第62話 勇者はヒーロー! Ⅱ

 俺が外を見ていると同じように異変に気が付いたのであろう他のお客さんがざわつき始める。

「親父、この船ってクルーズの予定なんて無かったよな」

「ああ。だがどうも動いているようだな。何かあったのか……」

 親父も外の風景を見ながら答える。けどこういった船が停泊する場合錨も下ろすだろうしロープで港に固定されるはずだから単純な事故とも考えられない。第一多分だけど乗った段階ではエンジンすら始動していなかったと思う。


 遂にはお客さん達の中にもウェイターカメリエーレ達にどうなってるのかを語気荒く問いただす人が現れ出す。

「柏木くん、いったいどうなってるのか解る?」

「いや、さっぱり。斎藤は、って解るわけないか」

 いつの間にやら近寄って来ていた斎藤が問いかけてくるが俺にも何が何だかさっぱり解らん。

「とにかく奈々ちゃんも俺たちの所に来ていた方が良いかも」

 俺が一緒にいた奈々ちゃんに促すと察した親父が斎藤達が座っていた椅子を俺たちのテーブルに運んでいた。


 次第に強くなる喧騒の中、ブンッという音に続いて船内放送が流れ出した。

『……我々はアラブ解放戦線である。この船は現在我々の支配下に置かれた。抵抗は無意味だ。我々が交渉している間この船に居る者は大人しくしていてもらう。抵抗する者は射殺する。その場から動かずじっとしていろ。繰り返す、その場から動くな……ブツン』

 早口の英語で一方的に告げられた放送内容に周囲は騒然とする。

 尤も言葉を理解できなかった者も多いようでウェイターや理解できたそぶりを見せる他の人に問い詰めていた。

 幸いな事に大声で騒ぎ立てる者はいないが何れにせよとんでもない事態に巻き込まれたのは確かなようだ。


「マジかよ」

 何でこんなに余計なトラブルに見舞われるのか。きっと親父の日頃の行いが悪いせいだろう。

「とにかく席について一旦落ち着こう」

 親父が落ち着いた声音で促し、斎藤達も含めて席に着く。

「こんな事になったのはおそらく裕哉の日頃の行いが悪いせいだろうが、この状況では大人しくしている以外どうしようもないな」

「ナチュラルに息子を貶してんじゃねぇ! 寧ろ親父が皆さんに謝りやがれ!」

「二人とも」

「「ごめんなさい!」」

 母さんに睨まれて即座に俺と親父は謝る。


「して、主殿。どうする?」

 レイリアが軽い調子で聞いてくる。

 どうしようか。

 うちの家族と斎藤達だけなら脱出するのは簡単だ。転移すれば良いんだからな。俺一人だけじゃ二人しか運べないがレイリアも居るし。

 ただそれも気が乗らない。他の人たちほっといて自分達だけ助かるってのもなぁ。勿論他に選択肢がなければ躊躇しないが。

 とはいえ恐らく船内には相当数の一般客がいる。その中で俺たちが暴れれば今後の生活に支障が出るしな。

「クソっ! こんな時にあのスーツがあれば柏木くんも正体隠して戦えるのに……」


 斎藤がボソッと呟いた台詞にギョッとする。

「な?! 斎藤、お前何言って……」

「え? だって柏木くんだったら何とか出来るんでしょ? あの美術館襲撃事件の時みたいに」

 奈々ちゃんに聞こえないように声を潜めて斎藤を問い詰めるとアッサリと言われた。

 マジで? 何でコイツが知ってるんだ??

「自分で作った衣装ぐらい画面越しにだって解るよ。柏木くんが正体隠したがってたみたいだから言わなかったけど。

 ああ! 大丈夫だよ、誰にも言ってないし、何でそんなチカラを持ってるのかだって聞いたりしないさ! きっと柏木くんには人に言えないような秘密や辛い過去があるんだろうし、そんなチカラが誰かにバレたりしたら大変だしね!

 ヒーローってのはやっぱりミステリアスじゃなきゃね! 勿論僕は君の味方だよ。僕に出来ることは何だって協力するさ!

 この船の事だって基本的な構造くらいなら解るよ!

 あ、でもスーツは持って来てないや、どうしよう。以前君に渡したスーツなら正体を隠せるしチタンとアラミド繊維で作ったからすごく丈夫なんだけど」

 いや、人の話聞けや。

 一方的にまくし立てる斎藤に呆れる。どうやらオタク魂のスイッチが入ってしまったようで未だになにやらブツブツと呟きながら考え込んでいる。

 それにしても最初からバレてたのかよ。

 あの恥ずかしい姿を家族以外の奴に見られてた……頭殴ったら記憶消えてくれないかな……


 そう言えばすっかり忘れていたがコイツから前に何かヒーローっぽいスーツを貰っていたな。部屋に置いておいて亜由美にでも見つかると盛大に揶揄われそうなのでアイテムボックスに放り込んだまま忘れてたよ。

 確かにあれ着れば大多数の人からは正体隠せるか。

 けどなぁ、着たくねぇ〜!

「兄ぃ、何かあるの?」

「ある、っちゃぁある。正直気がすすまないが」

 亜由美がそばに来て小声で聞いて来たので俺が答えると、耳聡く聞きつけた斎藤が詰め寄ってくる。

「あるの?! ひょっとしてあのスーツ」

「あ、ああ。何とかなる。けど……」

 この後に及んでも口籠る俺。


 迷っている俺に親父が珍しく真剣な顔で言う。

「裕哉。お前に何かの力があり事を成せるなら、為すべき事を為しなさい。細かなことは後から考えれば良い。私達も親として出来る事をしよう。結果どんな事になったとしても家族として最後までお前を支える」

「……親父ウナ◯イヌ

「今別の意味を込めなかったか?」

 気のせいだ。


 こうまで言われれば腹をくくるしかないか。

 ただそうはいっても今店内には結構な人が居る。この場で着替えなんかしたら意味がないな。そもそも恥ずかしい。

 トイレにでも行くか。いや、そうなるとあるかどうかは知らないが防犯カメラとかに入るところを撮られるかもしれないし。

 暫し考える。と、そう言えば良いものがあったな。

 上手くいく方法を思いついた俺はレイリアに協力してもらう事にした。

「ふむ。その程度なら容易いのぉ。任せよ」

 俺の説明と要望を聞いてレイリアは快活に頷き、早速無詠唱で魔法陣を起動する。

 この世界ではどうやら魔法陣を視認できる人間は殆ど居ない様なのでレイリアが魔法を使ったことは誰にも判らないだろう。


 レイリアの闇魔法が起動し辺りは墨を溶かした様な薄闇に覆われる。

 照明が消えたわけでは無いのにすぐ側まで近寄らなければシルエットすら判らない程暗くなる。

 当然店内の人達が騒ぎ始めるが直様次の魔法、『睡眠スリープ』が起動しあちこちで人が倒れ込む音が聞こえた。

「え? え? ど、どうなって……」

「今は説明が面倒じゃな。取り敢えず其方も眠るが良い」

 状況についていけずにパニックになりかけた奈々ちゃんもレイリアが眠らせる。倒れない様にティアが抱きとめて椅子に掛けさせて上体はテーブルに突っ伏させる。

 後のことを考えると頭が痛いが今はそれで良い事にしよう。

 俺は念のために頭を打ったりしている人がいないか店内を確認しておく。

 怪我をしている人は居ないし俺たち以外の人達は全員無事に眠りについている様だ。これでしばらくの時間は大丈夫だろう。


「さて、それじゃ着替えるか」

 そう言って俺はアイテムボックスから『転移の宝玉』を取り出して起動した。

 俺が思いついた良い方法ってのがコレ。

 宝玉で異世界に転移してコッチで着替えれば元の世界では次の瞬間に着替えた姿で戻ることができる。

 見ている人からすれば一瞬でそれこそ変身した様に見えることだろう。多分。

 

 転移した場所は王城内にある俺に宛てがわれた一室。

 転移の気配を察知した誰かが来るかもしれないのでサッサと着替える事にしよう。

 俺はアイテムボックスから斎藤に渡されたスーツ一式を取り出して拡げる。

 

 濃いネイビーのツナギ状のインナースーツはブーツと手袋までが一体になっている。所々にシルバーのラインが入っており全体にメリハリが出る様だ。ズボンの部分は動きやすそうなデニムを思わせるシルエットだが上側はピッタリとした装飾性の無いデザインだ。

 

 その上に着ることになるオーバーコートの色はインナーとは逆にシルクのような光沢のある白。そこに青と金のラインが入っている細身のライダースっぽいデザインで裾は膝くらいまであるが数カ所にスリットが入っていて動きずらさは無さそうだ。

 着ている服を脱いで着替えるとサイズも俺にジャストフィットしているし動きも妨げない。

 ってか、あいつ一人でよくこんなの作ったな。

 それにしても色的にちょっと派手すぎないか? コレ。

 少なくとも絶対に隠密行動には向かないだろ。

 

 そして肝心のマスクはというと、色はオーバーコートに近い白銀で、戦隊モノのようなツルッとした丸型ではなく西洋兜的な流線形のデザインでちょっとアニメチックなものだった。何処と無くテッ◯マンっぽいな。

 コレをどうやって固定させれば良いのかとマスクを持ってあれこれ見ていると、突然ノックが響きドアが開いた。開いてしまった。

「ユーヤ様、いらっしゃったのですか? あ……」

「あ……」

 エリスさんがこちらを見て固まっている。

 

「……奇妙なお召し物ですが、異世界ではそのような衣装が一般的なのでしょうか」

「い、いや、コレは、ちょっと事情が」

 俺は必死に言い訳を考える。

「いえいえ、私は何も言いませんとも。例えユーヤ様がどんな奇天烈な格好をされようとも、姫様に言ったりは……」

「ちょ、ちょっと待って、エリスさん! カムバーック!!」


 エリスさんが和かに微笑みながら部屋を出て行ってしまう。

 優雅な所作に似合わぬほどその動きは素早かった。

 俺が声を上げて引き止めるも後の祭り。

 アレは絶対言いふらすに違いない。というか嬉々として揶揄うつもりだろう。

 当分こっちに来るのは止めよう。次に来た時に例え時間が進んでいなかったとしても少なくとも精神的ダメージが抜けるまでは。


 激しく精神を削られながらも気を取り直してマスクを装着する。

 顎側についていたベルトで固定してマスク側に付いていた布地とインナースーツ側をファスナーで固定すると皮膚が露出している箇所は全くなくなってしまう。

 本当に良く作ったなぁ。

 どう考えても才能を無駄な方向に浪費しているようにしか見えんが……

 

 

 着替え終わった俺は意を決して再び『転移の宝玉』を使って元の船内に戻る。

 すると斎藤が驚いた顔で俺を見つめていた。

「へ、変身した?!」

 いや、着替えただけだからなコレ。

「なんというか、スゴイ格好だな」

「えっと、なんといえば良いのか、と、とにかく頑張りなさい」

 親父と母さんは微妙な表情だ。そりゃそうだろうさ。

 俺だって出来ればこんな格好はしたく無いよ!

 ここが薄暗くて見辛いのがせめてもの救いだ。


「おお!主殿、中々カッコいいではないか!!」

「ユーヤさん。格好良いです」

 特撮にドはまりしてる異世界組に言われてもなぁ。

 亜由美は……聞きたく無いので見ないようにしよう。

「と、とにかく、行ってくる。レイリアとティアは皆んなを守ってやってくれ。斎藤は、船の構造知ってるんだったか?」

「う、うん。って言っても大まかなレイアウトだけだけど」

 俺はまったくわからないから少しはマシだろう。


「取り敢えず斎藤も少しは変装してくれ。何かあるか?」

「えっと、こんなの位かな」

 そう言って斎藤が持っていた鞄から取り出したのがゴーグルのように幅広のサングラス。

 斎藤曰く暗くても視界を妨げないタイプらしい。

「あと、そのマスクと通信できる通信機付きのイヤホンとマイクがあるから」

 何故そんな物を奈々ちゃんとのデートに持ってきているのか謎だ。

 というかコイツは本当に何を考えてこのスーツ作ったんだろう。


「そ、そうか、とは言ってもその格好じゃな」

 斎藤の服装は濃いグレーのスラックスとネイビーのジャケットだ。

 ありふれてはいるが服装から身元が解るかも知れないな。

 俺は少し考えてアイテムボックスから魔術師のローブを取り出す。

 向こう異世界で手に入れたまま使っていなかった物だが確か物理防御力も相当高かったはずだからこれで良いだろう。

 それを斎藤に渡して着させる。フードも被れば殆ど人相は判らないだろうからな。

 そして万が一のために作って仕舞ってあった障壁の付与をしたブレスレットも渡す。銃器を持っているであろうテロリストなのでこの程度は必要だろう。抵抗すれば射殺するとか言ってやがったし。

 そしてそれらを装着した斎藤を伴って店を出る。



「さて、船が乗っ取られたんだったらまずは、えっと、操舵室って言うんだったか、そこだな」

「それならプロムナードを挟んで船首側の最上階が操舵室になってる筈だよ。多分エレベーターがあるとは思うけど、流石にその場所までは」

 そりゃそうだろうな。そんなの船員でもない限り知らないだろう。

 となれば外から行くか。


 そう考えてリストランテの出口正面にある外側の通路に出る。

 この船には外の空気を吸えるようにだろうかこう言った外側の通路があちこちにあるようだ。

 そしてそのまま通路を通ってリストランテの入口とは逆側にある展望デッキのような場所まで歩く。

 船首側を見ると件の操舵室の所にも外側通路があるようだ。御誂え向きだな。

「えっと、こっちに来ても下に降りられないけどどうするの?」

 斎藤がそう問い掛けてくる。

「ん? そりゃこうするんだよ!」

 言いつつ斎藤を強引に小脇に抱え、助走をつけて通路の手摺を飛び越えた。

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ~」

 斎藤の叫び声を聞きながらプロムナードの天井に飛び降りると走り出した。

 

 

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