第86話 勇者の災害救助隊 Ⅲ
次々と運ばれてくる怪我人。
連休初日だったためだろうが、わずか一キロ程度の距離にかなりの数の車があり、多くが玉突き事故のような状況になっているようだ。しかも所々で壁や天井が崩れて瓦礫に直撃された車まである。
「クロノス様! 土砂に押しつぶされた車に人がいます!」
ピュリラが前方で叫ぶ。
マジで手が足りん。
元々の目的だった奈々ちゃんもまだ見つかってないようだし。
意を決した俺はアイテムボックスから『転移の宝玉』を取り出して起動させる。
手が足りないなら足せば良い。
応援を要請しよう。
転移した先は異世界のいつもの王城の一室。
少し前に着替えるために来た場所である。
とりあえずマスクだけ脱いだ俺は部屋を出る。
「あ、勇者様? その、格好は、えっと、か、格好良いですね」
部屋を出てすぐに王城付きのメイドさんに出くわすが、非常に微妙な表情で褒めてくれる。
そんな気遣いいらないですから! お願い、気を遣わないで! 優しさが辛いですから。
「メルスリア殿下はどちらに?」
「殿下なら執務室におられます。その、バークリー様と一緒に」
……エリスさんも居んのか……仕方ない、緊急事態だ、諦めよう。
羞恥心を抑えて、イジられるのを覚悟しながらメルの執務室へむかう。
メルも王女であり当然ながら王族としての勤めを果たすために執務室が王城内に用意されている。
何度か行ったことのある場所なので迷うことなく到着する。
執務室の扉の前には護衛の騎士が2名待機しているが、俺の姿を見ても少し驚いたくらいでさほど表情を変えることはなかった。流石である。今度差し入れ持ってきてあげよう。
俺が来たことを騎士が伝えると、すぐに入室が許可された。
「ユーヤさん? こちらまでこられるのは珍しいですね。どうかされたのですか? それにその格好は……」
メルが手元の書類から視線を上げて俺に尋ねる。
「急でごめん。メルが必要だ。付き合ってくれ」
ガタッ、パサァ……。
メルがいきなり立ち上がり、手に持っていた書類が床に落ちる。そしてその顔は真っ赤だ。
あれ?
「ユーヤ様、個人的にはそういうのも有りだとは思いますが、姫様にはもう少しムードがあった方がよろしいかと思いますよ? そうすれば喜んで身体をひらくでしょうに」
「へ?」
エリスさんが溜息を吐きながら言った台詞が一瞬理解できなかった俺は、先程の自分の言動を振り返る。
『急でごめん。(怪我人が大勢いる、)メル(の力)が必要だ。(現場に)付き合ってくれ』
…………焦りすぎて、所々言葉が抜けていたらしい。
チラリとメルを見ると、頬を赤く染めながらアワアワしている。
やっちまった。
焦らなくても、向こうの時間の経過は無視できるんだから、まず落ち着くべきだった。
「あ~、すまん。言葉が足りなかった。ちょっと向こうの世界で事故というか、災害が発生してな。治療の手が足りないんだ。申し訳ないけど、力を貸して欲しい」
「はぇ? あ、そ、そうですか、そうですよね、はい。勘違いなんかしてませんよ? ねぇ?」
言い直した俺にメルは一瞬キョトンとした後、見るからにテンションを下げた。
『チッ、もう少しで面白くなったのですけど、どっちも肝心なところでヘタレですね』
エリスさん黒い思考がダダ漏れです。
気を取り直して俺は事情を説明する。
もちろん俺がこんな格好をしている理由も含めてだ。
「フフッ、ユーヤさんは元の世界に戻ってもやっぱり勇者様なのですね」
「そんな気はこれっぽっちもないんだけどな。成り行きだよ」
どこか嬉しそうに言うメルに肩を竦めて応える。
「お話しはわかりました。私に出来ることでしたら、もちろんお手伝いさせていただきます。ただ、その、私も、あの、ユーヤさんと同じような格好をした方が良いのでしょうか」
メルが俺の姿をチラチラ見ながら、躊躇いがちに尋ねる。
やっぱりこういう格好は抵抗があるらしい。日本人だからってわけじゃないのか。レイリアとティアが特別なんだろう。
「別に正体を隠したいだけであるならば、ローブのフードを深く被って、布で口元を隠せばよろしいのではありませんか?」
「そ、そうですね。ユーヤさんそれでよろしいで……どうかなさったのですか?」
メルの疑問に答えるエリスさんの言葉を聞いて、俺は膝から崩れ落ちていた。
そうだよ! 正体隠すなら別にコスプレする必要ないじゃん!
帽子被ってマスクとサングラスでもすれば充分だよ!
不審者然としているのは同じだけど、羞恥心は比較にならん。
何故気がつかなかった、俺?
もっと早く気がついていれば、あんなに悪目立ちすることもなかったのに……
「いや、なんでもないっす……準備ができたらお願いします」
「ど、どうしていきなり敬語なんですか?」
穴があったら埋まりたいだけです。
急に落ち込んだ俺に様子にメルが心配そうな声を上げるが、今はそっとしておいて欲しい。
そうこうしている内に、エリスさんが素早くメルのローブと口元を隠す白いスカーフ、それに旅の時に着ていた動きやすい服を用意していた。
着替えのために一旦俺は部屋から出て、合図があるまで待ってから再び部屋に入る。
そこにいたのはある意味見慣れた、俺からすれば王女としてのドレス姿よりも馴染みのあるメルの姿だった。今は口元を隠しているので、仲間以外はメルであることを判別することもできないだろう。
「それじゃ、よろしく頼む」
そう言って、俺はメルの肩に手を乗せて『転移の宝玉』起動させた。
戻ってきました事故現場。
突然俺の隣に姿を現したメルに、怪我人を搬送してきたレスキュー隊員さんが驚いて硬直する。
驚きすぎてメルを指さしながらパクパクしてる。が、気持ちはわかるが今はそんなことを気にしている暇は無い。
「なるほど、応援を呼んだか。良い判断じゃなクロノス。では、パナケイアよ治療を頼む」
「ふぇ? パ、パナなんです? レイ「イリスじゃ! 忘れたかパナケイア」は、はい。わかりました」
いきなり別の名で呼ばれて思わず聞き返したメルが、メルの姿を見て近寄って来たレ、じゃなかったイリスに遮られて口を噤む。
っていうか、やっぱりそれ続けるのね。
にしても、パナケイアとはね。アスクレピオスの娘で癒しを司る女神だったか。まぁ、状況からすれば合ってるっちゃ合ってるが。
「今は問答する時間がない。悪いけど怪我人の治療を頼む。俺は救助活動を手伝うから」
「わかりました。後で色々と聞かせてくださいね。では始めます」
目だけで苦笑いをしたメル改めパナケイアが、さっそく側に横になっている重傷者に『治癒魔法』を掛ける。
俺だと1人ずつしか掛けることができないが、彼女ならば複数を同時に癒すことができる。
こと治癒・治療に関しては俺とは文字通り桁が違うのだ。
というわけで、後は聖女様にお任せである。
俺はピュリラ(ティア)が言っていた車に向かって走る。
そこではレスキュー隊員さん達が群がっていて、半ば土砂に埋もれた車を掘り出している。
ミニバンタイプのその車は天井を大量の土砂と瓦礫で押しつぶされており、かろうじて運転席側のドアとフロント部分が露出している状態だった。
その運転席のドアをレスキュー隊員さんが器具を使ってこじ開け、運転手が引っ張り出されてきた。頭と手から出血しているが、意識はあるようだ。
「お名前いえますか? もう大丈夫ですよ」
「こ、子供と妻がまだ中に……」
隊員さんの呼びかけに途切れ途切れに応える。
「中央部の座席だ! まだ息がある!!」
運転席側から覗き込んだ隊員さんが叫ぶ。
だがドアがスライドタイプで歪んでしまっているために開けることができない。
助けを求めるかのように視線を動かす隊員さんと目が合う。
「引き剥がします! 中の人の様子を見ておいてください。運転手の人は向こうで治療を!」
「わかった、頼む!」
頷くのを確認すると、俺はドアとボディの隙間に指をねじ込む。そしてドアを掴むと強引に手前に引く。車内に影響しないようにゆっくりとだ。
浮き上がったドアを今度は横に動かすと、メキメキと音をたてながら開いていく。
「よし! ベルトカッター貸せ! 切れた、引き出すぞ!」
声と共に土砂に
そして、その向こうには母親だろう、女の人が子供が座っていたであろう座席に覆い被さるように倒れており、その人の腰から下が潰れた天井の下敷きになっているのが見えた。
多分事故の瞬間子供を守ろうと覆い被さったのだろう。
「あ、あいを、こどもを……」
強化された俺の耳でも微かに聞き取れる程度の小さく、かすれた声がした。
ほとんど意識はないであろう母親の、子供を思う気持ち。
異世界での戦いの中で幾度か目撃した光景だが、その度に心を揺さぶられ、そしてもう見たくないと思うのだ。
「クソ! 呼吸停止! 肺が潰れてる!!」
子供は地面に降ろされ、隊員さんが人工呼吸を行っている。が、魔法で探査するまでもなく、見る見るその身から命が流れ出ていくのがわかる。
ここまで状態が悪いと俺の魔法では間に合わない。
けど、まだ方法はある。
へたすれば魔法なんかよりもこの世界で問題になりかねないが、迷う時間も無い。
俺は子供の側に屈み、アイテムボックスから取り出した小瓶を開けてその口に少しずつ流し込む。
子供に使ったことがないので状態を見つつ、瓶の1/3ほどを含ませる。無理に飲み込ませる必要は無い。身体の中にさえ入れば即座にその効果が発揮される。
ファンタジーの世界ではお馴染みの万能の霊薬『エリクサー』である。
多くの作品で死んでない限り怪我だろうが病気だろうが全快させるトンデモ魔法薬だが、俺の持っているコレも似たような物だ。
「! こ、これは……」
唖然として見つめるレスキュー隊員の目の前で、まるで逆再生の映像のように修復されていく子供の身体。
「ヒュ、あ、う……」
最後に、少しだけ開いた口から息を吸う音が聞こえ、そして目が開いた。
咄嗟に子供と車の間に俺の身体を滑り込ませ、子供の目に車と母親が入らないようにする。
素早く隊員さんに目配せをすると、察したように頷き子供を抱き上げてくれた。
「もう大丈夫だよ。さぁ、すぐにここからでるよ。お父さんが待ってるからね」
そう言って抱きかかえたまま父親が治療を受けているパナケイア(メル)の方へ歩いていく。
さあ、次は車に残されている母親の番だ。
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