第85話 勇者の災害救助隊 Ⅱ

「……とりあえず、飯作るわ」

 現実逃避というなかれ。

 目の前にはどっからどう見ても特撮ヒーローのキャラとしか思えないコスプレをした2人の異世界人。実に嬉しそうにはしゃいでいる。初めて和服を着た外国人みたいなものかもしれないが見た目がアレ過ぎて異様である。

 コスチューム自体は実に見事な出来栄えではあるのだろう。女性らしいシルエットを強調しながらレイリアとティアの本来の・・・イメージを上手く表現できているのがとても素人が作ったとは思えないほどだ。

 ただ、問題なのはその実用性の兼ね備えたつくりと活用する気満々な異世界コンビのテンションである。そうそう使うような場面など無いとは思っているのだが……フラグか?

 

 今は何を言っても無駄であろう面々を放っておいてキッチンに立つ。

 人数が多いのでパスタでも作ることにしよう。

 大きめの寸胴鍋にお湯を沸かしつつ、缶のミートソースのパスタソース二つとホールトマトの缶詰一つを手鍋に開け、コンソメスープの素を2粒放り込んで火に掛ける。

 大ぶりのタマネギ1個分を薄くスライスしてから更に適当な大きさにざく切りにして手鍋に投入。煮立ってきたら味を調えてパスタソースが完成。

 沸騰した寸胴鍋に塩とオリーブオイルを適量入れたら、パスタを一袋(1kg)を全部ぶっ込む。

 人数が全部で6人なのでこれぐらいは必要だろう。

 パスタが茹であがったら皿に盛りつけ水増しミートソースを掛けて出来上がりである。

 結構なボリュームになったが茜と斉藤以外は大食漢揃いなので問題ない。 

 ……ふたりとも、食事の時は脱ごうよ。


『……で崩落事故が発生し、複数の車両が巻き込まれ現在消防による救出作業が行われています。それに伴い◯◯インターと〇〇インター間は上下線とも通行止めとなっており復旧の目処は立っていません。現場から中継です…………』

 食事が終わりお茶を飲みながらテレビをつけると目に入ってきたニュース映像。

 隣県の高速道路のトンネル内で事故らしい。詳しくはまだよくわかっていないようだが、トンネルの外壁が崩落して多数の車が巻き込まれたんだとか。未だに多くの人が閉じ込められた状態だそうだ。

「結構酷い事故みたいだな」

「そういえば僕が来る少し前に結構大きい地震あったよね? 関係あるのかなぁ」

 俺が思わずこぼした言葉に斎藤が答える。

 確かに事故現場も震源地に割と近い。そうなのかもしれないな。最近雨も多かったし、地盤でも緩んでたのかね。

 大変な事故ではあるのだが、こう言っては批判されるかもしれないが俺の心境としてはテレビの向こう側の出来事である。少なくともこの時点ではそうであった。んだけど、次の茜の一言でそれが崩れる。


「あれ? そう言えば奈っちゃんが……」

 何かに思い至ったらしい茜がスマホでどこかに電話をかけ始めた。

 電話を耳に押し当てながらその顔色がドンドン青ざめてくる。

「茜? どうした?」

「……今日、奈っちゃん長野に住んでるお婆さんの所に行くって言ってたの。家族で、高速使って」

「マジで?」

「今電話したんだけど、繋がらないの」

 それを聞いた斎藤も慌てて電話をかける。が、やはり繋がらないようで、何度もリダイヤルしながら次第に顔から色が抜けてくる。

「ルートは? 間違いなくこの高速使ってるのか? 時間は?」

「く、詳しく聞いたわけじゃないけど、長野市内って言ってたし、午前中に出るとかって」


「ど、どどどどどどどうしよう! かかかか柏木くん!!」

「ちょ、斎藤落ち着け! お前は何か聞いてないのか?」

「ななな奈々ちゃんから親戚の家に遊びに行くっていうのは、き、聞いたけど……」

 腰が抜けたようにへたり込みながら足にしがみついてしどろもどろになっている斎藤を振りほどきながら考える。

 といっても俺も混乱気味だ。言い方は悪いがたった今まで人ごとの様に感じていたニュースの内容が急に身近になったんだからな。

 茜は呆然と立ち尽くし、斎藤はアワアワしてるだけだ。

「ふむ。奈っちゃんというのは何度か会ったアカネの友人の娘であろう? であれば巻き込まれたかどうかはわからぬが、すぐにこの事故現場とやらに救援に向かうしかなかろう」

 レイリアが厳しい顔をしながらそう言う。

 確かにその通りだ。とはいえどうするか。

 行くこと自体はできるだろうが、俺は戦闘以外の能力はそれほど高いとは言えない。

「この事故現場って遠いんですか?」

「最初にティアとレイリアがこの世界に来た時の山から飛べば多分それほどかからないとは思うけど」

「ならば我らも行こう。我ならば主殿とティアを乗せればすぐに着くじゃろうし、主殿は大規模な地魔法は不得手であろう?」

 不得手というか無理だな。けどそれなら何とかなるか?


「わかった。茜と斎藤は念のために奈々ちゃんの家に確認に行ってくれ。レイリアとティアは……もうこの際だ、その格好で良い。手伝ってくれ。亜由美は留守番」

 俺の言葉に全員が頷く。異世界組の2人は結局食事中もマスクだけ外したコスプレ姿だったのでコレでいくことにする。

 慌てて家を飛び出していく茜と斎藤を横目に、俺はすぐさま転移の宝玉を取り出して異世界へ、非常に不本意ながら再びヒーロースーツに身を包む事にした。

 くそ! やっぱりフラグだったか!


 

 俺たちは一旦馴染みの山中に転移し、龍の姿に戻ったレイリアの背に乗る。俺の横にはティア。マスク着用の完全バージョンである。

 ティアはそれほど魔法は使えないが力も体力もこちらの人間とは比較にならないほど高い。障害物の除去や怪我人の運搬なんかをしてもらおうと思っている。

 レイリアに方角を指示して飛ぶことわずか十数分。早くも目的地近くの高速道路が見えてきた。

 渋滞するインターチェンジ手前と封鎖されたその先に続く道。目的のトンネル前には数台のパトカーと消防車、救急車が見える。

 どうやら崩落した事故現場は下り車線だけの様で、上り車線はガランとしている。

 そして高速道路の上空にはヘリコプターが2機旋回していた。


「して、主殿。どうするのじゃ?」

「とりあえずドラゴンの姿のままで降りれば騒ぎになる。認識阻害の魔法を使ったまま遠くからヘリの上空まで行ってから人間形態に戻ってくれ。あとは飛行魔法で降りよう。地上に着いたら止められる前に一気にトンネル内に走る」

「わかった」

「はい」

 俺は大雑把な指示を出す。

 とにかくトンネル内部の状況がわからないから、今の段階で決められることはほとんどない。

「ときに主殿。現場には余人もおろう。我らの名をそのまま呼ぶのはまずいのではないか?」

「い、いや、そんなことを言っている場合じゃ」

「我らは主殿を『クロノス』と呼べば良いとして、我はそうじゃの、『イリス』とでも呼ぶが良い」

「あ、それじゃ私は『ピュリラ』でお願いします!」

 どうしよう、2人がノリノリだ。

 あと、ティア? ピュリラって確かクロノスとの間にケンタウロス産んだ女神だよね? なにかを暗示してるんでしょうか……


 トンネル入口の上空に到着すると、レイリアは黒龍から人型に変身する。その姿はヒーロースーツの状態だ。

 飛行魔法を使えないティアを俺が抱きかかえて、自然落下よりも若干遅い程度の速度で地上に降りる。

「な?! だ、だれだ! と、止まりなさい!」

 俺たちの姿をみたお巡りさんが慌てて止めようとするが、その頭上をジャンプして跳び越えるとそのままトンネル内に走り込む。

 電源が死んでいるのか、トンネル内はかなり暗い。かろうじて非常用の表示が灯っている程度で、遠く前方に救出作業をしているのであろう明かりが見える。

 夜目のきく俺たちは問題ないが、このまま進むと作業をしているレスキューの人たちが無用な混乱をしてしまうかもしれない。

 そう考えた俺は魔法で『光球』を生み出すと2~30メートルごとに宙に浮かべる。それほど魔力も消費しないし1時間くらいは持つはずだ。

 事故に巻き込まれなかった車はすでに移動しているのだろう、ひらけた車線を進むと前方に20人ほどのオレンジ色の服を着たレスキュー隊の人達が作業しているのが確認できた。

 数人が俺たちの方を見ているが構わず近づく。


 トンネルは左側上部が崩れ、大量の土砂で半分以上埋まっていた。

 ここから見える範囲では土砂に埋まった車などは見えない。

「止まれ! 君たちは誰だ! ここは危険だ、すぐに退避しなさい!」

 すぐ目の前まで来た俺たちに隊員さんが大声で呼びかける。

 口調は強いが声色に戸惑っている様子が伺える。

 そりゃそうだろう。封鎖されているはずのトンネル内にいきなり珍妙な格好をした3人組が来たんだから。自分で言ってて悲しいが……。

「あ、あれって、シージャック事件の時の」

「クロノスとかって名乗ってた……」

 名乗ったのは俺じゃねー!

 コホン。今はそれどころじゃない。

「怪しい格好なのは許してください。我々は大丈夫です。救出を手伝いに来ました。れ、イリス、頼む」

「任せよ、クロノス!」

 思わずレイリアと呼びかけそうになり、睨まれた気配を感じた俺は慌てて呼び直す。

 応じたレイリア改めイリスが地魔法を発動する。トンネル全体に及ぶほどの魔法陣が広がり、トンネルの壁を強固にする。

 次に俺は地魔法を使って前方を塞いでいる土砂を手前側に崩して固めていく。

 とりあえず右側の車線を使えるようにする。残念なことに俺は大きな範囲に対して影響させるような魔法を使えない。魔力自体は並外れて多いが、俺が一度に行使できる範囲はこの程度なのである。

 

「な?! どうなって?! き、君たちはいったい……」

「そんなことより状況を教えてくれませんか? 彼女、イリスが壁と天井を抑えていますからこの周辺の崩落の危険はありません」

 唖然としながらトンネルを塞いでいた土砂が均されていくのを見ていたレスキュー隊員さんが呟くが、それに付き合っている暇は無い。

「……わかった。おい! 半数は崩れた向こう側に回って現場げんじょうの確認と要救護者の救助に当たれ! 確認するが本当に崩落は大丈夫なんだろうな?」

「心配はいらぬ。少なくとも我がいる間はこのトンネルの端から端までこれ以上の崩落はせぬ。例え壁と天井が紙程度の強度しかなくなったとしても砂粒一つ落ちることは有り得ぬよ」

 さすが伝説級のドラゴンだな。桁違いだ。

「正直信じられん。が、今はそれにすがろう。……我々が確認できている崩落箇所はココ、それから約一キロ先だ。どちらもトンネルの半ば以上土砂で埋まっている。それを乗り越えて徒歩で脱出した人もいるが、土砂に多くの水分が含まれているために相当体力のある人じゃないと無理だ。

 それに更に崩落が進む可能性もあるから重機が入れられない。手作業で土砂を取り除いていた状況だ。そして内部の状況ははっきりとわかっていない。内部は照明が消えているから脱出した人も自分達以外の事をほとんど把握していなかったようだ」

 

 予想以上に範囲が広いな。それに状況も悪い。

「わかりました。我々も中に入ります。避難誘導と軽傷者の処置はお願いします。重傷者、特に重篤な人は一旦我々が処置します」

「馬鹿な! 重傷者をどうするつもりだ?!」

 隊員さんがこちらを睨み付けながら詰問する。当然だ。

「重傷者をとりあえず危険のないところまで治す手段があります」

 話しながらも土砂の向こう側へ移動する。既に他のレスキュー隊員さん達の誘導で避難が始まっているようだ。

 だが土砂に半ば埋まっている車や脱出したのか運転者のいない車が邪魔で、折角開けた車線から車が出る事が出来ないでいた。

「てぃ、ピュリラ! 通路を塞いでいる車を隅に寄せて場所を空けてくれ!」

 俺はまた『光球』を作り出して天井近くに浮かべながらティア改めピュリラに指示を出す。

「はい! クロノス様!」

 ハキハキと俺の厨二ネームを叫ぶとすぐさま塞いでいる車を押し場所を空けていく。当然タイヤが動かないのでズリズリと引き摺ってである。

 一緒に来ていた隊員さんがピュリラを指さしながら口をパクパクさせているが、とりあえず放っておこう。

 

「大丈夫ですか? 自分の名前言えますか?」

「足が挟まってる! スプレッダー持ってこい!!」

 通路を塞いでいた土砂のすぐ向こう側では、天井を押しつぶされた車の運転席から人を救助するためにレスキュー隊員さんの怒号が響いている。

 ドアが歪んでいるために窓から運転手を引っぱろうとしているが難しいようだ。

「どいて下さい!」

 声を掛けつつ魔法で車両上部が潰れないように固定して、ドアを強引に引きちぎる。

「な?!」

 次いでステップに足をかけてピラーとハンドル部分を一気に上に押し上げる。

 ギギギィ! メキッ!

「引っ張り出して!」

「え?! あ! わ、わかった!」

 俺の行動に呆けていた隊員さん達が慌てて運転手を車から引きずり出す。

 念のために確認したがこの車には他に乗っている人がいないようだったので、すぐに運転手の容体を確認する。

 頭部から血を流していて意識は朦朧としているようだが脳の方は問題無さそうだ。あとは挟まれていた足が骨折している。

 担架を準備している隊員を横目に、俺は『治癒魔法』を掛ける。

「こ、これは……」

「……嘘だろ?……」

 血の跡や服の汚れでわかりづらいはずなのだが、さすがにプロのレスキュー、見る間に怪我が癒えていくのがわかったようだ。

 

「もう少し先にスペースを作ります。重傷者を運んで下さい。動かせない場合は呼んで下さい」

「わ、わかった。頼む」

 常識が崩壊したのか妙に素直に同意してくれた。助かる。

 俺は次々と『光球』を打ち上げつつトンネルを進む。

 明るくなり状況が見えるようになると、その惨状がよりはっきりとする。

 天井があちこち崩落してがれきが道路に散らばり、中にはボンネットや天井を大きく凹ましている車もある。

 そしてあちこちで玉突き事故が発生しているらしく、何台もの車が破損して怪我をしている人も多いようだ。

 俺は比較的がれきが少ない場所で運転手のいない車を押しやってスペースを作る。

 俺の指示をこなして戻ってきたティ、ピュリラに追加の指示を出す。

「軽傷者はレスキューの人に委ねて、重傷者をココに運んでくれ。トンネルの奥側から頼む」

「わかりました!」

 返事をした猫娘を見送っていると、さっそくレスキュー隊員さんが怪我人を抱きかかえて連れてきた。中学生位の男の子だ。

 

 

 それから次々と運ばれてくる怪我人。

 今のところ重篤な人はいないようだが既に10人以上の怪我人がいる。

「クロノス様! 土砂に押しつぶされた車に人がいます!」

 手が足らない!

 こうなったらあの手を使おう。

 そう決めた俺はアイテムボックスから転移の宝玉を取り出した。

 

 

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