第69話 勇者は愛の守護者? Ⅰ

 カチャ

一重ひとえ積んでは幼児おさなご紅葉もみじのような手を合わせ父上菩提ぼだいと伏し拝む」

 カチャ

「…………」

 カチャ

二重ふたえ積んでは手を合わし母上菩提ぼだい回向えこうする」

 カチャ

「……先輩」

 カチャ

三重みえ積んでは古里ふるさとに残る兄弟わがためと礼拝回向ぞしおらしや……相川どうした?」

 カチャ

「何でジェンガ積みながら地蔵和讃うたうんすか?」

 だって大学生の男2人が部室でジェンガやっても盛り上がらないしなぁ、多少でも潤いになればと思って。

「潤いになんないっすよ! 寧ろ殺伐としてきますって! ヘンなもの寄ってきそうですから止めて下さい!!」

 後輩の相川がジェンガを更に上に積み上げながら文句を言う。

 

 俺達が今いるのはツーリングサークルの部室である。

 最後のコマが急遽休講になったので暇つぶしがてら部室に寄ってみたらほぼ同時に相川が来た。

 相川は講義が無く彼女である小林さんを待つために部室に来たらしい。

 このサークルは割と特に活動日以外でもメンバーがたむろしてるのでこんな事がよくあるのだ。

 俺も茜と一緒に帰るためにいつも待ち合わせ場所にしてるし。

 

「そう言えば先輩新聞読みました?」

 カチャ

「ん? いや今日は読んでないけど」

 カチャ

「ほら、この間のシージャックの時の『クロノス』とか名乗った正体不明の不審者」

 ガチャ、ガシャン、カラカラ……

「あ゛……」

「よっしゃ! 俺の勝ちっすね」

 俺は五百円玉を相川に投げる。クソッ、思わず手元が狂った。

「で? それがどうしたんだ?」

「ああ、そうそう、あれって去年の美術館のテロの時に仮面○イダーのコスプレした奴と同一人物だと警察が断定したそうっすよ」

 げ?!

「にしても、今時『クロノス』は無いっすよね~。あれ絶対厨二病拗らせた中年っすよ」

「ソウデスネ」

 

 

 あのシージャック事件、あの後船は無事に港に戻り接岸直後大勢の海上保安庁職員と警察官が船内に入ってきた。

 そしてまず乗客に対する事情聴取、とはいっても大部分の人の内容はごく簡単なものだったらしいのだが俺達の居たレストランだけ船員と客が眠らされたということで念入りに検査と聴取が行われた。

 ただ俺達以外は単に店内が暗くなった直後に急に眠ってしまったし、俺達も同じように口裏を合わせているので極端に不信感を抱かれてはいないと思う。

 その為それなりに時間を取られ遅くなってしまったため帰ることが出来ず急遽ホテルに泊まることになったがそれは仕方がないだろう。

 斎藤と奈々ちゃんは元々ホテルを取っていた! らしく問題ないし。

 ……いつの間にそこまで関係が進んだのかしっかりカツ丼付きで尋問しておいたが。

 

 ただ問題なのは翌日の新聞の一面にシージャック事件とテロリストを制圧した『 魔道王ソーサリーロードクロノス』と『プロフェッサー』なる人物の記事が大々的に踊ったことだ。

 どうやって入手したのかご丁寧に船内の防犯カメラ映像付きで。

 更にバイヤー船長が記者会見で事件解決の経緯を話し『日本にはアベンジャーズを超えるヒーローが実在した』などと言ってくれちゃったもんだからマスコミさん達大はりきりで連日報道合戦が繰り広げられている。

 当然去年の美術館襲撃事件の正体不明の仮○ライダーとの関連も取りざたされているが、どうやら今回警察が同一人物と断定したらしい。

 まぁ、聞かれたときに思いっきり動揺しちゃったしな。

 俺にまでたどり着けなきゃどうでも良いんだが、とにかくもう二度とゴメンだ。

 これ以上は俺の羞恥心がもたない。

 

 ガチャ

「ちぃーっす!」

 軽い口調で挨拶しながら部室に入って来たのはお馴染み我がサークルが誇るキングオブヘタレ章雄先輩だ。

「いや~今日はいい天気だねぇ」

 実にご機嫌な口調と表情、ニヤニヤというかニヨニヨというか、ニコニコというほど爽やかさが無い。ぶっちゃけ気持ち悪い。

「ご機嫌っすね章雄先輩。植木鉢でも降って来たんですか?」

 相川が実に失礼な感想を述べる。

 二年も上の先輩に言うセリフじゃ無いが俺も同じ事を思った。


「それ普通に死ぬからね? そうじゃ無くてちょっと良い事あってさぁ」

 ツッコむ章雄先輩だがその表情は崩れっぱなしだ。

 明らかに聞いて欲しそうな態度が非常にウザい。

 なので俺は、

「相川、次はリバーシでリベンジマッチといこうか」

「良いんすか? 俺結構得意っすよ?」

 当然スルーだ。そして相川も同調する。

「いや、聞いてよ! 普通にそこは『何かあったんですか?』とか聞くところでしょ?」

「しゃーないっすねぇ、俺らも忙しいですけど章雄先輩がそこまで言うなら聞いても良いっすよ。感謝してくださいね」

「あ、ありがと、じゃなくて! 君ら明らかにヒマだよね? 何で俺が下手に出るの?」


 打てば響くボケとツッコミ。

 我がサークルは今日も通常運転だ。

「んで? いつにも増して顔が気色悪くなってますけどどうしたんですか?」

「いつにも増して辛辣だね柏木君」

 最近精神に受けたダメージが大きすぎるからな。

「いや、実はさぁ、彼女が出来たんだよねぇ」

「え?! マジでオリ◯ント工業で買ったんですか?!」

「違うから!! 別にリアルドールとか買ってないから!!」

 違うの??

「柏木先輩失礼っすよ。章雄先輩にそんな金あるわけないじゃ無いですか。きっとゲームですって18禁の」

「相川君も酷すぎない? そうじゃ無いって! ちゃんとリアルでこの大学の学生だよ!」

「……先輩、つきまとうのは彼女とは言わないですよ? 通報される前に止めときましょうって」

 流石にストーカーは犯罪です。

「ちーがーう! ホントだって! 写真、写真もあるから」

 そう言って章雄先輩はスマホをいじりだす。


「裕哉お待たせ。って、どうしたの?」

「うーっス、お前ら何騒いでんだよ。外まで聞こえてるぞ」

「こんにちわ先輩」

「どうしたの?」

 茜と岡崎先輩、久保さん、相川の彼女でもある小林さんが部室に入って来た。

「いや、章雄先輩が何やら夢と現実の区別がつかなくなったみたいで」

「ひど! ……っと、ほら! その娘の写真もあるし!」

 章雄先輩がスマホに表示した写真には恥ずかしそうに微笑むストレートの長い黒髪の美少女が写っていた。

 ……信じられん。マジで?

「ね? 工藤さんと久保さんなら信じてくれるよね? ね?」

 なおも疑いの眼差しを向ける俺たちを諦め茜と久保さんに写真を見せる。

「えっと……その、盗撮はダメですよ?」

 そう思うよな、やっぱり。

 

 説得に失敗した章雄先輩が崩れ落ちる。

 日頃の行いが如実に現れた結果だが少々哀れではある。

「まぁ、五所川原に彼女ができるなんてことは天地がひっくり返ってもありえないだろうが、そこまで言うなら顔見に行ってみるか」

 と岡崎先輩が提案する。

 確かにそれが一番早いか。本当にいればだが。

「……わかった。後で吠え面かくなよ」

 そう言って電話をかける章雄先輩。

 ってか、吠え面って、実際に使ったの初めて聞くよ。

 

 

 そして十数分後、法学部棟近くの屋外休憩スペースにやってきた。

「彼女は法学部の一年生でね3ヶ月くらい前に知り合ったんだよ」

 聞かれてもいないのに馴れ初めを語り出す章雄先輩。

 流石にここまで来てウソでした、って事は無いだろうが大丈夫かねぇ。

 勘違いとかそういう可能性もあるが……。

「なんかマジっぽいっすね。これで相手にその気がなかったら章雄先輩立ち直れないんじゃないですかね」

 まぁああ見えても打たれ強いから大丈夫じゃね?

 

「あ、来た。清香ちゃん! こっちだよ!」

 そう言って章雄先輩が声を掛けたのは写真で見た女の子だった。

 腰まである真っ直ぐで艶のある黒髪に小柄でスレンダーな体型、派手さはないが可愛らしい日本的な美人顔。

 章雄先輩に気付いたその女の子は嬉しそうに微笑むと小さく手を振り、走るでなく少し足を速めてこっち、というか章雄先輩の方に来る。

 あ~、確かに章雄先輩の好みどストライクだわ。

「ゴメンね急に。いやサークルの後輩達が俺に彼女が出来たってのを信じなくてさ」

「あ、いえ、大丈夫です」

 その娘は章雄先輩の言葉に少し頬を赤らめながら返事をして俺達に向き直る。

「あの、初めまして、満岡 清香みつおか さやかと申します。章雄先輩とその、お付き合いさせて頂いています。宜しくお願い致します」

 深くお辞儀をする。

 

「「「「「「………………」」」」」」

 全員が呆気にとられる。

 まさかあっさりと認めるとは。

「…………章雄先輩」

「ん~? 何かなぁ相川君?」

 得意満面の顔でふんぞり返る章雄先輩の胸ぐらを相川が掴んで叫ぶ。

「何してくれてんですかー! 超人気の温泉旅館がようやく予約取れたんで俺来月に絵美(小林さん)と温泉ツーリングするんですよ?! アンゴルモアの大王が蘇ったらどうしてくれるんですか!!」

「ちょ、ちょっと待って、何で俺が彼女を作ると恐怖の大王が来るみたいな話になってんの??」

 相川があまりのショックに壊れてしまったらしい。

 気持ちはわからんでもない。

 まさか章雄先輩に彼女が出来る日が来るとは。

 

「柏木、いつまで持つと思う? アタシは1ヶ月以内に千円」

「私は3ヶ月に同じく千円にします」

「良いんですかねぇ、私も3ヶ月に賭けますけど」

 順に岡崎先輩、久保さん、小林さん。

「クスクスクス。皆さん仲が良いんですね。羨ましいです」

 満岡さんが俺達の遣り取りを見て口元に手を当てて上品に笑う。

 仕草がいちいち上品でそれでいて無理している感じがない。お嬢様っぽい雰囲気があるな。

 しかも周りの言動に対してこの言い様、なかなか芯はしっかりしていそうだ。

「みんな酷すぎない?」

 章雄先輩が情けない口調で文句を言うが今までが今までだからなぁ。

「自分の実績考えろよ。んで? 柏木と工藤はどうする?」

「わ、私はパスで」

 茜は辞退するらしい。

 

「俺は……一年以上続くに1万ってことで」

「……ジンバブエドル?」

「日本円っすよ」

 というか何処で手に入れるんだよそんなもん。ア○ゾンで売ってたっけ?

 岡崎先輩が信じられないといった顔で俺をまじまじと見る。

「正気か?」

 うん、自分でもそう思う。

 けど何となく続きそうな気がするんだよなぁ。

 根拠は全くないけど。

 

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