第66話 勇者はヒーロー! Ⅵ
一方その頃
裕哉達が出て行き、残されたのは数十名の寝転けた客と店員、それに裕哉達の家族一行である。
流石に闇につつまれたままでは会話もままならないためその席の周囲だけはレイリアが魔法を解き明るさが戻っていた。
「あの子大丈夫かしら」
母親の美由紀が心配そうに裕哉が出て行ったレストラン入り口を見る。
裕哉が異世界で勇者として活躍したことや魔法を見聞きしていても現代日本に生まれ育った美由紀にそれを実感できるはずもない。
まして親である。仮に実感できていたとしても心配には変わりないだろう。
「何、心配はいらぬよ。余程油断しない限り主殿に勝てる相手などこの世界にはまず居らぬはずじゃからの」
そんな美由紀の様子を見てレイリアは快活に笑いながら断言する。
実際レイリアとティアはそういった戦闘面での心配は欠片もしていない。
とはいえ、異世界と異なり裕哉が頑なに人を死なせることを忌避しているのが弱点になりかねないとは思っている。
「そうは言っても私達は裕哉の力のことなど殆ど知らないからなぁ。確かに少し見ないうちに随分と逞しくなったのはわかるが、レイリアさんの言うように心配しないというわけにはいかないよ。あの子の親だしな」
「父上殿。そなた達は我等のこの世界での義親となるのじゃ。我のことは呼び捨てで良い」
言われたレイリアもそれは理解できるので軽く笑うと、それとは別に呼び方に注文を付ける。
レイリアは2人に深く感謝している。
半ば無理矢理裕哉にくっついてこの世界に来たのだ。
異世界では裕哉は貴族と同等、いやそれ以上の立場であり裕哉に数人の者が付いていたところで誰も気にしないし不都合もない。
だからこそ深く考えずにこの世界での生活を裕哉に望んだのだが、思っていたよりもこちらの世界は決まり事が多く素性を明らかに出来ない者が住むには厳しいことを知った。
しかも裕哉達はこの世界では貴族などではなく、ごく一般的な平民である。
にもかかわらず事情を知った2人は快くレイリアとティアを家に住まわせ、生活に支障をきたさないように様々な手続きを行い、挙げ句2人の養親となることを提案してくれたのだ。
千年以上の時を生きているレイリアが遥かに年下の2人を親と呼ぶのは何とも言えず照れくさいものではあるがそれもまた楽しんでいる。
ティアにとっても死んでしまった両親に替わり何かと甘やかそうとする2人に深い感謝とそこはかとない愛情を感じているのだ。
「そ、そうかい? こんな美人にそう言われると逆にどういう態度を取って良いか判らなくなるなぁ。ははは、んぎぃ!」
絶世のと呼んでも差し支えないほどの美貌を持つレイリアに養親(おや)と言われて
亜由美の父親に向ける視線も冷たい。
どうやらこの家庭でも父親の地位は低いらしい。
船がテロリストに占拠され裕哉がそれの対処に行ったとはいえ、残された者にすることは特にない。というかするべきでも無い。
なので色々な話をする。
特にレイリアとティアの興味は今乗っているこの巨大な船の事だ。
異世界では勿論こんな巨大な船は存在しないし、そもそも船は全て木造だ。
木は水に浮くから船として使われるのは解る。しかし鉄は水に沈む。
2人にはどうしてほとんど街といって良い大きさの鉄の塊が浮いているのか理解できなかった。
「私達からすればこの『魔法』の方が余程不思議なんだけどなぁ」
そう言いながらも2人は次々と浴びせられる質問に苦労しながら答えていった。
暫くそうしていると不意にレイリアは魔法の気配を感じて視線を向ける。
数瞬遅れてティアも同じ方を向く。
そこに魔方陣が浮かび、といってもレイリアにしか見えないのだが、裕哉と行った筈の斎藤が転移してくる。
「え? あ? こ、ここさっきの」
「ふむ。サイトーだけか。主殿は?」
斎藤が周りをキョロキョロと見回す。
自分に何が起こったのかわかっていない様子だ。
レイリアの問いにも咄嗟に答えられない。
「あ、えっと、柏木君は残ってます。それで……」
十数秒後ようやく落ち着いた斎藤ががこれまでの状況を説明する。
「それじゃあユーヤさんはまだ戦ってるんですね?」
「ヨーちゃんだけ戻されたんだ」
「そうなんだよ! もっと柏木君の活躍を見ていたかったのに! 通信機の出番も無かったし……」
斎藤はそう愚痴るがどう考えても何の力も持たない一般人を銃器で武装したテロリストとの争いに連れて行く方がどうかしている。
というかこの男、最初に操舵室の位置を裕哉に教えた以外何もしていない。
寧ろ珍妙な名を名乗り主に精神的に足を盛大に引っぱっているのだが本人にまるで自覚がない。
そしてそれ故に後で裕哉の折檻が待っていることも気が付いていない。
ご愁傷様である。
詳しいことは解らないまでもレイリアもティアも、ついでに亜由美まで何となくソレを理解していた。
「ユーヤさんでもまだまだ時間が掛かりそうですねぇ」
「これだけ広いと索敵だけでも相当時間がかかる。死角も多いし無事に済めば良いんだが」
「そうね」
ティアは割と暢気な口調だが両親は不安が口調に表れている。
そこへレイリアが何かを思いついたように表情を変え斎藤に向き直る。
完全に悪戯を思いついた子供の顔である。
「サイトーよ、その通信機とやらを貸すがよい」
「え? ど、どうして?」
レイリアの突然の申し出に斎藤が驚く。
「何、それだけの人数にこの船の巨大さじゃ。多少の露払いは必要であろう。我が行こう」
「あー!! レイリアさん狡いです! 私も行きます!!」
ティアがしまったといった風情でレイリアに食いさがる。
「ティアでは姿を隠せぬであろう。我ならば闇で周囲を囲って移動できるし、その爆弾とやらも脅威にはならぬ。何より、我も多少は“あっぴーる”せねばな。ティアには先を越されてしまっておるし」
レイリアの言葉の前半部分は理解が出来るのだろう。ティアは引き下がりつつも頬を膨らます。
そんな様子をみてレイリアは『この娘もこちらの世界に来てから随分と感情表現が豊かになった。良い傾向だ』などと内心ホッコリしていたりするのだが、それとは別に少しだけ焦りもある。
裕哉は既に茜とも想いを交わせ、先頃ティアまでが想いを打ち明けている。
年上の度量の広さなどと余裕ぶっこいていたらいつの間にやら下手をすれば置いていかれてしまいそうなのだ。
こういった機会は逃さずものにしないと登場回数にも影響してしまう。
どこにとは言わないが。
何でも良いがこの異世界コンビは最初から今に至るまで一度たりとも裕哉を心配していない。
裕哉本人がこれを見たら泣くかもしれない。
「あらあら、裕哉モテモテねぇ。茜ちゃんも大変だわ」
「裕哉の奴、何てうらやまけしからん。俺だって若い頃は……ナンデモナイデス」
「……茜さんにメールしとこ」
各々が好き勝手に騒ぐ中、レイリアが不意に真剣な顔をしてレストラン入り口に視線を向ける。
そして数瞬遅れてティアも。
「ティアには此処を守ってもらわねばの。此処には主殿の家族がおる」
「……う~……次は私も行きますからね!」
言いながら視線は動かさずにティアは席を立つ。
「うん? ティアちゃんどうした……」
『なんだ?! 煙か? 何も見えねーじゃねーか!!』
ティアに問いかけようと父上殿が声を上げた直後、日本語以外の言語でがなり立てる声が響く。
と次の瞬間ティアの姿がかき消すように消える。
レイリア以外の家族達の目には一瞬で消えたようにしか見えない。勿論レイリアの目にはしっかりと闖入者に走り寄るティアが見えていたが。
『ぐっ!』
『うぐぇ』
呻く男の声。
その数秒後ティアが気を失った闖入者をズルズルと引き摺りながら戻ってくる。
ティアにとってもこの程度の暗闇などまったく影響はない。
「後は任せる。皆はここから動かぬよう」
そう言い残してレイリアは部屋を出た。
無論闇を纏わせて。
客船のプロムナードと名付けられている広場。
この豪華客船の顔とも言えるその場所は噴水があり船内にも関わらず木まで植えられている。
広場に面した通路の向こう側には幾つもの店舗が並びそれが3階にわたって続いている。
本来ならば客で賑わっているはずの場所だが今は静まりかえっている。
だが決して人が居ないわけではない。
店舗の照明も煌々と店内のみならず周囲を照らしており正しく営業中であることを表しているが店内にいる店員も客も店舗の奥で息を潜めて隠れているかのようだ。
そんな遊歩道を3人の男がゆっくりと歩き回っている。
それぞれ手に拳銃を持ち周囲を油断無く見回していた。
『チッ! こんなところ見張ってたって意味ないんじゃねーか?』
『ぼやくなよ。手間かからなくていいじゃねーか』
『真面目にやれ! 我々の使命を忘れたか!!』
緊張感に欠ける2人に残る1人が怒声を浴びせる。
言われた2人は肩を竦めるもその表情は相変わらずだ。
彼等にしてみればこの場にいる客や店員など何も出来ないだろうと高をくくっている。
所詮日常に危険など感じたこともない平和な日本人が武装した我々に抵抗することなど無いだろうと思っていたし、実際ある意味ではその通りではある。
ただ、彼等は知らない。
この船に乗り込んだ客の中にとんでも無い化け物が紛れ込んでいることを。
そしてそれをすぐにも思い知る事も。
『お、おい。なんだアレ……』
1人がプロムナードの先、船尾側の一角を指さす。
指された場所に残りの2人が目を向けるもそれが何なのかを理解することは出来なかった。
『停電?……じゃないな。黒い……煙か?』
シミのように黒く染まっていく一角。
停電でない証拠にその場所にある照明は点灯している。
しかしその明るさはごく頼りないものになり果てている。まるで蝋燭の火のように今にも消えそうなか細さだ。
カツッ、カツッ、カツッ、カツッ。
静まりかえったプロムナードに微かに聞こえる靴音。
音からして女性のヒールから発すると思われる音が妙に響いて耳に入る。
思わず拳銃を持つ手に力が入る。
自動小銃でないのが今になって不安を煽る。
船員を買収して銃器を船内に持ち込ませたのだが残念なことにマニラで積む予定だった銃器が港に運び込まれる前に現地警察に摘発されてしまい、上海で積み込むことに成功した分しか用意できなかったのだ。
幸い拳銃はそれより前の港で積んでいたため数が揃っていたが爆弾は予定の半分の量、自動小銃に到っては10挺揃えるのがやっとだった為、操舵室、警備員室、甲板の担当に少数持たせるのが精一杯だった。
ゴクッ。
男達は異常なほどの不安感に襲われ生唾を飲み込む。
闇に染まった向こう側に微かに人のシルエットらしきものが見えた。
『止まれ! 撃たれたくなければ両手を挙げてゆっくりとこっちに来い!!』
固唾を呑んでその人影を見る。が、その間にも周囲は闇が迫っていくがシルエットだけに注目している男達はそれに気が付かない。
男達から見えるシルエットに動きはない。
だがそれが逆に男達の恐怖を誘う。
『クソッ!』
バンッ! バンッ! バンッ! バンッ!
一人が衝動に負けて拳銃の引き金を引くまでに時間は掛からなかった。
響く銃声と銃身を突き上げる反動。
その後の静寂を経てもシルエットには何の変化も見られなかった。
『ば、馬鹿な!』
男達が驚愕に目を見開き、次の瞬間シルエットはフッとかき消すように見えなくなり、
「騒々しい者どもじゃ」
不意に男達の
「まぁこんなものかの。死んではおらぬから問題あるまい」
レイリアが倒れている3人を見下ろしながら呟く。
したことはごく簡単なことだ。
男達の目の前から背後に高速で移動して一瞬だけ普段抑えている気配を開放した。
ただそれだけで男達の意識はお空の彼方へ飛び立ってしまった。
レイリアとしても少々意外ではあったが、武装しているとはいえ所詮心身共に一般人のレベルを脱しないテロリストではレイリアの持つ『黒龍の気配』には耐えられるものでは無いようだ。
まぁ飛び去った意識も暫くすれば戻ってくるだろうがその頃には全て決着が付き日本の警察やら海上保安庁やらにドナドナされていることだろう。
レイリアが次に何処に向かおうか思案していると、船首側から数人の者が足早に此処に向かってきているのが判った。
おそらく銃声を聞いて応援に駆けつけたつもりなのだろう。
「そうじゃ! 折角の機会だからアレをやってみるかの」
そう言って向かってくる相手の方まで『闇』を広げる。
『なんだ?!』
向かってきた男達は5人。
プロムナードに踏み込んだ途端に自分達を包んだ闇に困惑の声を上げる。
その間に準備万端待ち構えていたレイリア。
相手の姿は丸見えなのにこちらの姿が相手に見えていない。
ただの的である。
「すぺしうむ光線じゃ!」
レイリアの十字を象った両腕から男達に真っ直ぐ光が伸びる。
某特撮番組のDVDを見たときからちょっとやってみたかった事。
本物は無理というか原理が判らないので魔法で見た目だけ似せた代物だ。
内容は、要するにドラゴンのブレスである。
本来ドラゴンのブレスはその身に膨大に宿っている魔力そのものだ。それに属性を付加して口から出すのだが別に効率が悪くはなるが他の場所から出すことも出来る。
そのブレスに光魔法を付加して腕から打ち出したわけだ。
しかもちゃんと殺さない程度に威力は抑えてある。
見た目以上に繊細な魔力操作を必要とする高度な魔法となっているのだが、実に無駄である。
この光線といいパフェといいこの世界でレイリアはあまり建設的な事は学んでいないようである。
「ぐわぁ!」
「ぎゃぁ!」
以下略。
男達が悲鳴を上げながら吹っ飛ばされ次々と意識を飛ばしていく。
光が収まった後には全員が白目を剥いて倒れていた。
「ふむ。我ながらなかなかじゃの。さて、さっさと残りを片付けるか。主殿は……下に向かっておるか。ならば我は細かいのを始末しよう」
自分の技に実に満足そうな表情を浮かべた後、レイリアは足取りも軽く歩き出した。
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