第79話 勇者の新入生獲得奮闘記 Ⅱ

「モニターの準備できました~」

「バイクの配置これでいいのか?」

「電源コードの長さが足りねぇ~!!」

 大学の中庭でサークルメンバー達の声が行き交う。

 俺たちの周囲でも数多のサークルが新入生勧誘の準備に奔走している。

 大学の入学式も終了して今日からサークルの勧誘週間が始まる。

 この期間は正午から午後6時まで大学の門から中庭までの区間に各サークルがブースを設けて新入生に自分たちのサークルをアピールして入部・入会をしてくれる新入生達を獲得するためにアレコレと趣向を凝らすのだ。

 もちろん特に人数を増やすことをしないサークルもあるし、運動部系などで経験者以外の入部を期待していない部もあったりと特別勧誘を行わないサークルも結構な数あるのだがほとんどのサークルはやっぱり自分たちの卒業後にもサークルを残すために新入生獲得にしのぎを削っているのである。


 かくいう我等がツーリングサークルも存続とバイクの楽しさをいろんな人に知ってもらうためにも大切な行事である。

 例年はメンバーのバイクを展示しつつ立て看板やPOPで人目を引いて足を止めてくれた新入生に声を掛けて勧誘しているのだが、今年は60インチの液晶テレビにDVDのプレーヤーを接続してヘルメットに装着したカメラが撮影した四季折々の風景やツーリングの光景を映した映像を流すことにした。

 この液晶テレビだが斎藤が自宅で使っていたもので、移動させる際にアンテナ端子を破損させてしまい買い換える事を聞きつけて譲ってもらったものだ。

 別にテレビとしてでなくモニターとして使うぶんには問題ないしな。

 去年の夏に譲り受けてから手分けして撮影したり元々あった映像を使って編集してDVDを作成した。……山崎が……


 展示するバイクは俺のCB1300SFと久保さんのボンネビル790、道永のカワサキZ250、相川のセロー225の4台である。

 バイクのタイプは色々見せた方が良いだろうとの配慮だ。

 ブースの中央に会議用長テーブルを置いて液晶テレビを設置、テーブルを挟むように両側にバイクを配置する。そして立て看板と手持ち看板でサークル名を表示。

 受付は久保さんと茜が担当。もう1人の女子である小林さんは手持ち看板を持ち、男子メンバーが2人バイクや活動の説明を行う段取りとなっている。

 そして俺は何故かウサギの着ぐるみを着て手持ち看板を持っている。

 俺の体型と身長は「威圧感」があるとしてサークル内会議の多数決で着ぐるみ装着が決定してしまった。よって俺は全身ファンシーなピンク色のウサギに変身中なのである。

 着ぐるみ系は斎藤のイベント関連で慣れてるっちゃぁ慣れてるが視界は狭いわ暑苦しいわ出来ればやりたくないものだ。

 


 そして正午のチャイムがなりいよいよ勧誘スタートとなる。

 といっても例年どおりなら最初は様子見でそれほど混雑はしないはず。

 教室棟から学生達が出てくるが冷やかし程度に各サークルのブースを横目で覗きながら食堂のある棟に移動していく。

 新入生達はほとんどの学部で最初の半年程度は基礎教養の講義がびっしりと入っている。なので講義が終わる4時以降が本格的な勧誘時間となるはずだ。

 今はどんなサークルがあるかチェックしている程度だろう。

 俺がそんな事を考えていると1人の男子学生がブースに近づいてくるのが見えた。

 そしてそのまま受付に向かうと茜が声を掛けた。


「信士。やっぱり来たの? 」

「当然じゃん。前から入ろうと思ってたし。姉ちゃんがいるのは想定外だったけどな」

 はい。ご想像どおり茜の弟の信士です。ご苦労様です。

 かなり前からうちの大学に入学してツーリングサークルにも入るつもりだとか言ってたし意外性は欠片もない。

 とはいえ貴重な新入会員である。性格も問題ないし大歓迎だ。


「よう信士! よく来たな!  」

「え? その声、裕兄?! 」

 信士が俺の姿を見て驚いた声を上げる。

 まぁそりゃそうだろう。いきなりウサギの着ぐるみが話しかけて来たんだから。

 俺としてもこんな間抜けな格好で信士に声を掛けるのは不本意だがしょうがないじゃないか。

「……この格好のことは気にするな。とにかく、歓迎するよ」

「いや、その、裕兄も大変だな」

 わかってくれるか。

 

「柏木先輩、お知り合いですか? 工藤先輩の弟さん? 」

 俺と信士のやり取りを聞いて久保さんが聞いてくる。

「ああ。茜の弟でもちろん俺とも顔見知りだよ。工藤信士。新入生だ」

「そうなんですか。久保 有香と申します。教育学部の2年生です。これからよろしくお願いしますね」

 久保さんがそう言って信士に微笑みかけた。

「…………」

 信士からの返事がない。

 どした?

 見ると久保さんを見て固まってた。

「信士! 挨拶は?! 」

「!! あ、す、すみません! 工藤信士です! よろしくお願いします!! 」

 慌てて信士が頭を下げて挨拶する。顔が真っ赤だ。

 ……これはもしかしてもしかするのか?

 

「あ~、久保さん、信士の入会手続きとサークル説明お願い。どうせしばらくは様子見が続くだろうし」

 俺がそう言った途端に信士が狼狽えて俺を見る。

 その表情に喜色が宿っているのがありありと解る。

 ニヤニヤ笑いが止まらないがどうせ着ぐるみで表情見えないし問題あるまい。

「あ、はい。それじゃ工藤君? 説明するからこっちにきて学生証出してくださいね」

「は、はい! 」

 信士を久保さんが受付の向こう側に設置したテーブルに案内するのを見送る。

 茜は苦笑いだ。

 久保さん結構美人だし育ちのせいか品があるからな。

 頑張って欲しいものだ。

 

 

 その後はチラホラと新入生達が通りかかったものの案の定5限目のチャイムが鳴ると誰も通らなくなる。8限が終わるまでは何もすることがない。

 午後の講義がなかった俺と山崎、大竹が留守番して、ようやくチャイムが鳴る。

 他のメンバーも合流していよいよ勧誘スタートである。

 徐々に中庭に新入生の姿が増えてくる。

 目当てのサークルをすぐに見つけて足早に移動する人。1箇所1箇所丁寧に見て歩く人。

 程なくして中庭は雑然としてきた。

 俺達もDVDの映像を流しながら声を張り上げて勧誘する。

 やはりバイクが目を引くのだろう予想よりも足を止めて行く新入生が多い。

 ただやはりバイクと免許が必須なサークルだけに説明を聞こうとする人は少ない。

 それでも多少でも興味を持ってくれたらそれで良いのだ。

 

「で? さっそく参加の信士君? ハリキリすぎじゃね? 」

 なぜか昼休みに入会手続きをしたばかりの信士が手持ち看板持って勧誘に参加してるのをからかう。

「うっ、いや、それは、その、せっかくサークル入ったんだし、早く馴染みたいし、えっと」

「久保さん、彼氏いるって……」

「マジで?! 」

「……話しは聞いてないなぁ~」

「裕兄、意地悪いよ」

 すまん。つい微笑ましくて。

 

「よっ! 頑張ってるか~」

「真面目にやってっか? 」

 信士と俺がじゃれてると章雄先輩と岡崎先輩が様子を見に顔を出してきた。

 章雄先輩が手に持った袋を渡してくる。

 中身は冷えた飲み物だ。相変わらず気が利くこと。

 俺は着ぐるみのせいでしばらく飲めそうにないが……

 

「んで? 調子はどうよ」

「今のところは茜の弟が入っただけっすよ」

 岡崎先輩の問いに肩を竦めながら答える。

 視線を向けられた信士が「よろしくお願いします」と頭を下げた。

「初日から入会者が来たなら幸先良いんじゃない? 」

 章雄先輩が嬉しそうに言う。

 今もバイクを興味深そうに見ていく新入生が数人いる。

 山崎達も立ち止まった人達に、今免許が無くても入会できることや免許取得やバイクの入手でアドバイスが出来る事などを声かけしている。

 とにかく興味を持ってもらうのが大事だからな。

 後輩の野村だってサークル来たときは免許持ってなかったし。

 

「……じゃん、ケントもバイク乗ってんなら入ったらどうよ」

「バッカ、俺は走り屋だぜ? 仲良しこよしのヌルいサークルなんざ興味ねーよ」

 通りかかった男子新入生のグループがこっちを横目で見ながら小馬鹿にするように言うのが聞こえた。

 岡崎先輩の目が険しくなる。

 とはいえ温いサークルなのは確かなので俺は聞き流す。

 考え方は人それぞれだし無理に入るようなものじゃないしな。

「だいたいボンネビルとか1300のSuperFourとか見てくれだけのバイクと一緒に走りたくねーよ」


 ……あんだと?

 

 

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