第55話 勇者の教育実習Ⅸ
そんなこんなで時間が過ぎて今日は金曜日。
昨日の時点で小柴君の登校復帰は今日からということで本人から連絡があった。
あの後だが、俺は普通に昼間実習を続け夜中になると小柴君に夢工作をしながら異世界で特訓を続けた。
二日目は前日と引き続きゴブリン相手だが2匹、3匹と数を増やし、囲まれてからの反撃なんかの経験を積ませる。もちろん相変わらず弱体化はさせているし安全には充分配慮している。
ただ、見た目が凶悪とはいえゴブリンは子供程度の身長しかない。身体の大きな相手を経験する必要もあると考えたので三日目は2メートル程のオーガを使った。
ウィルテリアスのオーガは大体2.5メートル~3メートルの体躯をしているので小柄なものを探すのに苦労した。結局見つけたのは1体だけだ。
その1体を見つけるまでに40体近いオーガを討伐する羽目になったがまぁそれは良いだろう。どうせ普段から討伐対象になってるし。
そして捕獲したオーガをゴブリンと同じように身嗜みを整えて純白のブリーフを履かせ、魔法と魔法具を使いまくって日本の成人男性程度までステータスを落とし、俺も援護をしながら小柴君と繰り返し特訓させる。
最終的にはオーガのくせに心が折れたのか頭を抱えて部屋の隅に蹲って動かなくなってしまったので特訓を終了することにした。
オーガが震えながら蹲っている姿は何とも哀れな同情を誘うものだった。
我ながらオーガ以上の鬼の所行である。気にしないが。
小柴君は完全に夢だと認識しているらしく、初日のように怯えることもなく数が増えても大きくなっても問題なく戦うことが出来ていた。
そんなわけで今日からまた学校に通うわけだが、これで多分大丈夫だとは思ってはいる。
が、特訓したとはいえ身体的には休憩ごとに完全に回復させたせいで鍛えられたわけでも成長したわけでもない。あくまで精神的な経験を積ませただけだ。
そして認識としては『夢』だと思っているので実際にあの連中に囲まれたときにどれほど効果があるかは未知数である。
若干不安ではあるが、まぁもし駄目なら別の方法を考えよう。
気持ちを切り替えて午前中の実習を終えて実習生用の控え室に戻る。
程なく他の実習生も全員戻り昼食を食べる。
……なんか、俺の通ってた時よりも給食美味くなってる気がするんだが気のせいか?
食べ終わってから茜に小柴君の様子を聞いてみる。
「朝に会っただけだけど随分落ち着いてるみたい。教室に入った時には友達とも話をしてたみたいだし大丈夫そうよ。ただそのイジメてたって4人組は離れたところで固まってたみたいだから、どうなのかな?」
連中は親も呼ばれて教頭先生、学年主任、三宅先生に指導されたみたいだけど、反省は……しないだろうなぁ。
その辺は色々と想定しているので連中と小柴君には魔法でマーカーを着けて動向を監視している。
現在は小柴君は教室、連中は昼休憩が始まってから15分ほどで教室を出て中庭に居るようだ。
多分昼は問題ないだろう。
「どうするの?」
「どうもしない。まぁ、一応注意して見ておくけど、大丈夫だと思うよ」
茜の質問に適当に答えておく。
午後もいつも通りに実習をこなし、ホームルームを終えると小柴君達に動きがあった。
例の4人組と連れだって移動していく。
階段を下りていくところを見るとどうやら校舎を出るようだ。
俺も急いで後を追おうとすると三宅先生が小柴君達の後をつけるように階段を下りていくのが見えた。多分三宅先生も連中の様子を気にしていたのだろう。
俺もその後に続く。
校舎裏まで移動して小柴君達は動きを止めた。
にしてもアイツら校舎裏好きだな。定番ではあるが。
校舎の角から覗き込んで様子を見ている三宅先生に近づき肩を叩く。
「きゃっ、モガ……」
「(しっ! 静かに! 気づかれます)」
叫び声を上げそうになった三宅先生の口を慌てて塞ぐ。
……もちろん手で、だよ?
「(か、柏木君! どうして)
「(一応俺も気になってたんで)」
小声で詰問する三宅先生に俺も小声で答えると、校舎裏の様子を伺う。
校舎を背にして小柴君がおり、それを半月状に囲む形で4人が居た。
小柴君は少し俯き気味でその表情は見えない。
「テメェのせいで親まで呼ばれてセッキョーだよ! どうしてくれんだ!!」
髪を染めたチャラい男子の一人が小柴君に怒鳴る。
「お前が大人しく蹲ってりゃこんな事にならなかったのによぉ。オタクが度胸もねぇのにキレてんじゃねーよ!」
「ただで済むと思ってんのか!」
もう一人のチャラ男子が怒鳴り、髪を染めていない一人が校舎を蹴りつける。
ここにきて我慢できなくなって飛び出そうとした三宅先生の肩を押さえて止める。
「(柏木先生!? どうして止めるんですか!)」
「(もうちょっと様子を見ましょう。多分、大丈夫です)」
視線を外さないまま答える。
うん。表情自体は見えないが先程校舎を蹴りつけた時も小柴君は微動だにしていない。
ビビってるわけでは無さそうだ。
「何とか言ってみろよ!」
「く、くくくっ」
「あん?」
男子生徒の怒声に小柴君が僅かに肩を振るわせ、その口から何かを堪えるかのように小さな声が漏れる。
「くくくっ……」
「て、テメェ、何笑ってんだ!」
顔を上げ表情が見えるようになった小柴君が口元を歪めながら笑っているのを見たチャラ1号が更に怒声を上げるも小柴君の様子が普段と違うことに違和感があるのか僅かに怯んだような表情を浮かべる。
「くっ、いや、この程度の雑魚にビビってたかと思うと自分が馬鹿馬鹿しくてさ」
「な、何だと?」
「テメェふざけてんのか! ぶっ殺すゾ!!」
小柴君の答えにチャラ1号2号が激高する。
「あ? ぶっ殺す? ゴブリン以下のお前らが? 僕を?」
「な?!」
「……やってみなよ。出来ると思うなら、な」
そう言って背にしていた校舎から小柴君が一歩踏み出す。
その表情は愉悦を堪えるかのように口角が上がり歯をむき出しにして笑っている。
それを見た4人組が思わず下がる。
大丈夫そうだな。
姿勢は自然体で力みもない。拙いながらも4人に対して殺気を込めた威圧を放っている。
完全に攻守逆転の構図だ。
あれなら中学生程度では最早ひっくり返せないだろう。
イジメっこ達は完全に呑まれて逃げ腰になりつつあるし。
「(……か、し、わ、ぎ、せ、ん、せ、い)」
「(はい?)」
直ぐ隣から小さく低く押し殺したような声が届き思わず間の抜けた返事をしてしまう。
「(小柴君に何を! したんですか!!)」
「(ちょっ、三宅先生?)」
突然三宅先生が俺の胸ぐらを掴み凄い力で揺する。
「(小柴君どうしちゃったんですか?! 何ですかアレ?! 絶対今小柴君の背中には『 虎 死 覇゛』とか書いてありますよ!!)」
「(お、落ち着いて下さい、先生)」
ますます強く俺を揺すりながら三宅先生が語気を強める。
ってか、三宅先生もあのボクシング漫画読んでたんすね?
……やっぱりヒットマンスタイルとフリッカージャブでも教えておいた方が良かったか?
「(ああぁ、あんなに大人しくて穏やかだった小柴君が……)」
そう言いながら、よよよっと言う感じで崩れ落ちる三宅先生。
ちょっと刺激が強すぎたらしい。
まぁ大人なんだし適当に折り合いをつけてもらおう。
それはそうと、そろそろ頃合いだろう。
そう判断した俺は小柴君達の所へ足を踏み出す。
「はい、そこまで」
「「「「 !! 」」」」
「……柏木先生」
驚いて俺を振り向く4人組と、表情をいつもの穏やかなものに戻した小柴君。
「よくやったな。凄いじゃないか小柴君」
俺がそう言うと小柴君は少し照れたように笑った。
「先生の、おかげです」
「俺はちょっと話を聞いただけだぞ? 休んでる間に何か心境の変化があったみたいだな」
俺は何もしてないよ? アレは夢の中の出来事だしな。うん。
「……夢で……いえ、何でもないです」
何か言いかけたが彼は軽く首を振って笑う。
「んで? 彼等をどうする?」
俺は4人を指さしながら小柴君に問う。
「あ~、どうするって言われても、もうどうでも良いって感じです。あ、でもお金は返して欲しいですけど」
そりゃそうだな。でもまぁ今の様子を見る限りもう大丈夫だろう。
今までのことをやり返すことも出来るだろうけど、精神的に優位に立った事でそんなことは気にならなくなったみたいだ。もっとも元々の穏やかな性格が大きいだろうが。
…………本当に良かった。歪まなくて。
ちょっと気が気じゃなかったんだよな。
「さて、んじゃ、次は」
そう言いながら4人組に視線を向けると揃ってビクついた連中が俺を見る。
「まったく反省してないようだから、取りあえず指導室、だな」
項垂れた4人を引き連れて校舎に戻る。
三宅先生は崩れ落ちたまま地面にのの字を書いていたので一言だけ断って放置。
いや、冷たいようだけど大人は後回しだよ?
「それにしても凄いやり方したわねぇ、何て言うか、無茶苦茶?」
「上手くいったから良いだろ? と言いながらもちょっと心配だったけどな」
翌日茜と並んで学校に向かいながら小柴君の話をする。
もっとも内容自体は昨日のうちに話してたんだけどな。
別に待ち合わせてた訳じゃ無く途中で会ったんで一緒に来ることになった訳だが。
毎日一緒に来てたら付き合ってるの内緒にしてた意味無いし。
それほど遠い訳じゃ無いので程なく学校に到着する。
今週は土曜日も登校日なので当然実習生も実習がある。
時間的には生徒達が登校し始めるまでまだ30分程あるので門は開いているものの生徒の姿は殆ど無い。一部の部活が朝練のためにちらほら生徒の姿が見える程度だ。
門を通り抜けると校舎の入口付近をゴミ袋を持って掃除している生徒が4人見える。
「……裕哉、あれって……」
「…………」
実に見覚えがあるような無いような……
いや、顔は見覚えがあるんだ。ただ、ちょっと。
生徒達が俺達の姿を見つけ、ダッシュで走り寄ってきて俺の目の前に整列する。
「柏木先生! 工藤先生! おはようございます!!」
一斉に角度90度のお辞儀をする。
「お、おはようございます」
「お、おう」
全員丸坊主の見覚えのある顔の生徒達。
「……ところで、その頭は……いや、何をしていたんだ?」
「校舎周りのゴミ拾いをしていました!!」
「ど、どうしたの? あなたたち」
もうおわかりだろうが、例のイジメっ子4人組である。
どうしてこうなったのか、心当たりは、ある。っていうか間違いなく俺が原因なのだが。
「その節はご迷惑をお掛けしました!!」
「「「申し訳ありませんでした!!」」」
まるで軍隊のような綺麗に揃った動きで頭を下げる。
「そ、そうか。ところで小柴君には謝罪をしたのか?」
「はい!!」
「昨日髪を切って直ぐに地に頭を擦りつけて謝りました!!」
「取り上げたお金も返しました!!」
直立不動で次々と報告する生徒達。しかも声がでかい。
ちょうど先生達も出勤時間な為何事かと遠巻きに足を止めて注目している。
いや、その、ね?
昨日生徒指導室にコイツら連れて行って、一旦待たせて指導室を出つつ『
もちろん変にステータスが上がったりしないように気を付けて。
どうやらまだ思春期の少年達のせいか効果がありすぎたらしい。
流石に俺が戸惑っていると、
ドサッ
背後から何かが落ちるような音が聞こえた。
振り向くと三宅先生が呆然と4人の生徒を見ている。
俺と目が合うと、猛然と俺の方へ駆け寄り胸ぐらを掴み上げる。
「な、に、を、したんですか~~~~~!!」
絶叫が響いた。
あ~、ちょっとやり過ぎた、か?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます