第42話 勇者の再訪問Ⅸ
「負傷者の収容準備を急げ! 歩兵は残っている帝国兵を捕縛! 軽騎兵は周囲の警戒と哨戒! 工兵は野営の準備を!」
レオン殿下が矢継ぎ早に指示を出し兵達が一斉に動き出す。
殿下の側にいたウィスパーとブルーノもそれぞれ自分の部下達に指示出していく。
俺は、……特に出来ることは無いな……
救護を手伝っても良いんだけど、俺が行くと何か雰囲気が堅くなるんだよなぁ。
順次前線に出ていた兵達も帰投するだろう。
一先ずは当面の脅威は去ったと考えて良いはずだ。
とはいえ、帝国軍が全滅したわけではない。あくまで一時的なものだ。
俺が周囲の状況を確認していると龍形態のレイリアが降り立ってきた。
着地するなり人型に変わりティアと共にこちらに小走りで寄ってくる。
「レイリア、ティア、お疲れ様。怪我は無いか?」
見たところ特に怪我はなさそうだが一応聞く。
「はい! 大丈夫です!」
「うむ。流石にあれしきで怪我などせぬよ」
ティアとレイリアも笑いながら応じる。
見ればティアが目をキラキラさせながら俺を見つめている。
これはあれだな。褒めて欲しいときの顔だ。
「二人ともありがとう。帝国軍右翼は二人に任せっきりだったからな。助かったよ」
そう言いながらティアの頭を撫でる。耳が少し後ろに折れて気持ちよさそうにしている。
まんまネコだな。可愛いけど。
「この程度は容易い事じゃ。それで、この後はどうするのかの?」
「それは全員が帰投してからの話だな。まずはそれまでは少し休んでおこう」
そう言いながら3人で邪魔にならない所へ移動していく。
それから3時間ほどが経ち、怪我人の収容と兵の帰還、捕虜となった帝国兵を武装解除して拘束するのも一段落したので俺達と3カ国の軍首脳、冒険者代表の
「皆御苦労だった。皆の働きにより見事帝国軍を打ち破ることが叶った。アリアナス王国を代表して先ずは礼を述べさせて貰いたい」
そうレオン殿下が口火を切った。
集まった面々もその言葉に目礼を返すが皆満足そうな笑顔だ。
殿下は一通り見渡した後、レギン将軍に目で合図をすると将軍は軽く頷き報告を行う。
「この度の戦いでのこちらの損害だが、戦死者1253名、重傷者895名。内訳は王国が382名と198名。皇国が291名と113名。都市国家連合が136名と78名。冒険者及び義勇兵が444名と506名だ。兵種の内訳は今は良いだろう。軽傷者は多いが殆どは治癒魔法で治療を進めているので問題ない」
やはり冒険者の比率が極端に多い。生身で重装騎兵を相手に一歩も引かない戦いをしたんだから無理もないが、それでも俺の提案した作戦で味方に多数の死者が出たのは気持ちが重くなる。
将軍の報告は続く。
「次に判る限りの帝国側の損害だが。凡そ重装騎兵が死者1万2千、捕虜となったのが3千。軽装騎兵は死者1万、これは殆どが右翼部隊と思われる。歩兵は死者が6千、捕虜が2千、逃亡が1万5千。尚、逃亡の歩兵はほぼ全てが戦奴であり、内1万2千が先程我が軍に保護を求めて投降してきている。その他の死者は凡そ3千程と思われる。合計で死者が2万8千、捕虜が5千、逃亡も含めると帝国軍8万の内退却できたのは3万2千程度と思われる。負傷者の状況はわからん。フリステルに駐留しているのは1万程度と推察しているが殆どが歩兵だ」
「何と! たった一度の戦闘で全軍の半数以下にまでなったのか」
皇国の騎士、名前は……忘れた、が思わずといったふうに呟くが表情はニヤニヤしている。
「これは、正に完勝と言って良いでしょうな。まさかこれほどの大勝利を修めることが出来るとは思いませんでした」
皇国のビスタス将軍が満足そうに頷きながら言う。
「勇者殿の策とその働き、それにレイリア殿の力のお陰ですな」
都市国家連合の人がそのように言い、周囲の人達もそれに同調するが俺はそれには応えない。
「戦いに勝利したのは幸いとしても我々も決して無傷な訳では無い。それにフリステルの被害も大きなものでしょう」
「確かに。それに今だフリステルは帝国軍の手にあります。平地での戦いとは異なる上、都市の民衆が人質となっているようなものです。簡単にはいかないでしょう」
俺の表情から内心をくみ取ってくれたのか、ブルーノとウィスパーがそう話を誘導してくれる。
付き合いが長い分俺がどう考えているのか理解してくれているのだろう。
素直に有り難い。
実際2千人以上の死傷者が出ている状況で賞賛なんぞされても嬉しくない。作戦を後悔している訳じゃ無いが命の重さが俺にのしかかってくる気がして気持ちが重く澱む。
帝国軍の死傷者に関しては殆ど気にしていない。こっちで暮らした3年間で敵に対する情けがどれほど危険なものかは思い知ったからな。
それでも俺はこれからのことに考えを巡らせる。
「確かに戦いは終わったわけではない。が、今はこの勝利を祝おう。幸い帝国軍の物資が殆ど手付かずで鹵獲出来ている。一応見張りは立てねばならないが、今夜くらいは兵達を休ませてやりたい」
レオン殿下がそう言うと皆も頷く。
「特に冒険者と義勇兵達は困難な任務を良く成し遂げてくれた。お陰で歩兵部隊は分断されることもなく戦うことが出来た。その分他の部隊よりも多くの犠牲を出してしまったが心から感謝する。報償は王都に帰還してからだが、後で酒を届けさせよう」
「そいつは有り難い事です。みんなも喜びます。まぁ、俺達は命を掛け金に好きなことをやってるんです。犠牲を悼んでくれるのは嬉しいが、それも自分で選んだ事です。気にしないで下さいや」
エレが俺をチラリと横目で見ながら戯けたように応じた。
……そんなに俺って分かり易いか?
空気が少し弛む。
けど敢えてそれを無視させて貰おう。
「殿下。俺に騎兵を1万貸していただきたい。あ、勿論明日になってからで構いません」
一応フォローはしておく。
じゃないと恨まれそうだし。
「カシャーギー卿は何をするつもりだ?」
レギン将軍が聞いてくる。
どうでも良いけどその呼び方止めて欲しい。カシワギってのが発音しづらいのは判るんだけど違和感が凄いんだよ。
「フリステルを攻めれば王国民に犠牲が出ます。ですから先に帝都を墜とします。確か帝都にも軍は3万ほどいたはずですが殆どは実戦経験のない治安維持の部隊だった筈です。無論、城には精鋭も居るでしょうが大軍を展開する事が出来ないなら俺が一気に内部に突入して皇帝を確保できます。帝都の城には以前行ったことがありますので構造もある程度は把握していますし。帝国は動かすことの出来る軍を全て今回の侵攻に動員していますから直ぐに帝都の守りを増やすことは出来ないでしょう。タイミング的にも今しかありません」
「……確かにそれも有効かも知れんな」
レギン将軍ではなく殿下が俺に応じた。
「レギン。用意できるか?」
将軍は少し考えた後、
「重装騎馬の兵装を外して鞍だけにすれば帝都まで5日ほどで到着できるでしょう。幸い騎馬は帝国軍から鹵獲したのが何千頭もいますから数も問題ありません。あとは兵糧をどうするかですが」
「それならば『収納』魔法を使える魔法兵を廻しましょう。精々荷馬車一台分を運べる程度の能力ですが全員が加われば10日分位なら運べるはずです」
ウィスパーがそれに応じる。
「では残りがフリステルを包囲して牽制するのが良いか」
「しかしそれでは我々の陣容が薄くなりすぎて帝国軍が再度兵を出してきたときに対抗しきれないのではありませんか?」
王国軍の重鎮の一人がレオン殿下の提案に疑問を呈する。
確かに破れたとはいえフリステルにはまだ4万以上の帝国軍がいる。それを2万そこそこの連合軍で相手をするのは不安だろう。
この指摘には他の皆も黙る。
「ふむ。では我がこちらに残ろう。もし帝国がフリステルから出てこようと動いたときに我が龍に変化すれば出ては来れぬだろう。無論出てきても一向に構わぬがの」
意外なことにレイリアがそう請け負ってくれた。
思わずレイリアを見ると優しく微笑んで頷いてくれる。
有り難いな。帰ったらたっぷりパフェ奢ってやろう。
レイリアの発言を切っ掛けに一気にその場の雰囲気が帝都への派兵に傾き準備が整い次第出発する事が決定される。
どういう訳か
翌日に準備を整え、翌々日早朝に総勢1万2千の騎兵が出発する。
フリステルに篭もる帝国軍に察知されないように迂回して帝都を目指す。
残りの軍は陣形を整え次第フリステルを包囲するために行動を開始することになっている。
帝都を攻める際に背後から挟撃されるのを防ぐ意味もある。
そして帝都に向かう騎兵部隊だが総大将にレオン殿下、副将は皇国のビスタス将軍だ。
更にブルーノとウィスパー、ティアもいる。
いや、こいつらはともかく、
「殿下。言い出したのは俺ですが、危険ですよ?」
「危険など今更だ。それに首尾良く帝城を落とせれば次は政治的な話になる。ユーヤも帝国を滅ぼすつもりまではあるまい。ならば条約の締結にしろ戦後補償にしろその場で意志決定が出来る者が必要だ。ならば私が行くのが最善ではないか」
確かにその通りなんだけど、フットワーク軽すぎないか?
「何、兵の指揮はビスタス将軍に任せるし私はお前の後ろに付いていくだけだ。態々自分の身を危険にさらすつもりは無いから心配するな」
はぁ、しゃーないか。
ブルーノ達もいるし、まぁ、何とかなるか。
最悪の場合は強引に『転移魔法』で王国まで跳ばしてしまおう。
そんな遣り取りをしつつも俺達は先を急ぎ、通常は馬車で20日近く掛かる距離を僅か4日で移動した。普通なら馬が駄目になりそうだが流石は重装騎兵用の軍馬。タフだわ。
寧ろ乗ってるだけの騎兵の方が疲労の色が濃いくらいだ。
そして移動開始から5日目の朝、遂に帝都が視界に入る距離まで来た。
帝都は帝国で一番大きな都市であり10万の人口を擁するこの世界でも有数の都だ。
帝城の周囲と城下町の周囲の2重の城壁に囲まれ、その更に外側にも多くの家屋が建ち並んでいるがその殆どは流民などが流れ着いて住む貧民街となっている。
それでも城壁の門に続く道は広く整備されている。
この距離になれば恐らく
俺達は陣形を整え直し、一気に帝都へ突入する。
貧民街を横目に城門へと辿り着くが、一番大きな大門は普段閉じられており、その両側にある脇門で入都手続きを行っている。
勿論そんなところでノンビリするつもりもないので俺は先頭を走りながら魔法を練り特大の『火球』を大門目掛けて叩き付ける。
凄まじい爆裂音と共に大門が吹き飛ばされ大きく開かれる。
俺は一般市民が巻き込まれていないことを願いつつ帝都の中に傾れ込んだ。
帝都内の通りは中央が貴族専用となっているため交差点以外では一般人が通らない。なので速度を出来る限り落とさずに走り抜ける。
時折周囲を確認するが兵が待ち構えている気配は無いし、全員が待ち伏せや罠の存在に警戒しているので何とかなるだろう。一番注意しなければならない遠距離からの魔法や弓矢だが今の所は大丈夫なようだ。
普通ならば帝都を守備している兵士が直ぐに集まってきそうだがそれも無い。
帝国の対応に違和感を覚えながらも、何があっても食い破るつもりで先を急ぐ。
ただ、帝国の首都だけあって帝都はやたらとでかい。
城は正面に見えてはいるがまだしばらくは掛かりそうだ。
門から5キロ以上走りようやく帝城の門が見えてきた。
これだけの騒ぎを起こしながら突入してきているにも関わらず、門の前には数名の衛兵らしき姿しか見えず、更には城門が大きく開かれていた。
俺達は速度を落とし、罠を警戒する。
俺は召喚魔法で『影狼』を呼び出す。
知らなかったが移動しながらでも召喚魔法って使えるのか。
馬の動きに合わせて魔方陣も移動してきたのが妙にシュールだった。
召喚した影狼に先行させて罠の有無を確認させる。罠があればそれの粉砕と無ければ皇帝の確保を命じた。
影狼が駆けだし城門の中に飛び込んでいく。
これで一先ず不意打ちは避けられるだろう。
ただ、不信感を増幅させることに門の脇にいる衛兵は影狼が飛び込んだときも驚いた様子はあったが武器を構えようとはしなかった。
俺達は少し間を置くように速度を緩めながら先頭に俺、その直ぐ後ろにティア、ティアの両脇にブルーノとウィスパーが続き、その更に後ろには殿下とビスタス将軍を囲むように騎士を配置する。
全員が直ぐさま馬から飛び降りることが出来るように身構えながら門を通る。
そしてここに至っても衛兵は武器を構えようとしなかった。
帝城の門を騎馬に乗ったまま通り抜けると城の入口前、馬車を止めるのであろうロータリーのような場所に10名ほどの騎士が左右に分かれ整列しており、その真ん中に男が二人立っていた。
一人は貴族らしい服装に身を包み、もう一人はその秘書官のような面持ちだ。
俺がそれを見ると同時に影狼から危険は見受けられないとの意志が伝わってきた。
姿は見えないが恐らく影に潜り込んで城内に居るのであろう気配を感じる。
判断に困った俺はレオン殿下に目を向ける。
俺の視線を受けた殿下は軽く頷くと馬を降りた。
そしてそれに倣い俺達も馬から降りる。当然警戒は怠らないが、先ずは相手の対応を見ることにした。
殿下と将軍の周囲を守りながら俺が先頭に立ち男の方へ歩み寄る。
10メートルほどの距離まで近づいたとき、貴族風の男が張りのある澄んだ声音で問いかけてきた。
「勇者カシャーギー卿とアリアナス王国のレオン殿下とお見受けしますが、間違いございませんか?」
「そうだ! 貴方は?」
「失礼致しました。私はベルゼ帝国第3皇子、リオネス・ルシャール・ド・ベルゼと申します」
驚いた。
王子様らしい。が、俺は会ったことが無い。俺が知っているのは皇帝とあの馬鹿丸出しの第1皇子、それと陰気な顔をした第2皇子だけだ。
確かに第3皇子がいるという話は聞いたことはあるが、その為人は誰も知らなかった。
これは俺の手には余るな。
殿下にバトンタッチしよう。
俺が殿下の方を向くと意図を察知して殿下が前に出てくる。
「初めてお目に掛かる。レオン・レーデス・アリアナスだ。こうして出迎えるということは我々がこの場に来た理由は承知しているということだな? グルザス殿の所へ案内していただこう」
殿下の射るような視線と口調に第3皇子は困ったような表情で答える。
「皇帝陛下は崩御されました。3日前の事です」
「何!?」
思わず俺と殿下は顔を見合わせる。
「では、次の皇帝は皇太子である第1皇子ということで宜しいか?」
「通常ならばそうなりますが、兄には皇帝陛下に無断で兵を動かした嫌疑が掛けられております。故にそれが事実であるならば重大な背信行為であり継承権が剥奪されます」
皇子の物言いに殿下の表情が険しくなる。
「ほう? つまりはこの度我が国に突然侵攻してきたのは皇太子が勝手にしたことで帝国は与り知らぬと? 」
「そうは申しません。確かにこの度のことは皇帝陛下のご意志ではありませんが、我が国の皇太子が引き起こしたことであり、次の皇帝になる者がその責を負わねばならないでしょう」
「つまり? 」
「継承権第二位は第2皇子であるバルドですが、かの者は研究にしか感心が無く継承権を放棄すると申しております」
「つまりはリスタス殿、貴方が次期皇帝となるのだな? 」
「はい」
どうにも回りくどくてイライラする会話だな。
俺はこういった上流階級の腹の探り合いはどうしても馴染めない。思わず適当に混ぜっ返したくなるが、流石に今は止めておく。
俺は空気の読める、はずの日本人だ。うん。
「ならばこの度の戦争、どう始末をつける」
今度は殿下がはっきりと『戦争』と言い切る。
それでも目の前の皇子の穏やかな表情は小揺るぎもしない。
「我が帝国は、アリアナス王国及びイルヴェニア皇国、都市国家連合の3カ国連合軍に対し降伏致します」
表情を変えぬままリオネス皇子ははっきりと告げた。
これには流石に殿下も驚いたらしい。
俺も驚いた。いきなりここまで譲歩するとは思ってもみなかった。
最も当初の思惑では力尽くで無条件降伏を迫る予定ではあったが。
「……本気か? 」
「勿論です。これ以上抗ったところで結論はそれしか無いでしょう。そもそも勇者殿が黒龍を伴ってアリアナス王国に帰還したのに戦争を継続できるはずがありません。無理をして戦争を継続したところで国が疲弊し民が行き場を失うだけです」
判断としては正しいのだろう。外征に余剰兵力の全てを投入しておきながら半数を失い敗北。更に敵国が帝都にまで逆侵攻している上に戦闘力が人外レベルの勇者までいる。
冷静に判断して大幅に譲歩せざるを得ない状況であるのは間違いない。しかし、その場合でも先ず停戦や講和を申し入れるのが定石であるのにいきなり降伏を申し入れるのは普通は考えられない。
そして外征の敗北直後の皇帝崩御。こんなタイミングでの偶然は有り得ない。皇帝の死が事実だったとしても、それは自殺の強要か暗殺か。
おまけに全ての罪を皇太子に負わせ更に継承権2位は継承を放棄。
どう考えても目の前にいるこの穏やかそうな皇子が糸を引いているとしか思えない。
ただ目的が判らない。一体何が狙いなのか。
「降伏の条件等についての話し合いをしたいのですが、この場で立ち話というわけにもいきませんね。直ぐに場所を用意させます。宜しいですか?」
あくまで穏やかそうな表情を崩さぬままリオネス皇子が提案してくる。
その言葉にレオン殿下が俺に視線を向けて確認してくる。先行させている影狼から伝わってくる感情から現在までの所伏兵や罠の存在は確認できない。
勿論一欠片も油断できる状況では無いがここは提案に乗る以外の選択肢は無いだろうな。
俺は殿下の視線に頷いて答える。
「承知した。但し20名ほどの騎士は護衛として同行させる。勿論他の者も含め武装解除はしないが了承してもらえるか」
殿下の探るような視線と返答にも「無論構いません」と一切の表情を変えることなく皇子は言いきった。
「では私は先に準備を整えておきます。案内の者を付けますので人選が終わりましたらお越し下さい」
皇子がそう言って一人の騎士を手で示し、軽く会釈をして城内へ戻っていく。
それから俺達は直ぐに同行するメンバーを編成する。
まずはビスタス将軍。これは外すわけにはいかない。
将軍は王国の友好国でありこの度の戦いでも率先して援軍を差し向けた皇国の将軍だ。彼を抜きにして王国だけで交渉するのは良くないだろう。
そして当然ながら俺。そしてティアにも同行して貰う。
後は罠の存在を考慮して臨機応変に対応でき突破力も期待できる
ブルーノとウィスパーには残存する騎士達を統率し、万が一の時には帝城に突入出来るように待機してもらう。この二人ならば不測の事態にもある程度は対応できるはずだ。最悪でも俺が殿下と将軍を転移させてから駆けつけるまで時間を稼いでもらえれば何とかなる。多分。
人選と準備を進めながら俺は殿下と将軍に小声で問いかける。
「狙いは何なんですかね? あまりにアッサリし過ぎてて不気味なんですが」
「全くですな。今の帝国に打つ手はそれほど多くないとはいえ、簡単に降伏とは……」
「私にも判らん。が、今は様子を見るしかあるまい。ただ」
殿下が何やら気になるところで言葉を切る。
「?レオン殿下、何か?」
「いや。私はあのリオネス皇子とやら、確かに名は聞いたことがあるがそれ以外は全く情報を持っていない。我が国も以前から帝国に対しては相応に警戒していたのでな、諜報は欠かしていないにも関わらず、な。」
「我等も同じですな。名と容姿くらいしか耳にしておりません。皇帝の嫡子であれば普通は多少なりとも為人は伝わってくるものですが」
殿下も将軍もあの皇子に対して相当胡散臭さを感じているようだった。
少なくとも普通なら当然伝わってくるはずの情報を徹底的に秘匿する必要がありそれを実行するだけの能力があるってことだからな。
殿下は暫く考えていたが今は結論を出せないようだ。
「ユーヤ、罠や伏兵は無いのか?」
「影狼が探っていますが特に不審な点は無いようです。不自然で無い程度の衛兵は各所に点在しているようですが、寧ろそれが逆に不自然に感じられるくらいですね」
殿下の問いにそう答える。
「兎に角、ユーヤは罠や不測の事態に警戒してくれ。ビスタス将軍、貴公はあの皇子や周囲の者に関して何か気になることがあれば教えて欲しい。無論交渉内容に口を出してもらっても構わない」
「了解」
「承知しました」
一応の確認だけ済ませ、選別した人員を連れて案内に従い城内へ入る。
巨大な城だが幸いそれほど奥まで連れて行かれることもなく程なく会議室のような部屋へ通される。
念のため騎士と魔法兵を10名部屋の前に待機させ、残りのメンバーが部屋へ入る。
部屋の中にはリオネス皇子と先程も一緒に居た秘書官らしき男、文官なのか壮年の男が4名、後は騎士が6名居るだけだった。
気配を探るが周囲に伏兵が居る様子は無い。ただ一応影狼は呼び戻して俺の影の中に潜ませておこう。
「では、早速ですが我が国のアリアナス王国、イルヴェニア皇国、都市国家連合の3カ国連合軍に対する降伏とそれに伴う停戦協定に関しての条件を協議させていただきたいと思います」
リオネス皇子の隣の秘書官が口火を切る。
それに応じるのは当然レオン殿下だ。
「我々の要求は主に5つだ。
一つ、フリステルに立て籠もっている帝国軍の即時撤退と略奪した全ての物の返還。
一つ、この度の侵略に対し損害の補償と賠償。
一つ、帝国国内にいる全ての奴隷の解放と以降の奴隷の売買及び所有の禁止とそれを確実に履行するための法整備と奴隷狩りの被害にあった奴隷に対する賠償及び故郷へ帰還するための支援。
一つ、これらの用件が全て完遂されるまでの期間、帝都及び帝国国内への連合軍の駐留及び経費の負担
一つ、帝国内に駐留する連合軍及び政府関係者への行動の自由及び安全の保証。
以上だ」
殿下の出した条件に帝国の文官達が騒然とする。
秘書官らしき男も眉根を寄せて厳しい表情だ。
まぁ当然だろう。最初の二つは帝国側も予想していただろうが奴隷の解放と連合軍の駐留は簡単に呑めるような内容じゃ無いはずだ。
奴隷に関しては、帝国の生産能力を支えているのは奴隷の使役だ。これによって抑えた分のコストを軍事費に回すことによって帝国の拡張主義を支えてきたのだし、一般の商会や個人も奴隷を所有している。国が解放しろと言っても簡単ではないだろう。
軍の駐留に関しては実質的な占領と見なされかねない分余計に受け入れられないはずだ。
「奴隷に関しては3カ国出身の者ということでは不足ですか? それに犯罪奴隷や借金奴隷もいるはずですが」
表情を変えないままにリオネス皇子が確認してくる。
「帝国が公式には否定しながらも奴隷狩りを事実上推進してきたことを我々は知っているし、そのことに関して帝国側の言い分を聞く気は無い。犯罪や借金にしても公正な手続きが取られているか確認できない以上、拉致されて来た奴隷狩り被害者と同列に扱うべきだろう。それに3カ国の人間に限定すれば書類上幾らでも誤魔化すことが出来るのだからな」
殿下が強く言い切り妥協の余地がないことを示す。
「やむを得ませんか。しかし即座に全ての奴隷を解放するというのは流石に無理です。農業や鉱山で使役されている奴隷も多く、一度に抜ければ国内が混乱し暴動が起きるでしょう。そうなれば折角解放された奴隷が害される可能性もあります。個人や小規模な商会等が所有する奴隷に関しては協定が発効されて直ぐ。それ以外は業態や規模に応じて段階的な解放とさせていただきたい。無論それまでの間に奴隷が害されたり環境が悪化することのないような措置を執ります。最長でも3年以内。それに調査の結果奴隷狩りの被害者であることが確認できれば最優先で解放するようにしましょう」
「2年以内だ」
「……わかりました」
「最後の連合軍及び政府関係者への行動の自由ですが、我々に行動を制約する意図はありませんが、無原則に行動の自由を認めるわけにはいきません。帝城内や個人の邸宅などに無断で立ち入られては困ります。予め自由に行動できる範囲は決めておき、その他の場所で必要があると認められる場合は事前に協議させていただきたい」
これに殿下はビスタス将軍に視線で確認し、将軍が頷いたことで「承知した」と答えた。
それからは細かな条件を摺り合わせ、1時間ほどで大凡の合意が得られた。戦争でこちらが確保した捕虜に関してもフリステル解放後、現在フリステルを包囲している連合軍が帝都まで護送し引き渡すことになった。但し被害の補償と賠償金額に関しては詳細が明らかになっていないため今後事務方で調整することになり、合意書にもその旨が明記された。
そして、帝国側はリオネス皇子が皇帝代理として、連合軍側はレオン殿下が代表して調印を行った。
実に呆気ないほどアッサリと協定が結ばれた。
皇子は終始穏やかな表情のまま。帝国の文官達も多少難しい表情をしているものの異論を挟むことは無かった。
順調すぎてここにきても相手の意図が全くわからない。
特にこちらに対する悪意は感じられないし、城内に不穏な気配もない。
まったく訳がわからない。
ともあれ協定は締結し、合意書は交わされた。
流石の帝国でもこれを覆すのは容易ではない筈だ。
相手の狙いに不気味なものを感じながらも兎に角俺達は協議の部屋を出て城外で待機していた騎士達と合流する。
「相手の意図は見えないままだが、まずは合意書を交わすことが出来た。それもこちらに有利な条件でだ。そこで私はユーヤの転移魔法で一旦フリステル周囲に展開している残存部隊と合流してそちらと共に再度帝都まで来ることにする」
殿下がそう言って帝都に残る部隊の指揮をビスタス将軍に依頼する。
そして俺は殿下をフリステルの部隊に連れて行った後、2名の騎士を連れてアリアナス王国王都へ帰還し国王陛下へ今回の件を報告する事になった。
ちなみに今回ついて来たのは良いものの何もすることがなかったミノタウロスの牙の連中が暴れられなかったことを愚痴っていたので今回の件が少し落ち着いたら王都でたっぷりと俺と模擬戦をすることになった。頻りに遠慮していたが最終的には涙を流していたので喜んでくれたようで何よりだった。俺も今回はどうも消化不良気味だからな。
さて、あとひと息で終わる、はずだ。
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ユーヤ達3カ国連合軍の代表が交渉の場となった部屋から退出した後、その場に残った帝国の文官は大きく溜息をついた。
「殿下、本当にあの内容で宜しかったのでしょうか」
文官達の中で最も渋面で交渉を見守っていた人物である。
男がそう漏らすのも無理はない。合意した内容から読み取れるのは帝国の完全なる敗北宣言としか思えないものであったのだから。
「構わない。多少予想を超える部分はあったがそれも想定の範囲内だ。寧ろこれからやろうとしている事を考えれば最上といっても良いだろうな。大体大陸統一など虚栄心を満足させるだけでしかない『愚者の夢』そのものなのだからな」
リオネスはそう言って満足そうに笑う。
その表情は寧ろ勝者であるかのようだった。
いや、彼からしてみれば現在の状況は最善と言っても良い状態なのだ。
彼の以前の立場は帝国の第3皇子。上には二人の兄がおり、姉も3人いる。
そして帝室内においてその立場は常に不安定で危険なものであった。
帝国は専制政治でありながらも貴族の力も強い。そう言った国にありがちなことだがその歴史は後継の座を巡って骨肉の争いを繰り広げた血の歴史でもある。
継承権が低ければ我関せずで済むであろうがリオネスは継承権第3位。当然兄達も周囲の大貴族達もその一挙手一投足を警戒しつつ注視していた。
幼い頃から洞察力と思慮深さを持っていたリオネスは徹底的に自らを秘匿した。
特徴の無い凡庸で覇気に欠けた皇子を演じ、大貴族からの接触も避けた。社交界に顔を出すこともなく国民のみならず下級貴族達でさえ第3皇子がいることは知っていても名前も容姿も知らないという状態を作り出すことに成功する。
お陰で父親である皇帝すらも彼に何ら関心を寄せることもなく身の危険を感じることなく成長することが出来た。逆に第2皇子は幾度も暗殺の危機に曝され、精神をすり減らせた挙げ句一切の権力から逃げるように魔法の研究に没頭するようになった。
リオネスは一方で極秘裏に人材を集め下級貴族と平民を中心に戦力を蓄えていった。兄達や大貴族達に気取られないよう時間を掛け、慎重に、用心深く。
特に転移魔法を使うことの出来る者を重用し情報の収集と情報操作を綿密に行った。
そんな中で起こったのが今回の王国への出兵である。
邪神の軍勢との戦い以前から準備が進められていたその計画にはリオネス自身も帝国の勝利を予想していた。ところがフリステルを占領し更に王都まで進軍する準備を進めていた矢先、リオネスの元にアリアナス王国に潜入させていた諜報員から勇者と黒龍が王都に帰還したとの報告が入ってきたのだ。
勿論帝国も勇者に対しては十分に警戒しており、少数の部隊を戦後の混乱の中にあった王城内に潜入させ勇者を召喚した魔方陣を破壊させた。それゆえ聖女といえど再び勇者を召喚することは出来ない筈であった。
ところが召喚されたわけでは無いのに再び勇者が王国へ帰還し、更にその傍らにかの黒龍を伴っていたのだ。
この報告を受けたリオネスは今回の外征の敗北を即座に予想した。
勇者と直接の面識は無い。一度帝城に勇者が訪問した際に離れた場所からその姿を覗き見ただけだ。
しかしその時に感じた意志の強さ、積み上げた強者としての威圧感は強烈に印象に残り、実際皇帝すらも恐怖と邪神の敗北を確信したという。
確かにあの勇者は対集団戦で圧倒的な武力を発揮できるわけでは無いようだった。しかし勇者が作戦を立案しその先頭にたった戦いは常に相手を蹂躙し味方の損害は殆ど出ないと称されるほどだった。
その勇者が最上位龍である黒龍と共に参戦する。
たかが10万にも満たない軍で勝てる道理がない。
そこでリオネスはこの機会を最大限に利用することを決断した。
この時期主要な貴族達は王都に集まっていた。この戦いでアリアナス王国が帝国軍によって占領された後の利権の調整のためである。この時点でリオネスを除き誰も帝国の敗北など予想してはいなかった。
リオネスは秘密裏に且つ急いで準備を進め、帝国軍が敗北しフリステルに逃げ帰る途中、潜入させていた諜報員が転移魔法で結果を知らせてきた直後に行動を開始する。
先ず皇帝に薬を盛って昏睡させた後に隔離し、前祝いとばかりに貴族院に集まっていた主戦派の貴族達を『無謀な出兵により敗北を招いた』として一挙に捕縛する。更に王都の守備兵に命じて捕縛された貴族の私邸及び関連先、その貴族を支援してきた大商会を閉鎖し使用人達を軟禁する。無論情報が漏れないように転移魔法の使い手は捕縛或いは殺害された。
リオネス自身が抱える兵力は5千ほどでしかなかったが、王都にいる騎士、衛兵、警備兵は皇帝が全ての指揮権を持つ。その皇帝代理として、戦役で不在の皇太子や引き籠もった第2皇子に代わり第3皇子が命令を行う。彼等が疑問を抱くことはなかったのだ。
クーデターとでも言うべき相当に強引な手段ではあったが抵抗するであろう貴族の当主や重鎮が瞬く間に捕縛されてしまった状況では対抗することは誰にも出来ず、敗戦の報から僅か5日で帝都を掌握してのけたのである。
未だ各貴族の領地までは手が届いていないが、幸い今回の外征には有力貴族が自らの私兵の殆どを投入しており制圧は時間の問題である。
問題となるのはフリステルから帰還する兵達だが、これも連合軍との協定で『フリステルから撤退する軍は短剣以外の全ての武器防具を放棄する』との合意があり、その確認は連合軍が担ってくれる事になっている。
このように協定も含め、事態はリオネスにとって最善と呼べるものなのである。
後は敗戦の責任を第1皇子と主戦派の貴族達に執らせ、自分は国を立て直すために皇帝となり今後の国の舵取りをする。
戦後賠償や奴隷解放に伴う負担は軽くは無いだろうが、大貴族達やそれと癒着して私腹を肥やしていた商会の私財を徴収すれば十分に余力はある。
流石に父である皇帝を殺した事には思うところが無いわけではないが、既に割り切っている。元より接点が少なく情が薄いこともあっただろうが。
次兄である第2皇子に対しては特に監視以外の事をするつもりは無く、本人が没頭している魔法研究も必要であれば相応の支援をするつもりでいる。
「しかし、奴隷の解放は混乱が大きくなると考えられますが」
秘書官の男が懸念を表す。
「それも問題は無い。2年の猶予があるし、そもそも奴隷によって富を生んでも先が無いからな」
リオネスはそれも否定した。
リオネスの考えでは奴隷制度は利点よりも難点の方が遥かに多い。
帝国では大貴族を中心に鉱山や農場に多量の奴隷を配し生産を行っているがその労働生産性は決して高くない。当然である。強制的に連れてこられ、賃金もなく粗末な食事と不衛生な住環境で過酷な労働を強いられて生産性など上がるわけもない。
更に問題なのはそこで生み出された富は一部を除いて環流せず、使役する者が過剰に富を蓄えるだけになっていた事だ。
要は奴隷の使役は平民の職を奪い大量の流民や貧民を生み出し、治安が悪化しそれに対応するために本来不要な警備を行わなければならず国としては余計な経費ばかりが掛かるだけなのだ。
結果、一部の貴族と大商会、それに奴隷狩りと売買を生業とする裏社会の力が強くなり国家の安定を損なってしまう。
それくらいならばこの機会に奴隷を解放して代わりに貧民達に職を与えれば賃金を得た民は様々に消費を行い、それが新しい産業を生み出していくだろう。一時的には財貨の持ち出しはあっても経済が活性化し貧困層が減れば税収も増えるし、何より貧困故の犯罪が減り治安が良くなれば対応するための経費も抑えることが出来る。
加えて、今回の奴隷解放は連合軍の求めたものであり帝国はそれに応じたという形が取れる。
正に願ってもない事だ。
確かに連合軍の駐留は当初の予定を超えるものであったが、その事は逆に敗戦を帝国内に知らしめ帝国の舵取りをしてきた大貴族と前皇帝及び皇太子の責任を追及し処断する大義名分にし易い状況だと言える。
そしてリオネスが新皇帝となり連合国と折衝を重ねつつ経済を活性化し治安を回復させる。
民衆は挙って支持することだろう。
「さて、これから更に忙しくなる。皆にも負担を掛けるが力を貸して欲しい」
リオネスが文官達を見回し決意を込めて言う。
それを受けて男達も強く頷いた。彼等もまたこの若い皇子に賛同し危険を冒してでも力を尽くそうと長年準備を進めてきたのだから。
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