第71話 勇者は愛の守護者? Ⅲ
「で? 孫娘を誑かした五所川原ってのはどいつだ?」
老人が発した言葉に場が凍り付く。
誑かしたってのは穏やかじゃないな。
「お、御爺様、私は誑かされてなんか」
「お前は黙ってろ。で? どいつが五所川原だ?」
清香さんの反論を一言で切って捨て俺達をジロリと睨む。
「あ、ああの、おおお俺です」
章雄先輩は泣きそうな声でしどろもどろになりながら小さく答える。
途端老人の圧力が増し、周囲の男達の雰囲気も剣呑なものに変わる。
「ひいっ! あ、あの」
先輩は今にも失神しそうなぐらい怯えて縮こまっている。
しょうがない少し手助けするか。
そう考えて俺はほんの少し魔力を解放して章雄先輩と清香さんを除いて周囲を威圧する。
「む?! ぐぅ」
老人が何かに耐えるように呻き、男達は先程までの殺気はどこへやら顔を青ざめさせる。
突然の周囲の変化に清香さんが驚いたように俺と先輩を見る。
ティアは、変わらずニコニコしてる。この程度じゃ動じないわな異世界連中は。
「お、おれ、いえ、僕は、清香さんと、し、真剣に、こ、こ、交際をさせて、い、いい頂きたいと思っています。よろしくお願いします!!」
圧力が減って何とか言葉を出せるようになったのか、章雄先輩が必死に叫ぶように言いきって頭を下げる。
お~! 頑張った!
俺が威圧を緩めると老人が大きく息を吐いて幾分か緩めた視線を先輩に向けた。
「うちは見ての通りの家だが、それでもか?」
「あ、あ、あの、さ、清香さんには関係ないと思います。お、僕はそんなことは、き、気にしない、です」
心情を言ったことで少しは腹も据わったのかどもりながらも先輩は応じた。
「ほう……そこまで言うならしばらくは様子を見てやろうかい。コレにも家のせいで寂しい思いをさせちまったからな。だが! ちょっとでも泣かせるようなことしやがったら、わかるよなぁ?」
「は、は、は、はいぃ!」
老人の脅し文句に悲鳴のような声で返事。
……ホントに大丈夫かなぁ。
そこまで来てようやく老人は相好を崩す。
「清香。その小僧に家の中を案内してやりな。……そうだな、色々話すこともあるだろうし、こっちの兄さんらはこの爺が相手してるからよ」
「あ、はい。えっと、章雄先輩、どうぞこちらへ」
清香さんがそう言って先輩を促す。
どうしたらいいか判断が付かなかったのだろう先輩が俺に視線を向けたので俺は軽く手を振って一緒に行くように誘導した。
ってか、どっちに行ったところで俺には居心地悪いだろうし。
「さて」
部屋を出て行く二人を見送り襖が再び閉ざされると老人がこちらに向き直る。
「兄さん達、先程は失礼したな。改めて名乗ろう。俺は
「清香さんの交際相手、五所川原 章雄の後輩、柏木 裕哉です。こっちは妹のティア」
「そうかい。よろしくな」
老人改め玄吾爺さんがそう言いながらニヤっと笑う。
「ところで、兄さん方一体何者だい? さっきの気迫といいただもんじゃなさそうだがよ」
「単なる大学生ですよ。まぁ、多少は腕っ節に自信はありますけど」
「そんな程度じゃなさそうだがな。そのお嬢さんもだが。まぁいい。それで? 兄さんから見たあの五所川原ってぇ小僧はどうなんだ? ちっとばかし頼りないように見えるがよ」
頼りがいは……無いな。基本ヘタレだし。
玄吾爺さんが控えていた男の一人に茶の準備をさせて俺達に勧める。
「良い人ですよ。気遣いも出来るし、ああ見えて結構真面目なところもある。荒事には徹底的に向いてないですけどね」
「んなもん見りゃわかるよ。けどな、こんな商売やってるもんだから孫にゃ嫌な思いさせちまってるんでな。アレの両親も鬼籍に入ってるし爺の目が黒いうちに幸せになって欲しいと思ってるんだよ。出来りゃ安心して預けられる相手を見つけて欲しいんだが」
そう思うならさっさと足洗うのが一番だと思うけどな。自覚があるなら尚更だ。
「別にヤクザを継がせたいとかじゃないなら問題ないんじゃないですかね。先輩はそこそこ学力ありますし順当に弁護士とかに成れるだろうから。ヤクザなんて将来性無いでしょ?」
俺の言葉に玄吾爺さんが苦笑いを浮かべる。
「言いにくい事はっきり言いやがる。その通りではあるがよ。それでもうちの門叩いた連中を放り出すわけにゃいかねぇんだ。そっちは他の奴に任せるとしてもいざって時に力が無きゃどうしようもねぇさ」
言ってることは判らんでも無いけどそれを章雄先輩に求めるのは無理だろうな。
「うちにも敵対する奴が居ない訳じゃねぇ。うちのシマは無理なシノギは昔からやっちゃいねぇが最近はこの辺も再開発とかで色んな利権があるらしくてな、昔うちを出てった奴の組がしょっちゅう茶々入れて来やがる。だから多少でも安心材料が欲しいんだよ。
兄さん、ヤクザの
唐突な話題変換。
「……戦後の混乱期と聞いたけど」
第二次世界大戦で日本が敗戦後GHQによる日本の占領統治下にあった時、日本の治安は相当悪化していたらしい。
貧困や食糧不足、仕事のない帰還兵達の犯罪も多かったが特に問題だったのは米軍をはじめとした外国人に対して日本の司法権が及ばなくなったことだった。
当時日本国内には米軍関係者以外にも台湾や朝鮮から移り住んでいた外国人が多くいた。
彼等は連合軍から「解放国」の国民とされ建前は兎も角実質的に日本の司法権が及ばず窃盗や強盗、強姦、殺人、土地の不法占拠等正にやりたい放題。特に朝鮮系住民の横暴は酷く、彼等は戦勝国でも敗戦国でもない「第三国人」として日本人から嫌悪された。
警察や行政がまったく当てにならない状況の中、無頼の徒であった
彼等は犯罪者やその予備軍が多くを占めていたものの元々独自のルールや秩序があり必要以上に一般市民に危害を加えることは無く市民とある意味共存していた。ただそれでもやはり荒事に慣れており住民もそんな彼等の庇護に入ることで外国人の横暴に対して抵抗したのだ。
そうして彼等は自らの拠点を中心に縄張りを設定して、その中で組織や地域に所属していない者が起こす犯罪を取り締まった。
当然GHQや在日朝鮮人達は日本政府に対して彼等を取り締まるよう圧力を掛けたが政府は戦後で治安維持の人員が不足していることやGHQによって武装が大きく制限されていることを理由に追及をのらりくらりと躱し彼等の行動を事実上黙認した。逆に秘密裏に彼等に依頼し治安維持の役割を担わせたほどだ。
そうしてヤクザ者と行政のある意味相互扶助という構造が出来上がった。
その後日本の主権回復に併せて外国人犯罪に対する司法権を一部例外を除き取り戻し、警察組織も拡充されるにつれ彼等の役割は比重を下げることとなった。
更にヤクザ同士の抗争の結果一般市民に犠牲が出たり、政治家や行政との癒着が問題となり暴力団対策法が成立。それらの組織は弱体化することになったのだ。
結果として中華系などの犯罪組織や暴力団に属さない別の犯罪組織が勢力を伸ばしたのは皮肉なものだ。
これらの事をかいつまんで話すと玄吾爺さんが感心したように笑う。
「なかなか知ってるじゃねぇか」
親父が酒飲みながら話してくれた内容を多少覚えていただけだけどな。
「俺たちゃこれでもまっとうなヤクザなんで自分のシマ内で変な連中に掻き回されたくねぇんでな。ただそれを気に入らない奴も居るんだよ。まぁシマなんて言ったところで今はみかじめ料なんざ取ったら直ぐに捕まるし正業がなきゃ食ってくことも出来やしねぇがよ」
半ば自業自得の面もあるとは思うけどな。
ってか、一体何言いたいんだ? この爺さん。
「それを踏まえて聞くが、あの小僧に孫を守れると思うか?」
「いや、無理でしょ。章雄先輩筋金入りのヘタレだし。ただ」
「なんだ?」
「そもそも一人の人間が出来ることなんか高がしれてる。守るって言ったって余程の特殊能力でも無ければ多少腕が立つ程度じゃどうにもならない状況なんざ幾らでもあるし、度胸がなくたって肝心なときに逃げ出さなきゃ良いだけだ。確かに章雄先輩は喧嘩はからっきしだしビビリでチャライし情けないことこの上ないけど」
「……そこまで言うか?」
「それでも人を見捨てて逃げるほど腐ってないし、そんな先輩の為に力を貸そうって奴もそれなりに居るくらいには好かれてるんですよ。俺も含めて、ね?」
俺の言葉に爺さんがクックックと小さく笑い出す。
「そうかい。でもよぉ、いくらなんでも初めて女の家に来るのに後輩連れてくるってのはどうかと思うがなぁ」
それに関しては庇いようがないな。
実際俺もさすがにどうかと思うし。普通なら相手の評価どん底でしょ?
「清香の奴も見る目が無いわけじゃねぇし、兄さんがそこまで言うならそれほど悪い野郎じゃねぇかもしんねぇが、やっぱなぁ……。兄さん、いっその事兄さんが、いや、冗談だ、冗談」
爺さんがロクでもない事を言いかけた瞬間部屋の温度が一気に10度ほど下がったような感じがして慌てて言葉を取り消す。
俺の隣のティアから凄まじいプレッシャーが放たれている。
爺さんの危険察知のアンテナはそれなりの性能らしい。
俺はティアの頭をペシンと叩き圧力を霧散させる。
「うにゃ!」
「冗談を真に受けなくてもいい」
「にしても、兄さんは兎も角、そのお嬢ちゃんもただもんじゃ無さそうだな」
両手で湯飲みを持ちながらフーフーさせているティアを見て爺さんが言う。
猫舌だからなぁ。猫の獣人だし。
「まぁ、こう見えてもそれなりに腕は立つよ。例えば、そうだな、今この屋敷にいる爺さんと清香さん達以外の16人だったら勝てる程度には」
ピクッと片眉を動かして「ほう」と呟く爺さん。
「私なんかユーヤさんに比べたら子猫みたいなものですよぉ」
ニッコリ笑いながらティアが言う。
まぁ猫だし。
「……兄さん達だけは敵に回さねぇようにするわ。まだお迎え来てもらっちゃ困るからよ」
ティアの発言に頬を引き攣らせながら爺さんが溜息を吐いた。
その後しばらく他愛のない話をしている内に章雄先輩達が戻って来たのでお暇することにした。
「小僧、いや、章雄君だったな。孫をよろしくな」
「は、は、は、はい」
最初とはうってかわって穏やかな口調で爺さんが声を掛けると章雄先輩は直立不動の姿勢で返事をする。
何もそこまでとは思うが、まぁ爺さんの目がまったく笑ってないししょうがないか。
翌日である。
昨日ヘタレな先輩に彼女の家まで付き合わされた交換条件を果たすために章雄先輩と待ち合わせ、ファミレスまで来ている。
同行しているメンバーは章雄先輩と俺、それに清香さんと茜、レイリア、ティア、それと何故か亜由美だ。
「いや~、悪いっすね章雄先輩。ちょっとばかし人数は増えちゃいましたけど、あんなアホな事に付き合わされたんですから大丈夫っすよね?」
「ちょっとって言うか、倍になってるよね? 人数! ……ま、まぁお陰で何とか上手くいったみたいだし、バイト代も入ったばっかだから良いけどさ」
ここまでの会話で解っただろうけど、章雄先輩の彼女宅訪問に付き合わすのと引き替えに俺とティアが飯を奢ってもらう事になっていたのだ。んで、人数を追加して良いかと聞いてみたところ無事にお宅訪問をクリアしてご機嫌だった先輩が快諾したので茜を誘い、そうなると居残りになるレイリアが可哀相なのでそっちも誘った訳。
そしてそれを聞きつけた亜由美まで強引に付いてきて結局このメンバーとなってしまった。
丁度昼に差し掛かるところで混み始めていた店内に入ると何とか直ぐに席まで案内して貰えた。
店内奥の大人数用ボックス席に座ると章雄先輩はメニューを配り機嫌良く口火を切る。
「ファミレスで申し訳ないけど何でも好きなのを頼むと良いよ。今日は俺が払うから遠慮しないで良いから」
いつになく男らしい台詞だが良いのか? そんなこと言って。
「はい! えっと、それじゃこの特選サーロインステーキセットで」
「えっと、私まで良いのかなぁ、えっと、ミートソースのパスタをお願いします」
「おお! アキオとやらなかなか話せるではないか。うむ『ぱふぇ』が6種類もある。取りあえず全部で!」
「……特製ハンバーグセットとカルボナーラ、温野菜のサラダとミルクティー、ケーキセットで」
ティア、茜、レイリア、亜由美の言葉。
茜以外は一切の遠慮仮借無しである。
あまりの遠慮の無さに章雄先輩の笑顔が引き攣る。
「……ワリカンにしましょうか」
こう言わなきゃ流石に鬼畜過ぎるな。
異世界組の常識の無さはともかく亜由美まで一緒になってやがるし、後でキッチリ教育することにしよう。
じゃないと俺まで白い目で見られる。
大騒ぎしながら全員分の注文を済ませる。
ふと見ると満岡さんがニコニコと微笑みながら俺達を見ていた。
「満岡さん、どうかした?」
俺が声を掛けると彼女は笑みを崩さぬまま優美に首を振る。
「皆さんは本当に仲が良いんですね。その、少し羨ましいです」
確か最初に会ったときにもそんなこと言ってたよな。
まぁ確かに俺と章雄先輩は割と最初からこんなノリで話してたし先輩人当たり良いからな。
「私は仲の良い友達ってほとんど居ないんです。家が、その、ああいった家業ですので、少し仲良くなっても家のことを知られると離れていってしまうので」
「ってことは、先輩を家に呼んだのも?」
「はい。試すような形になってしまいましたけど、章雄先輩に声を掛けて頂いて本当に嬉しかったんです。でももっと仲良くなってから家のことを知られて、それで嫌われてしまったら辛いので早めに知って頂こうと思いました。もしかしたら家を見て引き返してしまうんじゃないかと不安でしたけど……」
「そんなことで俺は清香ちゃんを嫌ったりしないよ! ちょ、ちょっと恐いとか思ったりしてないし、お爺さんに認めて貰えるように頑張るし!」
章雄先輩が会話に割り込んで必死に言いつのる。
あんなんでも取りあえず最低限のポイントは稼げたのか。
でもこれだけは聞いておきたい。
「是非とも知りたいんだけど、満岡さんは章雄先輩の何処が気に入ったの? 先輩は確かに気さくで明るいけど、基本途轍もなくヘタレだしチャラいし度胸も根性も最底辺、運動神経は悪くないはずなのに腕っ節の強さは一ミクロンも無い。
高校時代にコンビニで買った唐揚げを野良猫にカツアゲされてガチで喧嘩した挙げ句にボロ負けして近所の小学生に助けられた伝説の持ち主だよ?」
「ちょ、そこまで言う? ってか、何でその話知ってるんだよ?!」
岡崎先輩に聞きました。
「あ、あの、夏頃大学内のグラウンドの近くを通った時にラグビー部の人に絡まれて困っているときに章雄先輩が助けてくれたんです。
すごく身体の大きな方達に囲まれても一生懸命に私を庇って下さって、それで、その、章雄先輩の足が震えているのを見て、この方は恐くても見ず知らずの私を見捨てたりしないってすごく嬉しかったんです。
それから暫くしてゼミの見学の時にお会いして声を掛けて頂いたんですけど、私を助けて下さったことは覚えていらっしゃらなかったのできっと章雄先輩にとっては普通のことだったのだと感激しました。それから学内でよくお会いするようになって」
つまり普段ヘタレてる先輩が珍しく頑張ったときの相手が彼女だった訳か。
「でも先輩よく無事でしたね」
「あ~、その後直ぐに飯島が来たんだよ。ほら、前にレイリアさんが大学に来たときに柏木君が何やら飯島脅してたろ? そのせいか慌ててアイツが仲裁して解放されたから大丈夫だった。その時は女の子が絡まれてるとしか考えてなくて清香ちゃんの顔見る余裕なかったんだよな」
「んで、それをネタに交際を迫ったと」
「人聞き悪すぎない?! 違うから!」
そんな遣り取りを満岡さんはクスクスと笑いながら見ていた。
それからも歓談しつつ食事を終え俺達はファミレスを後にした。
レイリア、亜由美は食事に夢中だったがティアと茜は満岡さんと意気投合したらしく随分と楽しそうにおしゃべりをしており、今度一緒に買い物に行く約束までしていたようだ。
満岡さんも家のことを知って尚気にした様子のない二人と友人になれたことを喜んでいた。
これで終われば充実した休日って事で良かったんだが、どうもそうはいかないらしい。
ファミレスを出るとすぐに数人の男達に進路を塞がれる。
中央にいた男が満岡さんを見下ろしながら言う。
「満岡さんの所のお嬢さんだな?」
案の定、厄介ごとは避けてくれないらしい。
……今回は俺のせいじゃないよな? な?
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