第83話 Side Story とある新入生の焦燥
午前の授業を終えて学食まで歩く。
オレの行ってた高校は購買はあったけど学食は無かったからちょっと新鮮だ。
教室棟から学食のある棟に行くには中庭を通り抜けるのが一番近い。
中庭では大学の各サークルが新入生勧誘活動をしていた。今は時間がないのでちょっと横目で覗く程度だけど、折角なのでなにかサークルには入ってみたいと思っている。
でもバイトも増やしたいんだよな~。
そんな中数台のバイクが停めてあるブースが目に入った。
『ツーリングサークル』って書いてある。
「ツーリングかぁ」
考えてみればバイクに乗ってるのに普通のツーリングってしたことがない。
高校の時は勉強とバイトに追われて週末の夜に峠に走りに行っていただけだった。
うちの家はごく普通のサラリーマン。しかも3人姉弟だったから「私立大学行くくらいなら働け」って言われてたし兄貴と姉貴が通ってたのがこの大学だったから、ほぼ自動的に志望校が限定されてた。
けど人並み程度の脳味噌しか持ってないオレにとってはS大なんてかなり高いハードルだったわけで、休日にツーリングなんて暇は無かったんだよな。
それでも頑張った甲斐あって現役合格することが出来たんで両親がちゃんと学費全部出してくれることになった。浪人したら学費は折半とか言われてたからほっとした。おかげでバイト代は小遣いにできるよ。
夜に峠を攻めるのも楽しいんだけど、そこで知り合う人達って結構
もっと、こう、普通にどこか遊びに行ったり駄弁ったりとかする友達が欲しい。
あと出来れば年上の彼女とか欲しい。かなり切実に欲しい。
チラッと見た感じだとブースにいる人達、多分サークルの先輩達だと思うけど、普通の気さくそうな人達に見える。あと、女の子もいるみたい。ちょっとしか見えなかったけど可愛かった。
どうしようか。
入ってみようか。
そんなふうに楽しい悩みで頭を酷使してたらいつの間にか学食に着いてた。
「あれ? ケントじゃん!」
「ん? あ、一ノ瀬と二ノ宮? あれ? オマエらもこの大学だったのか?」
高二の時の同級生がいた。
特別親しかった訳じゃないけどクラスではそれなりに話とかしてた奴らだ。
せっかくなので同じテーブルに座ることにする。
ラーメン定食を食いながら適当に近況とかを話す。大学入ったばっかで知り合いとかいなかったので嬉しい。もっとも学部が違うみたいなのでそれほど会うことはないかもしんないけどな。
「なぁ、サークルとか決めた?」
二ノ宮が聞いてくる。
う~ん、大学生っぽい。
「あ~、俺はコンパとか多いサークルが良いなぁ」
すぐに一ノ瀬が答える。たしかに大学のサークルって言ったらコンパってイメージあるよね。
「オレは、ツー「ケントはなんかサークルとかより独りでストイックにバイク乗ってる感じだろ? 」リ、え?」
「あ~、そんな感じするよな。高校ん時もそうだったし」
オレが気になってるサークルを言おうとしたら一ノ瀬の奴が言い出し、二ノ宮もウンウン頷きながら同意した。コイツら人の話聞かねぇ~。そういえばこういう奴らだったっけ。
にしても、オレってそんなイメージ持たれてんの?
い、言えねぇ、サークル入って友達作りたいとか、言えねぇよ……
ふたりの俺に対する認識にショックを受けてるうちにメシも食い終わり、学食を出る。
そしてふたたび中庭でサークル勧誘を眺めつつ歩く。
「やっぱり大学のサークルって楽しそうだよな~」
「運動部はガチっぽいけどなぁ。あ! あそこのサークル、女の子可愛いじゃん!」
キョロキョロしながらサークルの批評している一ノ瀬と二ノ宮に付き合いながら見回していると来るときにも見たツーリングサークルが目に入った。っていうかそのブースの前に並んでいる4台のバイクを見る。
CB1300SFにボンネビル790、カワサキZ250、セロー、タイプの違うバイク達が展示してある。多分どんなバイクでも大丈夫だよってことなんだろうな。
オレも自分のバイク、っていうか兄貴から譲ってもらったんだけど、それはすごく気に入っている。とても高校出たてのガキが乗れるようなバイクじゃないし、兄貴が大学時代に必死になってバイトして買ったバイクだ。
オレと兄貴は10歳離れていて、一昨年(おととし)兄貴が結婚してすぐに子供ができたんで「もうバイク乗らないから」って言ってオレに譲ってくれたのだ。
CBR954RRファイヤーブレード。欧州仕様のモンスターバイクだ。自慢の愛車なのよ。
それまで乗ってたのも兄貴が以前乗ってた250ccのバイクだし、貰ってばっかだな、オレ。
ただ、それはそれとしてやっぱり他のバイクも興味はある。CBもボンネビルもタイプこそ違うがバイク乗りなら憧れてもおかしくない高級車だし。
そんな風に考えながら見ていると一ノ瀬が声をかけてきた。
「お? バイクじゃん、ケントもバイク乗ってんなら入ったらどうよ」
「バッカ、俺は走り屋だぜ? 仲良しこよしのヌルいサークルなんざ興味ねーよ」
さっき聞いたオレのイメージが引っかかって思わずそんなことを言ってしまった。
嘘ですよ? ホントはすっごく興味あります。バイク友達欲しいです。先輩の女の子スゴく可愛いです。
「だいたいボンネビルとか1300のSuperFourとか見てくれだけのバイクと一緒に走りたくねーよ」
……やってしまいました。ハイ。
昔から変なところで意地っ張りで余計なことを口走っては誤解されて叱られたりした。
兄貴や姉貴にも「オマエはもっと言葉に気をつけないとそのうち大変なことになるぞ」って散々言われたのに、つい言わなくても良いことを。
そして天罰はすぐに降りかかってくる。
「か~! いるんだよなぁ~、ちょ~っとスピードの出るバイクに乗ってるだけで大したテクも無いくせに走り屋気取ってるガキがさぁ。っまぁ、そういう奴に限って早いのはベッドの上だけだったりするんだけどな」
そうオレを小馬鹿にするような口調で言ってきたのはブースにいたちょっとキツそうな目をしたすっごい美人の先輩らしき人。ちょっとイジメられた、イヤなんでもない。
だけど最後の一言は聞き捨てならない! なぜオレの秘密を知っている??
「今のは俺の事っすか? 」
反応しちゃいけないのに思わず硬い声で聞き返してしまった。
「ん? なんだやっぱりベッドの上では早いのか。まぁチ○カスまみれで臭そうな顔してるからなぁ。でも大丈夫だぞ? そんなテクの無い早漏小僧でも優しい女ならちゃんと演技してくれるからな!」
マジで? オレそんな顔してるの?
イヤイヤ、それよりもオレのトラウマを
前に姉貴に紹介してもらって大学生の女の人と付き合って、ようやくお泊まりしたんだけど、いざその時にあっという間に果ててしまった。「え? もう?」って言われた時の心の傷が疼く。
結局それが恥ずかしくて顔合わせられなくなって自然消滅してしまった。
と、とにかくなんとか誤魔化さねば。
「んなこと言ってねーよ! テクも無いくせに走り屋気取ってるとか、知りもしないくせにふざけた事言いやがって、喧嘩売ってんのか!」
論点をズラして反論する。
けど、ボロクソに言い負かされた挙句に、引っ込みつかなくなってバイク勝負する羽目になってしまった。
相手はその場にいた異常に存在感のあるピンク色のウサギの着ぐるみの先輩。ラブリーでファンシーな外見とは裏腹にちょっと怖い。ってかデカイ。
しかもその場にいた別の美人の先輩にも嫌われてしまったっぽい。
というか、このサークル女の人のレベル高すぎだろ? そんな先輩達に入学早々嫌われるとか、どんなご褒美、じゃなくて拷問だよ!
オレの余計な一言のせいで無用なトラブルを抱え込んでしまったことに憂鬱になりながらその日残りの講義を終えることになった。
そして週末。
約束の日である。
あれからいっぱい考えた。これからのオレの大学生活のためにどうするか。
どう考えても入学早々先輩達に喧嘩を売ったような状況はマズい。下手をすればボッチ一直線だ。せっかく良さそうなサークルがあったのに。
「ヨシ! 行ったら速攻謝ろう!」
行かないわけにはいかないので着いたらすぐに先輩達に頭を下げよう。
優しそうな人が多かったからきっと大丈夫。なはずだ。多分。
あの煽ってきた先輩はどうなるかわからないけど、あのウサギの人が会長らしいし、ひたすら謝れば許してくれそうな気がする。
勝負っていってもあんまりおおっぴらにすれば大学とか警察とかが黙っていないだろうから、多分あの場にいたサークルの人たちくらいしかいないだろうし、先輩達ばかりだからオレが頭を下げるのはおかしくともなんともない。
うん。そうしよう。
ピ~ンポ~ン
行動を決めて気合いで家を出ようとした瞬間、家のチャイムが鳴る。
玄関を開けると家の門の前に一ノ瀬と二ノ宮がいた。
「ヨ! ケントの晴れ舞台見にきたぜ!」
いや来んなよ! オマエらがいたら謝れないじゃん!
「い、いや、オレひとりで十分だから」
頼むから帰ってくれよ!
「高校んときの奴に聞いたぜ? ケントってスッゲェ速いんだろ? 先輩達のメンツ潰すのもアレだから他の奴呼ばないのはわかるけど、オレらくらいは応援してもイイじゃん」
余計な気は使わないでイイから!
「と、とにかく向こう着いたらいっぺん頭は下げるよ。先輩にナマ言ったのは確かだしな」
むしろ全身全霊で土下座する気満々なんだけど。
「ケントって真面目だよなぁ。まぁ、その後の勝負でウデ見せつけてやればイイかぁ!」
「オレらも楽しみにしてるからな!」
帰ってくれないのかよぉ……
仕方なく二人を引き連れて家を出る。
約束した旧道はオレも何度も走っている馴染みのコースだ。場所はよく知っているので迷うことなく到着する。
オレの心は迷いっぱなしだけどな。
『映画撮影のため通行禁止 期間平成〇〇年◯月◯日午前10時~午後4時』
旧道の入り口にかけられた看板と道路を塞ぐゲート。
映画撮影? ナニコレ?
警備員っぽい人がゲートを開けてくれて中に入ると、そこには大勢の人が、えっと、50人以上いるよね?
え? マジで?
こ、こんな中で土下座できね~よ!
見覚えのある先輩が見えたのでそっちに向かう。
すると別の、男の先輩らしき人も近づいてきた。
流れ的に多分この人が会長さんなんだろうけど、マジっすか? メッチャ恐いんすけど?!
間違いなく180センチは優に超える身長と広い肩幅、ライダースーツの上からでもわかる筋肉。ガチムチってわけじゃないけど全身鍛え上げられてるのが一目でわかる。
表情は穏やかそうだけど、なんていうか存在感とか威圧感とかそういうものがハンパない。見たことないけど日本刀ってこんな感じなんじゃないだろうか。
それに一緒にいる二人の女の人。一人はオレと同じくらいだろうけどもう一人は20代半ばくらいに見える。どちらもちょっとテレビでもお目にかかれないくらいの美人だ。特に年上の方はスタイルといいキツそうな目といいオレの好みドストライクだ。
……間違いなく相手にしてもらえないだろうけどさ。
と、とにかく謝ろう。
「……この間は余計な事言ってすんませんでした。でも俺にも引けない事があるんで」
……テンパった。雰囲気に呑まれて、またも余計なことを言ってしまった。
泣きたい。
先輩が軽い苦笑いで応えてくれたけど、これもう詰んでるんじゃね?
オレの内心をよそにドンドン段取りは進んでいく。
どうやら賭けまで始まっているらしく、受付っぽいカウンターが作られ、その前にパネルでオレと先輩の説明が簡単に書かれている。
168センチ 59キロ
バイク CBR954RRファイヤーブレード 151馬力
バイク歴 2年5ヶ月
S大1年 夜の最速伝説!
ラビット柏木
185センチ 83キロ
バイク CB250F 29馬力
バイク歴 4年10ヶ月
S大3年 シスコンハーレム野郎
……夜の最速伝説って、バイクのことだよね? そうだよね?
イヤイヤ、それよりも見逃せない事が。
思わず女の先輩に聞き返す。
いくらなんでも250ccのバイク相手ってのはオレのブライドが許さない。
なのにオレ相手にはそれで十分とか言う。
さすがにカチンと来た。
そのせいでまた悪い癖が出てしまう。
「随分と自信があるんですね。それじゃぁ俺が勝ったら先輩の側にいるその背の高い彼女貸してくださいよ」
「あ゛? もっぺん言ってみ? 」
ハイ死んだ!
間違いなく今日がオレの命日になった。
先輩から発せられる息もできないくらいの圧力。多分コレが殺気ってやつなんだろう。
今までの楽しかった思い出や家族の顔が浮かんでは消えていく。
父さん、母さん、兄貴、姉貴、先立つ不幸をお許しください。
オレが人生を悔いていると、他ならぬその女の人がとりなしてくれた。
ありがとうございます! いつでもおみ足を舐めさせていただきます!
そのあと先輩から何やら言われたが息を調整えるのに必死で耳に入ってこなかった。何か約束したような気もするんだけど。
恥ずかしいことにちょっとチビってしまったのでそれどころではない。
パンツが冷たくなって来た。
幸い防水加工した革ツナギを着てるので外からは見えないのが救いだけど。
とにかくこれ以上状況を悪化させないためにそそくさとバイクをスタート位置まで移動させる。
気持ちを落ち付けようと深呼吸していると、同じくスタート地点に移動してきた先輩が話しかけて来た。
どうやらもう怒ってはいないらしい。助かった。
「まぁなんだ、お互い変な状況に巻き込まれた形だがよろしく頼む。それと、誤解しているようだがそのバイクを侮ってるわけじゃないぞ」
そう言ってくれた。
ん? ってことは侮られてるのはオレってことか?
考えるのはやめておこう。余計なことを考えるとまた失敗しそうだし。
先輩が手を差し出して来たので握手する。
するとその瞬間、なにかがオレを包むような、変な感じがした。
次の瞬間にはなにも感じなくなったのできっと気のせいだろう。
そして、いよいよと言うか、とうとうスタートが切られた。
今後のことは後で考えるとして、今は真剣に勝負に挑もう。
この排気量差で負けるってことまでは許容できない。後で土下座するのは確定としても、オレだって走り屋だ。これだけのハンデで負けるわけにはいかない。
旗が振られると同時にスロットルは全開。
出だしはオレの勝ちだ。
それからも順調にカーブをクリアしてく。
普段走っている夜と比べて路面も見やすいし対向車がこないこともわかっている。思いっきりとばすことができる。
登りはパワーの差がモロに出る。出来るだけ差を広げておきたいところだ。あれだけの自信があるんだから多分下りでは不利なんだろうしね。
そんなことを思っていた時もありました。
チョーシに乗りすぎっすね。ゴメンナサイ。
登りが終盤に差し掛かった時、後方から250ccの高いエンジン音が聞こえてきた。
まさかと思ってミラーを見ると先輩のバイクが迫って来ていた。
信じられない思いだったが夢でも幻でもなくよりによって登りで追いつかれたってことだ。
峠を登り切ってからの直線ではスリップに入られて引き離す事ができない。
そして下り。
いつでも抜けるって感じでいくつかのカーブを様子見されていたが高低差のあるS字であっさり抜かれる。
いや、抜くのはわかる。明らかなオーバースピードで突っ込んだらそりゃ抜けるだろう。けどそんな速度じゃ曲がりきれない。
と、思っていたら先輩はオレの予想を簡単に覆してしまった。
ステップが削れるくらいまでバンクを深く倒し込み後輪をスライドさせる。ハイサイドギリギリの跳ね上がりを利用して逆側にバンク。
カーブの進入速度よりも脱出速度のほうが圧倒的に早い。
オレも必死に追いすがる。
下りの加速度にチョッチ漏れる。
太ももの冷たさに耐えながら先輩を追う。
先輩のライディングを見るとオレとの違いがよくわかった。
ラインが対向車線に出ない。全て走行車線内だけだ。
対向車が来ないんだから全部の車線を使った方が楽なはずなのにそれをしなかった。
しかもポジションはリーンウィズ、Rのきついカーブでもリーンインまでだ。
なのに速い。なのにちゃんと曲がれてる。
意味がわからない。
だけど先輩のライディングはとても綺麗だった。少しも体勢が崩れないし無理をしている感じがしない。すごく余裕そうな乗り方だった。
下りの半分が過ぎた頃にはその背中も見えなくなってしまった。
だからといって諦めるわけにはいかない。なんとか一矢報いたいと思いつつ精一杯の速度で走る。
下り最後のカーブを曲がり切ったところで折り返して来た先輩とすれ違う。
かなり差がついてしまったが登りで挽回すべく、パイロンで折り返しスロットルを開ける。
それでも結局登り切るまでその背中を捉えることはできなかった。
オレの心に悔しさと情けなさがこみ上げる。けど、いまさら勝負を投げることはそれ以上に悔しい。それだけはできない。
下りの恐怖感を押さえつけてカーブを曲がる。
ラインは道路幅を目一杯使ったアウト・イン・アウト。
インを通ってそのあと外側に膨らむ。
センターラインを超えた瞬間、ザリッという感触と同時に後輪が滑る。
慌ててスロットルを戻す。いや、戻してしまった。
滑っていた後輪が急激にグリップを回復させ、慣性に従ってバイクの上体が跳ねるように起き上がる。
「あっ!」っと思った時にはバイクから跳ね飛ばされてしまっていた。
幸い飛ばされたのは山側だったけどそれでも地面に激突する瞬間に覚悟して身を硬くする。
極限状態だったからか意外にも激突の瞬間は「ぽにょん」という感触だった気もするが、とにかくオレはそのままゴロゴロと路面を転がりようやく止まる。が、今度は乗り手を失ったバイクが倒れた状態のままオレに向かって滑ってくる。
ハイサイドの怖いところはコレだ。
先にライダーが飛ばされて、その後をバイクが追いかけてくる。
摩擦の大きい人間の方が先に止まるのでそこにバイクが突っ込んでくるのだ。
オレは視界の隅に滑ってくるバイクを捉えて固まる。
思わず目を瞑るがいつまでたっても衝撃はこなかった。
恐る恐る目を開けるとオレの手前1メートルほどの位置にバイクは止まっていた。
恐かった。怖かった。いやマジで恐かった。
生きてるよね? オレ生きてるよね? 実は死んでて気がついたら異世界とかないよね?
オレは大きく息を吐いて体を起こす。
立ち上がって自分の身体を確かめるが、結構な勢いで投げ出されたはずだが特に痛い場所はないみたいだ。ラッキー。
バイクは……右側のミラーが壊れてる。あとカウルも割れてる。ショック。
でもコレくらいで済んで良かったと思おう。
バイクを起こしてセルを回す。
エンジンは大丈夫みたいだ。となればレースを再開しよう。
もう負けは確定してるだろうけど、せめてゴールだけはしたい。
あと、ブーツの中まで濡れて冷たい。
路面は乾いてるのになぜだろう。ハハハ……はぁ……
なんとか気を取り直してゴールすることができた。
色々で頭の中がごちゃごちゃしてる。
悔しいやら情けないやら助かって嬉しいやら、思わず衝動のままに心配してくれた先輩に向かって感情をぶつけてしまった。
先輩は怒るでもなく、淡々とオレの欠点や考え違いを正してくれた。
表情はすごく穏やかで、本当にバイクとそれに乗る人を考えていることがわかる。
カッコよかった。
あのライディングもそうだったけど、基本を高いレベルで突き詰めてものすごい高い位置に自然にいる感じがした。
特別な技術も物凄い性能も関係なくて、それでもオレなんかよりもずっと先にいる。
今までのオレにとって憧れの対象といえばオレの兄貴だったけど、今それを超えた。いやもちろん兄貴のことは今でも尊敬してるよ? 先輩はそれ以上ってだけで。
もう意地をはる意味はない。
オレは先輩達に頭を下げた。
すこし戸惑っていたみたいだけどなんとか許してもらうことができたと思う。
評価としては底辺かもしれないけど、今後の行動で挽回していこう。
そして、
「先輩のこと、『兄貴』って呼んで良いですか? 」
思い切って聞いてみた。
いや、やっぱり男が憧れた人の呼び名は『兄貴』でしょ?
この人に付いていってればオレもこんなカッコいい男になれるかもしれないし。
急にそんなことを言ったせいか兄貴には邪険にされてしまったけど、そんな風につれない態度も悪くない。というかむしろ結構嬉しい。
足にしがみついたら振りほどかれて背中踏まれたけど、これはこれで気持ち、いやなんでもない。
とにかく、これからよろしくお願いしますね。兄貴!
先輩達はまだ峠で遊んでるみたいなので先に帰らせてもらった。
一ノ瀬達は気がついたらいなくなってたので一人での帰宅だ。
NS400Rとプロライダーには興味があったけど、流石にパンツから下が濡れっぱなしなのは気持ちが悪すぎた。
水拭きとファ◯リーズで大丈夫かなぁ。
それにバイクの修理もしないと。ミラーとカウルでいくらかかるんだろ?
バイト探さないとな。サークルにも改めて入りたいし。
「あれ?」
ガレージにバイクを入れて何気なくカウルを見ると、バイクの側面に足跡っぽいのが見えた。
なにか犬の肉球っぽい形だけど、それにしてはデカすぎる。
「いつ付いたんだろ? ま、いいか」
そんなことより早く家に入ってツナギを脱ぎたい。シャワーも浴びよう。
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