第81話 勇者の新入生獲得奮闘記 Ⅳ

 新入生獲得週間は昨日で終了した。

 初日の騒動以外は特にトラブルもなく無事に終えることが出来、しかも今年はなんと5人の新入生を我がツーリングサークルに迎えることになった。

 例年大学生活が落ち着いて来た頃に入会する人がいるので出だしとしては上々である。

 内訳は男子2名と女子3名。その内1名は免許無しで2名が原付免許しかないそうだが元々バイクには興味があり免許を取得するつもりだったらしいのでサークルをあげてバックアップする予定だ。

 加えてレイリアとティアの2名もサークルに参加するので随分と賑やかになりそうだ。


 異世界組2人のバイクも先日納車された。

 本人達が実車を見て気に入ったタイプのバイクでレイリアは90年代に一斉を風靡したシリーズであるSUZUKI GSX400S KATANA。1999年の最終モデルで少々古いが乗せてみるとよく似合った。

 ティアはKawasaki DトラッカーXというモタード(原則的に舗装されたアスファルト路面(ターマック)8割と未舗装路面(ダート)2割を基準に織り交ぜたコースを使用する競技)タイプの250ccのオンオフ兼用のデュアルパーパスである。こちらも猫獣人で元気なティアによく合ってると思う。

 2人ともまだ不安があるので自分たちだけでは乗らせないことにしている。納車されてから乗ったのは俺が大学から帰った後の夜間だけだ。

 普通なら免許取り立ての初心者に夜間走行なんて褒められたものじゃないが夜目の効く2人にしてみれば日本の夜なんて昼間と変わらない。それに反射神経が比較にならないからな。


 そして俺とレイリア、ティア、茜、信士の5人は今郊外の道を走っている。

 例の新入生と岡崎先輩&久保さんで決めてしまったバトルの場所へ向かっているのである。

 時間はまだ11時前。時間にはかなり余裕がある。

 国道411号線に入りしばらくすると走りやすい新道と山越えの旧道との分岐点が近づく。が、何故か旧道の入口が工事現場のようなフェンスで塞がれていた。

「工事? って、事はないよなぁ。昨日は何もなってなかったし」

 思わずひとりごちるがとにかくそのままフェンスまで近づく。


『映画撮影のため通行禁止 期間平成〇〇年◯月◯日午前10時~午後4時』

 ……ナニコレ

「えっと、これって、どういう事なの? 」

 固まってしまった俺に茜が聞いてくるが、そんなの俺にも分からんよ。

「あ、すいません! S大の人ですか? 今開けますんで」

 フェンスの向こう側から警備員っぽい格好をした男性がこちらを見て走って来た。そしてフェンス中央にある扉を開いてくれる。

 扉が開くと向こう側の様子がようやく見ることができたのだが、そこにはすでに数人のサークルメンバーが来ており、他には会議用の長机やいくつかのモニター、1BOXのバン、それに救急車。

 ……救急車??


「あ、先輩早かったですね」

「えっと、久保さん? これいったいどういう状況? 」

 俺たちの姿を見た久保さんが駆け寄って来たので聞く。

「今日の『教育』のためですよ。いくらなんでも公道でレースまがいの事すれば警察も来るでしょうし大学側に知られれば問題になります」

「だから久保ん所のツテで映画撮影のためって事で道路使用許可とったんだよ。ちゃんと正規の手続き済みだからどこにバレても問題無し! いや〜金持ちってスゲェのな? 」

「幸いうちの会社がスポンサーになっている映画制作会社がありましたのでそちらから手続きしていますし、叔父が県議会の議員をしている関係で手続きもすぐにしていただけましたので良かったです。事故に備えて救急車も手配していただけました」

「「…………」」

 久保さんとその後から来た岡崎先輩の言葉に俺と茜が唖然とする。

 いや、そこまでするか?


 そしてさらに視線を巡らせた先にある光景について説明を求める。

「それで、あそこにあるNS400Rとその横にいる人は? 」

 人の方はどこかで見たことあるよ。どこか、っていうか、いつも買ってるバイク雑誌で見たはずだ。

「ああ! もちろん先輩が問題無く『教育』なさるとは思ってますけど、万が一の事を考えて本日限定でサークルに入って下さる方です。なんでも割とオートバイの経験があるそうなので。それと先輩が仰ったように確かに大排気量のマシンを使っても意味がないかと思いましてあのガキ、いえお子様のマシンの半分以下の排気量のマシンをご用意いたしました」

 金持ちって怖ぇよ!!

 あの人アレだよね、MotoGP(世界的なバイクレース)のワークスチームのライダーだよね? バイクもかつて公道では大排気量オーバークラスでも相手にならないと言われた奴じゃん!! しかも今回の件をあくまで『教育』とか言ってるし。

 徹底的に潰す気満々じゃねぇか。

「いくらなんでもトッププロとかやりすぎだろ。そもそもよくこんな事で来てくれたな、ってか1日限定サークル会員とか誰が許可したんだよ」

 割とオートバイの経験があるってどころじゃねぇよ。

「山崎先輩と道永先輩です」

 よし! アイツら後でシメる!

 

 なんか始める前から一気に疲れた。

 とりあえずバイクを隅に移動してその脇に座り込む。

「裕哉大丈夫? ふぇ?! 」

 ヘルメットを脱いで心配そうに覗き込んできた茜の腰を抱き寄せ頭を撫でる。とにかく落ち着こう。ナデナデ。

「なんか、実の姉と裕兄がいちゃついてるのを見るのって微妙な感じだ」

「それにしても楽しそうな雰囲気じゃの」

「そうですねぇ」

 信士が気まずそうにそっぽを向き、レイリアとティアは興味深そうに周囲を見渡しているが今の俺にそれを気にする余裕は無い。

 思うがまま茜の頭や頰を撫でベタベタする。


 茜が羞恥からか真っ赤になってフニャフニャになる頃、人が随分と集まって来た。

 どうせ岡崎先輩の事だから話を吹聴しまくって大学の連中が集まったんだろう。

 そしてついに件の新入生が到着したらしい。

 CBR954RRとその後に軽自動車が続く。友人かな?

 その彼も今の状況に戸惑っているようだ。

「お~、来たな早漏小僧」

 そう言いながら近づいて行く岡崎先輩の顔を見て新入生君がイラッとした表情をするがなんとか堪えたようだ。そうそう、この先輩にまともに付き合ってるとロクなことがないから放っておくのが一番だよ。

 岡崎先輩はニヤニヤ笑いながら俺を手招きしたので仕方なく立ち上がった。


 近寄って改めて新入生君を見る。

 高校出たてでまだ少し少年っぽい雰囲気が残る。身長は160センチ代後半くらいか。

「えっと、アンタいや、先輩がサークルの会長っすか? 」

 身長差のせいかちょっと怯んだように見える。

 そういえば顔見せるのは初めてか。前回はウサギの着ぐるみ着てたし。

「ああ。変なのに絡んで大変なことになったな。内心で何をどう思おうが構わないが口は災いの元だ。諦めてくれ。ったく、巻き込まれたコッチはいい迷惑だ」

「……この間は余計な事言ってすんませんでした。でも俺にも引けない事があるんで」

 一応謝罪から入るだけ本当は素直なのかもしれないな。けど意地を引っ込められないのは若さか。

 いや、俺も若いよ? 環境のせいか最近達観してきた気がしないでもないけど。


「よ〜し! んじゃそろそろ始めるぞ〜! 」

 そう言いながら岡崎先輩がパネルを取り出す。

 そこには俺たちの簡単な紹介が書かれていた。


 戸塚 賢人とづか けんと

 168センチ 59キロ

 バイク CBR954RRファイヤーブレード 151馬力

 バイク歴 2年5ヶ月

 S大1年 夜の最速伝説!


 ラビット柏木

 185センチ 83キロ

 バイク CB250F 29馬力

 バイク歴 4年10ヶ月

 S大3年 シスコンハーレム野郎


 誰がラビット柏木だ! なんでそんなヘンテコなリングネームみたいなものつけたんだよ。しかもシスコンハーレム野郎って。

 俺の抗議を岡崎先輩があっさり斬って捨てる。

「だってお前シスコンじゃん。しかも工藤だけじゃなくて周囲に女侍らしてるし」

 周囲では山崎たちがウンウンうなづいて中指立ててるし、いつの間にやらそばに来ていたレイリア、ティアが意味深な笑顔で俺を見ていた。茜はさっきのところでまだ赤いままフニャフニャしてるが。

 ……今悟った。俺に味方はいない。ナンテコッタ。

 

「スタートは今から15分後! 一口千円な! 」

 思わず膝から崩れ落ちた俺に構わず岡崎先輩が大声で言う。

 賭けんのかよ!

 岡崎先輩、アンタ最初からコレ狙ってたんじゃないだろうな。

「ちょ、ちょっと待てよ! 」

「ん? なんだよ、今更怖気付いたか? 」

 慌てたように新入生君改め戸塚君が声を張り上げ、岡崎先輩が面白そうに煽る。

「んなんじゃねーよ! 相手が250ccってどういう事だよ! いくらなんでも舐めすぎじゃねぇか! 」

「んな事言ってもなぁ。柏木が『早漏小僧なんざ250で余裕』とか言ってるし、しょうがねぇんじゃね? 」

「ちょっと待てや! そんな事言ってねぇ! 」

 ちょっと気をぬくととんでもない濡れ衣を着せられる。

 CB250Fコイツでやるって言ったのは確かだが。


 大層プライドが傷ついたのだろう、戸塚君が固く拳を握りしめ俺を睨む。

「随分と自信があるんですね。それじゃぁ俺が勝ったら先輩の側にいるその背の高い彼女貸してくださいよ」

 レイリアの事か?

「元々こんな勝負俺にメリットないからな。それくらいの役得あっても良いんじゃないっすか? 」

「あ゛? もっぺん言ってみ? 」

 その言い様に思わず殺気が漏れる。

「ヒィッ……」

 戸塚が一瞬で青ざめて膝をガクガクさせはじめる。


「主殿落ち着かんか」

 レイリアが俺の肩を掴んで嗜める。

「小僧、戸塚とか言ったか。良いぞ。主殿に勝てば一日そなたに付き合ってやろう」

「レイリア? 」

 突然のレイリアの返答に戸惑う。が、レイリアは俺の耳元に顔を寄せて小声で囁く。

「心配せんでも良い。どうせ主殿が勝つのであろうし万が一彼奴が勝ったとしても我に指一本触れることなどさせぬよ。我が言ったのは一日付き合うというだけじゃからな」

 いつの間にそんな姑息な事を考えるようになったんだ?

 ひょっとしてこっちの世界って教育に悪いのか?

 

「ったく、そう言う事らしいぞ。俺に勝ったらレイリアが一日付き合うってよ」

 俺がため息をつきつつそう言うと戸塚は青い顔のままコクコクと頷いた。

 この調子じゃ例えレイリアと一日デートしようが何もできそうにないな。


「ひゅ~。良いね良いねぇ。面白くなってきた! さあ! どっちに掛ける? 」

「今回は一応映画の撮影という体裁でレースを行いますので、ここスタート地点と途中の数カ所に撮影のカメラマンが待機しています。コースは峠を越えて新道に合流する地点手前で折り返しここまで戻る全長約27キロです。レースの模様は各所のカメラとドローンによる上空からの映像をあちらに設置したモニターで見ることができます」

 賭けの胴元を始める岡崎先輩と集まった観客に説明する久保さん。

 いつの間にやらとんでもない大ごとになってしまっている。

 サークルメンバー以外に観客が50人近く集まってるし。

 知らない間に合流してきたらしい章雄先輩が賭けた人にチケットのような物を渡している。サークルメンバーも楽しそうにバタバタ動き回っているようだ。

 いったいどうしてこうなった……


「なんか凄いことになってるね。裕兄大丈夫? 」

 苦笑いしながら言う信士にこっちも苦笑いで返す。

 もうため息しか出ないよ。

「あ、そうだ! レイリア! なんであんなこと言ったんだよ! 勝負事に絶対なんて無いんだぞ? 」

「なに、さっき言った通りじゃよ。どうせ彼奴に我をどうこうすることなぞ出来ぬしな。なんなら負けても良いぞ? 我も久しぶりに『ぱふぇ』を心ゆくまで堪能してみたいしの」

 そんなこと考えてたのか。うん。戸塚君の財布のためにも勝とう。

 思わず殺気を当ててしまったが彼が本心から言ったとも思えないしな。

 

 そんなこんなで用意が整ったのだろう、相川が呼びに来たのでヘルメットを被り信士からCB250Fバイクを借りてスタート地点へ移動する。

 戸塚君も同じく移動して来た。

 俺は一旦バイクから降りて改めて彼の前に立つ。

「まぁなんだ、お互い変な状況に巻き込まれた形だがよろしく頼む。それと、誤解しているようだがそのバイクを侮ってるわけじゃないぞ」

 そう言って右手を差し出した俺に戸惑った顔をしながらも俺の手を握り返した戸塚くん。

「え? あれ? 」

「どうした?」

「い、いえ、なんでもないです」

 握った瞬間何かに驚いたようにキョロキョロした戸塚君だが俺が問いかけると曖昧に首を振った。


 どうやら違和感を感じたようだ。

 さすがに気づいたか。握手の瞬間俺は彼に魔法を掛けているのだ。

 といっても悪いことじゃ無い。彼の肉体的な耐久性を上げる補助魔法だ。

 バイクでレースなんてどうしたって危険がつきまとう。まして公道なら尚更だ。例え他の車両が入ってこない状況であってもだ。

 こんな馬鹿げたお祭り騒ぎで怪我でもさせるわけにはいかない。効果は30分程度しか続かないが充分だろう。

 一応もう一つ保険も掛けてあるしな。

 戸塚君も違和感は一瞬だけであるため気のせいと思ったのだろう、すぐに真剣な顔でバイクに跨りスタートを待っている。

 俺も同じくバイクに跨りスタートを待つ。


「それじゃ始めるぞ」

 山崎が俺たちの前方3メートルくらいの位置に立ち旗を上に掲げる。

 俺と戸塚君、山崎で正三角形となる位置だ。

 俺も戸塚君も吹け上がりを確かめるように軽く数回スロットルを回して時を待つ。

「ファイブ! フォー! スリー! トゥー! ワン! 」

 そして旗が振り下ろされた。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る