第80話 勇者の新入生獲得奮闘記 Ⅲ

「だいたいボンネビルとか1300のSuperFourとか見てくれだけのバイクと一緒に走りたくねーよ」

 ムカッ

 新入生コゾーの言葉に思わずイラッとするが、落ち着こう。うん。

 レーサータイプのスポーツバイク乗ってる素人にたまにいるタイプだ。いちいち目くじらを立てるのも大人げないだろう。

 最初の頃はとかく速さを求めがちになる奴も多いし走り屋を気取るのもいる。その内公道で速さを求める無意味さに気が付いて落ち着くだろう。本気で速さを追い求めたい奴はサーキットに行く。

 

 俺がそんなことを自分に言い聞かせていると、

「か~! いるんだよなぁ~、ちょ~っとスピードの出るバイクに乗ってるだけで大したテクも無いくせに走り屋気取ってるガキがさぁ。っまぁ、そういう奴に限って早いのはベッドの上だけだったりするんだけどな」

 周囲に聞こえるようなどでかい声で煽る岡崎先輩。

 居たよ。目茶苦茶大人げない大人が……

 通り過ぎようとしていた男子新入生が険しい顔で岡崎先輩を睨む。

「今のは俺の事っすか? 」

「ん? なんだやっぱりベッドの上では早いのか。まぁチ○カスまみれで臭そうな顔してるからなぁ。でも大丈夫だぞ? そんなテクの無い早漏小僧でも優しい女ならちゃんと演技してくれるからな! 」

 ニヤニヤ笑いながら煽る煽る。

 しかもわざとでかい声で言うもんだから周囲に人が集まってきてるし。

 絶対この女は敵にしちゃいけない。

 

「んなこと言ってねーよ! テクも無いくせに走り屋気取ってるとか、知りもしないくせにふざけた事言いやがって、喧嘩売ってんのか! 」

 新入生君が顔を真っ赤にして怒鳴る。

 あ~ぁ、土俵に乗っちゃ駄目だよ。

「チ○カス早漏小僧の事なんざ知るわきゃねーだろ? っつっても、あんな台詞が出てくる時点で高がしれてるから気にすんな。良いんじゃねーの? これからも世間知らずのお山の大将気取って恥さらしてれば。大丈夫だって! ちゃ~んとテメェには聞こえないように居ない所でみんな笑っててくれるから! 」

 青筋立てて拳を握りしめてプルプルしてる新入生君。

 今にも岡崎先輩に飛びかかっていきそうだが彼の友達らしい男子達が腕やら肩やらを掴んで止めている。実に正解である。

 あの人岡崎先輩あんな性格してるだけあって結構強いのよ。

 

「……随分な事言ってくれてますけど、そんだけ言うならさぞすごいテク持ってるんでしょうね? だったら勝負してくれませんか? 俺が口だけじゃないこと証明してみせますよ」

 必死に冷静さを取り戻そうとしたんだろう。ことさらゆっくりと丁寧な口調で挑発し返す。

「あぁん? 別に良いけどアタシもそこまでヒマじゃないしガキの挑発に乗るのも大人げないしなぁ」

 どの口がそんなことを言うのかこの女は。

 呆れてものが言えないがそう思ったのは周囲の人達も同じだったらしく岡崎先輩を白い目で見ている。

「とはいえ、世間の厳しさを教えるのも大人の役目か。よし! サークルのOGが出しゃばるのも良くないからコイツが相手してやるよ」

 そう言って岡崎先輩が俺の肩をポンっと叩く。

 ……ちょっと待て。

 成り行きをただ見ていただけなのに何故巻き込まれる?

 

「……そのウサギが? 」

 そうでした今の俺はウサギです。

「ちょ……」

「今はウサギですけど大丈夫ですよ? こう見えてその方はうちのサークルの会長ですから、あまり世間をご存じない坊やにも優しく引導を渡してくれますからね」

 止めようと声を上げた俺を遮って横から久保さんがにこやかに言う。

 ……もしかして久保さん怒ってる? 激怒(げきおこ)っすか?

 表情はいつものように穏やかに微笑んでいるんだけど、目がめっちゃ怖いっす。

「コイツはラビット柏木。こんな格好してるが一応単車歴5年だ。高校出たての小僧相手にゃちょっとキツイかもしれないけどな?」

 誰がラビット柏木だ!

 

「……いいですよ。一応後で文句言われても困るんで俺の単車言っとくけど、FireBladeファイヤーブレードの954です。無理なら止めてもいいっすよ」

 HONDA CBR954RRの逆輸入バージョンかよ良いバイク乗ってんなぁ。

 あ、ちなみにCBR954RRは日本国内でも販売されてるけどファイヤーブレードって名前が付いてるのは輸出用の車両で馬力が全然違うのよ。国内向けは輸出の6割くらいの馬力に抑えられてるのだ。

 

「ぜんっぜん問題ねーな。なんならもうちょっとハンデつけてやろうか? 」

「! 舐めたこと後悔しますよ」

「おお! 期待してるぞ! んで、場所は……そうだな、国道411号線の旧道の御前山峠でどうだ? あそこなら新道出来てからほとんど交通量無いはずだしな。日時は、今度の日曜日の正午に旧道東側の入口で」

 ちょっと待て! 俺抜きでなんでドンドン話しが進んでいくんだ?

「わかった。……ぜってー負けねぇ! 」

 いや受けるなよ!

 そして立ち去るなよ!!

 

 反論の間もなく話が纏まり立ち去っていく新入生君を呆然と見送る。見送ってしまった。

 ……いやいやいやいや、何してくれてんの?

 今の話の中に俺が関わる要素何もなかったよね?

 なのになんで俺がサークル代表してバ○バ○伝説やる羽目になるんだよ!

「いや~、小生意気なガキが困ったもんだよな~。わざわざOGが出てもしょうがないから柏木がちょっと遊んでやれや」

「このオヤジババァ! 何勝手に決めてんだ! 煽るなら自分で何とかしろや! 」

 わざとらしく両手を広げてヤレヤレといった顔をする岡崎先輩に文句を言う。

 ババァ呼ばわりに先輩の片眉が上がるが知ったことか。

「先輩? あの世間知らずのお子様が私のボンネビルを馬鹿にしたんですよ? それに私達のサークルと先輩のバイクの事も言いたい放題でしたよね? もちろん会長である柏木先輩ならそんな不名誉をそのままにするようなこと、無いですよね? ね? 」

 岡崎先輩が口を開く前に久保さんが俺に視線をガッチリ固定して口を挟む。

 久保さんの背後からどす黒いオーラがにじみ出てるんですけど?

 

「わ、わかった、わかりました! ……ったく、仕方ないな」

 どっちにしても決まってしまったことは今更言ってもはじまらない。決して久保さんが怖かったわけでは、そんなにない。

「ところで先輩はバイクどうするんですか? そのままCB1300ですか? 」

 遠巻きに見ていたサークルメンバーが集まって来た。そして相川が聞く。

「最終型のファイヤーブレードだろ? 普通のロードスポーツじゃ厳しくね?」

 これは山崎。

「大丈夫ですよ。バイクなら私の方で準備しますから。先輩どうしましょう、何が良いですか? 国産ならカワサキNinjyaH2RとかSUZUKI 隼なんかどうですか? 輸入車ならBMW S1000RRかAPRILIA RSV4RF、MVアグスタ1000F4とかも良いみたいですよ? 」

 ……久保さん?

 市販車最速クラスをそんなに並べてどうする気でしょう。

 大人げなさ過ぎでしょうが。

 金持ち喧嘩せずとかいうけど、こういうの聞くと多分金持ちと喧嘩しちゃいけないって意味だと思うんだよ、俺。

 

「大排気量のスーパースポーツ乗って走り屋気取ってる相手にそれ以上のマシンぶつけても負けなんて認めないだろうな。……御前山峠だっけ? だったら250で良いよ」

「いいねぇ、その答え。アタシのTDR貸してやろうか? 」

「いや、それは遠慮します」

 俺の答えに実に満足そうに岡崎先輩が頷きながら言ってくれるが速攻で断る。

 乗り慣れてるわけでもないあんな癖の強いバイクでバトルなんて出来るか。

「バイクはこっちで何とか、信士!」

「は、はい?! 」

 急に呼ばれて驚く信士。

 久保さんをチラチラ見ながら挙動不審である。というか、ちょっとビビリ気味か?

 まぁ、今の久保さん怖いからな。

 信士の春もここまでかもしれん。

 

「悪いけどCB250F貸してくれるか? 」

「もちろん元々裕兄のだしいいけど」

「裕哉、大丈夫なの? 」

 戸惑いつつ頷く信士と心配そうな茜。

 こういうところを見ると姉弟だな。反応というか表情というか、よく似てる。

「ま、大丈夫だろ。峠勝負なら」

 そう言って笑う俺。

 

「表情見えてないから説得力無いねぇ」

「……いたんすか? 章雄先輩」

「非道くない?! 」

 いや今まで隠れてたでしょ?

 すっかり忘れてたよ。

 

 それにしても

 

 どうしてこうなった??

 

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