第54話 勇者の教育実習Ⅷ
実習先で遭遇したイジメ問題。
ガッツリと関わることを決めた俺は行動を開始する。
まずは今日(日付が変わったから昨日か)小柴君の自宅の部屋で準備をしておいたポイントに転移をする。
勿論万が一起きているとマズイので事前に影狼を遣わして寝ていることを確認してある。
そして起きないように更に『
こうすればちょっとやそっとで意識が戻ることはない。
次に『転移の宝玉』を取り出して小柴君を抱えつつ異世界に転移する。
そして転移した所にある寝台に寝かせてから、俺は異世界風の衣服(某RPGでいう『ぬののふく』的なヤツ)に着替え皮鎧を身につけ更に長剣を腰に差す。
正に典型的な冒険者スタイルである。
これから小柴君を起こすことになるのだが、今俺達が居るのは王国の北部、魔族領に程近い廃棄された砦である。
魔王や邪神との戦争が終わり、その必要性が薄れた砦にいつまでも兵を常駐させるほど各国は余裕がない。そんな兵士が居るのなら復興なり魔物討伐なりさせた方が役に立つ。
そんなわけで多くの砦が放棄される事になったのだが、ここはその一つである。
もっとも、頑健な砦を必要なくなったからといって簡単に撤去することも出来ないし、かといって放置して盗賊やら魔物やらが住み着いても困るので定期的に兵士による巡回や訓練で使用するためある程度は整備されているのである。
勿論今は誰も居ないし簡単に中に入ることが出来ないように入口は閉ざされているので他に誰か入ってくる心配もない。
俺がこんな所に小柴君を連れてきたのには当然だが理由がある。
小柴君自身にイジメを克服してもらうためだ。
イジメの被害者がその状況から逃れるために、本人に出来ることは二つある。
一つは彼にも話したが『逃げる』事だ。
これは別に悪い方法な訳では無い。頭の古い想像力のない大人が『逃げてもなんの解決にもならない』なんて無責任なことをいう場合もあるが、逃げるしか方法がない場合だって往々にしてある。特に周囲に味方が殆ど居ない様な状況では一旦逃げるのが一番良いのだ。そんな状況で下手に抵抗すれば更に悪化して追い詰められてしまいかねない。
一旦逃げて、気持ちを落ち着け体勢を立て直したり味方を作ったりする時間を稼ぐのも必要だ。人間関係を全てリセットするのもアリだ。
勿論、逃げても解決しないこともあるし、どこかで踏ん張らないといけないこともあるが、逃げるのは一つの戦略なのだ。
ただ、今回の場合は小柴君をイジメているのはあの4人組だけであり、彼にはクラスに友人も居る。それに小柴君自身がイジメられて悔しいと感じている。
そうなるともう一つの方法。『立ち向かう』のが一番良いように思うのだ。
立ち向かう。つまり戦う訳だが一番確実なのはやはり虐められている証拠を集めてから警察に被害届を出すと共に損害賠償と慰謝料を求めて民事訴訟を起こすことだろう。
この場合警察に届けるだけでは効果は薄い。被害届を出して告訴したとしても実際に刑事訴訟となるかは警察や検察の判断次第となる。しかも被害が相当深刻でない限り未成年に対する刑事訴訟は控えられ事情聴取と警告に止められることが多い。しかも学校側の協力が得られない場合有耶無耶になることもある。加えて未成年者に対する裁判は家庭裁判所で行われるが原則非公開のために被害者は加害者が処罰を受けたかどうかすら知ることが出来ないのだ。
なので民事で加害者本人と加害者の保護責任者に対して訴訟を起こす事が必要になる。
それらの訴えが認められればまず間違いなくイジメは収まる。
取れる慰謝料は微々たるものだろうが目的を果たすことは出来るのだ。
ただそういった手段を使った場合のデメリットも大きい。
実際にそれらが警察なり裁判所なりに受理されても直ぐにイジメが無くなるわけではないし、認められるだけの証拠を揃えることも相当な忍耐と労力が必要になる。さらに裁判を起こした場合に周囲の人間、特に大人達の被害者に対する態度が大きく変わる事がある。具体的には多くの場合出来るだけ関わらないように距離を取るようになる。そうなった時、果たしてそれが解決と言えるのかどうか。
直接イジメられる事は無くなってもより孤独になってしまうことだってあるのだ。
そうならないためには周囲の大人や友人達の協力が不可欠だが、今回は俺の実習期間内に何とかするつもりなので別の方法が必要だ。
なので俺は手っ取り早く小柴君にイジメに屈する必要が無い程度に強くなってもらう事にした。
小柴君の了承は得ていない。あくまで俺の勝手な判断の下に好きにやらせてもらう事にする。
そもそも俺にだってイジメ問題の抜本的な解決方法なんてものは無い。
第一当事者でもないしな。あくまでイジメを見てムカついたから手を出す。非常に自分本位で身勝手ではあるけど、そこは割り切る。
ある意味俺が一番非道かもしれんな。
着替え終わった俺は小柴君に掛けてある魔法を解除して彼を起こす。
「小柴! いつまで寝ている!!」
「へ? え? あれ? ここは????」
俺の大声に飛び起きた小柴君が驚いた顔で周囲を見回す。
うん、ビックリするよね。
「やっと起きたか! いつまでも寝ぼけてないでさっさと着替えろ」
「え? あれ? か、柏木先生? え? 一体これどうなって……」
状況が全く把握できていない小柴君。
「何を言っている? 小柴が強くなって誰にも負けない勇者になりたいと言ったんだろうが」
「え、えええぇ?」
我ながら言ってることが支離滅裂で無茶苦茶である。
だがこれで良い。
要するに小柴君にこれを現実だと認識させないようにしているのだ。
「ゆ、夢? でもなんか凄くリアルっぽいんだけど」
「まだ寝ぼけてるのか! お前が4匹の邪龍を倒して勇者になりたいから鍛えてくれと頼んできたんだろう! いつまでもボーッとしてないで準備しろ」
勿論そんなことは言ってないし頼まれてもいない。
でも夢なんて荒唐無稽でアホっぽいものだろう。
「は、はい! わかりました。えっと、着替えは」
「寝台の横に準備してある。今日はまだ鎧と武器は使わないからな。服と靴を履いたら廊下に出てこい」
案の定、小柴君の脳内で適当な結論が出たのだろう寝台を降りて聞いてきた。おそらく『夢の中の出来事』として処理されるはずだ。
先に部屋を出て廊下で待っていると着替えた小柴君が出てくる。
俺は彼を連れて兵舎となっている建物を出て砦の中央部にある大きな建物の中に入る。
小柴君も辺りを物珍しげにキョロキョロしているが特に興味を引くものは無いはずなので気にしない事にする。
建物は将官達の部屋や会議室、兵員の詰め所がある砦の中枢部となっている。そして地下には捕虜や捕らえた者を収監する牢がある。
牢は鉄格子ではなく分厚い木の扉で閉ざされた部屋が20ほど。
一つ当たり20畳ほどの大きさだ。
その一つの扉の前に来て立ち止まり、小柴君に目を向ける。
「さて、これからいよいよ実戦訓練を始める。この部屋の中には凶悪な魔物が待ち受けている。小柴はそれと戦って倒すんだ!」
「え、えっと、ぶ、武器は?」
「言っただろう。今日は武器は使わない! 男なら拳で戦え!!」
「ええぇ?!」
脳筋理論全開のアホ発言である。
でも良いのだ! 何故なら夢だからだ!
「心配するな! 危なくなったら助ける。今日はまず魔物に慣れることだ!」
それだけ言うと小柴君を伴って中に入る。
牢の中には壁から伸びた鎖に繋がれて一匹の魔物、身長130センチ位の濃緑色の肌を持つ人型で醜悪な顔をした子鬼とも猿ともつかないヤツがこちらに向かって威嚇してきていた。
数多のファンタジー物で最多の登場数を誇る定番中の定番、他の追随を許さない安定した地位を築き上げている雑魚キャラ『ゴブリン』である。
今回の方法を思いついた俺は一度
ただ、そのままだと色々問題があるので事前に処理をしておいた。
身体を拭く習慣も水浴びする習慣もないから臭いし汚いんだよコイツら。
なので水魔法と酵素パワーで全身しっかり綺麗に、フローラルハ○ングで匂い対策もばっちり。
手足共に爪も切ってあるし、万が一噛みついたらマズイので牙はおろか歯も全て抜いてある。
こうすれば力も殆ど出せないし、口の中はリ○ステリンで消毒済み。
魔物に慣れていない小柴君に過剰な威圧感を与えないために頭にはピンクのリボンまで結んでおいた。
普通身につけている腰蓑は中が見えたりしてアレなのでダ○ソーで買ってきた白のブリーフを履かせておいた。
我ながら扱いが非道いな。まぁこっちの世界じゃ害しかない嫌われ者の魔物だから問題ないが。
変な保護団体とか無いし。
「あれって、もしかして……」
「初心者の相手と言えばゴブリンだろう」
「そ、そうですね」
そろそろ説明が必要かな?
今回俺がとった手法は単純明快。小柴君自身にあの4人組に勝てるだけの力を身につけさせるというものだ。
といっても別にステータスやレベルを上げて身体能力を高めようっていう訳じゃ無い。
そもそもまだ身体が出来上がっていない中学生位だと喧嘩の強さに身体能力はほとんど影響しない。例え格闘技をやったとしても強くなるわけではないのだ。
通常喧嘩になると恐怖心で身体が強張り思い通りに身体を動かすことが出来なくなる。更に殴られでもしたら更に身体は縮こまり何も出来なくなるだろう。
だから喧嘩に強くなろうとするには何よりも『慣れる』事が必要だ。格闘技が無駄とは言わないが、アドバンテージとなるのは人と戦うという経験値が高くなるという点に尽きる。
なので余程の天賦の才に恵まれない限り中学生レベルでは格闘技経験者よりも喧嘩慣れしている奴の方が強い。だから『喧嘩は先に手を出した方が8割勝つ』なんて言われるのだ。
土佐地方で行われている闘犬という犬同士を戦わせる伝統行事で、経験の無い若犬に戦う自信を付けさせるために現役を引退した元闘犬に口輪を着けさせて『噛ませ犬』として相手をさせるという事が行われているそうだがそれと同じ事をしようと思う。
で、経験とは実戦となるわけだが普通の相手と喧嘩したところで慣れるにはそれなりの時間が掛かる。日本でそうそう殴り合いの喧嘩なんか出来るものじゃないし、こっちだとそもそも同年代の子供だって小柴君よりも遥かに実戦慣れしてて訓練にならない。こっちじゃ子供ですら油断すれば簡単に死ぬのだ。平和な日本で育った中学生と比較しても意味が無い。
なので丁度良い人型の魔物を適当に弱体化させて相手をさせようと思ったわけ。
雑魚キャラで有名なゴブリンとはいえ、過酷な森で生きている魔物の迫力はハンパなものじゃない。小柄で冒険者にとっては雑魚にすぎないゴブリンでも力は身体に似合わないほど強いし何よりこちらを殺す気で襲いかかってくる威圧感と殺気は日本にいてはまずお目に掛かれないほどだ。
勿論そのままだと小柴君が危険なので実力的に小柴君のステータスよりも低くなるように弱体化してあるし、俺もいるので大丈夫なはずだ。
万が一怪我をしても直ぐに魔法で治療できるし恐怖心も夢だと思い込むことで軽減できるはず。
最初は無理をさせないようにするつもりだしな。
「で、ど、どうしたら?」
「最初だからな。まずは鎖に繋がれたままのゴブリンを殴ってみろ」
「は、はい」
小柴君が恐る恐るという感じでゴブリンに近づいて行く。
「ガアッ! ギャッ、ガアァッ!!」
「ひいっ!!」
それまで睨み付けるだけだったゴブリンが小柴君が手が届きそうになった途端叫び声を上げながら飛びかかろうとする。鎖がガチャガチャと鳴りながら伸びきって手は届かない。
小柴君が後ろに飛びずさってへたり込む。
「慌てるな! 鎖で繋がれているから大丈夫だ。まずは深呼吸をして相手を睨み付けろ!」
「は、はい!!」
よたよたと立ち上がり何度も大きく息を吸う。
そしてファイティングポーズをとってゴブリンを睨み付けた。
「ギャッ!!」
「うっ!」
ゴブリンに睨み返されて怯む小柴君。
それでも何度か視線を外しながらも睨み付けることが出来るようになった。
「よし! それじゃあ一気に走り寄って一発殴ってみろ!」
「!」
微かに頷くとドタドタと走り寄って手を振りかぶる。
俺はゴブリンにピンポイントで威圧して動きを封じる。
ベシッ
「痛っ!」
変な風に当てたのか小柴君が手を押さえる。
すかさず『治癒魔法』で癒す。
「あ、あれ? 痛、くない?」
急に痛みが消えたのが不思議なのか小柴君が頭を捻る。
「ぼさっとするな! 続けろ!!」
「は、はい!」
慌ててゴブリンに向き直り、2発3発と顔面を殴りつける。
その都度治癒魔法を掛けて小柴君の手を癒していく。
頭ってのは結構堅いからな。夢の中でいつまでも痛いのは変だし。
「ギャッ、ゴッ、ギュッ」
「はぁ、はぁ、はぁ」
「よし! そこまで!!」
ゴブリンが半ばグロッキー状態になったところで小柴君を引き離す。
レベル上げが目的ではないのでトドメは差させない。
経済動物相手ならまだしも、魔物といえど動物を殺せば現代日本人なら多かれ少なかれ歪む恐れがある。夢だと認識しているなら大丈夫かもしれないがリスクを冒すこともない。
大きく肩で息をする小柴君に声を掛ける。
「初めての戦闘はどうだった?」
「どう、って言われても、その、恐かったです」
その言葉を裏付けるかのようにほんの短時間動いただけなのに全身に汗をびっしりかいている。
「まずはその恐さに慣れることだ。そうすれば恐くても身体が動くようになる」
「はい」
小柴君の全身に魔法を掛けて癒し、体力も回復させる。
そして殴るときの型や簡単な足裁きを教えて練習させた。
一度殴って多少気持ちに余裕が出来たのか案外スムーズに覚えていった。
そしてある程度形になったところでゴブリンを魔法である程度回復させてから次の段階に進む。
「次は鎖を外す。小柴の準備が整うまで抑えておくから大丈夫だ。後は教えたとおりにやってみろ。危なくなったら助けるから心配しないで思いっきりやれ」
「は、はい………………だ、大丈夫です!」
ゴブリンの鎖を外して代わりに首を押さえつけながら小柴君の準備が整うまで待つ。
その間ゴブリンは俺に向かって殴りかかったり振り解こうとして暴れるが無視する。
なんのダメージも無いからな。
小柴君が息を整えて構えたのを見てからゴブリンを少し離れたところまで放り投げて俺自身は部屋の隅まで下がる。
起き上がったゴブリンが小柴君と俺を交互に見ながら威嚇する。
そこに一気に走り寄った小柴君が殴りかかった。
元々回避能力が高くない上に弱体化させられ、更に俺にも警戒していたゴブリンがまともに殴られ吹っ飛ぶ。
かなりの手応えだったのだろう。殴った自分の手を見て小柴君の動きが止まる。
「止まるな! 一気に畳み掛けろ!!」
俺の声にハッとして再度ゴブリンに躍りかかり殴りつけ、蹴り飛ばす。
ゴブリンが完全に逃げ腰になったところで止める。
「そこまで!! 完全に圧倒してたな。よくやった!」
「あ、はい、え? あ、僕」
多分喧嘩で初めての勝利だったのだろう。
半ば茫然自失の状態だが、少しずつ実感が湧くにつれて表情に笑みが出てくる。
その後は一旦建物の外に出て食事を済ませ、また次の牢へ行き、少しずつ強さを増していったゴブリン達の相手をさせる。
一戦終える度に休憩と戦い方を教えながら練習をさせる事数回。
来たときには高かった日も大分傾いたところで今日は終えることにした。
兵舎の元の部屋に戻って、来たときに着ていたパジャマに着替えさせる。
「よし。今日の訓練はこれで終わるが、邪龍を倒すためにはまだまだ足りな…………」
話をしながら小柴君に『
そして自分も着替えてから小柴君の身体を入念に治癒する。
筋肉を付けるためには完全に回復させないようにした方が良いのだが今回は目的が違うので筋肉痛すら起きないようにしておく。汚れや匂いも残さないように気を付けないとな。
全てのチェックを終えて再び日本の、小柴君の部屋に『転移』した。
真っ暗な室内。全く進んでいない時計。
俺は小柴君をベッドに寝かせてざっと状態を確認する。
モタモタしていると家の人が起きてしまうかもしれないのでドキドキである。
そして小柴君の『
後は目覚ましでも鳴れば普通に目が覚めるだろう。
幾ら現実のような感覚があったとしても目覚めたときに自分の部屋で、尚かつ時間的にも不自然な部分がなければゴブリンと戦ったときのことは夢として認識されるだろう。
でも実際には夢ではないのであの経験は小柴君の中にしっかりと根付いているはずだ。
人間一度の勝利は精神に大きな影響を与える。
念のためあと二日ほど同じ事をしようと思っているが、それをクリアできれば同級生程度に精神的な圧迫感を感じることは無い。そしてそれで充分あの4人組に対抗できるだろう。
もちろん小柴君の精神面には十分な注意が必要だけどな。彼の良い所まで無くしてしまうことがないようにしないと。
喧嘩馬鹿になってしまったら親御さんに申し訳なさ過ぎる。
そんなことを考えながら俺は自分の家に帰るために『転移』した。
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