第59話 勇者とコ○ケと黄金のマスク Ⅲ
午後二時を過ぎ宣伝活動を終了させて俺と田中さんはブースへと戻ってきた。
格好はラ○ダーとシ○ッカーのままだ。
いつもならコスプレ会場での宣伝を終えたら着替えるのだが今回は最後までこの格好でいなきゃいけない。
……なんであんな提案したんだ、俺は?
ブースの奥、パーティションで目隠しされた一角、ちょっとした休憩が出来るようにされた狭いスペースにポップを置きに行くと茜と亜由美がぐったりしていた。
「兄ぃにだまされた。謝罪と賠償を要求する」
人聞き悪いな。
「こんなに忙しいなんて聞いてない。去年来たときは他の場所回れる時間が結構もらえたのに」
「そんなに忙しかったのか?」
「いつもよりかなりお客さんが来たみたい。交代で1時間は何とか休憩できたけど……」
頬を膨らませてジト目で睨む亜由美は放っておいて茜に聞くも茜もつかれた顔で苦笑いだ。
「も~! ひっきりなしに人来るし休憩貰って他のブースに行ってももうめぼしいサークルの商品軒並み売り切れてるしぃ!!」
亜由美がキレ気味に吠える。
あ~、そりゃ愚痴るのも無理ないか。普段はこの手のイベントに来るのは母さんから許可でないけど、今回は俺の手伝いってことで楽しみにしてたみたいだからな。それなのに楽しむどころじゃなかったと。
後でサークル名聞いて斎藤に交渉して貰うか。
表側に出てみると準備の時には堆く積まれていた商品もほとんど売り切ったようで陳列していた台は書籍とDVDが少し残っているだけとなっている。
にもかかわらずブースの前にはいまだに多くの人が居残っていた。
何でだ?
理由を聞こうと斎藤を捜すも居ない。
「あれ? 斎藤は?」
「斎藤君は休憩中。ちなみに奈っちゃんも一緒。多分そろそろ戻ってくるとは思うけどね」
俺の独り言のような疑問に後ろからついて来た茜が答えてくれた。
へぇ~、奈々ちゃんもかい。なかなかやるな。
「お疲れさまっす。けっこう忙しかったみたいですね」
残っていた商品をチェックしていた市川さんに声を掛けた。
「あ、柏木君、お疲れ様。女の子達のおかげで大盛況だったよ。DVDもグッズもほとんど売り切れ。ただその代わりに成人向けの書籍は結構売れ残っちゃったよ」
いつもは真っ先に完売になるのにな。まぁ理由は理解できるが。
俺でもその状況なら絶対に買わない。
「それはしょうがないっすねぇ。でもまだ周りには結構人が残ってますけど、何でか知ってます?」
「それなんだけどどうもあのマスクの販売を見届けようって人が結構居るみたいなんだよね」
苦笑いをしながら周囲を見渡して市川さんが言う。
「まぁ、見た目でインパクトはあるし値段も値段ですからね。興味は出るか。トラブルとかは起こらなかったんですか?」
どうやら物見高い連中がそれなりにいることを察して俺も軽く笑いつつ質問を重ねる。
「今の所はいつもと同じくらいだね。うちのことを知らずに著作権がどうのとかケチつけて値切ろうとした人はいたけど」
それはいつもの事だな。
そんな会話を続けながら周囲を見渡していると斎藤と奈々ちゃんがブースに向かって歩いてくるのが見えた。
「よう。お疲れさん。随分と仲良くなれたみたいで何よりだな」
マスクに隠れて見えないだろうがニヤニヤしながら揶揄うように言ってやる。
斎藤の右手は紙袋を手にしているが左手は奈々ちゃんの手をしっかりと握っているのだ。
「え? あ! こ、これは会場人多いから奈々ちゃんがはぐれたりしないようにって!」
「はうぅ」
「へぇ?『奈々ちゃん』ねぇ」
早くも呼び方まで変わっていやがるよ。
二人して顔真っ赤だし。しばらく揶揄ネタには困らなそうだ。
「あ! 亜由美ちゃん! 今回のイベントで手に入れたいって言ってたの、サークルの人に頼んで確保して貰っておいたよ!!」
誤魔化しやがった。
「!! 流石ヨーちゃん! 兄ぃと違って頼りになる。お礼に兄ぃのハグとキスをプレゼント」
「アホか!」
いつの間にやら休憩スペースから出てきていた亜由美が紙袋を受け取りながら気色の悪いことを言い出した。
「……柏木君、しないよね?」
「斎藤とは一度キッチリ話をする必要がありそうだな」
「あははは、イヤだな、冗談だよ」
「まぁいい。奈々ちゃんの事も含めて後でじっくりと聞くとして、斎藤、アレから何かあったか?」
掛け合いはこの辺にしておいて、俺は口調を改めて斎藤に聞く。
「あ、ああ何も無いよ。イベント中に何かあればお客さんにも迷惑が掛かるからね。僕も注意して見てたけど特別気になることは無かったと思う」
「我も周囲の警戒をしておったが何かしようとした者はおらんかったぞ」
「視線はかなり集めてましたし、好意的でないものもあったみたいですけどね」
先程まで接客をしていたレイリアとティアも寄ってきて会話に加わってくる。
「え? レイリアさんとティアさんも気にしててくれたの?」
何も聞いていなかった斎藤が驚いている。
俺達が気にしているのは脅迫状の件だ。
サークル宛にメールで送られた脅迫状には『特別販売のラ○ダーマスクの発売を中止しろ。要求に従わない場合は実力行使も辞さない』と書かれていた。
単なる悪戯の可能性もあるが万が一サークルのメンバーやブースに来てくれたお客さんに危害が及んでは不味い。
そこで斎藤は現役警察官の大森さんを中心に男性メンバー数人をブースの周囲に配置して列の整理や販売補助をしつつ備えることにした。
俺としてはレイリアとティアに事情を話して警戒させていたのだが斎藤から見れば二人は普通(というにはちょっと目立ちすぎるが)の女の子なので詳しいことは斎藤には相談していない。
ピーク時にブース周辺にいる人達全員が暴徒と化しても数秒で鎮圧できるなんて説明しても信じられないだろうしな。
こういった色物を販売する場合にマニアの中には原作を揶揄或いは軽く扱われていると感じて反発する人が出てくる可能性があることは理解できる。
というか斎藤から指摘されて初めて知った。が、斎藤も脅迫状が届いて初めて思い至ったらしい。
そう思うなら中止するべきなんだろうが、その時には既に商品も完成して告知も済ませた後だったので他のメンバーの意見も聞いてそのまま決行する事になったのだ。
動機の面から言ってもそれほど大事にはならず精々販売時にクレームを入れたり嫌がらせをする程度だろうと大森さんが断言していたのが大きいらしい。
それでも万が一を考えて上記の対応措置を執ったのだが、それとは別に俺がほとんどの時間ブースに居られないのでレイリアとティアに内緒で警戒するように言っておき二人のことを知っている茜と亜由美にフォローを頼んでおいたというわけだ。
「んで? 結局実際にアレ買いそうな人は居たのか?」
「申し入れがあったのは4人だな。会長、そろそろ時間も良い頃だし始めるか?」
横から会話に入ってきたのは今回警備責任者みたいになってしまった大森さん。
見ればブースの周囲は見物客とおぼしき人ばかりで既に商品を見ている人は誰も居なかった。
他のメンバーも全員ブース内に集合している。
「そうだね。先に台の上の商品の残りを片付けて場所を空けよう」
斎藤がそう言って台を片付け始める。
奈々ちゃんがそれを手伝い、他のメンバーで残っていた商品を段ボールに仕舞う。
「いや~、今回も盛況盛況! 俺のフィギュアは完売御礼! アレのおかげで他も掃けるの早かったし、売れ残りもいつもより少ないな」
「そうですねぇ。これで良い年越しを迎えられそうです」
大森さんと市川さんが作業しながら笑いあっている。
「大森さん達のほうはどうだったんですか? 変な人いました?」
「今この会場には数万単位で変な人は集まってるがな。取りあえずブースの周辺に不自然な行動してる奴は居なかったよ」
俺の質問にも笑いながら答える。随分と上機嫌だ。
「よし! それじゃ始めようか…………お待たせしました! 特別商品の販売を開始します! 展示している原寸大マスクを購入希望の方、居られましたらブース前にお越しください!!」
準備が整い、斎藤が声を張り上げた。
周囲の人混みの中から4人の男性が斎藤の前に集まってきた。
…………ホントにいるよ……マジですか…………
「えっと、複数の方がいらっしゃいましたので抽選とさせて頂きます!」
準備を始めた斎藤に代わって市川さんが抽選の方法や当選した場合の商品の受け取り方法や支払い方法などの説明をして最後の意思確認を行う。
一応安全を考えてこの場での金銭と商品の交換は行わず売買契約のみを取り交わして後日代金の入金を確認後美術品配送業者により自宅まで配送する事になっている。
原則的にこのイベントに来ている人は公共交通機関を使ってる筈なので安全に持って帰るのは難しいだろうと言うことでこの方法を執ることにしたのだ。
そして抽選(くじ引き)の結果、50歳位の男性が当選した。
満面の笑顔でガッツポーズをしている。
抽選に外れた人達も苦笑いをしながらも拍手をしていた。露骨に不満を表している人は居ない。
契約書に斎藤と当選した男性がそれぞれ署名し1部ずつ受け取る。
それから実際にマスクを装着して記念撮影。
ポーズを取ったりしてノリノリである。
そんなに嬉しいものなのだろうか。
俺などはいつでも代わって欲しいと思ってるんだがな。
撮影が終わりマスクを外してから専用に作ったアルミケースに入れて鍵を掛ける。
そして配送業者の送付状に記入して貰い、それと引き替えにケースの鍵を渡す。
配送手続きの際に必要なので予備の鍵はサークルでも持っている。
後は代金の入金を確認後配送してから最後に予備の鍵を送付して完了である。
全ての手続きが終わりサークルメンバーとギャラリー達の拍手で終えようとしたその時、シュー!という音と共に辺りに煙が立ちこめた。
しかも複数の場所から同時に。
「ウワァー! なんだ!!」
「け、煙が!」
直後にジリリリリッ! と非常ベルが鳴り響く。
ブース周辺だけでなく会場全体が騒然とする。
「落ち着いて!! 姿勢を低くして非常口に!!」
「慌てるな!」
警備員だろうか入場者を誘導する声があちこちから聞こえてくる。
「斎藤! 大森さん! メンバーとお客さん達の避難を誘導してくれ!」
俺は二人に声を掛ける。
「わかった! 俺は周辺の人達を誘導する! 田中さん手伝ってくれ!」
流石に落ち着いている大森さんがいち早く行動を開始した。
「柏木君はどうするの?」
「(俺とレイリア、ティアで商品の保全をする。間違いなくコレは脅迫と関係あるだろ)」
小声で斎藤に答えると直ぐ隣にいた茜と亜由美も斎藤に同行させる。
当然奈々ちゃんは既に斎藤の服の裾を握りしめていた。
ひょっとして奈々ちゃん意外と肉食系なのか?
周囲には煙が立ちこめて視界は真っ白になってはいる。とは言ってもまったく見えないわけじゃないし外からの光も入ってきているし非常口のランプもうっすらと確認できるので大丈夫だろう。
レイリアとティアに次の行動を指示しようと思ったら既に二人は少し距離を置いて気配を殺していた。
流石によくわかってらっしゃる。
俺は念のためアイテムボックスにマスク入りのアルミケースを仕舞い、代わりに予備のケースを取りだして台の上に置いておく。
そして商品の入った段ボールを空いている台上に置いてからシートを掛けておいた。
スプリンクラーが煙感知式だったら直ぐに水浸しになってしまうからな。多分こういった会場だと熱や煙で作動する自動式じゃないと思うが念のためだ。
俺がブース内を動き回っていると近寄ってくる気配を感じた。人数は2人。
煙が充満しているので視認し辛いが帽子にゴーグル、マスク姿のようだ。マスクは多少煙を防ぐのにも役立っているのだろう。
それでも視界が悪いのでゆっくりと近づいてくる。
ようやくブースの直ぐ側まで近寄って、そこで俺の姿に気が付いて動きが固まる。
そりゃ煙をくぐり抜けてきたら目の前に仮面○イダーの格好をした奴が立ってたら驚くだろう。
そして次の瞬間、突風が吹いて周囲の煙が全て吹き飛ばされた。
多分レイリアの魔法だろう。ブースの周りだけ綺麗さっぱり白煙が無くなっている。
突然視界が開けたことに戸惑い周りを見渡す2人。
はっきりとはわからないが多分2人とも30代位の男性だと思う。
手には長さ50センチほどのバールのようなものを持っている。アレでマスクを壊すつもりなのだろう。
この騒動だからな。おそらく最初から盗むよりも壊すのを目的としていたんだろうな。
盗んだところで持ち去るのは難しいだろうし。
「ぷぎゃ!」
壁に激突した豚みたいな声を出して1人が倒れる。
「うぅ~、この靴動きづらいです」
ティアが倒れた(倒した?)男を片足で踏んづけながら素早く手足を拘束する。
ヒールのあるロングブーツなんて
……男のほう、なんかヒールで踏みつけられて喜んでないか? 恍惚とした表情が非常に気色悪いんだが……
それとティアさん、スカート短いんだからその姿勢は危険です。
「な?! ど、どうし……」
「お主がこの騒ぎの下手人かの? まったく。何処にでも虚(うつ)けはおるのぉ」
スパン! ドシャ!
「うわ! あがががが……」
相棒が倒れたのに気が付いて声を上げた男の側にいつの間にやら近づいたレイリアが呆れたように言いながら足払いを掛けて男を倒すとその頭を踏みつける。
姿勢としてはティアとよく似ているのだが忍者装束に草鞋なのでご褒美感はまるでない。
ピンで刺された虫みたいにジタバタしてるし。
シュパッ! シューー!
「お~い! 柏木君大丈夫かい?」
何かを吹き付ける様な音の直後、田中さんの声が聞こえた。
「大丈夫です!」
「ちょっと待っててね~。っと、ここもか。よし終わりっと」
もう一度同じ音がした後、ショ○カーのマスクを脱いだ田中さんが近づいてきた。
「田中さん避難しなかったんですか?」
「煙が発煙筒の煙だって直ぐに気が付いたからね。消火器持って戻って来たんだよ。消したから直に晴れると思うよ。それにそろそろ警察とかも来るんじゃないかな?」
直ぐに判る物なのか?
「撮影によく使うからね。物が燃えたときに出る刺激臭もしなかったし、無害な訓練用の発煙筒だって判るよ。んで? その転がってる男の人は?」
田中さんに状況を説明している間に警備員さんと警察の人が来たので同じように説明する。
そうしている内に避難していたメンバーや他のブースの人達も戻ってきた。
マスクを購入した男性も心配そうに見に来ていたが無事なことを伝えて安心して貰う。
転がってる男達を警察官に引き渡し、警備員さんと斎藤はイベントの主催者に説明へ。
そして俺と田中さん、それに女性陣は着替え、その他のメンバーでブースの片付けをする。
辺りはまだ騒然としているがどうせ時間的にも終了の頃合いだ。
レンタカーの鍵を預かっていたらしい大森さんが車を持ってきて皆で積み込む。
途中、斎藤から電話がありまだ時間が掛かるようなので市川さんと大森さんだけが居残り、俺達は先に解散することになった。
「何か物足らんのぅ」
「そうですか? 私は楽しかったです」
「最後はちょっとアレだったけどね」
「私は満足。でも疲れた」
「でも、斎藤君だいじょうぶかなぁ」
レイリア達が口々に言い合いながら駅に向かって歩く。
だが、今回重要なことが一つある。
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今回、俺、何もしてねぇ~~~~~~!!
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