第38話 勇者の再訪問Ⅴ

 王城を出立した俺とティアは龍化したレイリアの背に乗り西へと針路をとる。

 街道の上空を飛びながら進むと数百人単位の移動する人達を見掛けた。王都でも見掛けた避難民だろう。王城で聞いた話では既に地方都市だけでなく辺境の農村に至るまで『帝国軍侵攻』は通達され避難を進めていると言うからそれを聞いた民衆が財産を持って王都を目指しているのだろう。

 比較的高度を抑えて飛んでいるのでこちらに気がつく人も多いらしく、指をさしたり騒ぎ出したりするが構わずに通過する。

 今はできることは何も無いし帝国軍をなんとかするのが先決だしな。


 ただ、途中二回ほど避難民達を標的としていると思われる野盗と思しき集団を見かけたので蹴散らせておく。

 俺の魔法とレイリアのブレスで根こそぎ吹っ飛ばして置いたから襲うどころではなくなっただろう。


 そんなこんなで2時間ほど飛び続けると穀倉地帯を抜け、森に覆われた山というか丘陵地帯に入る。

 街道の横幅はそれなりにあり、起伏もそれ程厳しいわけでは無いが大軍を運用するには難しい地形になっている。ここを抜けた先に王国軍は陣を張っているらしい。

 おそらく帝国軍を細い街道に引き込み大軍の利を失わせて持久戦に持ち込むつもりなのだろう。

 その予想を裏づけるかの様に街道の出口の先に王国軍の陣が見えてきた。陣の南北に数百の拒馬槍が設置されている。

 拒馬槍というのは丸太を組み合わせたAの文字を横長にして斜めになる棒の片方を長く先端を尖らせた物で、昔の中国でよく戦の際に使われていた。

 実はこの世界には無かったのだが突進する魔物・魔獣に対しても効果があるので俺が提案して広めたものだったりする。人間同士の戦争でも騎馬が利用されているのに同様の物が無いのが不思議だったが、考えてみれば地球の歴史でも中国以外では聞いたことがないのでそういうものなのかもしれない。


 それはともかく、王国軍は集結しているものの未だに戦端が開かれている様子は無いようだった。こちらに気がついたらしく慌ただしく兵士達が動き回っているのが見える。

 とりあえず、いくつも天幕が張られている陣の中央付近に広くなっている場所があったのでそこに降りることにする。

 レイリアが降りるには人が邪魔だがここにいるのは兵士だし、何とか避けてくれるだろう。

 王城に降りたときとは比べ物にならない勢いで地響きを立てながら降り立つ。

 うん。いつものレイリアの着地だ。懐かしいね。

 

 周りを取り囲む兵士&騎士たちの一団の中に目を引く集団を見つけた。

 やっぱこの世界の軍の重鎮って存在感半端無いね。お偉いさんオーラがすごいわ。

 その集団の中心にお目当ての人物を見つけてほっと息を吐くと同時にティアと共に飛び降りる。

 その人物が叫んだ。

「な、何故お前がここにいる!!」

 その言い方だと悪役のセリフっぽいよ?

「どうやら間に合ったみたいだな」

 俺はそう言うとその人物の所へ足を進め、近づいたところで膝を付く。

「お久しぶりです殿下。国王陛下から書状を預かっております」

 そう言ってアイテムボックスから預かっていた封書を目的の人物であるレオン殿下に差し出した。

 

 殿下はまだ何か言いたそうにしていたが、とりあえずは書状に目を通すことにしたらしい。封蝋を解き内容を確認する。

「言いたいこと、聞きたいことは山ほどあるが、ユーヤ、お前がこの度の戦いに参戦するというこの書状は確かか?」

「はい」

 俺がそう応じると殿下の周りにいた男達も一斉にざわめく。

「判った。とにかく良く来てくれた。作戦を変更しなければならんな。来てくれ」

 そう言って俺達を一番大きな天幕へ促した。

 

 

 殿下に続いて天幕に入ると、中にはテーブルが置かれておりそれを囲むように幾つもの椅子が置いてある。

 多分一番奥側が殿下の席だろうから俺とレイリア、ティアは天幕の入口側にある椅子の所に立つ。

 予想の通りに一番奥の席に殿下が先に腰掛け、続いて殿下に付き従っていた重鎮達がそれぞれ席に着いた。

 おお。ブルーノとウィスパーもいた。これでメルも居れば勇者パーティ揃い踏みだったな。まぁ、メルには茜の面倒を見てもらわなきゃならないのでしょうがないが。

 俺達も殿下の視線に促されて席に座る。

 

「先ずは改めて確認するが、そなた達が参戦することに相違ないのだな? その、ティアはともかく、レイリア殿もか?」

 黒龍であるレイリアが原則人族の争いに介入することが無いというのを知っている殿下は敢えて言葉に出して確認する。

「あくまでレイリアは俺の手伝いをするという形ですが」

 俺はそう言って部分的に肯定する。

 それを聞いた殿下は「感謝する」と言いながら軽く目礼する。

「申し訳ないですが現状の敵味方の数と構成、予想される帝国軍の戦術、こちらの作戦を確認させていただけますか?」

 この場にいる俺達以外はみんな知っているだろうけど、それを聞いておかないと何も出来ないからな。

 俺の問いに殿下は一つ頷くと右側に掛けている、確か騎士団長だったか、レギン将軍に視線を向けると将軍が説明してくれた。

 

「現在の所、帝国の兵力は重装騎兵が2万。軽装騎兵が1万5千。戦奴を含めた歩兵が4万。弓兵と輜重隊で5千の総数凡そ8万。残念だがそのうち魔法兵がどれくらい含まれるかは不明だ。それに対する我が方は王国軍が2万、皇国軍が1万、都市国家連合が5千、冒険者を中心とした義勇軍が3千の計3万8千だ。兵種の内訳は王国・皇国・連合で重装騎兵がそれぞれ6千・2千、軽装騎兵が6千・3千・2千、歩兵と弓兵が5千・4千・2千5百、魔法兵が千2百・千・5百だ」

 ふむ。凡そ2倍強か。

 どうやら心配したほど絶望的な戦力差では無いようだ。

 勿論不利であることは明白だし、俺が参戦したところで俺一人で差分4万2千の軍を殲滅できる筈もない。

 どこかのラノベの無双系主人公みたいに広範囲殲滅魔法でも使えれば良いが、生憎俺は限られた期間内に魔王&邪神と戦えるように一点突破型の戦闘スキルを徹底的に鍛えたので大軍を相手に無双できるような力は持っていない。

 勿論、突出した魔族であった魔王やそもそも神である邪神ならそんなことも出来るだろうし、黒龍であるレイリアも出来るかもしれない。そして俺自身はそんなとんでもない連中と戦えるだけの能力は持ってはいる。が、自分に同じ事が出来るわけじゃない。大軍を相手に戦う能力と対個別に戦う能力は全く別のものだからだ。

 百とか千とかが相手なら何とかする自信もあるがそれ以上は魔力も体力も持たないだろうね。

 だからこそ魔王軍や邪神の軍勢と戦ったときは各国が総力を挙げる必要があった。もっとも帝国は総力を挙げた訳じゃ無いようだけどな。

 

 話が逸れたな。

 とにかく、戦力差は不利ではあるが2倍程度ならやりようは幾らでもある。

 実際、勝敗が明らかなほど圧倒的な兵力差と言うならば最低でも6倍の数が必要だ。それも兵力を展開する十分な広さの戦場を設定できているという前提で。そうでなければ兵力差の大部分は単なる遊兵となってしまう。

 一般に大軍が有利と言われるのは損害に対する回復力に差があるからだ。例えば8万の軍と4万の軍が戦った場合、仮に双方が2万の損害を出すと一方は6万の軍となるがもう一方は半分の2万になってしまう。兵力差は同じ4万でも比率は3分の1に落ちる。つまりは持久力に差が出るということだ。

 逆に言えば短期的には寡兵であっても対抗することが出来るということ。

 事実、地球の歴史上で三国志の赤壁の戦いや織田信長の桶狭間の戦いなどは5倍以上の兵力差を短期決戦と策略で覆した有名な例だろう。

 

 今回も時間を掛けずに一気に勝負を決める必要がある。

 第一、時間が掛かればその分犠牲者も増える。未だ邪神との戦いの復興も始まったばかりだというのに国力を損ねるわけにはいかない。

 それだけにこの度の帝国の侵攻は許せないのだ。

 きっちり落とし前はつけさせてもらおう。

 

「斥候からの報告で、帝国軍の陣の配置と平原の地形からおそらく前半月陣を基本形に右翼が軽装歩兵、左翼が重装騎兵、中央部に重装騎兵と歩兵部隊でその後ろに指揮車と輜重が配置されると予想している。おそらく帝国軍は中央の重装騎兵で突撃を掛け、その間に右翼部隊を迂回させて我が軍の後背を突いて退路を断ってから左翼重装騎兵が我が軍を前後に分断、中央部の歩兵で攻めると考えられる」

 

 なるほどね。あ、前半月陣ってのは相手側に膨らんだ半円形の陣形の事ね。

 まぁ、実にオーソドックスではあるけど、基本的に大軍になればなる程陣形には自由度が無くなるからな。でないと遊兵が増えて兵力差を活かせない。本来であれば包囲して殲滅ってのが理想だろうが2倍強程度では無理だし、そもそもこちらが先に平原の東端近くに陣を張ってるから包囲できない。だからこそその陣形以外の選択肢が無いんだろう。

 実に予想通りだ。俺の準備も無駄にならなくて済みそうだな。

 

「こちらの作戦に関しては最初から練り直しだな。お前が参戦することを想定してはいなかったからな。何か考えはあるか?」

 将軍の説明を引き継ぐように殿下が続けた。

 俺はその問いに頷きながら、

「兵力差がある以上、出来るだけ短時間で勝負を決める必要があります。それに先の戦いの復興のためにも犠牲は少ないほど良い」

 俺の言葉に一同は頷く。が、ウィスパーが眉を顰めながら訊いてくる。

「ユーヤ、まさかガルダス砦をやる気じゃないだろうな?」

 俺達が嘗て魔王軍と戦った時に攻め落とした砦の名を挙げた。

 自分で名を出したくせにすっごい嫌そうな顔をしている。

「ガルダス砦っていったら、勇者殿の魔法で1万の魔王軍を全滅させたがその影響で砦自体は使えなくなってしまったっていう、アレか?」

 皇国のビスタス将軍とかって言ったっけ? その人がウィスパーに訊いた。

「砦が使えなくなっただけじゃなくて、それを見た味方の兵士がトラウマ抱えて2割以上脱落したんですよ。それと魔法じゃなくて召喚獣の能力です」

 ウィスパーの奴が俺をジト目で睨みながら説明した。

 

 ガルダス砦は魔王軍が南部に攻め込むときの橋頭堡としていた砦だ。

 山の谷間にあり、攻めて来た魔王軍を近隣諸国の連合軍が撃破してもこの砦に逃げ込まれ直ぐに反撃してくるため非常にやっかいな砦だった。場所柄、数で攻めることも攻城兵器も使えなかったため、俺は『タマ』の能力を使い周囲の半径数キロからとある昆虫を集め夜陰に乗じて攻め込ませた。一部からは『黒い悪魔』と怖れられる奴である。アレって元々山や森に生息してるのが大半なんだよね。しかも雑食で何でも食べる。ソレを有効範囲を最大にしたままあちこち移動して集めまくって概算で凡そ十数億匹。ソレが砦にいた魔王軍一人辺り約10万匹が襲いかかり僅か数時間で魔王軍は全滅。

 翌朝ソレらを元の場所に帰すように操ってから砦の中に入ったが、突入した殆どの兵士が俺達を含め大量にもんじゃ焼きを生産する羽目になった。中の状況は完全にモザイク案件。卵なんかも無数に産み落とされていたので火魔法を使える連中全員で砦内部を焼き尽くした。いや、あれは酷かった。

 

「今回は時間もないし場所も悪い。やらないよ」

「条件が合えばヤルのかよ」

 俺の返答にウィスパーがげんなりして言う。

 別に好きこのんでやりたい訳じゃ無いけど、味方の犠牲が少なくなるんだったら何でもやるぞ? 俺は。

 なので話を先に進めることにする。

「冒険者達は誰が指揮を執っていますか?」

 その質問にはブルーノが答えてくれた。

「冒険者は軍の指揮系統に組み込むは無理だからな。今は王国に拠点を置いているAランクのパーティが中心になって纏めてもらっている。一応遊撃的なポジションで動いてもらうつもりだったが」

 装備も特性も戦い方も通常の兵士とは異なるからな。そりゃそうだ。

「その連中を呼んでもらっても良いか?」

 俺がそう頼むとブルーノは頷いて入口に控えている騎士に指示を出す。

 その騎士は別の騎士に声を掛けてから指示を実行するために走って行った。

 少しすれば呼んできてくれるだろう。

 

 それを待つ間に俺は自分の考えたプランをこの場にいる重鎮達に日本で用意した物をアイテムボックスから出しながら説明する。

「……確かにそれならこちらの被害を最小限に止めながら帝国軍を突き崩す事が出来るだろう。しかしユーヤと冒険者達の負担が大きいな。それに準備が間に合うか?」

「冒険者達の方には王国と連合の魔法兵を全て投入してバックアップしましょう。準備は直ぐに取りかかれば工兵と地属性を使える魔法兵を開戦まで少しは休ませる時間が取れると思います。後は勇者殿の持ってきた『ソレ』がどれほど効果があるか少し確認する必要があるとは思いますが、問題なければ戦果は十分期待できますな」

 レオン殿下の懸念にレギン将軍が応じる。

 他の重鎮達も笑みを浮かべながら同意するように大きく頷いていた。

 

「レイリアは説明したように帝国軍右翼の軽装騎兵を頼む。全滅させる必要は無い。部隊の指揮官を中心に潰して行けば引かざるを得ない筈だ。ティアはレイリアの背に乗って中隊長以上と思われる指揮官を見つけてレイリアに指示してくれ」

「はい!」

「うむ。我に任せよ。じゃが我であれば本隊をまとめて壊滅させることも出来るが、良いのか?」

 俺の言葉にティアは素直に返事してくれたがレイリアは若干不満そうだ。

「本質的にこれは王国と帝国の戦争だからな。元々王国の勇者だった俺は兎も角、本来人間の争いには不干渉だった龍族が主役じゃ今後に問題が起きかねない。今回は支援という範囲で留めておきたいんだよ」

 この戦争は帝国が王国を始めとする周辺国家に売った喧嘩だからな。出来るだけ当事者が中心にならないと最後まで責任を負わなくちゃならなくなるから、それは避けたい。

 

 

 俺が作戦の概要を説明し終わり、具体的な配置や段取りを全員で話し始めると外から騎士の呼びかけが聞こえてきた。

「冒険者パーティ『ミノタウロスの牙』の方が到着しました」

 ……ミノタウロスって牛の頭の怪物だよな。牙ってあったっけ?

 それ以前にアレって『ミノス王の牛』って意味だよな? なんでギリシャと関係ない異世界にミノタウロスがいるんだよ。

 

 俺が脳内でそんなツッコミをしていると天幕の入口から4人の如何にも冒険者って感じの男達が入ってきた。

 流石に今は武器を携帯してはいないが全員が長身に鍛え上げられた体躯を皮鎧で包んだガチムチのおっさんである。

 レベルは全員200超えでステータスも高い。相当な実力者揃いだろう。

 軍の重鎮達を前にしても臆した様子は見られない。

 成る程、癖の強い冒険者達を纏めるだけある。

「お呼びと伺い参上しました」

 最初に入ってきた一際大きな男が言いながら殿下に一礼する。そして俺に目を向け驚いたような顔をする。

「呼んだのは作戦の協力をお願いしたいからだ。えっと、名を聞いても?」

 俺が応じると最初の男の横にいた男から自己紹介を始めた。

「帰ったと聞いていたから驚いた。俺はビニ・ボーン。盾役だ」

「ブルー・フィルム。槍使いだ」

「エロゥ・ゲマニア。近接もやるが基本的には魔法での支援を担当している」

 そして最初の大男。

「俺も驚いた。また勇者と一緒に戦えるとは光栄だ。一応この『ミノタウロスの牙』のリーダーをしている、エレクト・コックだ」

 

 全員が挨拶してくれた。乱暴なのが多い冒険者だが人間性は良さそうだ。が!

「……全員アウト!」

「「「「何で!?」」」」

 何でじゃねぇよ!

 ビニ・ボーンエロ本ブルー・フィルムAVにエロゲーマニアって何だよ! 特に4人目!! ノクターンに強制引っ越しになったらどうすんだ!!

 

「……まぁ、いいや。とにかくよろしく頼む」

 気を取り直して作戦を説明する。

 今回の作戦の重要な位置を冒険者に担当してもらう。

 つまりは帝国軍左翼の重装騎兵を冒険者に止めてもらわなきゃならない。止められなければこちらの本隊が右側から突入してくる重装騎兵に分断されてしまう。

 そしてこれが出来るのは冒険者達だけだ。

 説明を聞いてメンバーもその理由と重要性をしっかりと理解したようだった。

「成る程な。ソイツは確かに冒険者しかできないだろうよ。任せてもらおう。きっちりと止めてみせらぁ!」

 そう言って闘志を滾らせた獰猛な顔で笑う。

 4人とも同じ表情だ。

 実に頼もしいと言える。

 

「名前は最悪だけどな」

「「「「何で!?」」」」

 

 ともあれ、準備を進めないとな。

 いよいよ明日には戦いが始まる。

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