第36話 Side Story ティアの焦燥
「ニャァアア!」
ドシュ! ズンッ!!
ショートソードの一撃がタテガミ狼の首を切り落とす。
「ふぅぅ! やっぱりここまで来ると魔獣のレベルも高くてきついですぅ」
私は乱れた息を整えながら愚痴る。
ウィルテリアス大陸の北にある山岳地帯の奥に広がる森に入ってから魔獣の数もレベルも一気に上がるので流石に一人だとかなり大変です。
もう少しでレイリアさんのいる場所なのに中々進めないのがもどかしいです。
私が一人でここまで来た理由。
それはメルスリア様にそう命じられたから。
ご主人様であるユーヤ様とお別れしてから私は王国の王城でメルスリア様の侍女として働いていたのですが、数日前ベルゼ帝国が突然王国に戦争を仕掛けてきたのです。
当然王国の人達は帝国との戦争を決意しました。私も
私は王国の生まれではなく、帝国の北部に位置する同族の獣人の集落で生まれ育ちました。でも2年程前、集落が奴隷狩りに襲われ、両親が殺されて私は奴隷として売られるために捕まったのです。
帝国は表向きは関与を否定していますが、奴隷狩りが帝国ぐるみであるのは誰でも知っている事です。実際に捕まった者は殆ど全て帝国で売買され、特に獣人族やエルフなどの精霊族は『亜人』として差別され人権などありません。普人種であっても奴隷狩りの対象になります。
私にとって幸運な事に、奴隷狩りが私達を運搬中にユーヤ様達まで捕らえようと襲ったために返り討ちに遭いました。ユーヤ様は盗賊だと思ったらしいのですが、全員を切り捨ててから確認したところ奴隷狩りの集団だと知ったらしいです。
そして、その後捕まっていた私達をユーヤ様達はそれぞれの故郷へ送って下さいました。私自身は既に両親が殺されてしまったこともあり無理を言ってお仕えさせて頂くことになったのです。
足手まといでしか無い私にユーヤ様は優しくして下さいました。ブルーノ様とウィスパー様は戦えるように鍛えて下さいましたし、メルスリア様は魔法を教えていただいたり色々なお話をしたりして、旅は大変でしたし死にかけたことも何度もありましたがとても幸せでした。
特にユーヤ様に頭を撫でて頂くのが何よりも好きでした。
そんな旅も終わりを迎え、ユーヤ様がとうとう元の世界に帰ってしまう日がやって来てしまったのです。
王都に行ってからその日まで私は泣いて過ごしてしまいました。後でそれよりももっとユーヤ様と一緒に居るべきだったとどれほど悔やんだ事でしょう。
本当なら私もユーヤ様と一緒に異世界に行きたかったのですが、ユーヤ様の世界には私のような獣人はいないそうで、付いて行く事は出来ませんでした。
ユーヤ様は残される私が困ることの無いようにメルスリア様の侍女になれるように頼んで下さいました。
私はユーヤ様達と旅をすることで自分で言うのも何ですがそれなりの強さを身につけることは出来ましたが、それでもこの大陸は私達獣人にとって厳しい所が多いのは確かです。
その中でもアリアナス王国は比較的獣人に対して普人種と平等に扱ってくれます。だからユーヤ様は王国で私が安全に過ごすことが出来るように心を砕いてくださったのです。
結局私はユーヤ様に気持ちをお伝えすることも出来ないままお別れしてしまいました。
そしてユーヤ様が異世界へとお帰りなって数日後、私が失意にくれる中、レイリアさんが王城へ来られました。
何と、信じられない事に異世界へ帰られたユーヤ様とお会いされたというお話でした。その証拠にユーヤ様がお持ちになっているはずの聖剣とユーヤ様の世界の物だというとても美味しい食べ物、『ぱふぇ』と言うそうですが、それをお土産として食べさせていただきました。
メルスリア様と私は『特別に』それをレイリアさんから分けていただきましたが、本当に美味しかったです。
私には希望が見えてきました。
もしかしたらレイリアさんが召喚されるときに一緒に居ればまたユーヤ様にお会いすることが出来るかもしれない。例えもう一度だけでもお会いすることが出来ればと思わずにいられませんでした。
勿論レイリアさんに事前にユーヤ様にお話ししておいて頂かなければなりませんので、「また様子を見に来る」とレイリアさんは言っていましたので次回来たときにでもお願いするつもりでした。
そんな中起こったのが今回の帝国との戦争です。
先程も言ったように私は王国出身ではありませんが、この国には私を受け入れていただいた恩があり、メルスリア様やブルーノ様といった大好きな方達がいます。
だから当然私も戦うつもりでした。
でも、メルスリア様は私に「直ぐに国を出てレイリアさんの所へ行きなさい」と命じました。「これは王国と帝国の戦争なのだからティアは関わるべきではない」と。
勿論反論しましたが聞き入れてもらえませんでした。
陛下やブルーノ様にも頼みましたが皆他国の者を巻き込むことは出来ないと言われてしまいました。
私の身を案じて言ってくださっていることは理解しています。幾ら多少腕が立とうが何万もの帝国軍相手に生き残ることが難しい事も判ります。
それでも本当の意味で受け入れてもらえていない気がして悲しかったです。
結局、それでも諦めない私に対して「レイリアさんの助力が頂けないか訊いて欲しい」と使者としての役目を託すという名目で出された命を受けざるを得ませんでした。
でもレイリアさんが人同士の戦争に介入する望みは殆どありません。
魔王軍や邪神の軍勢に対して私達に力を貸してくれたのはあくまでユーヤ様という存在があっての事でした。
だからこそ「要請が拒否されたとしても無理強いしたり恨むことは決して無いように」と付け加えられたのでしょう。
そして「万が一、レイリアさんが
つまり戻ってくるな、と。
メルスリア様からは更に「ユーヤさんの下へ行けるならばそうしなさい」と矛盾するような事も言われました。
それでも一縷の望みをかけてレイリアさんに会うために私はここまで来ました。
間もなくレイリアさんが棲んでいる洞穴に到着します。
「ティア? そなた一人か? 王城にいるのではなかったのか?」
私が洞穴の入口に着いたとき、そこには人の姿になったレイリアさんが待っていました。
私が近づいた気配を察知したようです。
「レイリアさん……うぅ……うわぁぁぁん」
レイリアさんの顔を見た途端、溢れてきたものを堪えきれずに泣き出してしまいました。
「ティ、ティア? これ。泣いていてはわからんではないか。と、とにかく中へ入れ」
そう言いながら私を中に促してくれました。
「……そうか、帝国がのぅ……」
「お願いします! 一度だけで良いんです! 力を貸してください!!」
私は必死に懇願します。
「ティアの気持ちは判る。我もメルスリアとは知らぬ仲では無いしな。……じゃが、助力は出来ぬ」
「そんな!」
「確かに我が助力すれば帝国を滅ぼすことも出来よう。しかし、我は人同士の争いには関わらぬ。魔族や邪神との争いはあくまで『主殿に対する助力』であったし、それを超える助力はしておらぬ。そして主殿はこの世界にはおらぬ故に助力は出来ぬ。この世界の『人』の事はその『人』自身が解決せねばならぬのじゃ。本来この世界の問題を主殿異世界の者を召喚して解決すること自体許されぬ。それはティアにも判っていよう。そしてそれは我等尋常ならざる力を持つ龍種に対しても同じ事じゃ。一度それを許せば際限が無くなる」
レイリアさんの言っている事も理解できます。
それでも王国の人達を見捨てるのは身が引き裂かれるように苦しいです。
しばらく私が落ち着くのをレイリアさんは待っていてくれました。
そして王国で私が言われた事、これからの事を話しました。
「主殿とは2月に1度呼んでくれるように約束を交わしておる。主殿が忘れていなければ時期的に後数日で呼ばれるじゃろう。ティアはその時に主殿の下へ行くのが良かろう」
レイリアさんはとても優しい表情で私にそう勧めます。
確かに私の一番の望みはユーヤ様と共に居ることです。でも……
「王国とてむざむざ滅ぼされることは無かろう。他国も黙っては居らぬであろうしな」
そうでしょうか。
そう願わずには居られません。
「予め言っておくが、我の所に来た以上は情勢が落ち着くまでは王国には帰さぬ故、そう心得よ。それと、主殿と会うことが出来てもこの事は話してはならぬ」
「…………」
「主殿が知れば再びこの世界に戻ってこようとするやもしれぬ。しかし、次ぎにまた主殿の世界に戻れる保証など何処にもない。ティアも主殿がどれほど帰ることを望んでいたのか知っておろう?」
もちろんそれは知っています。
ユーヤ様が故郷へ帰るために普通の人なら何度も死んでもおかしくない程の鍛錬と努力をして強くなり、邪神を倒した事を私はずっと側で見て来ました。
なのでレイリアさんがそう釘を刺したのも当然の事です。
数日が過ぎ、私の意識が諦念に染まっていった頃、私が龍の形態に戻ったレイリアさんにもたれて眠ってしまった時にそれは起こりました。
溢れるほどの魔力が私達を包み込み、洞穴の中にいたはずなのに澄んだ空気と青い空が見えました。
そしてレイリアさんの声が聞こえます。
「…………は忘れなかったらしいの。しばらくであったな主殿。にしても……やはりアカネとアユミに話したようじゃの」
私は慌てて周囲を見渡しました。
そしてレイリアさんの向こう側に、何度も夢に見たユーヤ様の姿が目に入りました。
その瞬間、私はユーヤ様の胸に飛び込んでいきます。
「ユーヤさま~~~!!!!」
「ティ、ティア?!」
ユーヤ様の戸惑ったような声が聞こえましたが私は懐かしい匂いのする胸に顔を押しつけて抱きつきます。
もう絶対に離れません。
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