第84話 勇者の災害救助隊 Ⅰ

 ピ~ンポ~ン。

 家のチャイムが鳴り、その音で目が覚める。

 寝過ぎ、てもいないか。

 目覚まし時計を見ると午前9時。

 いや、遅いっちゃぁ遅いが、昨夜寝たのが午前3時過ぎだったからな。6時間も寝てないことになる。

 別にゲームとかで遅くなった訳じゃない。ありがたいことにネット販売のアクセサリーの売上が好調、というか好調すぎて作っても作ってもすぐに売り切れてしまうのだ。

 

 最初の頃はある程度在庫を作ってからサイトにアップして販売していたけど、すぐに売り切れてしまい、問い合わせで懇願というか、脅迫というか、とにかくそういったメールを大量にもらう羽目になり、今では予約販売を受け付けることになった。

 ハンドメイドでそれほど大量の商品を売るのも不自然なのだが、メールを通して伝わってくる、執念っぽいナニかが怖すぎるので仕方がないのである。

 そんなわけで主に週末の夜に注文を捌くべく制作に勤しんでいる。

 昨夜は新作のインスピレーションも湧いたので、つい熱中してしまった。

 なにやら自分で自分の首を絞めているような気がしないでもないが、きっと気のせいだろう。

 

 ボーッとする頭を振りつつベッドからのそのそと這い出る。

 寝間着代わりのスウェットから普段着に着替えて、最低限の身嗜みを整える。

 1階に下りて顔を洗い歯を磨く。

 洗面台の鏡を見て、うん、フツメンだ。と思う。そうだよね? そうだと言ってくれ!

 少なくとも体型体格だけはイケメンの端っこくらいにはいるはずだ。

 ……今の流行りって、細マッチョだっけ?……考えないようにしよう……

 訪問者が来てるのにのんびりしすぎだと思うかもしれないが、訪問者が誰かもその目的も知っているので問題ない。

 といっても俺に無関係というわけじゃないけどな。

 

 リビングに入ると予定通りの人物がそこにいた。

「あ、裕哉おはよう」

「兄ぃ、おは」

「ユーヤさんおはようございます」

「主殿、おはようじゃ」

 本日の訪問者である茜と、亜由美、ティア、レイリアが挨拶で迎えてくれた。

「おう。おはようさん。早いな」

「うん。じゃあ、レイリアさん今日もお願いします。裕哉はあとでね」

「ん。師匠今日もよろしく。兄ぃ、騒がしくしないでね」

「うむ? もう良いのか? では始めるか」

 俺が返すと、茜と亜由美、レイリアはさっさとそれまで腰掛けていたソファーから立ち上がり、レイリアとティアの部屋に行ってしまった。

 

 ……俺って、茜の彼氏だよな?

 今日の茜の訪問相手は俺じゃなくてレイリアなのは知ってるけど、あまりのおざなり(なおざり?)感にちょっと凹む。

「ユーヤさん、コーヒーで良いですか?」

 微妙にショックで立ち尽くしているとティアがそう言ってくれた。

 ネコミミがピコピコと動いて可愛らしい。

 

 そう。今のティアは本来の獣人の姿である。

 レイリアの協力の下、ティア専用の変身魔法の魔法具を作ることができたのでティア自身の意志で自由に身体を変化させることができるようになった。

 変身魔法は相当複雑な魔法らしく、本来魔法具にすることは困難らしいのだが普人種(普通の人間ってことね)それも耳としっぽに限定することでようやく魔法具化することができた。

 俺も以前レイリアに髪色と顔のちょっとした印象を変える魔法を教わったが、それしかできない。まぁそれはともかく、ティアにはできあがった魔法具を渡してあるのだ。

 幅1センチちょっとのバングルタイプの腕輪になっていて、それを使って他人のいない家の中限定で本来の姿に戻っているのである。もちろん茜は身内扱いだ。

 

「ありがと。それにしても茜も亜由美も俺に対する扱いがヒドくなってきてる気がするよ」

 コーヒーをおいてくれるティアに苦笑いで愚痴る。

「あはは、今は仕方ないかもしれないです。魔力操作の訓練が終わって初級魔法の練習してるみたいですから」

「お? ようやくか」

 レイリアとティアが異世界からうちに来て、当然ながら茜と亜由美は魔法に興味を持った。

 やっぱり魔法ってソソるよね。んで、2人も例に漏れず興味津々だったわけだが、だめ押しだったのが『魔力が増えると肉体を若く保つことができるようになる』とレイリアが吹き込んだことだ。

 茜は俺から聞いた寿命の違いを思い悩んでいたみたいだし、そうでなくても女性が『若く保てる』なんて聞いて黙っていられるはずがない。

 そんなわけで2人はレイリアに魔法を教えてくれるように頼み、レイリアもそれを快諾した。

 去年から頑張って練習していたのだが、元々が魔法の無い世界で育ったのだ。俺もそうだったが魔力自体を知覚して操作することにかなり苦戦していたらしい。

 

「ユーヤさんがひと月くらいで出来るようになったって聞いてすごく焦ってたみたいです。私はお母さんに基礎を教わったときに半年くらい掛かったって言ったんですけど」

「俺の場合は自分の命とこの世界への帰還が掛かってたからなぁ。どうしたって危機感があった方が上達するから、比べられても困る」

 ティアが淹れてくれたコーヒーを飲みながら溜息を吐く。

 俺の場合は無理矢理異世界に転移させられて、魔王を倒して世界の歪みを正さないと帰れないって言われたからそれこそ死に物狂いだったからな。第一、できなきゃ死ぬし。

 とはいえ、魔力操作ができるようになったのなら少しずつ魔法は使えるようになってくるだろう。寿命に影響するほど魔力を高めるには相応の努力が必要だが。

 レイリアは教え方が上手いから上達するのも早いだろう。


 となると午前中が暇だな。

 ちなみに今日はゴールデンウィーク後半、3連休の初日である。

 例の戸塚君との一件からすでに3週間が経過している。

 あの後、戸塚君は多分気まずかったのだろう、そそくさと帰って行ったが俺も他のメンバーもせっかくの機会なので峠を走ったり、ワークスチームのライダー(一日限定特別会員)さんによるライディング講座を聞いたりしながら、なかなか充実した時間を過ごした。

 エキシビションとしてNS&プロライダーによる走りも行われたが、俺とのタイム差が2分以上あってちょっとショックだったりした。やっぱプロはスゲェわ。


 まぁ、それはそれとして、翌日から本格的に新たな体制でツーリングサークルがスタートしたわけだが、大変だった。

 まず、戸塚君が入会した。これはある意味予想できなくもない。本人は「実は最初から興味があったんです!」とか言ってたが本当かどうかは知らない。だったらもう少しそういう素振りでも見せておけとか思うが、まだそれは良い。

 問題なのは俺のことを「兄貴」とか言ってとにかくまとわりついてくるのだ。邪険にしても何か妙に嬉しそうだし、ちょっと引く。


 そして次にレイリアとティアの加入で、入会希望者が殺到したことである。それも2年生と3年生の男共で大半がバイクの免許を持っていないという、何とも目的がわかりやすい状況だった。

 茜とレイリア、ティアの3人が俺にベッタリと張り付き、嫉妬と怨念の視線を突き刺す連中を威圧して追い散らし、諦めの悪い連中は物理的に叩き出したりしたことで『リアルハーレム野郎』の二つ名が大学中に広まったりした。

 結局、最初の入会者である1年生5人と戸塚君、それにレイリアとティアの8名が今年の入会者となり、騒ぎが落ち着いた頃にゴールデンウィーク突入。


 前半の連休に久保さんが休日の会社の駐車場を提供してくれて、一日だけだが免許を持っていない新入生達にバイクの講習を行った。

 さらに、新入生の女の子3人に彼氏がいないと聞いて野村、道永、大竹の3人が暴走。キュッとシメて大人しくさせることに。

 サークル関連が忙しすぎて学生の本分である講義の内容が全く記憶にない。

 真剣に神崎会長に復帰をお願いしたかったよ。俺には一言で従わせるカリスマを持つのは無理だ。

 

 振り回されたこの数週間を思い返してゲンナリしながらコーヒーを飲む。美味い。インスタントなのに美少女に淹れてもらうと美味しく感じるのは何故だろう……俺が男だからだな。

 なんにしても茜達の魔法練習が終わるまではすることがない。まだ魔力もそれほど多くなっていないので昼前には終わるだろうけど。

 俺はリビングのソファーでバイク雑誌を見ながらのんびりする。

 ティアも自分の分、ほうじ茶か? を持って隣に座った。

 しっぽがスリスリと俺の腕を撫でる。ティアが物欲しそうな目で見てるので頭を撫でたりネコミミを撫でたりする。

 思えばティアと2人でこうやってゆったりと過ごすのは久しぶりな感じがするな。


 しばらくそうしていると、不意にティアの耳がピンと立ち辺りを見回し始める。

「ティア? どうし……」

 言いかけ、直後ミシッという家が軋む音と同時に揺れ始める。

 時間にして数秒程度。震度は3くらいかな?

 日本人ならさほど騒ぐことでもない。この程度の地震はよくあるし。

 一応テレビをつけて震度を確認する。画面の上部にいつものように地震速報で震源と各地の震度が流れる。

 震源は長野県北部、マグニチュード5.8、震度は一番大きいところで4強だそうだ。地滑りや崖崩れに警戒するように呼びかけている。最近雨が多かったせいだろう。


「うぅぅ、やっぱり恐いですぅ」

 さすがにまだ慣れないか。地球でも日本以外だと地震に驚く人が多いらしいけど、レイリアとティアもこの地震には最初驚いていたからなぁ。

 俺は落ち着かせるように頭を撫でてやる。

 それにしても、ティアは獣人のせいなのか地震に気付くのが早い。緊急地震速報よりも。

 レイリア曰く、地震の前には地脈が乱れるらしいのでそのせいかもしれない。レイリアも注意して感知すれば事前にわかるらしいし。

 しばらくティアを撫でているとタヌキみたいに太くなったしっぽも落ち着いてくる。なんかゴロゴロと喉が鳴る音も聞こえてくるし、甘えてるだけだな。


「……兄ぃがティー姉とイチャついてる」

「ふふふ、さっきの地震結構大きかったもんね」

「次は我の番じゃな」

 魔法組が部屋から出てきた。

 口々に勝手なことを言ってるが、最近茜は俺がティアやレイリアと仲良くしててもヤキモチを妬かない。ちょっと寂しい。

 以前、レイリアにそのことを言ったら「ふふふふ、順調、順調」とか笑ってたんだが、洗脳とかしてないだろうな……。


「お疲れさん。魔法の方はどうだ?」

「う~、難しいよぅ。魔力で魔法陣を描くのとイメージの両立ができない」

「ふっふっふ、火は出せるようになった。兄ぃの頭をアフロにする日も近い」

 亜由美の奴は何を目標にしてるんだよ。

「アユミの方が素養が高いようじゃの。といっても茜も練習の時間を考えれば悪くない。もうしばらくすれば基礎的な魔法は使えるようになるじゃろう」

 レイリアの評価に茜も満更ではなさそうだ。

 亜由美は一緒に住んでる分茜よりも教わる時間も頻度も多いからな。

「でも、裕哉はもっと早くできるようになったんでしょ?」

「主殿は毎日死にかけるまで鍛錬したそうじゃからな。その分上達が早いのは当たり前じゃ。そのやり方で良いなら2人にもそうするが?」

「「遠慮します」」

 ハモった。


 練習を終えた3人にティアが紅茶を淹れ、談笑する。

 そろそろ昼食の準備、とティアが立ち上がった時に家のチャイムが鳴る。

「む? 来たか」

 誰が? と問いかける間も無くティアが素早く姿を変化させると玄関に向かった。

「こんにちわ~。あ、柏木くん」

「斎藤? どうかしたのか?」

 ティアに案内されて入ってきたのは友人にして特撮オタクの斎藤だった。旅行に使うようなキャスター付きのカートを引いている。


「いや~、レイリアさんとティアちゃんに頼まれてたモノがようやく出来たから持ってきたんだよ。レイリアさんが今日なら居るって言ってたから」

 頼まれたもの? 出来た? 斎藤に?

 何かとてつもなくイヤな予感がするんだが……

「うむ。待ちかねたぞ」

「はい! 楽しみにしてました」

 2人は満面の笑み。

 2人が時折斎藤とどハマりしてる特撮DVDの貸し借りでやりとりしてるのは知ってるが、まさかとは思うが……。


「2人の注文が細かくて苦労したけど、なんとか作ってみたよ。気に入ると良いんだけど」

 そう言いつつ斎藤が取り出したのは、すっぽりと頭からかぶるタイプのマスクと女性らしい曲線を持つ甲冑のような衣装。

 ……ヒーローコスぢゃねーか!!

「斎藤、おま……」

「いや~、柏木くんに渡したコスをレイリアさんとティアちゃんが気に入ったらしくてさぁ。自分たちも欲しいから作ってくれって頼まれたんだよ! あ、大丈夫だよ、採寸は亜由美ちゃんがやってくれたから!」

 文句を言いかけるも遮るように斎藤が嬉々としてまくし立てる。

「おお! なかなか良い出来ではないか! 早速着てみようぞ!」

「そうですね! あ、あの、アユミさん手伝ってもらえますか?」

「ん。任せて! 師匠、ティー姉、行こう!」

 ちょ、ちょっと待て、オマエら!


 困惑する俺をよそに2人は亜由美に引き連れられて部屋に引っ込んで行ってしまった。

 残されたのは呆然と固まる俺とご機嫌な斎藤、苦笑いの茜だった。

「……斎藤……」

「どうかした? 柏木く、い、痛たたたたた! いきなり何するの?!」

「何をする、じゃねー! 人に黙って何してんだオマエは!!」

 俺は斎藤の顔面を掴んで締め上げる。

「ちょ、落ち着きなよ裕哉!」

 茜が俺と斎藤を引き離す。

「いや、だって、僕の力作をあんなに気に入ってくれてるのに断れないよ」

 断れよ! 頼むから!!


 程なくして、レイリアとティアが着替え終わり部屋から出てくる。

 レイリアの方はドレスアーマーの形態でマスクの上の部分がドラゴンの上顎のような装飾がなされている。ティアは軽甲冑のように胸と背中、肩に簡単な装甲がされているだけであとは肘当てと脚甲を着けている。マスクにはネコミミっぽい装飾があり、どことなく動物っぽい雰囲気に仕上げられていた。

「ふむ。主殿のものとは少し違うが良いではないか」

「そうですね! 私のも動きやすいし可愛いです」

 2人はリビングに置いてある姿見を見ながら、身体を動かしたり角度を変えて見たりとチェックをしている。どうやら相当気に入った様子である。

 どうすんだよ、コレ。

 

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