第75話 勇者と出産騒動? 後編
エリザベスのお産が始まる。
茜の家の犬舎はリビングの窓の外側、ウッドデッキに大型犬用の犬小屋が置いてありウッドデッキを柵が囲んでいる。リビングとウッドデッキの間には柵は無く犬の出入りはリビングと庭側の柵に設けられた扉でできるようになっている。
屋根はウッドデッキ全体を覆うようになっていて雨でも大丈夫だ。
エリザベスの犬種はグレートピレニーズ。
山岳地帯で牧羊犬として活躍してきた犬だけに寒さには強い。ただ、さすがにお産となると心配なので屋根と柵の間をシートで覆って風を防ぎ、犬小屋の下も少し大きめの防水シートを敷いた。
ウッドデッキは隙間が多いので下から冷たい風が入り込むのを防ぐのだ。
なにせ今の季節は真冬。読んでいる人の体感はともかく冬ったら冬なのだ。
夏の暑さよりは大丈夫かもしれないが少しでも快適に出産できるように犬小屋の中もペット用ホットカーペットを敷いてある。
それでも人間は寒く感じるくらいだがエリザベスは快適そうにしていたようなので大丈夫だろう。
ティアの言葉にベス(面倒なので省略)の様子を見ると犬小屋の中をぐるぐると落ち着き無く動き回り、ときおり敷いてある毛布を穴を掘るかのように引っかいたりしている。
ティアによると陣痛が始まった兆候らしい。
ティアの知識と亜由美がネットで調べたことを元に産箱を準備しお湯を入れたペットボトルをタオルで包み中に入れる。
それを持ってベスを興奮させないように俺とダウンを着込んだ茜だけで犬舎に入った。
「キュゥン、キュゥン、フゥッフゥ」
俺たちが近寄ると荒い息をしながら甘えたように鳴く。
安心させるように俺はベスの頭を撫で、茜が優しく声を掛ける。
通常大型犬種は一度に6~10匹ほど生むらしい。
一応動物病院で検診しているが正確な数はまだわからないようだ。
もちろん魔法を使って調べれば正確にわかるのだが今回は幻獣種の子供であるので魔法が胎児にどう影響するかわからない。
なので出産が終わるまでは魔法を使わないことにしている。
ただベスに何かあればそんなことも言ってられないので万一を考えて俺が立ち会うことになったのだ。ベスにはかなり懐かれてるので出産の邪魔にもなりずらいだろうし。
それからしばし、いよいよベスがいきみ始めた。
ほどなく最初の仔犬が生まれる。
ベスが仔犬を覆っていた羊膜を口で破ってへその緒を噛み切り胎盤を食べてしまう。ついで仔犬の身体を舐めると「キュゥ、キュゥ」と小さく鳴き始める。
真っ白な毛色の子供。
いったん身体を横たえたベスの乳に吸い付いて一生懸命に飲む。
掌に乗るくらいのまだ目も開いていない小さな小さな仔犬。
可愛い。めっちゃ可愛い。
触りたいが今は我慢、我慢。
亜由美がリビングの窓にへばり付いて触りたいアピールをしているが無視だ。
ただ、いつのまにやら影狼が普通のシェパード位の大きさになって姿を現し、ベスの顔と仔犬の体を優しく舐め始めた。
やはり父親として気になったんだろうか。
臨月むかえた奥さん放って飲み歩き、自宅に帰ったときには奥さんは病院ですでに出産を終えていたT岡さんに見せてやりたい光景だ。
20分ほどするとベスが吸い付いている仔犬を振り解くように立ち上がると再びいきみ始める。
茜が素早く仔犬をそっと手ですくい上げて産箱に移動し、乾ききっていない毛皮をタオルで優しく拭う。それが終わったら体が冷えないようにタオルを掛ける。
俺? 見てるだけですが何か?
何かあったときのために控えてるんです。本当です。
次に生まれてきたのは真っ黒な仔犬。
仔犬にありがちな濃いグレーではなく真っ黒。
間違いなく影狼から受け継いだものだな。お腹まで黒いし。
二匹目以降は胎盤を食べさせないよう(お腹を壊してしまう事が多いらしい)に注意しつつ先程までの行動を繰り返す。
なぜか順番が白-黒-白-黒と規則正しいが無事に全部で6匹の子供が生まれた。
俺が見たところ仔犬にもベスにも異常は見られない。
これ以上いきむことが無いのを確認して産箱に入れていたすべての仔犬をベスに返す。
元気に乳に吸い付く姿を見ながらベスに『回復魔法』を少しずつ様子を見ながら掛ける。
影狼もベスに寄り添いねぎらっているように見える。
そして気が付いてみると東の空がかすかに白み始めていた。
思ったよりも時間が経っていたらしい。
リビングを見るとソファで亜由美とティアが毛布を被って睡眠中。
親父さんとお袋さんは自室で休んでいるのだろう、姿は見えない。
レイリアは……一人掛け用のソファでパフェ喰ってます。
ベスの様子が落ち着いたのを見計らってレイリアを呼ぶ。
「ふむ。黒い仔らが能力を受け継いでいるようじゃな。すでにそれなりの魔力も持っておる。白い方は、普通の仔犬じゃ。魔力もほとんど無いから問題なかろう」
「やっぱりな。しかし綺麗に別れたな」
「魔獣や幻獣は親のどちらか一方の力を受け継ぐからの。混ざったりはせん」
レイリアの言葉にそんなものかと頷く。
ともあれ仔犬の状態も魔法を使って確認していく。
鑑定魔法を使った結果もレイリアの言葉を裏付けた。
健康状態も問題ない。
茜が心配そうに見ていたので安心させるために説明し、今後の対応を決める。
当面は犬舎とリビングに結界を張り影潜りの特殊能力を使えないようにして、10週ほどはこのまま様子を見る。
その後は影狼の能力を受け継いだ黒い仔犬(仔狼?)の3匹は俺が引き取る。残りの白い仔犬3匹は能力が受け継がれていないか慎重に観察して問題なければ里親を探す。
以上のことを茜と取り決めた。
そしてすっかり身体が冷えてしまっている茜を伴ってリビングに戻り、茜はお風呂に入ることに。
ベスのことは取りあえず影狼に任せて俺は温かいコーヒーを飲むことにする。
勝手知ったる他人の家、でも良いのだがさすがに誰も居ない状況では気が引けるのでアイテムボックスに放り込んであった缶コーヒーを魔法で温める。やっぱり魔法超便利。
しばらくコーヒーを飲みながらまったりしていると茜が風呂から出てきた。
後は適当に雑談しながら過ごす。
外が完全に明るくなった頃ティアと亜由美が目をさました。
そしてさっそく仔犬たちの様子を見に行く。
亜由美の目が少し血走っていたような気がするが多分寝不足のせいだろう。
うん。きっとそうに違いない。
一応ティアに注意しておいてもらうようにお願いしておいた。
「あら、おはよう。エリザベスの出産は大丈夫だった? 」
それからしばらくして茜のお袋さんがきちんと着替えた状態でリビングに入ってきた。
「あ、おはようございます。すみません、結局朝まで。出産は無事に終わりました。子供は6匹で母子共に大丈夫です」
「そう。良かった。ごめんなさいね、結局任せてしまって」
お袋さんは申し訳なさそうに言う。
いや、今回はこっちの都合ってのが大きいからなぁ。謝られると逆に困る。
第一、原因作ったのうちの影狼だし。
「いえ、どうもベスの相手はうちの犬みたいですから。それでですね……」
俺は生まれた子供の内黒い3匹を乳離れしたら引き取りたいと申し入れる。
一応事前に子供を何匹か引き取る事は言ってあったが能力を確認してからじゃないと数までは決められなかったのだ。
幸い快く了承して貰えた。
「おはよう。……なんだ、裕哉君まだいたのか」
「おはようございます。すいません、ベスの出産が先程まで掛かりましたので泊まる事になってしまいました」
親父さんが起きてきて早々渋い顔で挨拶された。
「……茜と一緒にいたのかね?」
「一緒に居たって言っても出産の立ち会いで一緒だっただけです。何もしてませんよ」
「当たり前だ!」
気に入らないのはわかるけど少しは歩み寄ってもらえんものだろうか。
それでもベスの子供の事は気になるのかリビングの窓から犬舎を見る。
「……裕哉君、何やらエリザベスの犬舎に見慣れない黒い犬がいるんだが?」
「すいません。うちの犬です」
「…………」
親父さんは無言で窓を開けて犬舎の中に。
小屋にいるベスと寝ている仔犬たちを見る。
「裕哉君? 黒い仔犬がいるんだが、この子たちは? まさかとは思うが」
「……すんません。どうもうちの奴が親みたいです」
仔犬を楽しそうに見ていた亜由美とティアは異常に硬い表情の親父さんを見てキョトンとしている。
親父さんは無言。
そしてリビングに戻り、更に妙にゆっくりとした仕草でリビングを出る。
やっぱり気に入らないんだろうか。
微妙に気まずい空気がリビングに流れる。
お袋さんも朝食の準備をしながら苦笑いだ。
親父さんはすぐにリビングに戻ってきた。
……なぜか2メートルほどの長さの槍みたいなのを持って。
「貴様は! 茜だけでなくエリザベスまでも毒牙にかけよって!! 」
「人聞き悪すぎますって! 俺を異常性癖の持ち主みたいに言わないでください! それにどっから持ってきたんですかその槍?! 」
その長物を構えた親父さんにツッコム。
「槍ではない『青龍偃月刀』だ! こんな事もあろうかとア○ゾンで買っておいたんだ! 29,800円だった! 」
買うなよ! ってか、売るなよア○ゾン!!
値段の情報はいらねぇ!
横薙ぎに振り回す槍改め青龍偃月刀を屈んで躱す。
てか、危ないってば! いくら刃の付いてない模造刀でも当たると怪我しますって!
お袋さんはキッチンに居るので大丈夫だから茜に当たらないように気を付けて攻撃を避ける。
「天誅! あ、……」
ザクッ!
親父さんが放った突きを躱すと直後に聞こえたソファが裂ける音。
「あ゛」
固まる俺と親父さん。
「……お父さん? 何をしているのかしら? ねぇ? 何をしたの? 」
いつの間にか親父さんの背後にお袋さんの姿。
「い、いや、裕哉君が急に避けたりするからだな、その、い、痛たたたたぁ」
「少しお話ししましょうか。大丈夫ですよ? 後で会社には私から電話しますから」
般若の笑顔に優しげな声色がめっちゃ恐ろしいお袋さんに耳を引っぱられた親父さんがリビングを出て行ってしまった。
「……さて、そろそろ俺達は帰ろうか」
「そ、そうじゃな。そうしよう」
「は、はい」
「……私は何も見なかった。うん」
俺の言葉にレイリア、ティア、亜由美が即座に同調する。
「なんていうか、その、ごめんね」
気まずそうな顔をしたままの茜に軽く手をあげて工藤邸を後にする。
うん。
きっと大丈夫だろう。
後は影狼に任せよう。
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