第39話 勇者の再訪問Ⅵ

 東西に広がる平原のほぼ中央部に帝国の軍旗を掲げた軍勢が整列している。

 もっとも整然とは言い難く、多少の混乱があるようだったが。

 対して平原の東側に王国・皇国・都市国家連合の3国連合軍は一糸乱れぬと言えるほど整然と陣形を整えている。

 両軍の距離は凡そ10kmほど隔てており、正に歴史絵巻の合戦風景そのものだ。

 おそらく時刻は正午近いとは思うが生憎空全体が薄く雲で覆われ太陽が見えないので正確には判らない。

 風も殆ど無いのでこちらとしては作戦遂行上実に都合が良い。

 正にご都合主義万歳! 主人公補正大歓迎である。

 

 俺は両軍の中間地点よりも帝国軍よりの南に位置する地点に『認識阻害』の魔法を掛けつつ待機している。

 この位置からだと帝国軍の陣形がよく見えるが、帝国軍は連合軍から見える位置は何とか体裁が整っているがその向こう側は未だに慌ただしく動き回って陣形を整えていた。

 多分だけど、今日中に準備を整えて明日早朝から侵攻を開始するつもりだったんじゃないかと思う。

 ところが連合軍側が先に陣形を整えたのを見て慌てて帝国軍も開戦準備をする羽目になったと言うわけ。もっとも距離的に細かいところまでは見えないので単に軍が集結しているのが見えただけだろうが。

 勿論これはこちらが仕掛けたことだ。こっちの準備が整ったのに態々相手が万全の状態になるのを待つ訳がない。

 とはいえ、帝国軍も既に兵員の集結は完了していたので、特にこちらが有利になる訳じゃないけどな。兵力差も予想通りだし。

 

 陣形は帝国軍が事前に予想していた通り中央部が厚く両翼が後方に位置する半月型。3国連合軍が矢印の形をした鋒矢陣形。

 形としては大軍を擁する帝国軍、迎撃する寡兵の3国連合軍の双方共に極オーソドックスな陣形だろう。

 前衛は両軍共に重装騎兵。

 

 この重装騎兵は専用の軍馬、えっと、北海道のばんえい競馬の馬を一回り大きくして若山羊の角を生やしたような馬に魔法防御を付与した分厚い甲冑を着込んだ騎士が騎乗し、馬の方にも前面に鎧を取り付けた対人戦争用の騎兵で、この世界の戦争の主力となる部隊だ。

 馬・騎士・鎧の総量が1.5tを超え、重装で魔法や弓矢も通じない。この世界で言えば戦車みたいな存在である。

 

 帝国軍としては予定よりも早い開戦で陣形の構築に手間取ってはいるものの、平原の東端で大軍の利を活かせない位置よりも、東側とはいえ平原の中央部近くまで3国連合軍が出てくるのは好都合だ。一気に包囲殲滅出来る可能性が高くなる。

 なので事前に十分な情報を得る時間が無くても開戦には応じざるを得ない。

 そしてそれはこちらの策を気取らせない為の仕込みである。

 

「さて、そろそろじゃな」

 俺の隣にいたレイリアが両軍の状況を見て言う。

 その更に向こう側にいるティアも真剣な顔で頷いている。

「そうだな。こっちも何時でもいける。んじゃ、後は打ち合わせ通り頼む」

 そう言いながら俺は事前にアイテムボックスから出しておいたCB250F愛車に跨りエンジンを掛ける。

 

 今回の戦争の為に俺は日本から幾つかの小道具を持ち込んでいた。

 一つはこの愛車だが、他にも策を実行するために必要なチェーンソーを始めとした道具類や戦いの際に使用する物なんかを用意している。

 出来るだけ安い中古品なんかを探したがそれでもかなりの出費だ。

 お陰でバイクを買い換えるために必死に貯めた貯金を殆ど使い果たしてしまった。

 まぁ、月末にはファミレスのバイト代もシルバーアクセの代金も振り込まれるので何とかなるだろうが、これで買い込んだ物が役に立たなかったら大損である。

 この鬱憤は帝国軍にぶつけることにしよう。

 

 

 まず先に動いたのは連合軍の方だった。

 十秒ほど遅れて帝国軍の中央部重装騎兵が動き出す。が、連合軍の方は直ぐに前進を止めてその場に留まる。

 勿論これは予定通りの行動だ。

 両軍がそのまま前進してしまうとものの数分で両軍が激突してしまう。それではあまりに時間がなさ過ぎる。

 俺はCB250F愛車を一気に加速させると同時に『障壁』をドーム状に展開して重装騎兵の南側面から突っ込む。

 中型バイクからすれば壁みたいな重装騎兵だが、加速した俺&バイクを覆った障壁に激突すると大型トラックにでも跳ねられたかのように次々に吹っ飛んでいく。

 障壁を展開している以上、障壁の強度を上回らない限り内部には一切影響することなく衝撃を跳ね返すことが出来る。それは魔法防御の防具を身につけていても同じだ。障壁は接触したエネルギーのベクトルを反転させるものだからな。

 

 俺は突っ込むと同時にアイテムボックスから取り出したものに魔法で火を付けながら次々と放り投げていく。

 

 パン!パパパパパパパパパパパパパン!!

 シュッ!シュパン!シュパン!

 シュワワ~~~~~!!

 

 甲高い炸裂音や何かが打ち出されるような音と目映いばかりの色とりどりの火花、漂う煙。

 そう。中国の春節のお祭りでお馴染みの爆竹(税込み248円)と噴上・打上花火30個セット”百花繚乱”(税込み5280円)である。

 俺はこれらを複数購入してバラバラにアイテムボックスに放り込んである。

 

 当たり前だが普通の花火なので殺傷力は皆無だ。多少の火傷くらいは負うかもしれないが戦場において殆ど意味は無い。

 だが勿論ふざけている訳では無いし、お遊びでこんな物を用意するほどお金持ちでは無い。むしろ誰かお金を下さい。

 

 俺の目的は重装騎兵の足を止めることだ。

 騎兵達の側面から突っ込むのもその為だが俺が吹き飛ばすことが出来るのは2万もいる帝国軍重装騎兵の極々一部でしかない。数にすれば数十騎程度に過ぎない。これでは戦場において無意味だ。

 そこで俺が突っ込んだ周囲の騎兵の足を止めるために花火を使った。

 重装騎兵用の騎馬は地球産の馬よりも大きく、軍馬としての訓練を受けてはいるが、その食性や性質はやはり地球産の馬と酷似している。

 つまり、草食動物の常として基本的に警戒心が強く臆病な気質を持っている。

 勿論、魔法や剣戟に対しては訓練で動揺しないようになってはいるが、見たことのない合成火薬の光や爆音に対しては免疫が無い。

 当然騎乗している騎士も同様なのでパニックになって足は止まらざるを得ない。

 そして、草食動物の群れというものはそのパニックが容易に伝染する。

 騎士は馬を落ち着かせようとするだろうが直ぐに立ち直る訳がない。少なくとも数十秒は完全に足が止まるだろう。

 そして先にいる騎馬の足が止まればそれに続いていた残る騎兵も進むことは出来ない。高速道路の渋滞のメカニズムと同じで仮に先頭がパニックから立ち直り突撃を再開したとしても騎兵の大部分は足が止まったままで数分は立ち往生する事になる。

 そして、それだけの時間があれば要は足りる。

 

 

 それを証明するように俺が中央部を過ぎた辺りで再び前進した連合軍の重装騎兵が足の止まった帝国軍重装騎兵に突撃を掛け、その直ぐ後に後方から重装騎兵に引かれた橇に乗った歩兵が次々と動けないでいる騎兵に襲いかかる。

 確かに重装騎兵は敵の歩兵や軽装騎兵に対して無類の強さを誇るが、それは走っているからこそだ。

 足の止まった重装騎兵など歩兵の恰好の獲物に過ぎない。

 歩兵が騎兵の左側に回り込んで短槍で騎士を突き落とす。或いは騎馬の鎧で覆われていない後ろ足を切りつけ転倒させる。

 地面に落ちた騎士は重すぎる鎧で満足に戦えず次々に討ち取られていく。落ちただけで既に動けなくなっている者も多いだろう。

 更に討ち取られた騎士や騎馬が障害物となり更に後続の騎兵は走り出すことが出来なくなり、その騎兵はまた連合軍歩兵の餌食になる。

 

 俺はミラー越しにその光景を見ながらもそのまま突撃を続け、ポイポイッと花火を放り投げる。

 そしてようやく帝国軍左翼の重装騎兵に到達したがそこでは冒険者達が騎兵を押し留めるべく奮闘していた。

 冒険者達は横陣を布きそれぞれの動きを阻害しないように間隔を空けている。対する重装騎兵達は引いたり突撃したりを繰り返しながら突破を計っているが冒険者達の分厚い布陣を抜けることが出来ないでいた。

 どうやら予想通りというか、予想以上に頑張ってくれたらしい。

 

 俺がミノタウロスの牙18禁カルテットを通じて冒険者達に頼んだのは帝国軍左翼の重装騎兵を連合軍の側面に突入させないことだ。

 彼我の戦力差と帝国軍の展開する軍の幅、連合軍との距離を考えると俺が到着する前に左翼部隊が連合軍の側面に先に到達してしまう。

 それをさせないためには重装騎兵を足止めしなければならないが走り始めた重装騎兵を軍の軽騎兵や歩兵では止められない。

 だが、冒険者ならば不可能ではない。

 

 冒険者の普段戦う相手は人よりも寧ろ魔物・魔獣が多い。そして戦う目的は討伐であったり素材の収集であったり、商隊の護衛であったりするのが殆どだ。

 集団で囲んで討伐したり追い散らしたりすれば良い軍とは異なり、確実な討伐や荷車に被害を及ぼさない為に人間よりも大きく力の強い魔獣等を受け止め、堅い外殻や毛皮があってもダメージを与えることの出来るようにバカでかい盾やハルバード・戦槌、バトルアックスなどの軍では使いこなせない大型武器を装備している者も多い。

 そんな彼等ならば盾で騎馬の足を止め、鎧で覆われた騎馬や騎士を倒すことも出来る。ましてやこの場にいるのは邪神の軍勢相手に戦い生き残った高レベルの連中ばかりだ。

 

 現に冒険者達の一番前でミノタウロスの牙18禁カルテットのリーダーのエレ(諸事情によりフルネームは省略)が巨大なクレイモア大剣で騎馬の両前足を叩き切っている。

 すかさずビニ(諸事情以下略)が大盾で別の騎馬の顔を殴りつけ、足が止まったところをブルー(同)が槍、というか形はほぼバルディッシュで騎士の首を刈り取る。

 エロ(略しても略さないでも不合格)は地魔法と水魔法を交互に使って騎馬の足下を崩していた。

 流石の力量だ。全く危なげなく複数の重装騎兵相手に立ち回っている。

 

 ただ、名前がなぁ……

 

 それは兎も角、勿論走り出せば騎馬の方が早いが冒険者達の後方に配置した魔術師達が魔法や俺の渡したロケット花火で牽制して冒険者達が戦いやすいように重装騎兵を誘導している。

 帝国軍側もただやられるわけでは無く、一部が後方に退いて集結し突撃を仕掛けようとするが、すかさず魔術師側から直径1メートル程のウォーターボール(火魔法により沸騰寸前まで加熱済み)が幾つも集結した騎兵達に打ち込まれて阿鼻叫喚の状態になっている。

 重装騎兵の甲冑は魔法防御の付与はされているが、魔法それ自体は防げても魔法によって引き起こされた物理現象までは防御出来ない。

 なので熱湯を浴びれば大惨事なのだ。

 結構間抜けに見えるかもしれないが日本でもヨーロッパでも城攻めの際に防衛側は城壁を上ろうとする敵に対して熱湯や溶けた鉛を浴びせて応戦していたのだから効果は十分だろう。

 

 

 冒険者達の奮戦ぶりに感心して思わず速度を弛めてしまったが気を取り直して重装騎兵の集団に突撃&花火の置き土産で蹴散らす。

 味方は事前に花火のことは見せているので動揺はない。

 逆に帝国軍の騎兵は十数秒足が止まり、その隙を見逃さない冒険者達に瞬く間に蹂躙されていく。

 ある程度騎兵が倒されれば後は中央部同様それが障害物となり騎兵は走ることが出来なくなる。

 縁まで通過した俺は後は大丈夫だろうと判断して進路を中央部本陣に向ける。

 丁度花火も1種類を残して使い果たしたし、次の段階に進むとしよう。

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