第63話 勇者はヒーロー! Ⅲ

Side ???

 

「ふぅ~……」

 私は目を通していた書類を置くと大きく息を吐く。

 船長などというと常に現場での仕事だと思われるだろうが実際は一つの船という支社を運営している支社長の様なもので必然的に相当量の書類業務が仕事に含まれてくる。権限は大きいし報酬も多いが会社全体の運営には関与できない中間管理職のようなものだ。

 しかも逃げ場が何処にも無い。

 航海中は常に船の中に居るからだ。

 

 特に今回は折角の治安の良い先進国での寄港だというのに上からの指示で停泊中の半分以上の期間を現地の人達の為に一般開放する事になり、普段なら交代で数日取れるはずの休暇も無くなってしまった。

 幸い普段の航海中とは異なり初日以外に私の出番は無かったが余計な負担であることは変わりない。

 特に航海中は常に気を張っていなければならない船員たちにとっては石でも投げつけたい気分だろう。かく言う私自身上の連中を一度殴ってやりたい。


 とはいえ、その余計な仕事も今日が最終日だ。

 あと数時間で一般開放は終了し、明日は船体の整備と補給とチェック、明後日には下船して地上のホテルに宿泊している乗客達も戻り航海を再開させなければならない。

 出来れば私も数日の休暇を取りトーキョーの街を散策してみたかったが言ってもせんのないことだろう。

 何か釈然としない気持ちを抱えながらも私は書類業務を一段落させ席を立つ。

 副船長が頑張ってくれているだろうが私も船内の巡回でもしておくことにする。多少は気がまぎれるだろう。


 そう考えて歩き出そうとした矢先、扉の向こうから誰かの怒鳴り声とそれに続いて乾いた炸裂音が聞こえて来た。

「!!」

 銃声! 何が起こった?!

 緊張が走った私に構わず乱暴に扉が開け放たれた。

 そこから現れたのは武装した二人組。一人が自動小銃を構え、もう一人は拳銃を持っている。

「何だお前達は!」

「動くな! この船の責任者だな?」

 私が誰何するがそれには答えず私に銃を突きつけ訛りのない英語で男が要求する。こうなっては私に抗う術はない。


 私が両手を上に挙げ無抵抗を示すと拳銃を持った方が私の後ろに回り込み背を小突く。今は大人しく従うほかはない。

 促されるままに船長室を出て操舵室に入る。

 そこには同じように武装した男達が小銃や拳銃を構え、船員達は両手を挙げて壁に寄せられていた。

 壁際にいる船員は6名、2人足りない。

 顔を動かさずに視線を巡らすとロブが血を流して倒れている。

「ッロ……!」

 叫び声をあげそうになった私を背後にいた男が拳銃で背中を突くことで制する。

 ロブは呻き声を上げて下腹を押さえている。まだ息はあるようだがこのままでは長く持たないかもしれない。

 もう一人は何処に、そう思って更に視線を巡らせた私に見えたのは武装した男達の中にいて何事か言葉を交わしている船員の姿だった。


「ジード航海長!」

 思わず声を上げた私にジードは軽く肩をすくめただけ。

 それで私には何が起こったのか想像がついた。

 操舵室は許可の無い者が入ることができないようにロックされている。

 勿論安全を確保するためだがジードがロックを解除して連中を引き入れたのだろう。

「…………何が目的だ」

「出航させろ。すぐにだ!」

「! すぐには無理だ。この船は係留されている」

 この大きさの船だとすぐに動かすことは出来ない。港にロープで係留されているし車のようにエンジンをかけてすぐに動かせるわけでは無い。

「ロープは既に外してある。早くしろ!!」


 男達が苛立った様子で銃を突きつける。

 これ以上刺激するわけにはいかないと判断した私は船を動かすことにした。

「わかった。船員達を配置に着かせてくれ。それにロブの手当てを」

「手当はダメだ。船員が外に出ることもな」

 出来れば治療を優先したいがそれも叶わないか。

 男達が銃を構えたまま扉と逆側の壁際に分かれて下がる。

「出航準備! エンジンを始動。錨を上げろ」

 私が指示を出すと船員達はその声に従い操作を始める。

 だがこの東京湾を航行するには人員が足りない。

 寄港に合わせて半数の船員に休暇を取らせているからだ。

 小型船でもあるまいしたった私を含めて7人で出航させるなど無理矢理過ぎるというものだが男達に妥協の余地は無さそうだ。やむを得ない出来るだけゆっくりと航行させるしかないだろう。

 

 指示を出してから15分後少しずつ船が埠頭から離岸していく。

「早くしろ!!」

「無茶を言うな。小型船じゃ無いんだ」

 連中を刺激しないように出来るだけ落ち着いて話す。

 先程から無線機には港からのコールがひっきりなしに鳴っている。届け出のない急な出航など許されるはずがないのだが生憎それに応える余裕などない。

 おもむろにジードが無線を取り何やらやりとりを始め、そしてマイクを先程から私に命令している男に渡す。

 マイクを受け取った男は無線越しに自分たちの要求を伝えているようだ。そして更に船内放送で乗客達に動かないように命令した。


 私は必死に考える。

 船長として何が出来る? 何をするべきだ?

 相手の目的は聞こえて来た。だが人数もわからない。

 乗客や船員達を無事に岸まで届けるにはどうすればいい?

 このまま唯々諾々と従ったところで無事に済む保証などない。いや、相手がテロリストである事を考えれば最悪この船諸共自爆しても不思議じゃないだろう。

 いったいどうすれば……


 船を操作しながらの考えは錯綜し一向に纏まらない。

 夜間でも多くの船が行き交う東京湾内、大型船だけでなく小型船も多い。一瞬たりとも気が抜けない状況の中で僅かに男達の方へ視線を向けたその時、操舵室の扉が轟音とともに吹き飛んだ。



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 俺は斎藤を抱えたままプロムナードの屋根の上を走り抜け、『飛行魔法』を使って一気に操舵室のある階の外部通路に降り立った。

「し、死ぬかと思った……」

 斎藤は床に突っ伏したまま動けないでいる。

 大袈裟なやつだ。ちょっと20メートルほど飛び降りて時速50キロほどで走り同じく20メートルほど飛び上がっただけだろうが。

「死ぬから! 普通は死ぬから!!」

「シッ! 見つかるぞ」

 尚も文句を言おうとする斎藤を黙らせて周囲の気配を探る。

 操舵室は外部通路から中に入ったところにある廊下を挟んだ向こう側にあるらしい。

 廊下に二人組が、そして操舵室の中に、ひぃふぅみぃ……っと、19人か。ただ、誰が船員で誰がそうじゃないかがわからないな。


 外部通路の扉についている窓からそっと廊下を覗き見る。

 二人組の男は、拳銃? を手に持って逆側の多分階段だかエレベーターだかの方を見ている。こちらには全く注意を払っていないようだ。

 うん。雰囲気からしてアレはテロリストだろうな。寧ろあれが船員だったらビックリだ。

「先に行くから斎藤は後から来てくれ。あ、あと名前を呼んだりしない様にな」

「わ、わかった。柏木君、気を付けて」

 斎藤の言葉に送られながら扉のレバーを手に取る。

 どうやら鍵とかは掛かってないらしい。まぁ、外部通路に階段とか無さそうだから問題ないのか。


 音を立てない様にそっと扉を開く。

 まだこちらには気がつかない。

 そして、俺は全速で中に飛び込む。

「な?! ぐぅ!!」

 一瞬で距離を詰め二人の口をそれぞれ片手で塞ぎ『雷撃』を叩き込む。

 声を出す間も無くビクンと体を硬直させたのち崩れ落ちた。

「スゴイ。一瞬で……こ、殺したの?」

 斎藤が身を屈めながら恐る恐る寄って来て聞く。

「いや、死んで……ないな。うん」

 心臓は動いている。良かった。


 俺は異世界に行く時に持って行って余った結束バンドを使って男達の手足を拘束しておく。

 操舵室の中の気配を探るも先程と変わりない。どうやら気づかれていないようだ。

 さて、どうするか。

 今のは人数も少なかったし不意もつけたから直接触れて雷撃叩き込めたが操舵室の中は人数が多い。

 雷撃は遠隔でも使えるが船ってほとんど鉄で出来てるからな。機械とかもあるしあまり使うわけにもいかないか。壊してしまったら岸に戻れなくなるかも知れないし。

 となると接触して雷撃でも良いが直接ぶちのめした方が早そうだ。


 人の配置を扉の窓越しに確認する。

 白い制服着てる人達が多分船員だろう。結構カッコいいなアレ。

 奥に見えた小銃やら拳銃を持ってるのがテロリストだとして、扉の向こう側にいるのもそれっぽいな。服装とかバラバラだし。

 扉を開けて突入すると同時に船員さん達を『障壁』で隔離しておけば良いか。

 見える範囲では船員さんは倒れてる人も含めて9人。残りはキリのいい10人。何とかなるな。


 俺は頭の中で大雑把な作戦を立ててから操舵室の扉に手をかける。

「……開かないじゃん」

「部外者の侵入防止でロックが掛かってるんだと思う」

 思いっきり部外者ってか危険人物達が侵入してますがねぇ。

 しょうがない。緊急避難措置として力づくで開けてしまおう。

 ……後で損害賠償とか言われないよね?

「どうするの?」

 『障壁』の魔法を準備してから扉を前に少し下がった俺に斎藤が問いかける。

 どうするって?

「そりゃ決まってんだろ!!」


 答えながらほぼ全力で扉を蹴りつける。船の扉って頑丈そうだからな。1回で決めないと面倒な事になりかねないし向こうにいるのは多分テロリストだ。変なところに飛んで行くことも無い。

 ドッゴーン!

 凄まじい音と共に扉が吹き飛び、それはそのまま扉の前にいたテロリスト達に直撃する。

「な?! ギャァ!!」

 さけび声が響く中に一気に飛び込み船員さん達の周囲に魔法を掛ける。

 

 タタタタッ!

 バン! バン! バン!

 反射的にだろう小銃や拳銃が発砲される。が、それよりも早く船員さん達の前には淡く光る壁が現れそれに当たった銃弾は跳ね返ることも無くその場に落ちる。

 俺はその光景を横目にまず扉の周囲にいた男3人に向かう。


 呆然と立ち竦む男の頭を掴みもう一人に投げつける。壁と飛んできた男にサンドイッチされている隙にもう一人の足を蹴りで砕く。

 倒れた男の顔を踏みつけつつ雷撃で昏倒させる。壁に頭を打って動かない片方は放っておいてもう一人の足と両手を踏んづけて骨を砕いておく。


 動きながらも準備していた魔法『水球』、人の頭ほどあるそれの数は三つ。それを奥側にいた男に飛ばす。

 水球は男達3人の顔にそれぞれ直撃しその頭をすっぽりと水で覆った。

 持っていた銃を手放し必死に口元から水を引き剥がそうとするが無駄だ。しばらく溺れててもらおう。

 俺は最初に扉で吹き飛ばされてもがいていた2人の腰骨を踏み折りながら周囲を見渡す。


 船員さん以外に立っているのはあと2人。

 そのうちの1人に溺れた男が落とした拳銃を握り潰しつつ投げる。

 それが腹部を強襲し倒れる男。残りは1人か。

 ようやく少し余裕が出る。

「な、何者だ?! 日本の警察か!」

 一際立派な船員服を来た男性の近くにいた男が叫ぶ。

 取り敢えず黙らせるために腹パン打ってから腕を捻りあげ両肩を外しておく。後で聞くことたくさんあるからな。


「き、君は一体……」

「話は後で。今はこいつらを」

 舵? 操舵輪? を手にしたまま船員さんが聞いてくる。

 なんか貫禄というか威厳があるな、船長さんかね?

 俺は対応を後回しにして倒れていたり踠いていたりする男達を拘束しつつ死なない程度に『治癒魔法』をかけていく。

「あ、危ない!!」

 斎藤の叫び声の直後。

 パン! パン!


 銃声が響いた。

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