に触ったらごめんなさい。理由もわかっていますし、お気持ちはわかりますから。ユーヤさんのことですよね?」
「う……」
メルさんはクスクスと上品に笑いながらなんとも言えない優しい瞳で私を見つめた。
私は観念する。
もともと今の状況は私らしくないのだ。
「……正直、不安なんです。メルさんは王女様だし、美人だし、性格もとっても良いし。これから先、裕哉は異世界で過ごす方が長くなるみたいだから、もしかしたら私よりもメルさんのほうがふさわしいんじゃないかって。それにレイリアさんやティアちゃんは裕哉がどっちの世界にいても一緒にいるなら構わないみたいですけど、メルさんは王国で過ごすんですよね? そうなると私は裕哉に置いていかれてしまうかもしれないし」
それが私の本音。多分私はレイリアさんとティアちゃんなら私と一緒にいてくれるから許容できる。でもメルさんだと裕哉が異世界に行ってしまって私から離れてしまうんじゃないかと思っているのだ。
「本当のことを言うと、私はアカネさんに嫉妬しています」
私の告白に、メルさんがそう答えたのを聞いて驚く。
「メルさんが私に嫉妬、ですか? それは、その、私が裕哉と結ばれたから、ですか?」
そうたずねると、メルさんは首を横に振る。
「もちろんそれは羨んではいます。でもそういう意味ではありません。私はユーヤさんと3年一緒にいましたし、共に死線をくぐり抜けそれなりの絆を結んできたと思っています。自覚はありませんでしたが、ずっと前から、その、ユーヤさんに特別な想いを重ねてきたんだと思います。
ユーヤさんは「ウィルテリアス」の人々のために必死に戦ってくれました。でもユーヤさんの中で最も大きかった想いはやっぱり「元の世界に帰る」ことでした。アカネさん、貴女の居る世界に、です。私も、ティアやレイリアさんも、ユーヤさんをウィステリアに繋ぎ止める楔にはなれませんでした」
「で、でもそれは私のためっていうわけじゃ」
「……知ってますか? ユーヤさんがこちらの世界の話をすると、必ず出てくるのは家族とアカネさんの名前でしたよ。ユーヤさん自身はあまり意識していなかったみたいですけど、ね」
ちょっとビックリ。
それなりに親しい関係でいられたとは思っていたけど、そんな雰囲気を裕哉から感じた事はなかったから。
「きっと、この先どれほどユーヤさんの周りに女性が現れても、一番はアカネさん、貴女だと思いますよ。だから嫉妬してしまうのです」
「は、はぁ……」
私は何も言えなくなってしまった。
だって既に裕哉と付き合ってる私がメルさんに何を言っても嫌味にしかならないだろうし。
微妙な空気のまま、気がついたら自宅に着いていた。
「ただい……」
「おかえり茜、良かった、今日は早……い?」
玄関を開けた途端に待ち構えていたかのように、っていうか間違いなく待ってたんだろうけど、お父さんが勢い込んで出迎え、固まった。メルさんを見て。
そりゃビックリするよね。いきなり家にこんな美人さんが来れば。
「初めてお目に掛かります。メルスリアと申します。本日はアカネさんにお招き頂きました。どうぞよろしくお願い致します」
「え? あ、はい。こ、これはどうもご丁寧に。えっと、ちょ、ちょっと茜」
メルさんが優雅な仕草で軽く膝を落とす。えっと、たしかカーテシーとかいうんだっけ?
お父さんは挙動不審なくらい動揺しつつ挨拶を返し、私を階段まで引っぱっていく。
「あ、茜? あの人は、その、友達なのかい? ちょっと尋常じゃないくらい美人で育ちも良さそうだけど」
「えっと、うん。友達、かな? もともとは裕哉の知り合いだけど。日本に遊びに来たんだけど裕哉の家に泊まるわけにもいかないからって、困ってたから私の部屋で泊まってもらおうと思って」
「ゆ、裕哉くんの知り合い、ねぇ」
裕哉の名前を聞いた途端、もの凄く複雑そうな顔をする。
はぁ、めんどくさい。
「あの、ご迷惑でしたか? もし駄目でしたら……」
「いえいえ! 迷惑なんてとんでもない。茜の友達なら大歓迎ですよ!」
メルさんが悲しそうに目を伏せると、お父さんが慌ててブンブンと首を振りながら愛想笑いを浮かべる。我が親ながらチョロすぎる。
メルさんが私と目が合うと小さく舌をだしてウインクする。
女の私からみても様になってるわぁ。
……私も練習してみようかな。
お父さんが先導してメルさんをリビングに招く。
食事の支度をしているお母さんにも事情を説明して、しばらくウチに滞在することを許してもらった。まぁお母さんはもともと割と大らかなので心配していなかったけど。
何にしても、ある意味お父さんのおかげで微妙な空気が払拭されたのは助かった。
信士も程なく帰宅し、全員で夕食を取る。
そして話題といえばやはりメルさんの事だ。
「しっかし、裕兄の知り合いって美人ばっかりだよなぁ。レイリアさんとかティアさんとか、久保先輩もそうだし」
信士、アンタは久保さん自慢したいだけじゃないの?
何と、この愚弟はサークルの久保さんに一目惚れしたらしい。健気なくらい小さなアピールを繰り返しているようだ。思い切ってアタックするほどの度胸は無いらしい。
少々情けない気もするけど、どうも久保さんも満更ではなさそうな感じがする。
「まあ! お上手ですね。アカネさんは優しいですしスタイルも良いので少々劣等感が刺激されてしまって困っているのですよ?」
「……姉ちゃんに関してはノーコメントでお願いします」
どういう意味よ!
「うふふ、裕哉君はモテモテねぇ。茜も頑張りなさいよ」
「う、ほっといて!」
「ふん!」
裕哉の話題が出て不機嫌なお父さんは放っておく。
「実際、裕兄ってモテるよなぁ。この間も同じ学部の女の子が裕兄の事聞いてきたし」
「そ、そうなの?!」
「マジで。裕兄ってガタイが大きいけど表情柔らかいだろ? 目立つんだよな。えっと、メルスリアさんもそう思いません?」
無自覚に爆弾投げ込むのやめてよね。
「そうですね。ユーヤさんは頼りになりますし、私の周囲にも「せめて一夜だけでも」なんて言ってる人もいるくらいです」
……エリスさん? いや、あの人は「一夜だけ」なんて控えめなことは言わない気がする。
「茜! アンタ、明日から裕哉君の部屋に泊まりなさい! 子供できるまで帰ってこなくて良いわよ」
「ちょ、お母さん?!」
メルさんの悪戯っぽい言葉を聞いてお母さんがとんでもないことを言い出す。
私が裕哉と付き合いだしてから暴走気味だったんだけど、ここまできたか。
信士はお腹を抱えて大笑いしてるし。
カチャン!
ガタッ!
突然お父さんが席を立ち、リビングを出て行く。
「信士、お願い」
「ったく、しゃーねーなぁ」
ウンザリしながら信士に頼む。
信士もめんどくさそうに席を立ってお父さんの後を追った。
「ちょ、父さん、落ち着けってば!」
「ええい、離せ! やはり奴は、奴だけは殺っておかねば!」
ドタンッ、ゴン
「痛っ! ってか、ソレ何だよ!」
「捨てられてしまった青龍偃月刀の代わりに○天で買ったアーサー王ソード・ザ・エクスカリバー(14,000円)だ!」
「買うなよ! んで、売るなよ楽○!! しかも高ぇよ! んなもん買う金あるなら俺の合格祝いもっと出してくれよ! 国立大受かってクオカード3千円分とか、フザケてんのか!」
「今は関係ないだろう! 邪魔するな! 俺は……」
「お父さん?」
「……奴を、って、痛い痛い痛い痛い! 耳、耳が、千切れ」
「ちょっと向こうでお話しをしましょうね?」
「か、母さん、ちょ……」
「大丈夫ですよ? お休みはまだ2日ありますからね?」
「……あ~、父さん、頑張ってなぁ~」
静かになった。
「大丈夫でしょうか?」
ちょっと苦笑いのメルさんが聞いてくるが、私は恥ずかしくて顔を上げられない。
「あ~、メルスリアさん騒がしくてすみません」
「あ、気にしないで下さい。私の家も似たようなものなので」
そう言えばそうだった。
国王陛下が王妃陛下に折檻されているところを目撃したこともあったっけ。
なんというか、割とシリアスな場面が多かったはずなのに、1日の最後はこれ?
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