第57話 勇者とコ○ケと黄金のマスク Ⅰ
部屋に堆く積まれた段ボールを降ろし開ける。
中身を一つ一つ確認して手元のファイルをチェックする。
中身を元の状態に戻して部屋の別の場所に移動させる。
朝から延々と続く作業に流石に疲れてきた。
「柏木君ちょっと休憩しようよ」
「お~。助かった」
掛けられた声に即座に同意する。
渡されたコーラのペットボトルを開けて喉に流し込む。
「ふぅぅ~~~」
大きく息を吐いてその場にどっかりと座り込む。
「ゴメンね、手伝ってもらっちゃって」
「いや、手伝うって言ったの俺だからそれは良いんだが、それにしても荷物多くね?」
俺は未だに手付かずの段ボールの山を見て言う。
俺が今居るのは友人である斎藤の自宅だ。
4LDKの分譲マンションで親と同居だが両親共に仕事の虫で殆どここへは帰らず職場近くに別のアパートを借りているらしいので実質一人暮らしに近い。
その両親は同じ職場で働いているので家族仲自体は良いらしいが。
そんなわけで4つある部屋の内二つを自分用に使用していて片方を作業用スペースにしている。そこが現在段ボールで埋まっているこの場所なわけだ。
「サークル設立5周年だからね。いつもより商品は多いんだよ」
「なるほどねぇ。ってかたった一日でコレ殆ど捌くんだろ? 相変わらずとんでもねぇな」
「でも結構書籍とDVDは残ったりするよ。書籍は後でも売る場所あるから良いけど、他はイベントでしか売れないから出来れば全部売っちゃいたいんだけどね」
今の話で解るように、この段ボールの山は冬のイベントで売る商品である。
夏と冬の年2回行われるオタクの祭典で毎回斎藤のサークルはブースを出店している。
ただこのイベント、メインはアニメとゲームなので特撮関連は他の不人気ジャンルと一緒にされ、スペースもそれほど大きくない。
にもかかわらず斎藤達は毎回相当な集客と売上を誇っている。
その理由は何とこの男、特撮番組の版権(正確には著作権と商標権だっけか)元に直談判して商品の販売許可を貰っているのだ。
斎藤は高校2年の時、大手の特撮版権元の企業に特攻を仕掛けて企業の重役相手に熱心に特撮愛を説き、売上に対して一定のロイヤリティーを払うこと、販売する商品は元の物語のイメージを損なわないこと、年2回のイベント以外で販売しないこと、販売する商品を事前に版権元に通知すること等を条件に正式に許可を得たのである。
そしてそれを皮切りに他の版権を持っている企業や個人に交渉を重ねてかなりのところから許可を得ている。
最大手の版権元が許可しているのが大きいのだろう。
普通に考えてサークルとはいえ個人に対して許可するなんて有り得ないと思うのだが、オタク魂恐るべし。
販売している商品はフィギアや玩具、番組内で登場したアイテムなど多数あるが、商品のかなりの部分を特撮番組や映画のDVDが占めており、その殆どが今後復刻版の発売や再放送の見込みのない物らしい。
何でも特撮番組には出演者が放映後に刑事事件を起こして放映できなくなってしまったり、内容やテーマが価値観や人権等の認識の変化によって放映できなくなるケース、単純に人気が無く商品として価値が低い等でそのまま消えていった番組や映画は多いらしい。
斎藤はそういった映像を過去に発売されたビデオや個人が録画した物の他、人脈を駆使して放送局や制作会社、当時の制作スタッフから掻き集めてDVDを作成して販売している。
その執念と情熱とオタク達の情報収集能力には恐れ入る。
そしてそのDVDは1枚5話程度収録された物が3千円程。殆どが数枚~10数枚のセット物であるにも拘わらず全国からマニア達が買いに来るらしい。それも当たり前のように10万円以上買っていく人も多いのだとか。
入手方法や内容等問題が起こりそうな物だがイベントでしか販売されていないことや消えて行ってしまうのを惜しむ人が多い事、マニア魂など理解不能な理由で今の所問題は起きていない。版権元も知っていて黙認状態らしい。
まぁ、それなりの売上と販売数があるとは言っても所詮イベント内での販売に限定されているので今後もしDVDとかを発売するにしても影響は殆ど無いと考えているのだろう。
「でも今回はちょっと人手が不足してるんだよね。
斎藤が心底困ったように溜息を吐く。
話を聞くと、今回大々的に告知をしてる関係で普段よりも集客を見込めるけど、肝心の人手が圧倒的に不足しているらしい。
斎藤のサークルは20名ほど所属しているが、いつもイベントに参加するのは6~7名位。
他のメンバーは書籍や商品の作成やDVDの編集等の作業はしてくれるが社会人が多いため参加できない人がほとんどらしい。しかも所属している女性は3名しか居ないうえ、今回参加してくれるのは全員男性だけ。
確かに売り子には向かないな。
「んじゃ、茜にでも声を掛けてみるか? 何人ぐらい必要だ?」
「ホント? 出来れば5人くらいは追加したいけど、もうこの際一人でも二人でも良い! 取りあえず売り子をしてもらいたいんだ」
その言葉に頷くとスマホから茜に電話を掛ける。
「もしもし裕哉? あれ? 今日斎藤君のところじゃないの?」
「いや、斎藤と一緒だよ。ちょっと茜に相談があってな」
そう断って事情を説明する。
「わかった。うん私は大丈夫だよ。えっと、今奈っちゃんと一緒に居るから聞いてみるね……(えっとね、今裕哉からなんだけど冬のイベントで斎藤君が手伝いしてくれる人を探しているん『やる!!』だけど、って、いいの?)……あ~、奈っちゃんも大丈夫だって」
「そっか。アリガト! 奈々ちゃんにもお礼言っておいて。詳しいことは後で」
茜に礼を言って電話を切ると直ぐに斎藤が身を乗り出してくる。
「どうだって?」
「お、おう、茜と奈々ちゃん、って、相沢奈々って子が手伝ってくれるってさ」
「相沢さんなら僕も会ったことあるよ。ってか柏木君と一緒に会ったじゃん」
そうだっけか? まぁいいや。
後は、レイリアとティアにも頼んでみようか。レイリアもティアも多分興味持つと思うから大丈夫だろう。となれば亜由美も来たがるだろうな。
うん、5人揃ったな。
「あと2、3人当てがあるから声かけてみるよ」
「マジで? ならお願い! バイト代は出来るだけ出せるようにするから」
「ところで、人手が足らないなら俺はそっちに回った方が良いと思うんだが……」
「何言ってるの?! それとこれとは別だよ! もうコスも用意したし!!」
……やっぱダメか。
なんの話かと言えば例のイベントのコスプレである。
チャンスとばかりに誘導しようとしたが失敗したらしい。
出来ればあのトラウマを刺激するコスプレは避けたいんだけどな。
正直に言えばネットでのアクセサリー販売が相当好調なので斎藤のイベントでバイトをする必要は無いっちゃあ無い。
でも、今まで散々お世話になっておいて金が有るから断るってのもあまりに不義理ってものだろう。
コスプレも今更だしな。
……出来ればやりたくは無いが……いやマジで……
因みに、先に言った通りネット販売は相変わらず絶好調だ。
ただ、その分問題も発生してしまっている。
何せ元々はファミレスのバイトの足しに出来ればなんて、数万円〜行っても10万円位を想定していたので細かいことは考えてなかったんだよな。
ところが実際にやってみたら8月分から今に至るまで毎月売上100万円を超えている状況だ。
確かにプラスになればと思って疲労回復と健康維持の魔法付与はしているが、素材の大部分は普通の貴金属だ。勿論埋め込んである魔法陣そのものはミスリルを極細の糸状にして編んだが所詮はその程度。精々気休め程度でしか無いはずなのに、何故か口コミで評判が広がっているらしく作ったそばから売れて行ってしまっている。
ラインナップにシルバーだけでなく金とプラチナも加えたら目ざとくそれを見つけた母さんの職場の看護師さん達に強請られて大量に手売りする羽目にもなった。
……どうでも良いけど、
いや、その日だけで3桁万円って、しかもネタで作ったプラチナ台に大ぶりなルビーやサファイアをふんだんに使ったティアラまで売れたんだが……アレどこで使うんだろう……
勿論儲かるのは嬉しいんだが、こうなると税金の事も当然考えないといけない。『現役大学生、脱税で逮捕』とか嫌すぎる。
そうなるとある程度仕入れもしていないと不自然だし、道具や何かももっとちゃんとしないと突っ込まれかねない。
なので地金や宝石類をちゃんとしたところで仕入れることにして、売上に連動している亜由美の取り分も見直すことにした。
8月分の売上が100万円超えたのでその2割とはいえ流石に中学生が持つ金額としては大き過ぎる。そこで8月分はそれで良いとして、母さんも交えて話し合った結果9月以降はネット販売分の純利益の2割を亜由美の取り分としてそれは全額亜由美が成人するまで母さんが管理すること、ただそれだけではモチベーションが上がらないので更に純利益の2パーセントを現金で渡すことになった。更に成績が下がった場合は持ち直すまで販売に関わらない事を約束した。
意外にも亜由美もあっさりと納得したようだ。
税金に関しては既に個人事業主として活動している斎藤の助言を受けて税理士さんと契約することになった。
そんなこんなで手持ちの現金は極端に増えたり減ったりと乱高下していたがようやく落ち着いたところだ。
いよいよ年明けくらいにはバイクが買えそうな気がする。
話が逸れてしまった。
そんなわけで今回も斎藤のイベントを手伝うことにしたんだが、特に今回はサークルでイベントに参加しだして5周年ということで、『何か特別な事をしたい』と斎藤が言い出した。
そこで俺が提案して『ある物』を商品として売り出すことになったのだが、何かしようとすると当然のようにトラブルも起きるわけで。
「で? あれから何かあったか?」
「ううん。あの後は何も。多分単なるイタズラだとは思うけど……」
俺の問い掛けに斎藤は少し苦い顔で首を振る。
「でも物が物だけに無視するのも不安だしね」
「やっぱ、止めとくか?」
「もう告知しちゃってるからそんなわけに行かないよ。それに僕も是非やりたいし」
斎藤がそう言った理由は、今回のイベントで特別に販売することにしているある商品の問題だ。
その商品をサークルのホームページで告知したところ、サークル宛に脅迫状が届いたのだ。
一応警察には届けたものの海外のサーバからフリーメールを使って送られた脅迫状の送り主は未だに判っていない。
安全を考えて中止も提案したのだが、出来上がった商品を見た斎藤はどうしてもそれの販売をしたいらしい。
なのでその対応でも色々と大変なのだ。一応俺も手助けはするつもりでいる。
「大丈夫だよ。流石にアレの金額を現金で支払う人もいないだろうから注意しないといけないのは搬入と搬出くらいだろうし、販売中は人もいるしね。周囲の警備は一応話を通してるから」
「お前がそこまで言うなら良いけどさ。ま、俺も注意しておくさ」
そう言って俺は肩を竦める。
何とかレイリアとティアに参加してもらえば大丈夫か。
俺も午後には合流することになってるし。
そんなこんなで準備は進み、いよいよイベントが始まる。
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