第72話 勇者は愛の守護者? Ⅳ
「満岡さんの所のお嬢さんだな?」
男の一人が満岡さんに対してそう言うと他の男達が周りを囲むように広がる。
40代くらいのスーツ姿の男と残りは30~50代位のチンピラっぽい男達。
「そうですが。何か御用でしょうか」
満岡さんは表情を硬くしながらも平坦な声で応じた。
流石というか女子大生とは思えない胆力である。
「何、ちょいと満岡の爺さんの仕事のことで頼みがあってな。悪いが少し時間をもらいてぇんだわ。一緒に来てくれや」
「祖父の仕事のことでしたら直接祖父とお願い致します。私には何もわかりませんので」
「ごちゃごちゃ言ってねぇで来りゃ良いんだよ!」
「やめねぇか! いや、時間は取らせねぇよ。ちょっと爺さんに伝言するのを手伝って欲しいだけだ」
脅しかける隣のチンピラと宥める兄貴分。
よくテレビや映画で見る役割分担ってところか。ホントにやるんだこういうの。
「嫌だって言ったのがわからないのかねぇ。彼女にちょっかいかけるのは止めてくれないか」
尚も言い募ろうとした男の機先を制して落ち着いた声が響く。
スッと章雄先輩が満岡さんの前に立ち男達から庇うように位置取る。
「ほう? 兄さん今のはお前さんか?」
男達の視線が一斉に章雄先輩に向く。
いや、俺が章雄先輩を押し出しつつ言っただけなんだけどな。
男達はまったくこちらに注目してなかったんで上手く勘違いさせられたようだ。
「うぇ? い、いや、その、か、彼女に手出しするのは、や、やめろ」
いきなり注目を集めた先輩がキョドリながらも何とか根性を見せる。
チラリと俺を恨みがましい目で見たような気がしないでもないが、ココは先輩が漢を見せないとどうしようもないでしょ?
「あ゛? ガキは関係ねぇだろ。すっこんでろ!」
さっきのチンピラが声を荒げるも男が制する。
「お嬢さんのカレシかい? まぁ俺達も何も無理矢理どうのなんて考えちゃいないが、女の前だからって無理しすぎると大変なことになるぞ?」
「お、脅してもむ、無駄だ」
足を子鹿のようにプルプルとさせながらも頑張る章雄先輩。
会話の間に後ろに回り込もうとした若干年配のチンピラはレイリアが牽制して阻む。
レイリアとティアは実に楽しそうに剣呑な雰囲気を醸し出しているが今は章雄先輩の見せ場だから控えて欲しい。
周囲を見ると遠巻きに足を止めて数人がこちらに注目している。
「先輩、だいぶ注目を集めてますけどどうします?」
あんまり長時間矢面に立たせると先輩のメンタルが持ちそうにないので適当なところでわざとのんびりと声を掛ける。
「チッ、お嬢さん今日のところはこれで帰りますわ。……兄さん、またな」
男がそう言いながら章雄先輩を横目で睨み付けると先輩の肩がビクッと震えたが何とか堪える。
こちらを睨みながら立ち去っていく男達を見送り、その姿が見えなくなって章雄先輩がその場に崩れ落ちた。
うん、頑張った頑張った。
「章雄先輩。ありがとうございました。その、とても格好良かったです」
章雄先輩の手を両手で握り微笑む満岡さんを見てへたり込んだままの先輩が真っ赤になりながら照れていた。
見ていて背中がむず痒くなる雰囲気を醸し出すバカップルは置いておいて。
「んで? いつまで隠れてんですか?」
俺は背後の建物の陰に声を掛ける。
そこから3人の男性がのっそりと出てきた。
どこかで見た、というか昨日爺さんの脇で控えていた男達の内の3人である。
「参りました。いつからバレてた?」
「最初から。満岡さんの後ろに離れてずっと見張ってたでしょ? ボディーガードってところですか?」
そう言うと男の1人が頭を掻きながら頷く。
「そういうことですわ。さっきいた奴、ありゃあ昔ウチにいた毒島ってチンピラでしてね。最近になってやたらと茶々入れてくるようになったんでお嬢の送り迎えをするようにおやっさんに言われてんでさぁ」
物々しいことだがヤクザの問題に首を突っ込むつもりもない。
もちろん章雄先輩に頼まれれば出来る範囲では力になろうとは思うが、基本的には彼女の家の問題であり章雄先輩の問題だ。
頼まれてもいないのにしゃしゃり出て掻き回す訳にいかないだろう。
「昌さん! 秀さんに吉さんまで! もう! 付いてこなくても良いって言ったのに」
「そう言わんとってください。おやっさんもお嬢が心配なんですよ。もちろんわしらもです」
苦笑いをしながら満岡さんに頭を下げる昌さん。
随分と満岡さんは大事にされているようだ。こりゃ先輩もこの先大変だな。
爺さんだけでなく組の人達まで認めさせないといけないとは、つくづくご苦労なことだ。
「おい! 殴られたわけでもないのにだらしねぇぞ!」
「ま、逃げ出さなかったのは褒めてやるがな」
「秀さん! 吉さん!」
いまだに回復していない章雄先輩を睨みながら秀さんが呆れたように苦言を呈し、もう一人の吉さんも少々不満そうだ。
満岡さんは庇っているが、前途は多難そうである。
それでも普段を考えれば先輩はかなり頑張った方だと思うよ。
普段の先輩を見てれば……もっとダメと思われるな。絶対。
結局それからは何事も無く2週間が経った。
サークルの春合宿計画も滞りなく進み一ヶ月後の出発を待つばかりとなっている。
いや、まだグループ分けとか残ってはいるんだけどな。
それはギリギリまで引っ張れるし。大して手間も掛からないから問題ない。
合宿が終われば先輩達も一応サークルは引退となるので打ちあげはそれなりに派手に行きたいと思っているからそっちはこれからだけどな。
ただ一つ問題なのは章雄先輩と満岡さんとの交際が順調であることだ。
何故それが問題なのか。
「柏木君聞いてくれよ~。昨日清香ちゃんがさぁ『章雄先輩に今度お弁当作らせて下さい』ってさぁ」
これである。
ただひたすらウザい。
この先輩は特にやることも無いくせに毎日のように部室にやってきては満岡さんとの事を誰も聞いてないのに延々と語り出すのである。
他人の惚気話なんぞ聞いて笑って相槌を打てる人はきっと聖人君子に違いないが、俺をはじめサークルのメンバーで聖人君子のスキルホルダーは存在しないのでこのところ部室の雰囲気が非常によろしくないのである。
山崎なんかこの間通販で藁人形買ったとか言ってたし。……売ってるんだアレ……
特にサークルメンバーの約半数が先輩玉砕時期の賭けに早くも破れたため殺気だってる奴までいる始末だ。
「あ、章雄先輩? そろそろ待ち合わせじゃないですか?」
茜の言葉に章雄先輩が時計を見る。
「そうだね。そろそろ清香ちゃんを迎えに行かなきゃ」
そう言っていそいそと部室を出て行く章雄先輩とそれを忌々しそうに睨み付けるメンバー。
この胆力が何故他の事に発揮されないのか不思議だ。
もしかしたら単に周りが見えていないだけかもしれないが。
「茜、ナイスだ」
「あ、あははは、章雄先輩すっかり蕩けちゃってるわね」
俺と茜が苦笑いで肩を竦める。
章雄先輩のせいで最近メンバーの出席率も悪くなってきてるからなぁ
「先輩、そろそろ俺殺っちゃって良いっすかね? 良いっすよね?」
相川が物騒な事を言い出している。目は若干血走り気味である。
気持ちはわかるが事件はやめれ。
今のコイツは本当にやりそうで恐い。
というのも今週末に温泉ツーリングデートの予定だったのに彼女である小林さんの親父さんが自動車事故で入院してしまったらしいのだ。幸い怪我の程度は重くないものの流石に家族が入院中に彼氏と旅行というのも気が咎めたらしく中止となってしまったとか。
人気でなかなか予約が取れない宿だったらしく、原因となった(と相川が思っている)章雄先輩への恨み節がもの凄いことになっている。
普通に考えて章雄先輩関係ない筈、なんだけどな。
何とか相川を宥めて俺達も部室を出る。
章雄先輩に悪気が無いのはわかるんだがまだしばらくはこれが続くんだろうなぁ。
茜と
多少日は長くなってきたものの既に辺りはすっかり暗くなっている。
門を出てバイクに跨り帰路へ付く。
こうして茜と二人でバイクを並べて走るのにもすっかり慣れた。
しばらく駅方面へ向かって走っていると、前方から猛スピードで黒のミニバンがすれ違い走り抜けていった。
随分と危ない運転をしてるな。
そんなことを暢気に考えていたんだが、続いてその車を追うように前方からバイクが近づいてくる、そして次の瞬間、左側の路地から出てきた車に跳ね飛ばされた。
ドンッ!
横から突っ込まれたバイクは歩道に乗り上げて止まり、ライダーは道路に投げ出された状態で倒れ伏している。
キキー、ウォォォン
衝突してその場で一旦停止した車がタイヤをならしながら急発進してこちら側、つまり先程走り去ったミニバンと同じ方向に加速する。
「!! っ、影狼! 追え!!」
何が何だかわからんが兎に角茜の影に潜り込んでいる影狼に命じて後を追わせる。
目の前で起こった事故? によって俺達はバイクを停止寸前まで減速していたがすぐに道路脇に寄せて停める。
そして倒れているライダーに向かって走る。
「大丈夫か?! ……章雄先輩?!」
目の前でぐったりしているのは見覚えのあるライダースジャケットとヘルメット。
一瞬横目で見ると歩道に乗り上げたバイクはストリートファイター848。
間違いなく章雄先輩だ。
呆けている場合ではない。
すぐに先輩の状態を確認する。
右足脛骨と肋骨が折れているし右上腕骨が亀裂骨折だが内臓の損傷は無さそうだ。
頭部もヘルメットには大きな傷が出来ているが問題なし。
魔法を使った探査だから誤診も無い。はず。
もっとも頭部は少し時間が経たないとわからない怪我もあるから後でもう一度確認する事にしよう。
取りあえず骨折だけをすぐに『治癒』させる。
「先輩! しっかりして下さい! 先輩!!」
「う、うぅぅ、はっ! 痛!!」
俺の呼びかけに意識を取り戻し、慌てて起き上がろうとして痛みに呻く。
「落ち着いて! 先輩、何があったんですか?」
先程の車の動き、明らかに故意による事故だ。
「そ、そうだ! 清香ちゃんが!!」
痛みで力が入らない様子で、それでも立ち上がろうとする章雄先輩。
「満岡さんが? ……! さっきのミニバン!」
「俺がバイクを押して、清香ちゃんと一緒に歩道を歩いていたらいきなり殴られて、それで清香ちゃんが黒い車に押し込められて」
掠われたってか?
「お、追わなきゃ、あ、俺のバイク……」
自分のバイクを見て呆然とする先輩。
ハンドルも前輪も完全にひしゃげてとても乗れる状態じゃない。
「茜! 先に帰っててくれ。自宅に着いたらバイク屋に連絡して先輩のストリートファイターの回収を頼んでくれ」
「わかったわ。裕哉、気をつけてね」
俺の言葉にすぐに頷いてくれる茜。
「先輩! 乗って!!」
「! わ、わかった。すまん!」
先輩が後ろに乗り込んだ瞬間スロットルを全開にして右側にフルバンク。後輪を滑らせながらターンする。そして一気に加速。
後ろの先輩も俺の動きに合わせてくれる。
行き先は影狼が追ってるから問題ない。
俺の目の前で先輩にこれだけのことをしてくれたんだ。
タップリと後悔させてやる。
章雄先輩がな!
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