第70話 勇者は愛の守護者? Ⅱ

 章雄先輩に彼女が出来るという天変地異の翌週。

 俺と茜は部室で春のツーリング合宿のルート案を作成している。

 先輩達が参加する最後の合宿なので全ての段取りは俺達2年と1年で行わなければならない。

 とはいえ夏休みと違い宿泊施設も週末を外せば確保するのもそれほど難しくはないので割とのんびりしたものだ。日数も夏と違い3泊4日だしね。

 ツーリングサークルには現在12名が在籍している。その内3年は3人で残りは当然9人いる。

 なので手分けしてプランを練ることになっているのだが。

 本当なら今日は後2人ほど部室に来る予定だったのだが章雄先輩に彼女が出来たことを聞いた山崎ともう一人がショックで熱を出してしまったらしい。

 いや、章雄先輩ってまったく彼女が出来なかったわけじゃなく、出来ても皆が認識する前にフラれてるだけらしいんだけどな。

 

 宿泊場所の候補を絞り込み空き状況を確認する。

 俺と茜で手分けして当たり何とか全日程の宿舎を確保する事が出来た。

 細かなツーリングルートの選定は他の連中に任せるとしよう。

 全部俺達がやる必要もないだろう。サボらせません終わるまでは。

 ひと息つくために茜がコーヒーを入れてくれる。

 つきあい始めてしばらく経つが茜は結構こういった気を遣ってくれる。

 二人でのんびりとコーヒーを飲みながら寛いでいると章雄先輩が部室に入ってきた。

 

「ああ、良かった柏木君居た」

 俺の顔を見るなりホッとした表情を浮かべる。

「どうしたんですか?」

「いや、ちょっと柏木君にお願いがあってさぁ」

 そう言いつつチラリと茜を見る先輩。

「それじゃ私は先に帰るね。裕哉、後で家に行くから」

「あいよ。悪いな茜」

 気を利かせて茜が部室を出て行くのを見送る。

 

「何か君ら長年連れ添った夫婦みたいだね」

 呆れたように言う章雄先輩に適当に返す。

「そりゃどうも。んで? 一万で良いっすか? 日歩三分ひぶさんぶで」

「何その闇金が裸足で逃げ出すような暴利?! 単利(利息は元本のみに付く)でも年利1,095%、複利(元本と利息の合計に更に利息が付く)なら一年で4億超えるじゃん! 年利484万8千%って悪魔でもしないよ?! 違うから! 金借りたいとかじゃないから!!」

 計算早えーな。

「チッ、んじゃどうしたんすか?」

「舌打ち?! ……と、とにかく週末にちょっと付き合ってもらいたいんだけど」

 非常に言い辛そうにこちらの顔色を伺いながら章雄先輩が切り出す。

「夜はバイトなんで昼間なら別に予定は無いっすけど、彼女さんは良いんですか?」

 付き合い始めて直ぐの週末に俺を誘うとか、もしかして早くも玉砕か?

 

「い、いや、その、実はさ、週末に清香ちゃんの家に呼ばれてて、その、家族に紹介したいって」

「……先輩」

「ん?」

「一応、念のため、万が一の可能性を考えて聞きますけど、それに同行しろってんじゃないっすよねぇ?」

「お、お願いしたいかなぁ? なんて」

 俺の睨むような眼光に怯みながらも言葉を継ぐ章雄先輩。

「アホですか?! 何処の世界に彼女の家族に挨拶に行くのに後輩連れていく奴が居るんですか?! どんだけチキンなんですか!」

 先輩の『お願い』のあまりのアホらしさに思わず叫ぶ。

「どうせ俺はチキンだよ! コンビニのイートインで店員の『骨なしチキンのお客様~』って声に自分のことかと思ってドキッとするくらいチキンだよ!!」

 先輩の逆ギレの内容が憐れすぎるて泣ける。骨なし&チキンって……。

 

「と、とにかく、そんなの俺が行ってもしょうがないじゃないですか。諦めて腹括って1人で行ってくださいよ」

「そんなこと言わないでくれよぉ! 彼女って結構なお嬢様みたいなんだよ。俺1人じゃどうして良いかわかんないんだよ~」

 情けないことを全力で叫びながら俺の腰にしがみつく章雄先輩

 振り解こうとするも「離すもんか」とばかりに力を込める。しぶとい。

 一体何がどうしてこうなった?

 

 

 

 そんなこんなで週末である。

 

 結局俺はあまりに執拗い章雄先輩の懇願に根負けしてこうして一緒に満岡さんのお宅訪問と相成ったわけだ。

「ど、どうかな? 俺の格好変じゃないかな?」

「……はぁ……何回聞けば気が済むんすか? 別に変じゃ無いですって。見慣れないから違和感はあるけど……」

 待ち合わせから10回以上同じ返答を繰り返す俺。

 章雄先輩の服装はネイビーのウールジャケットにグレーのパンツ、フランネルのハーフコート、靴はバイクに乗って行くのでオーソドックスなチャッカブーツである。

 そしていつもの金髪ロンゲではなく黒く染めた髪をツーブロックに刈り込んだショートだ。

 外見的にはチャラさの欠片も無い爽やか好青年タイプにイメチェンしている。

 ひとへに彼女の家族に気に入られたい一心でサークルの女子メンバーの助言を受けて準備を整えたのだ。

 その心意気は立派だが中身がチキン過ぎる。

 

「ところで本当にココで合ってるんですか?」

 そう言いつつ目の前の門を見上げる。

 バイクを停めた俺達の前の光景。

 そこにあるのは何処の名家かと思うような大きく立派な和風の門。そして左右に長く伸びる白壁である。

「そ、そのはず、だけど……」

 お嬢様とは聞いていたのでここまでは程度の差こそあれ想定の範囲内である。

 しかし門の脇に掲げられた表札が完全に想定外だった。

 

『 満 岡 組 』

 そう書かれた大きな表札。それに門の上部に備え付けられている複数の防犯カメラ。

 これはどう見てもアレなご職業のお宅でしょ?

「ここまで来てなんですけど、どうするんですか?」

「ど、どうするって?」

 キョドリながら聞き返す章雄先輩。

「表札の名前からして、彼女間違いなくこの家の人でしょ? これを見ても交際続ける気があるのかどうかって事です」

 俺の言葉に息を呑む先輩。

 暫し無言の時が流れる。

「…………彼女が、今日ここに呼んだのはこの事を伝えたいから、だよな」

「でしょうね」

「……俺は……やっぱり彼女のこと好きだ。だ、だから諦めない」

 顔を引きつらせながらも先輩はそう言いきった。

 

「大丈夫ですよ。ユーヤさんも私も居ますから」

 俺の後ろからひょっこり首を出してそう言うのはティアだ。

 実は一人で章雄先輩に付き合うのが嫌だった俺は当初茜に一緒に来てもらうつもりだった。

 が、茜は今日亜由美とレイリアと出かける予定があると言って拒否されてしまったのだ。

 その上で何故か予定の入っていなかったティアを連れて行くように言い渡された。

 間違いなく予定ってのは言い訳だろう。年明けからこっちどうも俺とティアを一緒に行動させようと茜やレイリアが画策しているようだ。

 さっさと結論を出さない俺が悪いのかもしれんが……

 

 それは兎も角、何故一人が嫌だったのかと言うと、万が一満岡さんやその家族に腐ったご趣味をもった人が居た場合に妙な勘違いをされないようにということである。

 そもそも彼女の家に呼ばれた彼氏が一緒に同性の後輩連れて行くなんてのは普通しないからな。

 もしもの時の保険である。

 章雄先輩との関係を変に誤解されたら死にたくなるからな。

 

 閑話休題

 

 ティアと先輩を横目に俺は呼び鈴を鳴らす。

 ピ~ンポ~ン

「ちょ、ちょっとまだ心の準備が」

 先輩が横で焦った声を挙げるが無視だ。

 そんなもの待ってたら日が暮れる。

『はい』

「あ、五所川原と言いますが、満岡清香さんに御招待いただきまして」

『少々お待ち下さい』

 野太い男性の声で返答が来た。

 

 十数秒程でかんぬきが外される音がして門が開く。

 そして内側から二人の大柄な男が顔を出した。

「ようこそお客人。お嬢から聞いております。オートバイはそのまま中にどうぞ」

 うん。どう見てもヤ○ザな人達だな。

 二人とも30代後半位に見えるが一人の頬には切られたような傷跡がバッチリ付いてるし、もう一人は左手の小指無いし。

 今時こんなテンプレ通りのヤーさんなんているんだな。

 

 男の言葉に従い俺と章雄先輩がバイクを押して中に入る。

 奥側には黒塗りフルスモークのセダンが数台停まっているのが見える。

 その手前、示された場所にバイクを停めて促されるまま進み一際大きな日本家屋の玄関から入るとそこに着物を着た満岡さんが膝を付いて待っていた。

 

「先輩、来て、くれたんですね」

 嬉しそうな、それでいて不安そうな表情で出迎える満岡さん。

「あ、うん。お、お招き頂きまして」

 少々引き攣った表情ながら辿々しく何とか章雄先輩が返事を返す。

「あ、ご案内します。どうぞ」

 そう言って立ち上がった満岡さんが俺達を促す。

「えっと、柏木先輩もようこそいらっしゃいました。それと……」

「ああ、こっちは俺の、妹? になるのか。ティアです」

「よろしくお願いします」

 俺がティアを紹介すると柔らかく微笑みながら丁寧に頭を下げた。

 

 満岡さんが静々と廊下を進み、その後に先輩、そして俺とティアが続く。

 にしてもでかい家だ。

 時代劇のセットにでも使われそうな屋敷と庭である。

 長い廊下の先にある部屋の前で満岡さんが立ち止まり中に声を掛ける。

「清香です。五所川原さんとご友人をお連れしました」

「入りなさい」

 中から低い男性の声が聞こえ、満岡さんが膝を付いて襖を開く。

 

 中は20畳ほどだろうか、畳敷きの部屋の中央に大きな座卓。

 その向こう側に老人が座っている。

 部屋の両脇にはスーツ姿の男達。数は10人。全員が正座し控えていた。

「そんなところでは話も出来ん。こっちに来い」

「は、はい。し、失礼します」

 雰囲気に呑まれて固まっていた章雄先輩に老人が声を掛け、先輩が慌てて返事をしつつ部屋に入る。

 見るからにおっかなびっくりという感じで足を進め、ようやく座卓の前の座布団に辿り着く章雄先輩。……大丈夫か? 足がプルプルしてるけど。

 俺とティアは呆れつつ後に続く。

「まぁ座れ」という言葉で全員がその場に座る。

 章雄先輩は座卓の前で正座。俺はその右後ろで胡座。ティアはとなりでペタンと女の子座りだ。

 

 老人が俺達を鋭い目で睥睨しながら、

「で? 孫娘を誑かした五所川原ってのはどいつだ?」

 そう曰った。

 

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