第50話 勇者の教育実習Ⅳ

 玄関を開けて家の中に入る。

「お帰りなさいませ。ユーヤ、さん」

「ただいまティア」

 出迎えてくれたティアに言葉を返しつつ階段を上がり自室で着替える。

 それが終わると再度階段を下りてリビングに。

 リビングには亜由美とレイリアがテレビを見ながら寛いでいた。

「兄ぃおかえり」

「おお、主殿ようやく戻ったか」

 俺がリビングに入ると二人がそれぞれ言葉を掛けてきた。

 

 何故ティアとレイリアがこの家に居るのか。

 それは例の帝国との戦争が終結し後処理も一段落した後で二人が俺と日本で生活したいと望んだからだ。

 レイリアは兎も角、ティアは帝国の問題が片づいた以上再び王城に戻るのに問題ない筈なのだが、その事が逆に憂いなく俺の所に来る事が出来ると強く主張したのだ。

 多分転移の宝珠でいつでも戻れる上に時間的な問題も解決されることが決め手になったんじゃないかと思う。

 ティアだって異世界には親しい人や友人も沢山いるしな。いくら俺の所に来たいと思っても全てを捨ててではやはり辛いだろうからな。

 勿論俺はまた会いに来るからと説得したのだがティアの泣きそうな顔とレイリアと茜までが後押ししたものだから俺にそれをはね除けられるはずもなく、幾つかの条件と引き替えに了承せざるを得なかった。

 

 ただ、前回までのように一時的な滞在なら兎も角長期的な滞在となると俺の一存で決められることではない。それに亜由美に俺の事を知られた以上、色々誤魔化してもいずれは母さんにばれるだろう。俺も亜由美も嘘がそれほど上手くないから、それならいっその事全て話すことにした。

 異世界の事、俺が勇者として戦ってきたこと、その時にレイリアとティア、メルに助けられてきたこと、今回の帝国のこと等を全て打ち明けた。

 最初はなかなか信じられなかった母さんも実際に異世界やレイリアの本来の姿(黒龍)を見せたことで信じてもらう事が出来た。

 最大の懸念であった俺がこちらの世界で人を殺したことについては『大変だったのね。お疲れ様。貴男が生きて帰ってきてくれたのならそれで良いわ』と笑っていってくれた。

 その言葉を聞いて泣きそうになったのは内緒だ。

 

 そして、レイリアとティアが日本に滞在したいという要望を伝えると『裕哉の恩人ですもの。自分の家だと思っていつまでも居てちょうだい』と二つ返事で了承してくれた。

 ただ、異世界人である二人は当然の事ながら日本の戸籍がない。

 そうなると色々と問題が起こることが考えられるので、母さんの提案で戸籍取得の手続きを執ることになった。

 実は日本には戸籍のない無戸籍者という人達が結構な数居るらしい。

 これは様々な理由で出生届けを出すことが出来なかったり出生証明書が無いために出生届けを出せなかったりすることが原因らしいが、その場合の救済措置として家庭裁判所の許可で就籍(しゅうせき)することが出来るらしい。日本の場合国籍取得に血統主義があるので両親が共に外国人であるのが明らかな場合はかなり面倒らしいが、逆に明らかでなければ大丈夫なのだとか。

 その辺割といい加減である。

 

 というわけで、母さんの知人(元患者さんらしい)の弁護士先生に手続きを依頼している。裁判所にも裁判官や事務官に知人(全て元患者さん)が居るので問題ないだろうとのこと。

 ただ、実際に戸籍を取得できるのは半年くらいかかるそうなので今は待ちの状況だったりする。

 そして、手続きには母さんが身元引受人になり、戸籍取得後は二人を養子縁組するとまで言っていた。……親父の了解は貰わなくて良いんだろうか……

 

 そんなわけで二人は家に滞在することになり、ティアは『少しでもお役に立ちたい』とか言って家事全般を担当してくれることになった。もちろん俺も従来通り家事をしようとしたのだが手を出そうとする度にティアに阻止されてしまうのだ。

 尚、レイリアはこの世界の知識が興味深いらしく親父の蔵書を読みあさっている。

 家事は一切しない。っていうか、出来ない。

 

 閑話休題

 

「あの、ユーヤ、さん、お疲れ様でした。食事の用意できてますので」

「ありがとう。んじゃ皆でいただこうか」

 俺がそう言うと亜由美とレイリアもテーブルにつく。

 ちなみに、ティアが俺の名前を言い辛そうにしていたのは様付けを止めるように言ったから。

 まだ慣れないらしく時々混ざって『ユーヤさんま』と言ったりする。明石家か?

 

 皆で食事をしていると自然と俺の教育実習の話が中心になる。

 特に今日は半ばストーカーじみてきた上山さんの話だ。

「中々苦労しておるの主殿も。向こう異世界だけでなくこちらでも女性(にょしょう)の心を掴むか」

「んな良いもんじゃねーよ。にしても上山さんは何でまたそれほど俺に拘るんだ? 事故の時だって彼女から見ても俺は大したことしてないだろ?」

「あ~……それ、もしかしたら私のせい、かも?」

 なぬ?

「事故の後、一応同じクラスだしその場に居合わせたし病院にお見舞いに行ったんだけど、その時に兄ぃの話をした」

「……どんな話をした?」

「上山さんもお兄さんが居るらしいけど仲が悪いんだって。なので兄ぃの自慢ガッツリ。んと、成績良くて、スポーツ万能で、背が高くて、バイク乗ってて、極度のシスコン。ここぞとばかりに自慢しまくった」

「何してんだよ……ちょっと待て! 誰がシスコンだ!」

 全員が『何言ってんだコイツ』みたいな目で見るんだけど?

 割と仲が良いとは思うが、普通だろ?

 

「主殿はアユミが誰か恋人を作ったらどうするのじゃ?」

「どーもしねーよ。でもまぁ、最低限思いやりがあるって事と国立大学に一発合格出来る程度の学力と俺ぐらいには勝てる腕力は必要だが」

 これくらいは当然だろ?

「シスコンじゃな」

「シスコンですね」

「大丈夫。私は兄ぃに一生養って貰うから」

 何で?!

「学力はよくわからぬが、腕力で主殿に勝てる相手がこの世界におるのか?」

 いや居るだろ? 多分。きっと。おそらく。そんな気がする。

 

「い、いや、それはこの際置いておこう。それにしても彼女極端すぎないか?」

「私から上山さんに話し、してみようか?」

 流石に自分の発言が原因かもしれないと亜由美がそう提案してくる。

「……それは止めといた方が良いだろうな。下手すれば感情的になるだろうし、クラス内で揉め事起きると居心地悪くなるぞ」

「大丈夫。私元々友達少ないし」

 大丈夫じゃねぇよ。ってか友達少ないのかよ。

 確かにコイツの友達って小学校の時から面子変わってないし3人くらいしか見たことないけど。

 ちょっと人見知り傾向があって、アニメ漫画ラノベにドはまりしてるオタクなのは確かだが。

 水泳もしてるしそこまでインドアじゃない、はず。

 

「まぁ、実習期間が終われば会う機会もあんまり無いだろうし、このまま様子を見るよ」

「それしかないかもしれませんね」

「受け入れてしまうのが一番楽ではないかの」

 無茶言うなよ。

 

 

 食事が終わり交代で風呂に入る。何故か俺が一番風呂だ。

 俺はあまり長風呂する方じゃないしレイリアもティアも元々風呂に入る習慣がなかったので割と早く風呂から出てくる。

 Purrrrrr! Purrrrr!

 最後に亜由美が風呂に向かおうとしたとき家の電話が鳴り、丁度側にいた亜由美が出る。

「はい。そうです。あ、はい…………え? いえ、家には来てませんし電話も……はい。わかりました。はい」

「どうした?」

 亜由美が微妙な表情をしていたので問いかける。

 

「松山先生から。上山さんがまだ家に帰ってないんだって。親御さんの話だと『クラスの柏木さんの家で勉強を教わってくる』って言ってたって」

「は?」

 何だろう。何か猛烈に嫌な予感がするんだが。

「そのカミヤマサンなる者は先程の話の女子であろう? アユミは約束しておったのか?」

 レイリアの確認に亜由美は首を振る。

「えっと、そうするとカミヤマさんは約束はしていないけどここに来るつもりがあって、そのまま行方が判らないって事ですか?」

 ……そうなりますね。

 

「兄ぃ、何か知ってるの?」

「いや、知ってる訳じゃ無いが、えっと、もしかしてもしかすると、上山さんの目的が俺に会うためで、家に来るって事はひょっとして俺が学校出るのを待ってたりしたりするのか、な?」

「……その可能性はある、かも」

 ってことは、まさか茜とのアレを見られた、とか?

「心当たりがあるんですか?」

「心当たりっていうか、帰り茜と一緒だったんだけど……」

「兄ぃ、もしかして茜さんと盛った?」

 中学生が盛ったとか言うなよ。そこまでのことはしてねぇよ。

 

「見られてたかも知れぬと。それにしても気配にも気づかぬとは。色ボケじゃな」

 しょうがないじゃん。元々敵意が無い視線にはそれほど敏感じゃないんだよ。

 いちいち視線に反応してたら異世界歩けんわ。

 

「と、兎に角ちょっと探してくる」

「私も!」

 亜由美も協力を申し出る。

「わかった。それじゃ住宅街を見て回ってくれ。レイリアも亜由美と一緒に行ってやって欲しい。ティアは留守番を頼む」

「うむ」

「わかりました」

 俺はそれだけ言うと上着を掴んで家を飛び出す。

 

 中学校までは住宅街を通るのでそちらは亜由美に任せ、俺は駅周辺の繁華街を探すことにする。

 家の敷地を出る前に影狼を召喚し直す。コイツは最近ずっと茜にくっついている。

 茜にはお守り代わりの魔法具を持たせてあるし心配ないので送還しようとしたら何故かすごく不満そうだったので『やたらと姿を見せない事』を命じてそのままにしていたのだ。

 姿を見せた影狼に魔力パスを通じて上山さんのイメージを伝えて捜索させる。

 特に重点は繁華街の裏道周辺だ。

「ワフッ」

 一声鳴いてから影に潜って姿を消す。

 既に時間は9時を過ぎ、辺りは真っ暗なので影狼は超高速で移動できる。

 俺も直ぐに駅へ向かって走り出した。

 

 

 

 駅周辺を探し終わり繁華街へ足を踏み入れる。

 平日とはいえ繁華街はそれなりに人通りが多い。

 時間的に一番賑わっているタイミングなのだろう。

 足早に歩き回りながら上山さんの気配を探るが人が多いために探索範囲が広くできない。

 どこかの建物内にいるとすれば探すのはかなり難しくなる。

 亜由美からの連絡もないので向こうも見つけられていないのだろう。焦りが募る。

 まだ中学生の女の子だ。何としてでも無事に自宅へ帰したい。

 

 もう少し範囲を広くするかと思いを巡らせていると影狼から上山さんらしき女の子を見つけたイメージが届く。

 急いで影狼の居場所を探りその場所へ向けて走り出す。

 急に駆けだした俺に驚いた視線を向ける人がいるが構わず陸上選手真っ青の走りで影狼のいる路地へ飛び込む。

 向かった先には黒いミニバンのサイドが開かれ、そこに女の子を乗せようとしている男が二人見えた。

 遠目だが上山さんに間違いない。影狼も車の影に潜っているのが解った。

 

「よし、じゃあ行くか」

「何処に行くって?」

 俺は車のサイドドアを閉めて乗り込もうとしている男達の背後から二人の髪の毛を掴んで持ち上げる。

 同時に上山さんの状態を『鑑定』して確認すると、上山さんは泥酔して眠ってしまっているようだ。特に薬物は使われていないらしい。

 

「ぐあ! だ、誰だ」

「い、痛ぇ!」

「その女の子の学校の教師だよ。中学生に酒飲ませて何処に連れて行く気だ?」

 驚いて振り向こうとする男達を宙づりにしたまま答える。

「は? ちゅ、中学生?」

「痛! お、俺達は、てっきり高校生くらいかと」

 いや、高校生でも駄目だろ。アホかこいつら。

「ザビエル・カットと逆モヒカン、選ばせてやるよ。どっちが良い?」

 頭頂部の髪を鷲掴みしたまま意地悪く聞く。もちろん全むしりでも可だ。

 

「お、俺達まだ何もしてないです!!」

「そ、そうです! 許してください!!」

 男達が悲鳴を上げながら懇願する。

 さて、どうするか。俺が間に合わなければ上山さんは悲惨な目に遭ったのは間違いないだろうから許す気にはならない。とはいえ未然に防いだのに半殺しってのも……

 あ、そう言えば帝国で面白そうなの見つけたっけ。

 

 取り敢えず掴んでいた髪を離し、男達を地面に降ろす。

 そしてポケットから出したように見せかけながらアイテムボックスから魔法薬の入った小瓶を2つ取り出して男達に差し出す。

「飲ませちゃいけない物を飲ましたんだから、お前らもコレ飲め」

「痛たた、え? コレ飲むの、ですか?」

「こ、これって、何の……」

 銘柄も何も貼っていない瓶を恐る恐るみる男達。

 まぁ不安だよな。

 

「ひたすら苦いだけで毒じゃねぇよ。ま、罰ゲームだ。未遂だったみたいだしコレ飲んだら許してやるさ」

 俺がそう言うと躊躇いながらも瓶を受け取り蓋を開ける。

 匂いはそれほど悪くない。青臭いがミントのような爽やかな香りもする。

「ぐっ! に、苦!」

「苦!!」

 睨み続ける俺を見て、意を決したように中身を喉に流し込んだ男達がその味に顔を顰める。

 その姿を横目に見ながら車のサイドを開けて上山さんを抱き上げて車から降ろす。

 

「こ、これで許してもらえるんすよね?」

「も、もうしないから勘弁してください」

 必死に言いつのる男達をよく見るとまだ若い。大学生くらいだろうか。

「ああ。約束だしな」

 俺が頷くと「それじゃ、もう行きます!」そう言って逃げるように車に飛び乗って走り去っていった。

 あ、あいつら飲酒運転じゃね?

 一瞬追いかけようかと思ったがここには上山さんがいる。

 事故を起こさないように祈るしかないかと諦めた。

 

 ちなみに、アイツらに飲ましたのは当然苦いだけではない『魔法薬』である。

 効用は強精剤の真逆、減精剤である。ムスコさんが完全ニートになる優れものである。

 元々は女性のいる場所で働かせる男の奴隷に使われる物らしく、帝国の魔道具屋で見つけた。

 何かに使えるかもしれないとまとめて買っておいたのだ。

 ある程度以上の魔力があれば効果は無いらしいが、普通の薬とは違って効果期間は3~5年継続する。向こう異世界に比べて魔力値の低いこっちの人だともう少し長いかも知れん。

 俺? もちろん試してないよ? 魔力的に大丈夫だとは思うけど、もしもの事があったら嫌すぎる。

 

 上山さんを抱きかかえたまま苦労してスマホを取り出し亜由美に連絡を取る。

 電話に出るなり『上山さんは?!』と勢い込んで聞いてきたので、無事に見つかった事を伝えると亜由美は安心したようだった。

 特に仲が良いわけでは無い様子だったがやはり心配だったんだろう。

 アイツは人見知りだし取っつきにくい所はあるがちゃんと人を思いやれる良い子なのだ。

 松山先生に連絡を頼み電話を切る。

 

 兎に角早く上山さんを親御さんの所に送らないとな。

 抱きかかえていた上山さんを一旦降ろして背中に乗せる。

 立ち上がり一歩踏み出そうとすると後ろから声を掛けられた。

「あ~、ちょっといいですか?」

 振り向くと濃紺の上下を来た男二人が俺の目の前に立ちはだかった。

 

 ……Oh~、ポリ~ス・メ~ン

 

 

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