第87話 勇者の災害救助隊 Ⅳ
子供が連れて行かれるのを横目で見送り、再び救出作業の続く車に向き直る。
隊員さんが女性を引き出そうとしているが、シートと天井に完全に挟まれていて動く気配はない。無理すれば取り返しのつかないことになるだろう。
俺も車内に体を潜り込ませて潰れた天井を押し上げようと試みるが女性の体があるために力を込めることができない。
「乗っている土砂をなんとかしないと無理だ! できるか?」
隊員さんの言葉に頷くと、俺は『地魔法』を使う。
水分を含んだ土と小石がまるでスライムのように移動していく。そして車の天井を押しつぶした数百キロはありそうなトンネルの外壁の瓦礫が露わになる。
「瓦礫を取り除いてから潰れた天井を引き上げます。隙間ができたら引っ張り出してください。それからすぐにコレを口に含ませて」
俺はそう言いながら隊員さんに先ほど子供に使ったエリクサーの小瓶を手渡す。
以前から思っていたのだが、こっちの世界の人は異世界人に比べて魔法が効きやすいようだ。となれば魔法薬もおそらく同様だろう。
小瓶には2/3程度が残っている。ならば十分な効果は期待できるはずだ。もし足らなくても後はメルでなんとかできるはず。
それにエリクサーはまだあと一本残ってるし。
小瓶を受け取った隊員さんが頷き、別の隊員さんが女性の上体を保持する。引き出した後にすぐ飲ませられるようにだろう。わずかなアイコンタクトですぐさま連携が取れるのが頼もしい。普段どれだけ訓練を積んでいるのやら。
効果を目の前で見たとはいえ、こんな怪しい格好の男の要請に従ってくれる、その決断力と柔軟性には感心する。
「ふん!」
メキメキッ、ガコ、ズガン。
スペースの空いた車の逆側に回り込み、大きな瓦礫を持ち上げて投げ捨てる。
「天井を持ち上げます! 3、2、1、ン!」
ギギギギィ
「ヨシ、引っ張れ! 抜けた! 薬を!!」
俺が車の天井を引っ張り上げると同時に隊員さんが女性を車内から外に出す。
女性の腰から下は完全に潰れ、目を背けたくなるような状態だった。むしろよくこれまで命があったものだ。
すぐさま女性の体を支えながらその口にエリクサーを流し込む隊員さん。
その直後、俺の目に女性を包む強い魔力光が広がり、子供の時と同じように体が再生していく。
服を汚す血や泥はそのままだが身体は完全に元どおりになったように見える。
「……この薬は一体……目の前で見ても信じられん……」
「申し訳ないですが言えません。それにしてもあれほどの怪我で今までもったのが奇跡ですよ」
唖然とした表情をしたまま俺に言う隊員さんに答える。
「押しつぶされたままだったのが幸いしたんだろう。出血が抑えられていたことに加えて、呼吸は確保できていたようだ。といっても普通ならこれだけ時間が経っていれば下半身は壊死していてもおかしくないし、助かる可能性はかなり低かったはずだ。しかし……こんなんどうやって報告すりゃいいんだよ……」
隊員さんが頭を抱えてしまった。
あ~、いろいろゴメン。
「ボケっとするな! まだ終わってないぞ!」
身体は元に戻ったようだが未だ意識が回復しない女性を、後から合流したのだろう救急隊員らしき人達が担架に乗せて運んでいるのを見ていると、別の場所から怒声が浴びせられた。
っと、そうだった。
「すまん! すぐに行く!」
「お、俺も」
我に返った俺と隊員さんは、救助作業を再開すべく走り出した。
周囲を見回すと、いつの間にやらレスキュー隊員さんのオレンジ色の姿だけでなく、消防隊員や救急隊員、警察官の姿が増えている。
多分、トンネルを塞いでいた土砂が取り除かれて、閉じ込められていた人達が脱出したのを受けて、トンネル前に待機していた人達が投入されたんだろう。
その人たちの誘導でどんどん人が避難して行く。
もっとも、ほとんどの車は置き去りだ。せっかく車で避難できるように片側の車線を開けたのに、手荷物だけを持って歩いてトンネルを出て行く。
車の振動でまた崩落するのを恐れたのかもしれない。
俺は魔法で光球を打ち上げながら状況を見つつ奥へ進んで行く。
幸いなことにあれから押しつぶされた車などは無いようだ。
レスキュー隊員さん達がすでに先行しているようで続々と人が避難してくる。
「車のエンジンを切って、手荷物だけ持って歩いて避難してください! 慌てないで! 大丈夫ですから! 怪我をしている人はいませんか?!」
誘導している隊員さん達の声が響く。
すれ違う人達が俺の姿を見てギョッとした顔で立ち止まったり、ガン見しながら歩いていく。
お願い、そんな見ないで! 足元とか、ほら、危ないし! ね!
そんなこんなで精神力を削られながら歩くと、ようやくもう一つの土砂の壁にたどり着く。
壁の向こう側で土砂を取り除いている音がかすかに聞こえてくる。
近くにいた隊員さんに無線で向こう側の作業している人に壁から離れるように伝えてもらった。
『探査』で人が近くにいないことを確認してから、地魔法で土砂を取り除くと、向こう側で歓声が響いた。
すぐに周囲の安全確認をしながら数人がこちら側にやってきて、俺を見て固まる。
もう、なんていうか、ごめんなさい。
どうやら俺たちにできることは終わったようだ。
今はレスキュー隊員さんと消防隊員さん達が車の中を一台一台確認している。
トンネルを戻りつつピュリラ(ティア)とイリス(レイリア)と合流した俺はパナケイア(メル)が治療していた場所まで行く。
「それでは貴女の氏名と住所は? どこから来たんですか?」
「え? あ、あの、えっと」
メルがお巡りさんに囲まれてた。
どうやら怪我人の治療は終わっていたらしく、その誘導をしてくれていたレスキュー隊員さんもその場を離れてしまったらしい。
「ちょっと顔を見せてもらえませんか?」
矢継ぎ早にされる質問にうろたえているメル。
どう対応していいかわからないようだ。簡単な説明しかしないで連れて来たからな。
「失礼」
言いながら彼女とお巡りさんの間に体を割り込ませ、メルを抱き寄せるとその包囲を抜ける。
「ゆ、く、クロノス!」
「ゴメン、遅くなった」
一瞬あっけにとられたメルが抱き寄せた俺の顔を見て名前を呼びかけて、慌てて言い直す。
「クロノス? って、シージャック事件の?」
「ちょ、ちょっと君、事情を」
まるっきり不審者を見る目で俺たちを見るお巡りさん達。
その言葉を遮って俺はさっさとこの場を離れることにする。
「すまないが、俺たちがすることは終わった。これで失礼する。まだしばらくは崩落は抑えられているはずだけど、早めの避難をお願いする」
言いながらイリスに目を向けると、意図を察してピュリラの肩に手を置く。そして同時に『転移魔法』を発動した。
転移した先は自宅の玄関である。
ちなみに俺の家の玄関は一般的な一軒家のものだ。なにが言いたいかというと、そんなに広くないのである。
そんなところに4人がいきなり転移するとどうなるかというと、
「うわっ! っとぉ、ぐべっ」
ガッターン
扉側に転移したレイリア達に押されて俺はメルの腰を引き寄せたまま盛大にひっくり返る。
とっさにメルの下に体を入れることはできたものの、 フローリングの床に背中と後頭部をしこたま打ち付ける羽目になった。
ステータスのお陰でダメージ自体は全くないが、それでも一瞬息がつまる。
「裕哉?! 戻っ……なにやってんの?」
音を聞きつけてリビングから飛び出して来た茜が俺の状況を見て睨んできた。
その今の俺の状態は、床に仰向けに寝そべり、メルを体に乗せて抱きしめている。
メルをかばったせいなのだが……もしかしなくても誤解を招く、か?
「あ、ああ、あの、これは……」
「その人は誰、って、メルさん?!」
「茜さん、兄ぃ帰っ……修羅場?」
我に帰ったメルが目元を赤くしながらアタフタし、詰め寄ろうとした茜がメルに気づき、遅れて様子を見に来た亜由美がまぜっ返した。
「いいなぁ、メルスリア様……」
落ち着いて話ができるまでもう少しかかりそうだ。
少し経って、落ち着いた面々はリビングに移動。
俺とレイリア、ティアは普通の服に着替えてからだけどな。
そこでとりあえず状況の確認をすることにした。
まずは奈々ちゃんのことだ。救助した人達の中に奈々ちゃんの姿は確認できなかったのだ。
「あのね、奈っちゃんは無事でした。なんか、昨夜お父さんが仕事の帰りに駅の階段から落ちて足を怪我して入院したらしいの。それで帰省するのをやめたんだって。電話が繋がらなかったのは病院で電源切って、そのまま忘れてたみたい」
茜の言葉を聞いて思わず机に突っぷす。
人騒がせな。まぁ彼女が悪いわけじゃないけど。
「んで斎藤は?」
帰ってきたのに斎藤の姿が見えない。てっきりコスプレ姿の俺たちの活動に興味津々かと思ってたんだが。
「あ~、あはは、奈っちゃんの家に行ったらちょうど奈っちゃんとお母さんが帰ってきて、奈っちゃんの交際相手って事で拉致されてった」
あれま。
「まぁなんにせよ、奈々ちゃんが無事で良かったよ。親父さんはお気の毒だが、それに俺たちが行ったのも無駄足じゃなかったしな」
行かなかったらまず間違いなくあの親子は助からなかっただろう。それだけでも黒歴史を量産して行った甲斐があったというものだ。
ってか、そうとでも思わなきゃやってられん。
「でも何でメル様が兄ぃと一緒に?」
亜由美が聞いてきたので事故の状況を説明した。そして改めてメルに礼を言う。
「いきなりで驚きましたけどお役に立てて良かったですよ。それに軽傷者ばかりでしたからそれほど大変ではありませんでしたし」
「じゃが確かに手は足りなかったからの。どうやら危険な状態の者もおったようじゃし、さすがは主殿じゃ」
「う~、私はあんまりお役に立てませんでしたぁ」
ティアが残念そうに言うが、まったくそんなことはないのでそう言って頭を撫でてやる。ネコミミがフニャンとして可愛い。
「しかし、少々騒ぎはおおきくなるかもしれんのぅ」
エリクサー使っちゃったしなぁ。
目撃したレスキュー隊員の話がどこまで信用されるかはわからないけど、間違いなく騒ぎにはなりそうだ。
テレビでは事故現場の状況が特番を組まれて報道されているようだった。ただ、今のところは続々と避難してくる人達の状況を映しているだけだ。
『今入ってきた情報によりますと、あのシージャック事件を解決したクロノスを名乗る人物が……』
プツン
しばらくテレビは見ないようにしよう。そしてクロノスも封印だ。
今度何かあっても、その時はフルフェイスのヘルメットか帽子とマスク&サングラスだ。絶対にそうする。うん!
ティアが入れてくれたコーヒーを飲みながらしばらく休息。メルも交えて談笑する。
茜はすっかりメルと打ち解けているのは知っていたが、人見知りの亜由美もいつの間にやら結構仲良くなっているようだ。「メル様」とか呼んでるし。
ふと時計を見ると、すでに時刻は夕方になっていた。
あまり自覚していなかったが、どうやら救助活動で結構な時間経ってしまっていたらしい。
「メル、仕事中だったのに悪かったな。本当に助かった。それじゃそろそろ王城戻すよ」
茜たちとの会話が途切れるのを待ってメルに声をかける。
ところが予想外の返答が。
「嫌です! 帰りません!」
「「……え~~~!!」」
俺と茜の声がハモる。
そして何故、レイリアと亜由美はサムズアップしてるんだ??
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