第49話 勇者の教育実習Ⅲ

 教育実習二日目。

 今日から本格的な実習が始まる。

 とは言ってもいきなり授業を担当するなんてことは無い。当然ではあるが、まずは志望教科の授業を指導担当教師について見学しながら授業の進め方を学ぶ。


 文部科学省の学習指導要領を元に学校毎、教科毎に決められた進捗計画に従い時間ごとの範囲をその授業時間内に進めなければならない。

 その中には説明の時間、板書きの時間、生徒に答えさせる時間をバランスよく割り振り生徒毎に理解度に差が出ない様に心がけなければならないとなっているが現実には難しいので何処かで妥協点を見いださなければならない。

 その辺が教師の頭を悩ませる部分なんだろう。

 教わる側だった時は文句ばかり言ってた気がするが、いざ自分がやるとなるとどこから手をつけていいかすらわからん。


 教科書とストップウォッチ代わりの時計を見比べながらそれぞれの所要時間をメモし、補足説明や生徒の答えが間違った場合の指摘の仕方などを書き留めていく。

 松山先生の授業は俺が中高生時代に受けた授業の中でもトップクラスにわかりやすく飽きさせないものだった。

 時にユーモアを交え、答えがわからない生徒にも考えさせながら正解に誘導していく。この先生に指導を受けたら数学が苦手な生徒は減るだろうと思う。

 外見の印象からからイメージする暑苦しい熱血指導だけの教師では無いらしい。見かけによらないのか見かけ通りなのか、どっちかね。


 授業の入っていない時間は生徒指導室の一つを借りて指導教師への質問と指導を受ける。

 代役で半ば無理矢理受けることになった教育実習だが色々と知らなかったことを知ったり参考になることが多いので無駄にはならなそうだ。

 新しいことを覚えるのは純粋に楽しいしね。

 ただ、教育実習というのは本質的に受け入れる学校側の善意で行われるものらしい。故に指導してくれる教師もボランティアに近い。特に給与に反映されることもないそうなので熱心に教えてくれる松山先生には頭が下がる。

 将来教師になるかどうかは兎も角、少なくとも実習期間中は真剣に取り組むべきだろう。


 そんなこんなで授業時間が終わりホームルームの後は部活動見学だ。

 2週間ほど各クラブ活動を見学する予定になっている。一応任意って事で評価基準にも単位にも影響しないが教師を志望するには当然必要なので全員が参加する。勿論俺もだ。これでブッチできるほどメンタル強く無いよ。


 この学校も運動部と文化部があり、男女に分かれて活動している部も見学の時は合同になるらしい。

 実習生は二人一組で1日に一つ見学する。流石に2週間で全部は回れないので多くの学校にあるであろう主要なところだけだ。


 んで、初日の今日はバスケ部。

 中学時代に俺が所属していたクラブだったりする。

 一応それなりに真面目に活動してたが成績は今ひとつだった。

 2年の冬に県大会準々決勝までいけたのが最高で、他は3~4回戦の常連だったね。

 それでも部活は割と楽しかった。特に上級生が居なくなった2年の夏以降は。

 始めた一番の動機だった『女の子にモテたい!』ってのは実現しなかったが……

 ちなみに一緒に廻るのは野岸さんだ。音楽科教師を志望している芸大3年生の女の子。

 

 屋内履きから体育館用に用意した新品のバッシュに履き替えて体育館の中に入る。

 野岸さんも屋内用シューズだ。ってか、上履きは流石に駄目だし新品であってもスニーカーは論外だからね。

 服装も動きやすいジャージ姿だ。

「おお! 柏木か。実習の挨拶を除けば久しぶりだな」

「お久しぶりです。まだバスケ部の顧問やってらっしゃったんですね」

 既に部活は始まっているようで生徒達の指導をしていた先生が俺達を見て声を掛けてくれる。

 茂木先生は俺の在学中も男子バスケ部の顧問をやっていて俺もお世話になった。

「そう言えば工藤も実習に来てるんだったな。相変わらず仲良いのかお前ら?」

「高校も大学も一緒ですからね。相変わらずですよ」

 茂木先生の言葉に笑いながら答える。実際は相変わらずどころか進展しましたけどね。

 言えないけど。

 

 そうやって話し込んでいる内に女子バスケの顧問の先生(女性)が活動中の生徒を呼び集めて整列させる。

「今日は実習の先生が見学されます。特別意識する必要はありませんので普段通りの練習をしてください」

 その言葉に続けて俺と野岸さんが簡単に挨拶をする。

 生徒達の好奇の視線に晒される中、一際強い視線を感じる。

 その視線を辿ると……上山さんでした。

 女子バスケ部だったのか。まぁ、誰であれ対応を変える訳じゃ無いので距離感に気を付けながら接するとしよう。バスケ部の見学は今日だけだし。

 

「それじゃあそれぞれ練習を再開して!」

 その言葉を合図に男女が別れて練習を始める。

 野岸さんは女子、俺は男子にとそれぞれ別れて顧問の先生について説明を受けながら見学する。

 ドリブルやパス回し、シュート練習と見ていると中学時代を思い出して少し身体を動かしたくなってくる。

「柏木も久しぶりにやってみるか?」

「いいんですか?」

「いいぞ。OBとして少し鍛えてやってくれ。よーし!!紅白戦やるぞ~!」


 茂木先生の声を合図に部員達が紅白のゼッケンを付けてチーム分けをする。

 俺もその輪に入りジャージの上からゼッケンを着ける。

 先発メンバーを決めている間にボールを借りてドリブルとシュートを軽く練習。

 何せ久しぶりだからな。

 何度か感触を確かめているうちにメンバーが決まったので紅白戦を開始する。

 何故か俺は先発メンバーに入っていた。

 お手並み拝見ってところかね。

 

 最初はあまり積極的に動かずにボールが来てもパス回しを中心に全体の動きを見ていく。レベルは俺がいた頃とそれほど変わらないと思う。

 まぁ、公立の中学校でそれほどスポーツに力を入れている訳じゃ無いから当然か。

 様子を見つつ少しずつ動きを速くしていく。本気を出すわけにいかないけどどうせなら少しくらいは参考になるようにドリブルやパス、シュートを決める。出来るだけ基本に忠実に、っと。

 

 メンバーをどんどんローテーションさせて数十分。

 そろそろ部員達の息が上がってきているから終了も近いだろう。

 最後にちょっと派手にやってみようか。

 自陣ゴールのリバウンドを取りドリブルで切り込んでいく。そしてフリースローラインで踏み切りダブルハンドでダンクシュート。

「うぉぉぉ! すげぇぇ!!」

「きゃぁぁ! すごーーい!」

 歓声が上がる。実に気持ちいい。

 中学の時にこれが出来たらモテたかもしれない。

 もっとも今なら自陣ゴール下から助走なしで相手ゴールにダンク決めれそうだけど。

 

 直後にホイッスルが鳴り紅白戦が終了する。

 気分良く元の場所に戻ると野岸さんが呆れたように声を掛けてきた。

「柏木君ってさぁ、結構お馬鹿?」

「へ?」

 いきなりなんでディスられてんの?

「昨日言ってた事故の時に助けた娘って、さっきからずっと柏木君のこと目で追ってたあの子でしょ?」

 そう言って女子バスケ部の方、具体的には上山さんの方に目を向けて聞いてくる。

「あ、あぁ、そうだけど?」

「そんな娘の前でカッコ良い所見せつけてどうすんのよ。アレ絶対こじらせたわよ?」

 ……マジ?

 そう言われて見ると上山さんは顔を紅くしながらこっちを潤んだ目で見てくる。

 あれぇ~……ひょっとして、失敗した?

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁ……」

 俺は実習生の控え室になっている生徒指導室で机に突っ伏しながら溜息を吐いた。

「大丈夫?」

「あははは、大変そうだねぇ」

「やっぱり完全に拗らせたわね、アレ」

 俺の状況に茜は心配そうに、中村は面白そうに、野岸さんは苦笑いで声を掛けてくる。

 

 俺が消耗している理由。

 それは当然上山さんの行動が理由だ。

 バスケ部に見学に行った翌日から上山さんの視線に一層の熱が篭もるようになった。

 授業中やホームルーム中は勿論、廊下を歩いているときや部活見学に回っているときにも度々視線を感じるようになっていた。聞けば部活も休んでいるらしく、今日もテニス部の見学中に視線を感じて振り返ると部室棟の影から星明子星飛雄馬の姉ちゃんみたいにジーっと見てたし。

 このままストーカーと化しそうで怖い。

「実習期間が過ぎれば落ち着くんじゃないか?」

 別の実習生、大森君はそう言うが実習はまだ2週間以上残ってる。

 出来れば最後までこの状況ってのは勘弁して欲しい。

 かといって向こうが何も言ってこないので俺としてはどうしようもない。

 

 陰鬱とした気持ちのまま今日の分のレポートを仕上げ帰路についた。

 途中駅へ向かう他の面子と別れ俺と茜は暗くなった道を歩く。

「どうにかならんもんかなぁ~」

「難しいよね。あれくらいの年頃って思い込みも強いし」

 俺の実習評価は兎も角、下手な行動を取ってクラスメイトである亜由美との間に何かあっても困る。

 そこまで短絡的では無いとは思うがあれくらいの女の子がどう考えるかなんてまったく想像できないし。

 

「まぁ、ちょっと精神的にキツいけど最悪実習が終われば落ち着いてくれるとは思うけどな」

「えっと、一応、念のため聞くんだけど、上山さんの気持ちに応えるつもりは無いんだよね?」

「あるわけ無いだろ! 妹と同級生ってだけで論外だ」

 俺を一体どういう男だと思ってんだ。

 茜は軽く睨むと『あはは』と誤魔化しながら目を逸らす。

 一度しっかりと話し合う必要がありそうだな。ベッドの上で。

 

 そんな話をしているうちに茜の家が見える交差点まで来た。

「それじゃ、また明日ね」

 別れの挨拶を告げる茜を抱き寄せ、唇を合わせるだけの軽いキスをする。

「じゃな」

「……もう」

 俺の行動に照れくさそうに口だけで抗議する。

 そんな茜の表情を楽しんだ俺は自宅へ足を向けた。

 その時は誰にも見られていないと思ってたんだけどな。

 

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