第73話 勇者は愛の守護者? Ⅴ

side ???


「だからよぉ、あんたの可愛い孫を預かってるって言ってんだよ。これ以上は言わないでも判んだろ?」

 男がデスクに足を投げ出して携帯電話に向かって言葉を投げる。

 40代くらいであろうか、いささか寂しくなった頭部に痩せた体、恐らくはイタリヤの高級ブランドと思われるスーツに身を包んでいるが足が短い上に無理に裾を詰めているので栄養状態の悪い芸人のようにしか見えない。アル○ーニ氏に号泣謝罪してほしいものである。

 男は機嫌良さそうにニヤニヤと笑いながら話を続ける。

「こっちの要求は判ってんだろ? ◯沼駅前のマンション工事、こっちに廻してくれや。あとその周辺のシマは明日からこっちで仕切るからよ」


 男のデスクの目の前にあるソファーには若い女性が後ろ手に縛られた状態ですわらされている。その目は鋭く男を睨みつけていた。

 その視線を受けても男は一向に意に返さない。

 寧ろ視線を心地よいとすら感じていた。


 この男、毒島ぶすじまにとってはようやく巡って来たチャンスなのだ。

 毒島はかつて満岡組のチンピラとしてこの街に住んでいたことがあった。しかし、ヤクザになってみたものの満岡組ではやれ礼儀がどうの、カタギに迷惑をかけるなだのと煩いことこの上なかった。

 好き勝手したくてヤクザになったのに満岡組では家や学校以上に叱られ、ちょっと学生から金を巻き上げただけで気を失うほど殴られたりしたのだ。

 毒島は別に任侠やら極道やらに憧れたわけではなく、自分のやりたいようにやっていたら社会から爪弾きになって居場所が無くなり満岡組の門を叩いたに過ぎない。

 当然そんな男が厳しい下っ端生活に耐えられるはずもなく、結局わずか一年たらずで組を逃げ出し東京に出た。そこでも色々とやらかしてそれに目をつけた別の組に拾われた。

 ある意味才能があったのか手段を選ばない金儲けですぐに頭角を現した毒島。

 強盗まがいのこともやったし、振り込め詐欺や覚せい剤の売買、闇金や密入国の手引きなど散々悪どいことをして金を稼いだのだ。

 もちろん最初は上から理不尽な事をされたこともあったが、今の時代に金を生むことの出来るヤクザは貴重らしく毒島は随分と可愛がられたのだ。

 そして二年前にようやく自分の組を出すことを許されたのだ。


 どこに組を出すかは考えるまでもなかった。満岡組のシマがあるこの街だ。

 毒島に屈辱を味あわせた満岡組に仕返しをするつもりだったのだ。

 当初は目立たぬよう徐々にシマを侵食するつもりだったのだがコレがうまくいかなかった。

 古くからこの街を拠点にしてきた満岡組は細部にわたって影響力を保持しており付け入る隙が全くなかった。

 足を引っ張ろうにも非合法な商いを行なっておらず、土木、建設、造園を正業として無理なバイをしていない。

 ならばと歓楽街に手を伸ばそうとすればすぐに満岡組の連中に邪魔をされた。

 麻薬を売ろうとしてもすぐに嗅ぎつけられ売人を確保された上で警察に突き出されてしまう。

 あいつらのどこがヤクザだ、と毒づいてみても事態は一向に進まなかった。

 かといって強引に抗争に持ち込んだ場合、こちらの親組が指定暴力団の対象団体とされているために不利だ。下手をすればこちら側だけが警察に捕まってしまうことになる。


 そんなこんなで手をこまねいたまま既に二年近く経過している。

 今毒島の下にいるチンピラの半分は親組から借りているし当初親組に用意してもらった資金は既に心許なくなってきている。

 もう残された時間はそれほど残っていない。

 いくら親組に可愛がられていた毒島であってもこれだけ時間を掛けた挙げ句に失敗すればただでは済まないだろう。

 そんな中で知ったのが駅前の再開発とそれに伴うマンション建設の話だ。

 マンション建設は受注元が大手建設会社であっても実際に資材を確保し建設をするのは地元業者というのが多い。受注元が行うのは主に設計と業者の指定だ。

 今回の場合、建設予定地の一部が満岡組の所有地となっており、土地の売却の交換条件として施工業者に満岡組が加わる予定とのことだった。

 満岡組はこのように市内各所で相続や後継者の不在等で活用されなくなった土地を安価で買い取り付加価値を付けて販売したり仲介したりして収益を上げているようだった。

 

 マンションなどの巨大建築物はやりようによっては相当儲かる。何せ建ててしまえば外見からは中身がわからないし幾らでも手を抜いたり経費を抑えることが出来るのだ。もちろん普通はそれほど大きな利益は出ない。リスクを考えれば殆どの業者は真面目に仕事を行う。万一不正や手抜きが発覚すれば会社が飛ぶからだ。

 それでもその甘い蜜に狂って不正を行う業者も存在し、度々世間を騒がせたりもしている。

 毒島の狙いもそんなところだ。工事が完了したら会社を倒産させてしまえばいいのだから何の問題もないと考えている。

 ただ何の実績もない毒島が参入しようとしても認められるわけがない。

 そこで満岡の孫娘を拉致して強引に仕事を横取りしてしまおうと考えたのだ。

 実に短絡的で馬鹿馬鹿しい手段としか言いようがない。

 そもそも実績のない業者が満岡組に成り代わることなど施工元が簡単に認めるわけが無いし、毒島が清香を誘拐しているのが相手にばれているのに警察が介入することを想定していないのが救いようがなかった。しかも誘拐に際して一般人を車で跳ねているのだ。

 

「断るってんならそれでもいいけどよぉ。その場合は孫娘のAVデビュー作がネットに流れるかも知んねぇけどなぁ。まっ、いきなりじゃ返事もできねぇだろうから後でまた連絡するからよぉ、考えとけや」

 実に嫌らしい笑みを浮かべたまま通話を終えた毒島は清香の座るソファーに近寄る。

「そんなわけでお嬢さんにゃしばらくココにいてもらう。心配しないでも大人しくしてりゃ何もしねぇさ。もっとも爺さんの返答によっちゃぁ、ちぃと辛いことになるかもしんねぇけどな」

「……御爺様は脅しに屈するような人ではありません。私も例え何をされようが決してあなた方に従いません」

 静かにそして毅然として言いきる清香。しかしそれでも尚毒島の余裕は崩れない。

「人に言うことを聞かせる方法なんざ幾らでもあるんだぜ? お嬢さんがいくら頑張ったところでシャブ打たれて輪姦されりゃすぐに言うことを訊きたくなるさ。お嬢さんと一緒に居た男、今どうしてると思う?」

「!! まさか」

「ちょっと車に跳ね飛ばされて地面に叩き付けられただけだ。まっ、生きてるといいよなぁ?」

「何て事……章雄先輩…………私はあなた方を絶対に許しません。何をされようが必ず地獄に落として見せます!」

 

 一段と強く憎しみすらこもった清香の視線に流石にたじろぐ毒島。

 だがこの短絡的な男は自分が気圧された事が許せないらしい。

 どこまでも小さい男である。

「このアマぁ」

 座ったままの清香の前に回り手を振り上げる。

 清香は微動だにせず毒島を睨み付けたままだ。それが更に毒島を激高させ、手を振り下ろそうとしたその時、

 ガブゥッ

 ビリィィ

「うぎゃぁぁぁ!!」

 突然毒島が叫び声を上げて飛び上がった。

 これには流石に清香も驚いた表情で毒島を見る。

 尻を押さえて後ろを振り返った毒島のズボンと下着が見事に破れて汚らしい尻が丸出しになっていた。

 清香は見たことを死ぬほど後悔するが見ちゃったものはしょうがない。

 後で目を消毒しようと心に決めて目を逸らす。

 

「クソッ! 何だ? 何が??」

 もちろん毒島の背後には何も居ない。

 何が何だかわからない。

 清香にもわからない。

 何やらデスクの影が動いたような気がしたが気のせいだろう。

 だってその影、何かイヌの耳のようなものが飛び出ていたように見えたし、気のせいに違いない。

 

「何なんだ! 誰だ? くそったれ!!」

 毒島が血走った目で周りをうろつきながら何かが隠れていないか探すが当然そんな存在は見つからない。ちなみにその間尻は丸出しのままである。

 それでも何とか気を取り戻したのか清香に再び近寄ろうとした次の瞬間、隣の部屋から男達の怒鳴る声やら悲鳴やらが聞こえてきた。

「チッ! 何をやってやがるんだアイツらは?」

 毒島がそう忌々しそうに吐き捨てると様子を伺うためにドアに近づきノブに手を掛けた途端、勢いよくドアが内側にすごい勢いで開かれた。

 

 

 

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「あそこみたいっすね」

 郊外に近い少々寂れた感のある一角。

 近くには町工場らしき建物や小さな倉庫、住宅などが点在している。

 そこにある3階建ての雑居ビルが見える場所の物陰に俺と章雄先輩はバイクを停めて様子を伺っていた。

 雑居ビルの前には黒いミニバンとバンパーがベッコリとひしゃげたセダンタイプの乗用車。

 人一人ひき逃げしておいてその車を堂々と停めてる間抜けさ加減には呆れるばかりだが、都合が良いのでそれは問うまい。……ご都合主義とか言わないように。

 

「柏木君、どうしてこの場所がわかったの? 事前に調べてた訳じゃないよね?」

「ちょっと前にたまたまこの近くを通りかかったときに変なチンピラっぽいのがあの車の所に居たのを見かけたんですよ。それ覚えてたんで先輩が跳ねられたときにすぐに判ったんです」

 本当の事なんて言うわけにもいかないので適当に作り話で言い訳する。

 先輩も特にそれに疑問を差し挟むようなことはしなかった。

 

「それじゃすぐに清香ちゃんを!」

 雑居ビルに向かおうとする先輩をちょっとだけ押し留める。

 何の準備もせずに突っ込ませるわけにもいかない。

「先輩落ち着いて下さい。危害を加えることなく誘拐したのは満岡さんを何らかの理由で利用するためでしょう。だったら直ぐにどうこうされることは無いはずです。それにまだ到着して殆ど時間も経ってないはず。準備する余裕ぐらいはあるでしょ」

 もちろん曖昧な予測で適当な事を言っているわけではない。

 『影狼』が既に建物内に入り込み満岡さんを見つけたことが魔力パスを通じて判っていたからだ。

 そして満岡さんに危害が加えられることがないように影狼が監視している。

 もしもの事態があれば影狼の姿を見られるリスクはあるがヤクザやテロリスト程度の戦力では影狼の相手は出来ないので満岡さんの安全に関しては心配ない。

 とにかく今回の主役は章雄先輩なんだから俺達は裏方に徹することにする。

 

「てれれてってて~! カチコミ三点セットぉ~!(ここは敢えて大山のぶ代さんではなくジャン・レノ風に)」

 お決まりのテーマを口ずさみながらデイパックからいくつかの道具を取り出す。

「……何で大学帰りのリュックからこんなのが出てくるの?」

 章雄先輩の疑問の答えはデイパックと見せかけてアイテムボックスから取り出したからだがそれはこの際どうでも良いのでスルーする。

 今回出した道具とはヘルメットと軍手、それに木刀である。

 章雄先輩に無双してもらうには普通に考えて無理があるので何とかサポートしないとあっさり返り討ちに遭ってしまう。

 なので足りない分は便利な魔法道具に頼らせてもらう事にする。

 

 まずヘルメットだが一見普通の工事現場のヘルメット。黄色地に横には緑の文字で『安全第一』と書かれている物だが一応ミスリル製である。それに『防御結界』を身体全体に張るように付与してある。攻撃を受けると薄く皮膚に添うように強力な障壁が展開される。

 次いで軍手。異世界に生息する蜘蛛型魔物の糸で作られた超強靱な代物で魔法の付与も出来る。内容は『速度強化』着用者の反射神経とスピードをほんの少し高めてくれる。

 最後に木刀。これには驚く無かれ、柄部分に『金閣寺』と焼き印されている。…………いや、それだけです。

 親父の部屋にあった物だが親父の中学時代に修学旅行の時に買ったんだとか。何でそんな物が修学旅行の土産に売ってるのかは不明である。しかも何故それを買ったのか……

 ともあれ木刀ってのはそれなりに攻撃力もあるし素人でも武器としては丁度良いだろう。何より自分が怪我しづらいし例え思いっきり殴ってもそうそう相手が即死することもない。大怪我しても『治癒』すれば良いんだし、死ななきゃこっちでなんとでも出来るからな。

 

「いやいやおかしいでしょ? 明らかにリュックに木刀入らないよね?ね?」

「諸般の都合により入れてました。デイパックからはみ出てましたが先輩が気付かなかっただけだと考えられます」

 鋭いツッコミにも有無を言わさず断言する。

 つっこんだら負けよ?

「とにかくそれを身につけたら突入します。さっさとして下さい」

「え~~?!」

 

 

 強引に先輩に準備させて、改めて雑居ビルに向かう。

 ビルの入口にはチンピラっぽいのが二人、見張りだろうか立っている。

「んだぁ? ココに何かよう、がっ!」

 男がなにか言う前に面倒なので一瞬で背後に回り込み二人の頭を掴んでゴッチンこ。

 そのまま意識を刈り取られた男達をビルの前に停まっていたミニバンに放り込んだ。

 見張りが居るからだろう鍵掛かってなかったし。

 

 このビルには連中以外の入居者は居ない様子だった。

 1階はシャッターが閉まり「貸店舗」の張り紙が。2階にも人の気配は感じられない。

 3階が事務所になっているらしく気配はそこに集中していた。

 人数は10人ほど。

「ね、ねぇ、柏木君。このまま警察呼ぶとか、ダメかな?」

 急に臆病風に吹かれたのか章雄先輩がそんなことを言い出す。

「呼んだところで逮捕状とか令状とかなきゃ警察でも簡単に踏み込めませんよ。時間も掛かるだろうし。それに、満岡さんを助け出すの人任せにして良いんですか?」

 手段としては間違ってるわけじゃないが、ここはやはり男らしく決めて欲しいものだ。

 それに実行犯が捕まって事態が解決するとは限らないし、出来るなら一気に片付けてしまいたい。

 

「で、でも」

「大丈夫ですよ。俺がサポートしますから。それに先輩が我が身を省みずに助けに来たって満岡さんが知ったらどう思うとおもいます? かなりポイント高いと思いません?」

「え? そ、そうかな」

「突然ヤクザの事務所に捕らえられて不安な中、自分の彼氏が助けに来るんですよ? いや間違いなく好感度爆上がりでしょう! もうその後は朝まで燃え上がっちゃうコースですよ!絶対!!」

「あ、朝まで?」

 ゴクリと唾を飲み込み目尻が下がる章雄先輩。

「相手もこんなに早く場所がバレるなんて考えてないでしょうから間違いなく油断してる。幸い見張りも簡単に片付きましたから人数もそんなに残ってないはずです。それに、もし満岡さんを先輩が格好良く助け出したとしたら、あの爺さんも先輩を見直すんじゃないですか?」

「そ、そう? あの、柏木君も手伝ってくれるんだよね?」

「もちろんじゃないですか! 先輩には怪我一つさせませんよ!」

「そ、そうか! 清香ちゃんも俺を待ってるよな? よ、よし! 俺は行くぞ!」

 チョロい。チョロすぎる。

 言ってることに嘘は無いのだが、良いのかこんなに簡単に乗せられて。

 

 思惑通りとはいえ予想以上にチョロい先輩の将来に若干の不安を覚えながら階段を上がる俺達。

 先導しつつ俺は自分に『認識阻害』の魔法を掛ける。

 先にも言ったが今回俺は裏方だ。

 章雄先輩が満岡さんをカッコ良く助け出す、そのお手伝い。

 先輩のヘタレっぷりが不安ではあるが何とかなるだろう。いや、何とかしよう。

 なんだかんだ言っても先輩には普段からお世話になってるしな。

 

 3階に到着し、先輩が余計な事を考えない内にさっさとドアを開けて章雄先輩を中に押し出す。

「え? あ、ちょ、ちょっと」

「! 何だテメェ!」

 いきなりでキョドる先輩と突然乱入してきた俺達に声を荒げるチンピラさん達。

「さ、清香ちゃんを返せ!」

 それでもここまで来たらやるしか無いと腹を括ったらしい先輩が威勢良く言いきる。まぁ、ちょっと声が震えてたりもするのでアレだが及第点だろう。

 

「あ゛? ……テメェあの嬢ちゃんと一緒に居たガキか? ……ップッ、何だよ、頑張ってお姫様を取り返しに来たってか? 面白ぇなぁ。馬鹿だけどよぉ、テメェだけで何を、プギャ!」

 いつものヘタレをかなぐり捨てて対峙する先輩を嘲るように笑うチンピラの言葉が終わるのを待たずに俺は部屋のテーブルに置いてあったガラスの灰皿を投げつけ顔面に直撃させる。

「?! テ、テメェ! 何しやがった?」

 顔色を変えるチンピラ達に構わず俺は先輩の背を強く押して連中の方に突っ込ませる。

 

「うわぁ?! く、この!」

 押された先輩は焦りながら適当に木刀を振り回し始める。

 構えも剣筋もあったものじゃないがこれはしょうがない。素人だし。

 なので俺は一番先輩の近くにいたチンピラの後頭部を掴んで振り回される木刀の前に差し出す。

 バキィッ

「ギャァ!」

 結構な音と衝撃があったはずだが我武者羅なバーサクモードに突入してしまったらしい章雄先輩は構わず更に木刀を振り回す。

 

 先輩にタックルしようとしていた男の足を刈り転倒させると、先輩の背後に回って身体の向きを変えさせて更に腕を軽く押して木刀を倒れた男に振り下ろさせる。

 短刀を抜いて(ヤクザだからドスか?)向かってきた男の短刀はヒョイと取り上げて先輩の正面に誘導。見事先輩の横薙ぎ木刀に粉砕される。

 やべぇ。これ超楽しい。

 

「な、何なんだよテメェ。何で一人でこんな……」

 ここまでで解ると思うがいまだに連中は先輩しか認識できていない。

 認識阻害の魔法を俺自身に掛けているからだ。

 この魔法は別に姿を消すわけじゃなく、単に認識し辛くなるだけだが章雄先輩に連中の意識が集中しているのでまったくもって俺の姿は捉えられていないのだ。

 俺も死角になるような位置から素早く移動しつつ先輩の木刀に連中を誘導しているしな。

 

 そんなこんなで僅か数分後には部屋に居たチンピラ達は仲良く全員昏倒した。

 一応念のためヤバそうな怪我は治しつつ、まだ動けそうな奴は意識を刈り取っておく。

「先輩、先輩! 終わりましたよ!」

「え?! あ? あれ?」

 立っているチンピラが居なくなっても木刀を振り回して部屋の破壊工作を続ける先輩の腕を掴んで呼びかけると、ようやく先輩のバーサクモードが解除される。

 

「満岡さんはこっちの部屋に居るみたいです。合図したらドアに体当たりして下さい」

「あ、はい、わかった」

 混乱して変な返答をする先輩を置いて俺はタイミングを見計らう。

 当然向こうの部屋の中は把握済みだ。

「! 今です!!」

「!!」

 

 ドガッ

 ゴンッ

「ギャ」

 先輩のショルダータックルに併せてドアノブを回し、勢いよくドアが向こう側に開くと何かがぶつかる音と潰れたゴブリンの鳴き声みたいなのが聞こえた。

 先輩はというと、勢い余って転がりながら部屋に突入する。

「!! 章雄先輩!」

 その姿を見てソファに座っていたらしい満岡さんが立ち上がり声を上げた。

「いてて、は?! あ、清香ちゃん!」

 慌てて立ち上がり満岡さんの方に走り寄る章雄先輩。

 既に満岡さんしか見えてないな、アレ。

 まぁ、部屋に居た、確か毒島とか言ったっけ、その男はドアに激突して伸びてるので問題ないが。

 他に人が居ないのは判ってるし。

 

「章雄先輩。あの、わたし、先輩が車に跳ねられたって聞いて、その」

「大丈夫だよ。柏木君が助けてくれたし。それと、その、遅くなったけど、た、助けに来た」

 そう言う章雄先輩の姿は木刀に所々連中の血が付き、先輩自身の身体にも返り血らしきものが見える。まぁほとんど連中の鼻血とかだけど。

 車に跳ねられたせいでジャケットやパンツも所々すり切れて破れ、擦過傷も見られる。

 満岡さんの目は感激で潤んでいるようだ。

 

 俺は後ろ手に縛られた満岡さんを連中から没収した短刀で解放する。

 そして解放された満岡さんは勢いよく章雄先輩に抱きついた。

 その間まったく俺には意識が向いていない。

 部屋に入るときに認識阻害は解除したんだけど、そんなことは関係なく満岡さんの目には章雄先輩しか映っていないらしい。

 狙い通りではあるんだけど微妙に寂しい。いや、良いんだけどね。

 

「とにかく、片付いたみたいですから満岡さんを送ってあげたらどうですか?」

 俺をそっちのけでヒシッと抱き合う二人にいい加減焦れて声を掛ける。

 先輩のラブシーンなんて見てても楽しくないし、放っといたらいつまでもやってそう、ってかエスカレートしそうなので切り上げさせないと。

「わぁ?!」

「きゃっ!」

 完全に俺の事を忘れていたらしい先輩が驚き、満岡さんも同じく慌てて身を離す。

 

「えっと、そうだね」

 顔を赤くしながら俺に視線を向けた先輩にバイクCB250Fの鍵を投げ渡す。

「返すのは明日で良いっすよ。大学にでも乗ってきておいて下さい」

「え? 柏木君はどうするの?」

「このままだとアレなんで警察に通報しておきます。さっさとバックれるから心配ないっすよ」

 俺の言葉に先輩は不承不承ながら頷いた。

「あの、柏木先輩もありがとうございました」

「俺は先輩をここまで連れてきただけだよ。こっちに着いてからは先輩の独壇場だったし」

 真実を封印して俺は満岡さんにそう言った。

 本当の事言っても誰も得しないし、どうせ先輩もバーサクモードのせいで覚えてないだろうし。

 まぁこの先先輩にとっては損なこともあるかもしれないが、それは頑張ってもらおう。うん。

 

 一応ビルの下まで先輩達を見送る。

 死屍累々のチンピラ達を見て満岡さんが驚くが、何故か先輩も一緒に驚いていた。

 折角全部先輩の手柄にしたんだから疑念を持たれるような事はしないでもらいたい。

 要所要所で先輩の武勇伝を満岡さんに吹き込んでおく。

 先輩がバイクの後部に満岡さんを乗せて走り去るのを見届けた。

 一応念のために影狼をそのまま張り付かせているので問題はないだろう。

 

 ビルの中に戻った俺はチンピラ全員に魔法を掛けて廻る。

 内容は嫌がらせ魔法第3弾『異性に近寄ると足が攣る』。実に無意味で嫌な魔法だが効果は解呪しない限り永続する。そしてこっちの世界に解呪出来る人は多分ほとんど居ないのでまぁ、間違いなくヤクザなんて続ける事は出来ないだろう。

 何せ異性であれば0歳児から100歳過ぎのお婆ちゃん、果ては猫や犬など動物の雌まで対象となる。流石に魚や虫なんかは対象外のようだが……カタツムリなんかはどうなるんだろう?

 範囲は半径2メートルに満たないが発動すると立ち上がれないほど足が攣るんで少なくともまともな社会生活すら営めないんじゃ無かろうか。

 異世界じゃそこらにいる新米神官でも解呪出来るのでちょっとした嫌がらせにしかならないけど、こっちの世界だと相当ヤバい魔法になるな。

 

 魔法を掛け終わるとゴム手袋を着けて事務所内を家捜し。

 案の定出るわ出るわ覚醒剤らしき薬や注射器、拳銃に実弾などがてんこ盛りである。

 襲撃した際に連中が拳銃を使わなかったのはしまい込んでいたからだろう。

 とにかく拳銃は銃弾を抜いて片っ端からチンピラ達の尻ポケットに突っ込み、実弾と覚醒剤を少量適当なポケットに同じく入れておく。

 万が一章雄先輩に警察が行っても大した問題にならないように大きな怪我だけは治癒しておく。

 そうしておけば相手がヤクザだし事務所で暴れたのがバレても事情を聞かれる程度で済む。はず。

 最後に入口はいって直ぐのテーブルに残りの覚醒剤を置いておく。

 そこまで終わらせてから匿名で警察に通報しておいた。

 少なくともお巡りさんが何人かは様子を見に来るはずだ。

 そしてさっさと『転移』で自宅まで帰還した。

 先輩達は無事に満岡さんの自宅まで到着したのが影狼を通じて伝わってきたのでようやくこの騒動も終結するだろう。

 

 

 

 

「んで、章雄先輩の身体はもう大丈夫なんですか?」

 一週間後俺と茜は部室で章雄先輩と対面していた。

「あはは、まだちょっと身体が痛いけどもう大丈夫だよ。ただバイクが全損なんで厳しいんだよなぁ」

 あの後無事に満岡さんを自宅に送り届けた先輩を爺さんは非常な驚きを持って迎えたらしい。

 なんでもあの毒島って男が満岡さんを誘拐したことを得意気に連絡していたらしく、直ぐにも戦争始めるかそれとも一旦要求を呑んで油断させ満岡さんを救出するかで揉めていたところだったらしい。

 当然そうなるよな。ってか毒島ってのがアホすぎる。

 どうして上手くいくと思ったのか謎だ。

 

 それはともかく、先輩と満岡さんが姿を見せると暫しの大騒ぎの後、宴会になだれ込もうとした面々を何とか必死に躱して帰宅した先輩だったが、翌日になって全身の痛みに身動きが取れなくなったそうだ。

 まぁ、俺も骨折は治したもののそれ以外は不自然にならないようにそのままにしていたし(もちろん内臓と頭部は先輩が帰る前にも入念に調べたが)連中の事務所ではアドレナリンやらエンドルフィンやらドーパミンやらがどっさり分泌されていただろう先輩も自覚が無かったようだ。

 そのツケが気が抜けて一晩経ってから一気に来たんだろう。

 それを知った満岡さんがほぼ付きっきりで先輩のお世話をしていたとか。

 んで、今日になってようやく大学に復帰することが出来たらしい。

 あ、因みにバイクはちゃんと翌日に大学まで満岡さんの使いの者(ヤクザさん)が届けてくれたので問題ない。大学行くときは茜のバイクを俺が運転し後ろに茜を乗っけて来たので大丈夫だし。

 

「改めて、色々とありがとう。お陰で清香ちゃんも無事だったし」

「まっ、先輩も普段のヘタレっぷりが想像できないぐらい頑張ってましたし、俺は大したことしてないっすよ」

 なお、連中はめでたく全員逮捕された。

 というか掛けた魔法を考えれば多分拘置所とか刑務所の方が異性が近寄ってこないから良いくらいだろう。

 一応先輩も聴取されたし俺の所にも事情を聞きにお巡りさんが来たが「危ないことをしないですぐに通報するように」とのお小言を頂いただけで済んだ。

 満岡さんの家の方も特に問題なかったらしい。まぁ、今回に限って言えば単なる被害者だしな。

 

「でも本当に助かったんだよ。それにあれから清香ちゃんとも結構良い感じで、あれ? ちょっと」

 このままだとまた先輩の惚気に付き合わされる事になりそうなので茜とさっさと待避することにした。

「ちょっとくらい聞いてくれても」

 先輩も特に部室に残るつもりは無かったらしくグチグチ言いながら後に続く。

 どうやら今日は満岡さんが大学を休んでいてヒマらしいがこっちまでそれに付き合うつもりもない。なので俺と茜は発言内容をスルーする。

「でもバイクが痛いっすね。またドカティ狙いですか?」

「本当ならそうしたいんだけど、金がなぁ。中古でも高いし」

 先輩のストリートファイター848はフロント全損でフレームも歪んでしまっていたので廃車確定である。買い直すなら中古でもまず100万以上する。

 年中余裕のない生活している先輩にとってはちょっと無理のある金額だ。

 かといって今更小排気量のバイクに乗るのもちょっとという感じらしい。

 

 加害者に弁償させるにも相手は拘置所だし連中の持っていた金は他の犯罪被害者から巻きあげた非合法な金なので被害者の弁済に最優先に充てられるはずだ。なので損害が補填される見込みはまったくない。

「はぁ、取りあえず中古の250でも間に合わせで手に入れて、金貯めないとなぁ」

 お気の毒さまである。

 こればっかりは本心から同情する。

 

 そんな会話をしながらバイクを駐輪場から出して大学の門まで押して歩く。

 ウチの大学、敷地内は事前許可がないと乗って移動できないんだよ。自転車なら良いんだけど。

 門に付くと何やら学生がざわつきながら通り過ぎていくのがわかった。

 更に近づくと門の前の道路脇に黒塗りの外車が数台。その傍らには複数のヤクザさんが。

 しかもチラホラと見た顔が混ざっている。

「か、柏木君? 何か嫌な予感がしてきたんだけど?」

「……さ、茜さっさと帰ろうか」

「そ、そうね。帰りましょう」

 巻き込まれないうちに退避に入るが先輩が邪魔する。

「酷くない?」

「いや、あれどう見ても章雄先輩関連じゃないっすか」

 そんな言い合いをしていると、門の前に陣取っていた件の方達がこちらに気が付いたらしい。

 

「若!! お待ちしておりました!! ヤス! アレを!」

「は?」

 戸惑う先輩そっちのけで何やら不穏な声かけをしてきた爺さんの所のヤクザさん。

 すぐに一台のバイクを押して20歳くらいの若い人と満岡さんが歩いてきた。

「せ、あ、章雄さん。お待ちしていました」

「え、清香ちゃん? なんで?」

「はい。章雄さんのオートバイが私を助けたときに壊れてしまったらしいという話を祖父にしましたところ、すぐに替わりの物を用意すると言いまして。本日その準備が整ったそうなのでお持ちしました。あの、以前乗られていた物が生産中止になっているそうで代わりに同じメーカーの似たものを勝手に用意してしまったのですが」

 そう言って後ろのバイクを指し示す。

 そこにあったのは以前と同じイタリアDUCATI社製のMonster1200R。

 同等どころか完全にアップグレードしてる。それも最上級グレードである。

 ご丁寧にシートもタンデムが出来るコンフォートシート仕様だ。(標準だとシートが小さすぎてタンデム(2人乗り)が出来ないのよ)

 

 呆然とする章雄先輩。

「燃料は満タンにしておりやす。どうぞ!」

「い? いや、そんな、そ、そんなコトしてもらわなくても」

 ニコニコと微笑む満岡さんとパニックになりながら何とか遠慮しようとする先輩。

「何を仰いますか、若! こんな事はお嬢を助けて下さった恩のほんの一部にしかなりませんぜ」

「そ、その、若、ってのは?」

 口を挟んできた少し年配の人、確か昌さんとか言ったっけ、に先輩が疑問を投げつける。

「そりゃお嬢と結ばれりゃ五所川原さんは満岡組の跡取りですぜ? なら俺たちゃ若とお呼びするしかないでしょう?」

「はいぃぃぃ????」

「もう、昌さんったら。私達はまだ、その、お付き合い始めたばかりですよ?」

「そ、そ、そうです。僕らはまだ学生ですし、その」

 恥ずかしそうに微笑みながら昌さんを窘める満岡さん。それを一筋の光明のように感じて何とか誤魔化そうとする先輩。

 ……先輩。満岡さんの表情見た方が良いっすよ。

 

「しっかりと基盤を作ってからお嬢を迎えたいとは、素晴らしいですな。それはまぁ少しばかり先の話として、どうかこのオートバイはお納めくだせぇ」

 何一つ譲る気配無く昌さんは自己完結して、取りあえずの目的であったバイクの引き渡しをしようとする。

「い、いや、その、そんなわけにも……そ、そう! 実は俺今日はヘルメット持ってきて無いので」

「ヤスぅ! ヘルメットはどうしたぁ!!」

「! す、すいやせん! 用意してないです」

「何だとコラぁ! 若に違反させるつもりかテメェ! どう落とし前つけるんじゃぁ!!」

「申し訳ありません!!」

 

 ……さて、帰るか。

 俺は茜を促してそっとその場を離れる。

「ちょ、酷いよ柏木君! 見捨てないで!」

 身動きが取れない章雄先輩が涙目でこっちを見ながら抗議する。

 そんな先輩の為に俺はニッコリとアメリカンに親指を立てて見せる。

「薄情者~~~~!!」

「ヤスぅ、テメェ、エンコ詰めたらんかい! ワレぇ」

「へ、へい!!」

「や~め~て~~~~!!」

 章雄先輩の声が大学にこだまする。

 

 合掌

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