第52話 勇者の教育実習Ⅵ
教育実習も2週目に入りいよいよ授業実習が始まった。
前にも言ったが今週はまず各クラス一時限ずつの授業を行う。
正確には教師志望では無いとはいえ手を抜くわけにはいかないし、どうせやるなら真剣にやらないと得られるものも得られない。
大勢の前で話すこと自体経験はあるのだが流石に授業を担当したことはない。
個別に人にものを教えたことはあるが全くの別物だしな。
入念に準備を行ってはいるがどうすれば生徒達に理解させることが出来るのか、習熟度が人それぞれの中で教えるというのはかなり難しいと思う。
途中で飽きさせないような話術も必要だし、単に教科書を読み上げて問題を解かせるだけなら教師がやる必要もないんだから学校の授業というのはかなりハードルが高い。
教壇に立ち数式の計算方法や考え方、文章問題から数式を組み立てる方法など出来るだけ丁寧且つくどくならない様に心掛けながら説明しつつ適宜黒板に書いた問題を生徒に解かせていく。
出来るだけユーモアを交えながら説明できればいいのだが流石にそこまでは出来そうにない。
それでも生徒達の表情を見ながら理解度を測っていく。
何とか予定している所まで進めたが少し時間が余ってしまう。
時計を確認しながら進めたのだがまだ駄目だったらしい。
5分ほど余った時間は松山先生がフォローしてくれたが要反省だな。
「初めてとは思えないほどちゃんと授業になってたな! うん! これなら大丈夫!!」
今日は3時間目の授業を担当したが終わった後松山先生はそう言いながら俺の肩をバシバシと叩いて笑いながら言う。
「いえ、反省点ばかりですよ。時間も余らせてしまいましたし」
「最初はしょうがないさ。時間が余ったのは緊張からか少し早口になってたのと生徒に問題を解かせる時間が短かったからだな。もう少し時間を取るようにすれば問題ない! あとは慣れだ!」
反省を口にする俺に松山先生は相変わらずの大声で激励してくれた。
結構注意してたんだけどなぁ。ま、最初から上手く行くはずないか。
取り敢えず今日の授業はこれで終わったし明日と明後日は別のクラスで同じ範囲の授業なので精神的には余裕が出来る。
自分の失敗を念頭に残りの授業を見学して放課後はまたクラブ活動の見学である。
ホームルームを終えて一旦実習生の控え室に戻り授業で使った資料を片付けてから移動する。
あ、上山さんだけど、まだ少しぎこちない感じはするが何とかお互い普通に接することが出来た。
これは俺の、というよりも彼女のお陰ってのが大きい。
俺自身はどう接すればいいか判らなかったのだが、彼女の方から普通に話しかけてくれた。
ある意味で俺よりも彼女の方が大人なのかもしれないな。
で、話は戻るが、
この学校では一応全ての生徒がどこかしらのクラブに所属している。
おかげで幽霊部員の多い文化系クラブも多いがそれは何処の学校も同じだろう。
そして今日は水泳部の見学である。
この季節、学校のプールは使えないため近くにある市営の温水プールを週に2回借りてクラブ活動をしていた。他の日は主に筋トレとランニングらしい。
その分学校で拠出する活動費では足りないため月に1000円ずつ部員から徴収しているそうだ。
そんなわけで用意をして野岸さんと共に市民プールに移動するために校舎を出る。
出た途端、妙な気配を感じたので野岸さんに先に向かってもらい俺は気配を感じた校舎裏を覗いた。
そこにいたのは5人の男子生徒。
一人を残りの四人で囲んでいる状況だ。
どう見ても穏やかとは言えない雰囲気。
こりゃイジメっぽいな。
「そこで何をやってる!」
声を掛けると焦ったように囲んでいた四人が振り返る。
チャらい感じで髪を染めてるのが二人と普通っぽいのが二人。
囲まれてたのは眼鏡を掛けて大人しそうな感じの男子。
どれも見覚えのある顔だ。
確か、4組。茜の指導担当のクラスだったはず。
「なんだよ、教生かよ……何でもないっすよ。話してただけなんで。行こうぜ」
チャらい方の一人が促して囲んでいた四人が立ち去っていく。
「大丈夫か? えっと、確か小柴君だったっけ」
囲まれていた生徒に声を掛ける。
「大丈夫です。ぼ、僕も行くんで。それじゃ」
小柴君は俺と目を合わせることもなく軽く礼をすると走り去った。
声を掛けてあの反応ってのはちょっとばかし切ないがイジメを受けてるとしたら当然かもしれない。
生徒にとって教師なんてのは味方でもなんでもないからな。ましてや教育実習生なんて通行人以下だろうし。
取り敢えず4組の三宅先生には報告しておこう。
生徒以外の視点に立てばこの学校の教師はそれなりにちゃんとしているように見える。
少なくとも何もしないよりかはマシかもしれない。
そう決めて俺は水泳部の居る市民プールに向けて歩き始めた。
急げば野岸さんにも追いつくだろう。
程なく野岸さんにも追いつき市民プールに到着する。
俺達はそれぞれ着替えてプールまで行く。入る予定はないのだが一応水着だ。
プールサイドに着くと既に部員達は準備運動を終えて集合していた。
男子水泳部の顧問はなんと松山先生だった。
いや、日に焼けた姿は相応しいっちゃ相応しい気がするんだが。しかもなかなか鍛えた身体をしているし。
ちなみに松山先生の水着はブーメランパンツである。
日焼けしたマッチョはブーメランパンツじゃなきゃいけない理由でもあるんだろうか?
その先生の水着だが股間部分に定規か温度計のような目盛りが書いてあり、後ろ側には『愛のメモリ』と白抜きの字で書いてあった。
松○しげるネタをここまで引っぱるか!
「えっと、先生、その水着……」
「おお! これは今年の7月に部員から誕生日プレゼントとして贈られたんだ! 素晴らしいだろう!!」
いや、それ、完全にジョークグッズだと思います。しかもかなりセクハラ気味の。
「そ、そうっすか、良かったっすね」
これ以外どう言えと?
女子の方も集まっていて顧問の先生が野岸さんを紹介しているようだった。
部員の中には亜由美もいる。そういえば夏からレギュラーになったとか言ってたな。
小学校の時から水泳はしていたが一応真面目にやっていたらしい。
一応言っておくが水泳部の水着はスク水ではなく競泳用の水着を皆着用している。
まぁ、ほとんどが黒系統の大人しいデザインだし俺にはロリコンの気は無いので詳細は省く。
各自で勝手に妄想しておいてくれ。但し亜由美は想像でも許さん。
基本的に水泳部は男女の交流はほとんど無いらしい。個人競技だし思春期の男女だし色々考えられているんだろう。あくまで同じプールを利用しているだけだ。
なので当然俺が今回女子の方に行く事は無い。別に行きたくもないからな。本当だぞ?
各自がプールに入って練習を始めると俺は松山先生から部活について説明を受ける。
松山先生自身学生時代に水泳をしていたらしく、要所要所で部員達に指導をしていた。
暑苦しいのを除けば本当に優秀だよなこの先生。
俺も時折プールに入って指導の手伝いをする。水着は膝上までのサーフタイプである。
羽織っていたウインドブレーカーを脱いだときは少々どよめきがあった。
自分で言うのもなんだが異世界での実戦で鍛えられた肉体美である。思わず調子に乗ってダブルバイセプスのポーズ(ボディビルのポーズで両手を上に上げて肘を曲げるガッツポーズみたいなやつ)を決めてしまった。といってもあの競技の人達みたいな過剰に太らせた筋肉じゃないので見た目はいまいちだと思う。
何故か松山先生が対抗してサイドチェストのポーズをしてたが。
それにしても異世界から戻って初めてプールに入ったが脂肪が少なく筋肉が増えたせいか浮力が小さくて焦った。
実習中にも関わらず結構楽しんでしまったけど……
翌日、4組担任の三宅先生に昨日の校舎裏での出来事は話しておいた。
一応注意して見ておくとは言ってくれたが、本人から相談でも無ければ何かするのは難しいかもしれない。
ただ、きちんと生徒の心配はしていたので良い先生なのだとは思う。
加害側と見られる生徒に関しては髪を染めたりと多少派手な部分はあるものの特に不良というわけでは無いそうだ。
今の所積極的に関わるつもりはないが、ここにいる間は昼休みや放課後に校舎や体育館の裏を見て回ることにしよう。
4時間目に行われた2回目の授業実習は何とか無難に終えることが出来た。
実習生控え室で昼食を終え、予鈴がなった後次の授業が行われる4組に松山先生と向かう。
隣である3組の教室に差し掛かったところで前方から三宅先生の声が聞こえてきた。
「あなたたち! 何をしてるんですか!!」
見ると例の四人組とその向こうで蹲る男子生徒が見える。
「別に。ちょっと足が当たっただけなのにコイツが大げさにしただけじゃないっすか」
「明らかに蹴っていたでしょう! いつもこんな事をしているんですか!!」
反省の欠片も無い染髪の生徒に三宅先生が叱責の声を上げている。
どうしたものかと松山先生の顔を伺おうとした時、首の後ろがちりちりと微かに逆立つ。
拙いが殺気とも思える気配。
チキチキチキチキ
蹲った生徒から聞こえる微かな音。
三宅先生もその前にいる生徒も気が付いていない。
そして、
「ぅあぁぁぁぁぁぁ!!!」
叫び声を上げながら蹲った生徒が立ち上がり腕を振り上げた。
事前に察知していた俺は直ぐさま間合いを詰めて振り下ろそうとしている手首を掴む。
そしてその手に握られたカッターナイフの刃を指で摘んでパキンッと折った。
止めるにしても歯が出たままじゃ怪我するかもしれないからな。
「な?! え? は、離し」
「はいはい、ちょっと落ち着け。気持ちは解るけどそれをやっちゃ君が駄目になる」
「柏木先生?!」
ようやく彼、小柴君の状況に気が付いた三宅先生が驚きの声を上げる。
「松山先生。ちょっと生徒指導室借りても良いですか? それと次の授業」
「わかった。こっちは任せて。取り敢えず小柴君を指導室で落ち着かせてくれ。僕らも後から行くから」
俺の突然の要請に松山先生は頷いてくれた。
ホントに優秀だなこの先生。実習生に任せるのが正しいかはわからんが……
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