第48話 勇者の教育実習Ⅱ
「あ、あの、私のこと憶えていますか?」
……はい?
『
いやいやいや、ナニ言ってんだ俺?
なんでいきなり異性に言われるとパニックになる台詞第3位(古狸調べ)の試練を受けるハメになったんだ?
因みに第2位は『私、できちゃったみたい』、第1位が『あなた、私に隠してることあるよね?』だとか。古狸の交友関係が非常に気になる。
いかん、少し落ち着こう。
改めて声を掛けてきた女の子を見る。
髪はショートよりは少し長めくらいかな。背も体型も普通くらい。顔は派手さはないが愛嬌がある感じ。……見覚えが……無いな。
亜由美の友達は家に遊びに来たときに何人か会ったことがあるが多分その中にはいなかったと思う。
特に疚しい事は無い。筈だ。最近卒業したとはいえ苦節童貞歴20年+3年の俺にそんな甲斐性があるわけも無し。しかも相手は中学生だし。
なのに何故こんなに冷や汗が止まらないのか謎だ。
「え、えっと、どこかで会ったこと、あった、かな?」
内心の動揺を抑えて訪ねる。いかん、声が裏返った。
女の子は少し落胆した表情をしたが直ぐに思い直したように言葉を出す。
「あの、夏前に駅前で私が車に跳ねられて、その時に助けてくれましたよね?」
暫し記憶を辿る。
あぁ、そう言えばこっちに戻って来たばかりの時に宝くじ売り場から当たりスクラッチを不正入手(鑑定)した日にそんなことがあったっけ。
その時の子か。確か亜由美がクラスメイトだとか言ってた気がしないでもない。
「ああ、あの時の。怪我の方はもう大丈夫? 亜由美からは1週間くらいで治ったって話は聞いてたけど」
「はい! あの時は本当にありがとうございました!」
「いや、俺は何もしてないよ。救急車を呼んだのは俺の友達だし、ただ救急車が来るまで側にいただけだから」
実際には酷い怪我だったので『治癒魔法』掛けたりしたけどそれはバレてないはずだ。
なので端から見たら事故で倒れた女の子の横で声を掛けるくらいしかしてない。
「そんなこと無いです!! 痛くて身体動かなくて、どんどん寒くなってきて、でも先生が声を掛けてくれて、そしたら何だか暖かくなってきて……」
女の子は感極まったように目から涙を溢れさせ、そうなると周囲の成り行きを見守っていた生徒達が騒ぎ出す。だよね。
ヒューヒュー! とか漫画やアニメでもあるまいし、本当に言うなよ。
その状況に我に返ったのか女の子の顔が真っ赤になる。
教室で顔を赤くしながら涙を流す女の子と若い教育実習生の男、絵面的にヤバくね?
「何の騒ぎですか? 席に着きなさい!」
その状況の中、凛とした声が教室に響く。
次の授業を担当している、国語の大沢先生。俺が在学中から居る女の先生で感情的になることは殆ど無いがとにかく厳しかった筈。
生徒達が慌てて席に着く。すると当然俺と目の前の女の子が取り残されるわけで、大沢先生の眼前に先程俺が危惧した光景が広がっているのだ。
「……柏木く、先生、少し廊下でお話を聞かせてください」
目がめっちゃ怖いです。
「上山さん、授業は受けられる? そう、なら席に着きなさい」
大沢先生は先程の女の子、上山さんに声を掛け、頷くのを見ると着席を促した。
その視線はとても優しい。声も。
俺は大沢先生の後に続き廊下に出る。
気分はまるで罪人です。先程の優しい視線と声を俺にも下さい。
「で? 一体何があったんですか? 何故女生徒が泣いていたのですか?」
決して大きくはないが底冷えするような声音で先生が詰問する。
俺は誤解を解くべく必死になって先程の遣り取りと数ヶ月前の事故のことを説明する。
いくら俺が教員志望ではなく大学の指示で人数あわせのために実習を受けているとはいえ、その事は他の人には内緒なので、間違っても『評価は気にしない』等とは言えないのだ。
それに先程のシチュエーションは誤解されたままだと俺の人格に重大な疑義を持たれかねん。
「事情は判りました。取り敢えず柏木先生には落ち度は無さそうですね。しかし、多感な年頃の生徒達と接するのです。その言動には充分に気を付けてください。特に上山さんに関してはそのような事情があるならば一層の注意が必要であることは自覚してください。いいですね?」
「はい! 了解であります!」
俺は気を付けの姿勢で返事をする。
口調が変だって? いや、こうなるって。
それから教室に戻り授業が始まる。
俺は後ろに立って見学である。授業の進め方や問題の出し方、生徒を指名するときや生徒が答えた後の遣り取りなど、気が付いたことや疑問、感じた事などをノートにメモしていく。
俺の志望は兎も角、日報や大学に提出するレポートは真面目にやらないと単位もらえないしね。
真面目な顔で授業を観察しているが、チラチラと視線を感じて居たたまれない。
特に先程の上山さんからの視線が非常に気になる。強いし熱いんだよ! 視線が!!
何か妙なフラグでも立ってるのか? だとしても放置以外の選択肢は無いが。
「はぁ~~~……」
昼休み、俺は実習生に割り当てられた部屋で机に突っ伏しながら溜息を吐いた。
何か、初日から物凄い気疲れをした。
教室棟には各階に生徒指導室が3部屋ずつ用意されている。
その内の1階の角にある指導室が教育実習生の学習室として割り当てられていた。
広さは6畳程度で長机が二つにパイプ椅子が人数分+壁際に幾つかある。
実習生は朝の授業前、昼休み、放課後をここで過ごすことになっていた。
給食は1年生の一番近いクラスの生徒が持ってきてくれるらしい。
「どうしたのよ。ゆ、柏木君。そんなに大変だったの?」
茜が声を掛けてきた。一応実習中は名前呼びはしないことにしている。
付き合ってることも内緒である。評価にも響きかねんし、面倒な事もあるかもしれないので事前に茜と話し合って決めた。
とはいえ、同じ大学と言うことで気楽な接し方くらいで大丈夫だろうとは思う。
もう一人の同大学生の中村は俺と茜のことを知っているが秘密にしておいて貰うよう頼んである。
他の実習生も全員戻っているので少々手狭になった指導室に生徒達が給食を持ってきてくれたので全員で食事を始める。
久しぶりに給食なんか食べたけど、懐かしさもあって結構美味しい。
食べながら茜に教室での出来事を話す。
他の実習生も興味深げに聞いていた。特に秘密にする必要もないので気にしない。
「でもそれって相手の女の子にしたら『運命的!』とか考えちゃうかもしれないよ? 特に中学生位だと」
他の大学から来た、野岸さんって言う女の子が揶揄ように笑いながら言う。
当事者じゃないから気楽なもんだ。
「そう言う場合って距離感難しいよなぁ。柏木って押しに弱そうだし」
中村は少々同情的だ。後半は余計なお世話だが。
他の人に午前の感想を聞いてみたが皆特に問題は無いそうだ。
実に羨ましい。
ただ、まだ会ったばかりで少しぎこちない状態だったのが俺の話をネタに打ち解けた様子なのは良かった。のか?
打ち解けついでに今日実習が終わったら皆で懇親会を開くことに相成った。
今日は実習初日で午後は5限目が終わった後この指導室で教頭先生からの指導と実習レポートの作成をして終了だ。
明日以降は部活動の見学や授業の準備があるので比較的早く帰れるのは今日だけだろうし、気分を切り替えるには良いかもしれない。
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