第77話 勇者の新たな愛車と新たな家族

 ヒュオン、ヒュォォォォォン

 郊外から都市部方面に向かって大型バイクが疾走する。

 HONDA CB1300SuperFour

 ブラックメタリックのタンクにホンダのマーク。ネイキッドと呼ばれるオーソドックスな形状のバイクだ。

 乗っているのはライダースジャケットに黒のデニム、フルフェイスのヘルメットを被った長身の男。

 S大学経済学部2年ツーリングサークルに所属する柏木 裕哉かしわぎ ゆうやである。

 身長185センチ体重83キロ、体脂肪は計っていない。

 

 

 

 ……前回の冒頭を真似てみた。

 前回ってなんだって? 気にすんな。

 なぜ俺がこんなアホな始め方をするのか。

 それはご機嫌だからである。

 繰り返す。

 めちゃめちゃご機嫌だからなのだ。

 気付いた人もいるだろうが、乗ってるバイクが変わっているのだ。

 遂に買いました。

 HONDA CB1300SF!!

 ずっと前からいつかは欲しいと思ってて、学生の内は無理だろうと思ってたんだがアクセの利益が当初の予想を大きく上回って目標金額にあっさり届いてしまった。

 となれば買うしかないだろう。

 しかも新車である。

 中古じゃないんだよ?

 

 先週納車になってから毎日慣らしも兼ねてあちこち走り回っている。

 今日も朝から4時間ほどツーリングを楽しんできたのだ。

 本当ならば一日中でも走っていたいがさすがにそうもいかない。

 なので今俺は馴染みのバイク屋に向かって走っている。

 今日はそこで約束があるんだよな。

 

「ちぃ~っす」

 店の前にバイクを停めて店内に入る。

「おう! 来たか。どうよ調子は? 」

 バイク屋の親父さんが笑顔で聞いてくる。

 いつもは結構おっかないオッチャンなんだけど俺の笑顔につられたのかこっちも機嫌が良いらしい。

「最高っすよ! 慣らしも終わったけどまったく問題なし。加速も安定性も、それに音も文句なしっすね! 」

「そーだろ、そーだろ」

 この親父さんも同じバイク乗ってるからな。

 同好の士が増えて嬉しいようだ。

 

「それで、アレ終わってますか? 」

「おう。バッチり仕上がってるぞ。見た目も中身も新車ってまではいかねぇが上等よ」

 良かった。間に合ったか。

 親父さんが指で示した場所にあったのはHONDA CB250F。

 俺が先週まで乗っていた愛車だ。

 俺は今の新車が納車された日にコイツを親父さんに預けて消耗部品や劣化している部品の交換とキズの補修、メンテナンスをお願いしていたのだ。

 

「こんにちわ~」

 俺が仕上がったバイクをチェックしつつ親父さんとやり取りしていると店の入口から茜の声が聞こえてきた。

 到着したらしいな。

 入口を見ると茜とその弟である信士が立っていた。

「来たな。入って来いよ」

「う、うっす」

 信士は店内をキョロキョロと見ながら中に入ってくる。

 その目はキラキラと輝いているのが見て取れる。

 うん。バイク屋って楽しいよな。

 

「裕兄、コレ? マジで良いの? 」

「おう。約束したからな」

 信士が俺の元愛車を見ながら嬉しそうに声を上げる。

 茜と信士がここに来たのはこのバイクの引き渡しのためだ。

 以前からバイクに乗りたがっていた信士にバイクの免許を取って大学に合格したら格安で譲ることを約束していたのだ。

 元々予定では俺は昨年中に金を貯めてもう少し大きいバイクを買う予定だったし、出来ればこのバイクも大事に乗って欲しかったのでよく知っている信士に譲るのは望むところだった。

 ただ、タダで譲る形だと信士にとっても良くないだろうと格安・分割で売ることにしたのだ。

 その代わりタイヤやバッテリー、ブレーキパッド、クラッチ&ブレーキワイヤーなどの消耗部品は全て交換し、転倒したキズやへこみも修理して、更に分解整備も親父さんにお願いした。

 おかげで売却代金よりも足が出てしまったが可愛い弟分のためだ。

 資金にも余裕があったし何より慣れていない間に車体の不具合で事故なんて事も避けたかったので問題ないだろう。

 

「それと、コレは俺と茜からの大学合格祝いだ」

 親父さんが奥から出してきてくれた段ボールを茜が信士に渡す。

「! マジで? え? 良いの? 」

 受け取った段ボールを開けて中を見た信士が叫びながらこちらを見た。

 その顔は正に喜色満面といったところか。

 中に入っていたのはフルフェイスのヘルメット、黒いライダースのレザージャケットとレザーパンツ、ライディンググローブだ。本格的なライダー装備一式である。靴は無いが。

 どれもきちんとしたメーカーの物で茜と半額ずつでも結構な金額だったが、この手の装備は安全性と値段がある程度比例してしまうのだ。

 幸いにもうちの母さんと茜のお袋さんが「内緒で」と言いながら援助してくれて揃えることが出来た。

 俺はある程度稼げてるが茜がその金額が厳しかったので助かった。

 もう少し金額を抑えることも考えたのだが、実は茜がバイクを買ったときに信士は受験のためにバイトを辞めていたのに貯金からお金を出してヘルメットをプレゼントしていたらしく、茜もどうしても弟に良い物をプレゼントしたかったらしい。

 もちろん装備を用意した後俺が一時預かって魔法具化してあるのでその装備をつけている限り例えトレーラーに突っ込まれようが大怪我はしないはずだ。ただその場合は色々と問題が噴出しそうなのでそんなことがないように祈っているが。

 

 信士がジャケットやパンツを広げてみたり身体に当ててみたりと大はしゃぎしているうちに親父さんが書類を持ってきてくれた。

「おい! 名義変更をした書類だ。ちゃんとしまっておけよ。それからコイツらにここまでしてもらったんだ、事故んじゃねーぞ」

 親父さんが信士に書類を渡しながら言う。

 言葉は荒っぽいがその目は微笑ましいものを見るようだった。

「はい! あ、えっと、裕兄、姉ちゃん、本当にありがとう。大事にする」

「なんで私よりも裕哉の名前が先なのかはちょっと気になるけど……ま、まぁ、私の時にはアンタがヘルメットプレゼントしてくれたしね」

「楽しんで、そんで絶対に無茶な事はするなよ」

 俺達の言葉に信士は真剣な顔で頷いた。

 よし! バイク仲間がまた増えた。

 実に喜ばしい。

 

 その後は親父さんを中心にバイクの装備品の操作や整備の仕方、乗るときの注意事項などを話してから店を出た。

 信士がまだ初心者なので明るいうちに近隣の交通量が少ない場所を選んで少しの時間走り回る。

 当面は視界の悪い時間や雨天時は運転しないように言い聞かせて帰宅した。

 しばらくは他になんにも手に付かないだろうな。

 俺も経験あるが。

 

 

 

 そんなこんなでバタバタしつつ帰宅した俺は親父と母さん、亜由美、レイリア、ティアと家族全員で夕食を囲んでいる。

 ちなみに親父は海外への赴任が無くなり本社勤務の辞令がおりたらしく自宅にいることが多くなった。

 今後は一週間程度の海外出張はあるものの基本的に日本国内で仕事をするらしい。

 そしてもう一つ。

 

「それではレイリアとティアの戸籍取得と正式に柏木家の一員となったことを祝して」

「「「「「「かんぱ~い!」」」」」」

 親父の音頭に皆でグラスを合わせる。

 そう。先日ようやく裁判所の許可が下りてレイリアとティアが戸籍に記載された。

 そして本日、2人は正式に親父と母さんの養子として届け出をおこなってそれぞれ『柏木レイリア』『柏木ティア』となったのだ。

 

「それにしても申請から半年近くか? 結構掛かったな」

「そんなこと無いわよ。一年近く掛かる事もあるらしいから早いほうらしいわよ」

 俺の率直な感想に母さんが苦笑しながら教えてくれた。

 これでも母さんの知り合いが頑張ってくれたらしい。

 なんにしても良かった。

「うむ。父上殿、母上殿、これからよろしく頼む」

「あ、あの、よろしくお願いします。お、お父様、お母様」

 レイリアとティアが両親に頭を下げた。

 ……ドラゴンが頭を下げる人間……なかなかシュールだ……

 

「お父様……」

 親父が悶えてるが、気持ち悪いよ。

 亜由美なんか汚物を見るような目で見てるし。

「コホン。あ~、それでだな、レイリアとティアに免許を取ってもらおうと思う」

 亜由美の視線に気が付いた親父が咳払いで誤魔化してからとんでもないことを言い出す。

「マジで? 」

「ああ。2人の希望もあったし美由紀とも話したんだが、2人は異世界から来てこちらのルールやマナーはまだまだ不安な部分があるだろう? 特に交通ルールは俺達は子供の頃からの習慣や教育である程度は理解しているが、いざそれを教えようと思っても結構難しい。そこで教習所で実技と学科を勉強することでそういった交通ルールを覚えられるんじゃないかと思ってな」

 なるほど、一理あるかもしれない。

 確かに一つ一つの事柄に対してその都度教えることは出来ても全体となると結構大変なのは確かだ。

 俺はバイクは試験場で受けたが自動車は教習所で学科も含めて受講した。

 学科は結構基礎からルールを教えてもらった覚えがある。

 

「確かに良い考えかもしれないけど、結構お金掛かりそうだな」

「それは問題ない。実はな、俺が海外に赴任してたとき給料とは別に赴任先の生活費が出てたんだが、うちの会社は海外赴任費がどこも一律だったんだ。だが俺は途上国への赴任が多かったんで余剰分は貯金してたからそれがそれなりの金額あるんだよ」

 なんてうらやましい。

「とりあえず普通二輪の免許を2人も希望したんで来週から教習所に通ってもらおうと思う。そして免許が取れたら裕哉は2人の希望を聞いてバイクを購入してやってくれ」

「よし! 任せろ! すぐにカタログを取り寄せてやる」

 やった! バイク選ぶのって楽しいからな。

「……中古でお願いします」

 しゃーねーな。

 

 それでも信士に続いてレイリアとティアともバイクで出かけることが出来るかもしれないのは楽しみだ

「いいなぁ~。私も乗りたい」

「高校生になって学校の許可が貰えたら、ね」

 亜由美がぼやくが母さんが諫める。

 俺の通っていた学校では申請すれば条件付きで許可されたんだよな。

 条件は保護者からの許可を書面で貰うことや任意保険の加入、違反により処分を受けた場合や事故を起こした場合には免許の即没収や一定以上の学力の維持なんかもあったっけ。

 亜由美がどこの高校に行くことになるかはわからないが、いまだに全面禁止とか厳しい学校も多いからな。

 あの無意味な『三ない運動』のせいで。

 もっとも俺の時は母さんもかなり反対してたんだけど、それでも最後には許可してくれたし、その反対があったからこそ安全に充分気をつける意識が維持できたんだと思う。

 なので亜由美も頑張ってくれ。

 

 そうして新しい家族を交えた食事を終えそろそろ部屋に戻ろうかと思ったその時、親父からさらなる爆弾発言が繰り出された。

「あ、そうそう、言い忘れてた。裕哉、レイリアとティアの2人が春からお前の行ってる大学に通うことになったからよろしくな! 」

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 はい~~~??

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