第88話 Side Story 茜と聖女 前編

「よし!」

 私は姿見の前で自分の服装をチェックしていた。

 今日はゴールデンウィーク後半の3連休初日だ。

 出かける準備が整ったので部屋を出て階段を降りる。

「じゃあ行ってくるね」

「行ってらっしゃい。裕哉くんによろしくね」

「あ、茜、お昼はどこかに食べに……」

「夜遅くなりそうだったら電話するね!」

 リビングに顔を出して両親に出かけることを伝えると、お父さんが何か言いかけたが途中で遮る。


 いまだに私が裕哉と付き合うのが気に入らないらしくて、なにかと邪魔しようとするのだけど、お母さんに睨まれるので最近は絡め手を使って裕哉とのデートを阻止しようと奮闘している。

 具体的には食事とか買い物とか理由をつけて休日を潰そうとしてくるんだけど、休日は裕哉もバイトとかサークルで2人でいられることが少ないからあまり意味がない。

 そのかわり裕哉とは平日に一緒にいることが多い。大学終わってからデートしたり、夜に出かけたり、ね。

 むしろ美味しいものを食べさせてもらったり服を買ってもらったりと、恩恵だけ享受させてもらってる。おかげでお父さんのお小遣いがピンチらしいけど、自業自得よね。馬に蹴られないだけマシだと思う。


 家を出て歩きで裕哉の家へ。

 でも今日の目的は裕哉じゃないのよね。

「こんにちわ。今日もよろしくお願いします」

「茜さん、おは」

「おはようございます。アカネさん」

「うむ。まずは一息入れたらどうじゃ?」

 亜由美ちゃんとティアちゃん、レイリアさんに挨拶して中に入る。

 レイリアさんの勧めにしたがって、まずはリビングへ。


 ティアちゃんの出してくれる飲み物はいつも美味しい。同じものを同じように淹れているのに、なんでこんなに違いが出るんだろ?

 同じ女としてちょっと悔しい。外見ではレイリアさん、内面ではティアちゃんに負けっぱなしの私の女子力。泣きそう。

「茜さんのほうは練習、どう?」

「うぅぅ、難しい。亜由美ちゃんは、って、順調そうね」

 きき返そうとして、得意そうな表情を見て察した。

「何、誰でも最初はそんなものじゃ。ましてや魔法なぞ無い世界で育ったことを考えれば十分なほどじゃぞ?」

 軽く笑いながらレイリアさんが慰めてくれるのだけど、亜由美ちゃんよりも時間的な余裕がない私はそう楽観できないのよ。


 なんの話かといえば、私と亜由美ちゃんの2人は今、レイリアさんに魔法を習っているのだ。

 てっきり異世界の人間じゃない私達には魔法なんて修得できないかと思っていたのだけれど、どうやら単にこっちの世界で魔法が伝わっていないだけで、異世界の人と同様に素養のある人ならば修得できるらしい。

 そしてレイリアさんに確認してもらったところ、私達に素養がありそうだということで習うことにしたのだ。

 魔法を使うことに憧れがないわけじゃないけど、それよりも魔法が使えるようになって魔力が一定以上まで高まれば肉体を若い状態に保つことができるようになるなんて話を聞けばやるしかないわよ。


 そんなわけで数ヶ月前からレイリアさんに指導をお願いしているんだけど、これがまた大変だった。

 なにしろ、『魔力』なんて言われてもそもそもイメージができない。

 体の中の魔力を感じることから始めて、それができるようになれば今度はその魔力を自分の意思で動かす練習。

 ようやく最近になって、簡単な魔法の発動兆候が一瞬だけ起こるようになってきたところだ。

 聞けば、裕哉は異世界に行って最初の1ヶ月で初歩の魔法が使えるようになったらしいのに、私達は全然だった。

 才能の差なのかなぁ。

 羨ましいことに亜由美ちゃんはレイリアさんと一緒に住んでいる分、教わる時間が多いので私よりも先に初歩の魔法が使えるようになった。

 まだ若い亜由美ちゃんと違って私には余裕がないのに……。


 そろそろ練習を始めようかという頃になって、裕哉がリビングに降りてきた。

 昨夜遅かったのか、まだ少し眠そうだ。カッコいいけど。

「おう。おはようさん。早いな」

 私の顔を見て裕哉が挨拶してくる。

 けど今は私の予定を優先させてもらおう。ごめんね。

「うん。じゃあ、レイリアさん今日もお願いします。裕哉はあとでね」

「ん。師匠今日もよろしく。兄ぃ、騒がしくしないでね」

「うむ? もう良いのか? では始めるか」

 私達の魔力量じゃまだそれほど長く練習できないので早めに始めて後からゆっくりとしようと考え、レイリアさんにお願いする。

 頷いたレイリアさんに促されてレイリアさんとティアさんの自室へ移動した。


 私達が部屋に入ると、レイリアさんが手を軽く振る。

 途端に私達にもわかるくらい部屋の中の空気が変わった。

 レイリアさん曰く、部屋に結界を張ったらしく、これで中でどんな魔法を使ってもものが壊れたり汚れたりすることはないらしい。

「では、アカネは『水』を、アユミは『火』を出してみよ」

 その言葉に従って私は自分の中にある魔力を右手に集める。

 そして教わっていた魔法陣を手で空中に描き、それが終わると発動のために魔法名を口にする。

「ウォーターボール」

 かざした手の先に直径5センチくらいの透明な水の球が現れる。と、数秒後、パシャッと弾けて霧散してしまった。


「やった!」

 ほんの短時間だったけど初めてきちんと魔法を発動させることができた。嬉しくてついレイリアさんと亜由美ちゃんを見るが、亜由美ちゃんは指先に同じく5センチくらいの火の玉を浮かべて保持している。

 ちょっとショック。

 やっぱり一緒に住んでるのは大きな差だと思う。私もこっちに住まわせてもらおうかなぁ。そうすればもっと裕哉とも一緒にいられるし。

 ……同棲。いいなぁ……


 亜由美ちゃんの魔法も程なく霧散し、私達は2人揃って肩で息をする。

 体力、ってのとは少し違うけど魔法を使うと体が一気に重くなったような疲労感がのしかかる。レイリアさんや裕哉だけじゃなくティアちゃんも平然と魔法を連発しているけど、いつかは私達もああなれるんだろうか、まだ想像もできないけど。

「うむ。発動まではスムーズにできるようになったのぅ。後は発動してからも集中力を切らさないようにすることじゃ。魔力は使えば使うほど増えるが一朝一夕に成るものでもない。今は一つの魔法を自在に操れるように修練するのが肝要じゃな」

 何度も魔法を発動させることを繰り返し、立っていられなくなったところで今日の練習は終了した。


 それぞれが一番適性のある魔法をひとつだけ教わって、ひたすら反復練習をしているのだけど、私の場合は『水魔法』なので自宅で練習しても良いと許可をもらえた。

 これで毎日頑張って、亜由美ちゃんに置いていかれないようにしないと。でも亜由美ちゃん結構器用だから不安だけども……。

 少し休んで身体が動くようになるのを待っていると、家が軋むような音と同時にグラグラと揺れが伝わってきた。地震だ。

「うぉ、う~む。やはりこの『地震』というのは慣れぬな」

「これくらいは小さいほう。何年か前にはもっと大きいのがあった」

「そうね。この国は地震が多いから外国からきた人も驚くみたいだし」


 そんな会話をしているうちに大分回復してきたので皆でリビングに向かう。と、裕哉がティアちゃんの頭を撫でているのが目に入った。

 ほんのちょっぴり胸がモヤっとしたけど、抑え込む。

 ティアちゃんはとっても良い娘だ。なにより裕哉のことを本当に好きなのがわかる。

 正直、嫉妬心はある。私だって普通の女の子と同じように独占欲もあるし、ヤキモチだって焼く。

 けど、自分でも不思議なんだけどレイリアさんやティアちゃんに対しては一緒に裕哉の隣に居たいと思っている。

 裕哉が異世界でどんな風に過ごしていたかを聞いたからだと思うけど、彼女達にだけは裕哉を独占しようとは考えられないのだ。

 だからといっていろいろと感じるのは止めようがないんだけどね。


 魔法の修得具合を聞いてくる裕哉にちょっと弱音を吐くと、レイリアさんが裕哉の修得法がいいならそうしようかと聞いてきたが亜由美ちゃんと2人で速攻断る。

 話に聞いている範囲だけでも自分達にできるとはとても思えない。異世界向こうで訓練を見たことのある騎士さん達が口を揃えて「アレは狂ってる」って言ってたし。

 裕哉を交えて魔法のことを話していると、チャイムが鳴り斎藤君が入ってきた。なにやら大きなカバンを手に持って。

 中身を取り出すと、ヒーロー物のコスチュームだった。聞けばレイリアさんとティアちゃんは裕哉が以前、シージャック事件を解決した時に着ていたコスチュームがすごく気に入ったらしくて、製作者である斎藤君に作ってもらったらしい。

 裕哉は物凄く恥ずかしそうだったけど、あんなに楽しそうなのをやめさせることなんてできそうにないから諦めるように促す。

 だって、見てるぶんには楽しいし。


 そんな和気藹々とした雰囲気を壊す事件がテレビから流れてきた。

 高速道路のトンネルで崩落事故。

 奈っちゃんが今日から長野のお婆さんのところに行くと聞いていた私は、慌てて電話をかける。けど繋がらない。

 単に移動中だからかもしれないけど、私の中でドンドン悪い予想が膨らんでいく。まさかそんなピンポイントのタイミングで事故に巻き込まれるなんてそうそうないとは思う。だけど繋がらない電話が不安を煽っていた。

 私の様子を見て、どうしたのかと裕哉が聞いてくる。事情を話すと斎藤君も慌てていた。奈っちゃんの彼氏だもんね。

「ふむ。奈っちゃんというのは何度か会ったアカネの友人の娘であろう? であれば巻き込まれたかどうかはわからぬが、すぐにこの事故現場とやらに救援に向かうしかなかろう」

 レイリアさんが言ってくれる。私にとっては一筋の光明。だけど、裕哉に危ないことはして欲しくない。

 そんな私の不安を吹き飛ばすように力強く、裕哉はレイリアさんとティアちゃんを伴って事故現場へ向かっていった。ヒーローっぽいコスチュームに身を包んで。

 シージャック事件の映像はテレビで見たけど、実際に裕哉がその格好をするのを見るのは初めて。

 うん。裕哉が恥ずかしがるのがわかるわ。


 残された私達は、裕哉の指示通り亜由美ちゃんを残して奈っちゃんの家に向かうことにした。

 斎藤君の車で奈っちゃんが家族と住んでいるマンションに到着する。

 初めて来たらしい斎藤君を先導して部屋へ。

 チャイムを鳴らすが応答なし。中に人の気配も感じられなかった。

 やっぱり長野へ向かっていたのだろうかと、無事を祈りながらとりあえず裕哉の家に戻ろうかと考えたその時、

「あれ? 洋介君? それに茜まで。ど、どうしたの?」

 奈っちゃんが母親と歩いてきていた。

「奈っちゃん!」「奈々ちゃん!」

 思わず奈っちゃんに抱きつく。

「高速道路で事故があったってテレビでやってて、電話も通じないし」

「え?! あ! 病院行った時に電源切って、忘れてた」

 私の言葉に、そう説明してくれた。


「よ、よかったぁ」

 斎藤君がヘナヘナとしゃがみこんでため息をつく。本当に良かった。裕哉にも報告しないと。

 電話、は今多分出られないから、裕哉の携帯にメールを送る。

 送り終えたところで奈っちゃんのお母さんに促されて奈っちゃんの家にお邪魔することにした。

 そこで詳しく話を聞くと、奈っちゃんのお父さんが昨日の仕事終わりに同僚と軽く飲んで帰る途中、駅の階段から転げ落ちて足を骨折してしまったらしい。すぐに病院で手当を受け、問題はなかったのだがそんな状態で帰省することもできず、今日は朝から入院したお父さんの病院に行っていたらしい。

 そして携帯の電源を切ったまま家に帰ってきたところで、私達と出くわしたと。


 奈っちゃん達も私から話を聞いてテレビをつけ、想像以上に大きな事故であることを知って驚いていた。

 久しぶりにお婆ちゃんに会うことを楽しみにしていた奈っちゃんは、酔っ払って転んで怪我したお父さんにチクチク文句を言っていたらしいが、意外なファインプレーになっていて、ちょっとばつが悪そうだ。

「奈々を心配してくれてありがとうね。茜ちゃん。と、洋介君、だったわね」

 とりあえず安心した私達は、一旦裕哉の家に戻ろうとしたそのとき、なにやらニヤニヤ笑いを浮かべた奈っちゃんのお母さんにそう言われた。

「茜ちゃんともまたゆっくり話したいのだけれど、まずは洋介君に話を聞かせてもらいたいわぁ」

「え? あ、その、えぇ?」

「ちょ、ちょっとお母さん!」

 完全にターゲットをロックオンした肉食獣のごとき眼光で斎藤君に詰め寄る母親と、それを阻止せんとする娘。

「そ、それじゃ、私は戻るね。じゃあ斎藤君も、またね」

「な?! く、工藤さん!」

 元気でね、斎藤君。

 私は巻き込まれたくないの。


「おかえり~」

「亜由美ちゃん、ただいま。裕哉から連絡は?」

 足の無くなった私は電車で裕哉宅へ戻ってきた。

 途中で亜由美ちゃんにも連絡しておいたので、それはいいとして、裕哉のことを確認したが亜由美ちゃんは首を横に振る。

 リビングではテレビがつけっぱなしになっている。

「少し前にトンネルから大勢の人が出てきたのを映してた。今はさらに応援の人が中に入っていったみたい」

 そう説明してくれる。

 一番の心配事だった奈々ちゃんの無事が確認されたことで、今度は裕哉達が心配になってくる。我ながら勝手なものだ。


 それからしばらくは無言でテレビを見続ける。

 といっても、同じ内容を繰り返すばかりでなにもわからないんだけど。

 そうして、裕哉達が出かけていってから3時間は経った頃、玄関からなにかが倒れる音と人の声が聞こえてきた。

 亜由美ちゃんと一緒に急いで向かう。

 そこにいたのは予想通り、コスプレ姿の裕哉と、その上に抱きしめられている女性らしきシルエットの人物。

 一瞬文句の一つでも口にしようと思ったけど、よく見るとその人物は私も知っている人だった。

 メルスリアさん。裕哉と一緒に異世界にいった時にお世話になった王女様。

 長くて綺麗な銀色の髪で同性の私から見てもすっごい綺麗な人。しかもこの人も裕哉のことが好きみたいだし。レイリアさんとティアちゃんに比べると内心ちょっと複雑なんだけど……。

 

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