第40話 勇者の再訪問Ⅶ
帝国軍の中央部全体に視線を向けて状況を確認する。
先陣となる重装騎兵は目論見通りその殆どが足止めされ、連合軍の歩兵部隊と混戦状態になっていた。
ただ、見たところ戦況は完全に連合軍側に傾いており、もうすぐ第2陣となる連合軍の歩兵部隊が突入出来そうな位置まで接近してきている。
そして帝国軍側は重装騎兵後方の歩兵部隊までまだ1キロほど間隔が開いている。
この歩兵部隊の数は凡そ1万5千ほどだが、小さな丸盾と短槍を持ち禄に防具も着けていない。
これが『戦奴』という奴だろう。
戦奴とは所謂『戦争奴隷』とは意味が異なり、戦争により奴隷となった者では無く、戦争に用いられる奴隷の事だ。
勿論前述の戦争により奴隷となった者もいるが、犯罪奴隷や単純に奴隷となった者の内、力が強かったり戦う術を持っていたりする者も含まれる。
レギン将軍の話では、帝国の場合功績を挙げれば奴隷からの解放と帝国民としての資格を与えることを条件にしているが、実際に解放されることなんてまず無いそうだ。単に使い潰されるだけの消耗品の扱いらしい。
そんなんじゃ士気も最悪だろうし大して役に立たないだろうと思うが、一番消耗の激しい歩兵第1陣に戦奴を充てることで本体の被害を押さえるんだとか。
ったく、ロクでもねぇな。
そしてその戦奴の後ろには少しばかり間隔を空けて本体の弓兵や魔法兵が続く。
こいつらの目的は戦奴の逃亡阻止と乱戦になったときに戦奴諸共敵を攻撃する事だという。
この世界にはラノベによくあるような精神を支配する奴隷の首輪の様な物は存在しない。
ただ、似たような物で所有者の任意で絞まる首輪。えっと、孫悟空の頭にくっついている輪っか、確か
通常は奴隷であることを示す魔術紋を手に刺青のように焼き付け、奴隷から解放されたら消すらしい。その魔術紋の形状で犯罪奴隷か借金奴隷、戦争奴隷かが判るようにしているらしい。
なので先のことを考えなければ主人を害することも逃亡することも出来るし違法な手段で奴隷にされた場合は逃げて官憲に保護を求めることも出来る。
尤も帝国の場合は国を挙げて奴隷狩りなんかをしているそうだから意味が無いが。
話が逸れたな。
そんなわけで戦奴達とその後に続く部隊との間には若干の隙間がある。
次の段階ではそれを利用させてもらう。
帝国軍の歩兵が連合軍の歩兵部隊と乱戦になると被害が大きくなるからな。
俺は帝国軍の後続部隊の位置を確認すると、愛車を一気に加速させる。
狙いは戦奴部隊の後に続く弓兵&魔法兵。
重装騎兵にしたのと同じように障壁で吹き飛ばしながら、残しておいた花火”カラースモーク”税込み110円(4個入り)を次々にポイポイしていく。
途端に後方は自然では有り得ない色の煙が充満していく。
重装騎兵の時よりも念入りに蛇行しながら帝国軍を跳ね飛ばしつつばらまく煙幕玉、その数大盤振る舞いの400個。
風が殆ど無いことが幸い(帝国軍にとっては不幸)して辺りの視界が極端に悪くなる。
勿論全体を覆い尽くすような煙は望めないが多少視界を遮り動揺を誘えれば問題は無い。
派手な色をしている事から毒ガスだとでも思ったのか、帝国軍弓兵&魔法兵は騒ぎ立てながら後退していく。想定以上の効果があったらしい。
一通り突っ切って方向転換して様子を見ると、戦奴達は後方からの攻撃が無いのを幸い、戦場から逃亡を始めている。
短槍を投げ捨て、連合軍が逃亡のために故意に空けておいた空隙に殺到する。
戦奴達に帝国に対する忠誠も義理もない。逃げるチャンスがあるなら逃げるに決まっている。
連合軍も作戦の内なので逃亡する戦奴には攻撃をしない。万が一を考えて監視と警戒はするが逃亡ルートを指さして指示する。それを見た戦奴達も必要以上に連合軍には近づかず全力で戦場を離脱していく。
もしかしたら人質を取られていたりする戦奴は逃亡しないかもしれないが正直に言ってそこまでは面倒見られない。
逃亡した先の事も無理だ。
それは本人達と各国のお偉いさん達に何とか考えてもらおう。
何はともあれ、これで作戦の第二段階は完了した。
余計なことを考えていられるほど時間的な余裕もないので、次いってみよう。
再び愛車を走らせて、今度は帝国軍の本陣、その中央部に向かって突っ込む。
流石に騎馬や歩兵が踏み荒らした地面は荒れて車輪を取られる。
やっぱオフロードバイクじゃないと無理があるな。
まぁ、レーサーレプリカじゃないだけマシかもしれんが……
本陣の周囲は流石に兵士も多い。
元々兵数ではこっちの倍以上いるから当たり前ではあるが、障壁で弾き飛ばしながらでも時間が掛かる。何せ密度が違いすぎる。
モタモタしてるとあっという間に周囲を囲まれて身動きが出来なくなりそうだ。
それでも何とか中央部の奥深くまで到達すると、ようやく指揮車と思しき派手な屋根無し馬車が見えてきた。
馬車の下段に大きな太鼓と銅鑼があり、その上段にやたらと目立つ悪趣味な甲冑を身につけた貴族っぽい男がこちらも指さしながら何かを怒鳴っている。
どうやらアレがこの軍の総指揮官らしい。
まだ少し距離があるのではっきりとは判らないが、何か見たことがあるような気がしないでもない。
もっとも、以前にあったことのある帝国の貴族連中にはロクなのがいなかったと記憶しているので、気にする必要もないだろう。
兎に角、ターゲットを見つけたのでそちらに進路を向ける。
とはいえ、流石に数百数千の兵を弾き飛ばしながらだと流石に障壁で殆ど衝撃がバイクに伝わらないとはいっても多少は勢いが殺がれてくる。
時速100km超で突っ込んだ勢いが、今では時速50km程まで落ちてきた。
スロットルを空けても勢いを戻せない。
畜生。やっぱり大型バイクが欲しいな。
具体的にはHONDA CB1300 SUPER FOUR が欲しい。切実に。
異世界とか関係なしに乗りたい!!
コホン!
まぁ、今言ってもしょうがないのでそれは置いておこう。
指揮車まで後50m程まで辿り着いたとき、強烈な殺気と共に前方に一際大柄な騎士が飛び込んでくる。
構わず突っ込む俺に騎士は2m近くありそうな大剣を叩き付けてきた。
ガクン!!
大剣が障壁にぶつかり勢いが完全に殺されてしまう。
マジっすか?!
流石に障壁を破るまではいかなかったようだが、弾き飛ばさせなかったのはそれだけ今の斬撃がとてつもなく重い一撃だったことを物語っている。
直ぐさま2撃目を放ってくる騎士に、俺は障壁はそのままに愛車をアイテムボックスに仕舞って代わりに長剣を取り出す。
こっちで勇者として旅をしていたときに使っていた、刀身が120cm程のグラディウスタイプの両刃の剣で重く頑丈で切れ味も鋭いお気に入りだ。
聖剣も貸与されていたけど、とんでもない貴重品なのでどうしても必要なとき以外は使わなかったんだよね。壊したら恐いじゃん。
2撃目を障壁で防いだ後、障壁を解除して剣を構えて改めて騎士と対峙する。
この騎士も以前に見たことがある。
確か将軍か何かだったはずだ。無闇矢鱈と周りを威圧していたのを覚えている。
「貴様、勇者か! 元の世界に帰ったのでは無かったのか!!」
騎士が俺に向かって吠える。
「どうやらゴミ掃除が中途半端だったらしくてな。また来る羽目になったんだよ」
わざと挑発的に言いながらニヤリと意地悪く笑う。
……上手くできてるよね?
「馬鹿な! 召喚の魔方陣は破壊したはず。どうやって来た!」
そんなことまでしてたのか。まぁ意味無いけど。
そんな会話を交わしながらも2合、3合と剣が打ち合わされる。
チッ! 結構強いでやんの。
勿論勝てない程じゃないがあまり時間を掛けると周りを囲まれるし総指揮官に逃げられかねない。
サッサと終わらせよう。
「うりぃや!」
俺は上段から力を込めて打ち下ろす。
騎士が大剣を頭上に掲げて受け止めると同時に俺はアイテムボックスから地球産のアイテム。痴漢撃退スプレー”さわるな変態!!VerⅡ”(税込み3580円)を取り出し、すかさず騎士の顔目掛けて噴射。
「ぐわぁ!! ひ、卑怯な!」
剣こそ落とさなかったものの片手で顔を押さえ悶える騎士。
「いきなり大軍で攻め込んでおきながら卑怯とかアホな事言ってんじゃねぇよ!」
空気中に漂っているスプレーの飛沫に注意しながら一気に踏み込み剣を横薙ぎに振るう。
僅かな感触と鈍い音の後に腹部から両断された騎士が崩れ落ちる。
「しょ、将軍が……」
周囲を遠巻きにしていた帝国軍兵士が動揺したように後ずさる。
俺は周囲を睥睨して牽制すると、指揮車に向けて一気に駆け出す。
距離はまだ40mほどあり、その間には複数の歩兵と騎兵がいるが構わず進路上にいる兵を薙ぎ払っていく。
流石に指揮官を守る兵だけあって逃げ出したりはしないものの、俺の勢いに押されて及び腰だ。
片手で剣を振るい更に別の兵士を蹴り飛ばす。
隙間が出来れば身体をねじ込んで強引に剣を振るい、指揮車まで10mを切った所で一気に跳躍し指揮車の下段に足をかけ、上段まで飛び上がる。
下段の信号を出す兵士や太鼓・銅鑼には手を出さない。
指揮官の前にいた護衛が槍を振るうが躱さずに剣で弾き、切り返して首を刎ねる。
「き、貴様、こ、こんな事をしてただで済むと思ってるのか」
指揮車の上段に降り立った俺にぎりぎりまで後ずさり恐怖の表情を隠しもしないで指揮官ががなり立てる。
いや、戦争に来ておいて何言ってるのよこの馬鹿は。
……どっかで見たことあったと思えば、確か帝国の皇太子だか皇子だか言ってたなコイツ。
大方、倍以上の兵力差で負けるわけ無いと思って出てきたんだろうけど、良いや。コイツの処理は殿下に丸投げしよう。
俺に政治的判断とか無理だし、討ち取るよりも利用できるかもしれないしな。
「ヒッ! ぐあっ!!」
俺は指揮官に無造作に近寄ると物も言わずに殴り倒して意識を刈り取ると襟首を掴んで『転移魔法』を使って連合軍本陣に戻る。
本陣の後方に転移した俺は待機していた王国の騎士に捕虜となった指揮官を預ける。
元々想定内の事だったので騎士は直ぐさま気を失っている捕虜を縛り上げていく。
それを確認した後、俺はレオン殿下がいるところまで歩いていく。
レオン殿下は本陣の一番先端、帝国軍からもよく見える位置、王国の軍旗はためく所で前方を睨み付けていた。
俺はその右斜め後ろまで歩み寄り、殿下の視線を追う。
そこには想定通りの光景が広がっていた。
「……戻ったか。首尾は?」
「恙無く。レイリアも上手くやってくれたみたいですね」
俺に気づいた殿下の質問に答える。
そして程なく、帝国軍の方角から退却を指示すると思われる太鼓と銅鑼の音が微かに聞こえてきた。
「勝った、か」
厳しい表情は崩さぬまま殿下がそう呟く。
勝った、な。とりあえずは。
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