第34話 勇者の再訪問Ⅱ

「ティ、ティア?!」

 俺は驚いて胸にしがみついているティアを見る。

 身長は小柄な150cmほど、金茶の短めの髪と同色の猫耳、可愛らしいお尻からは金茶の虎縞しっぽが生えている。

 全世界のケモナーが涙を流して崇めるであろう、紛う事なき獣人美少女である。

 

 名前はティア。俺や他の仲間達と一緒に旅をして共に戦ってきた戦友である。

 その美少女が俺の胸に顔を埋めて身体を押しつけてくる。

 身長差のせいで腹に少々控えめな双丘が当たり意識しないようにしないとちょっとヤバいことになりそうで困る。何がって? 聞くなよ。

 

 それはそれとして何でここにティアが居るのかが判らない。一体どうやってこちらの世界に来たのか。というか、レイリアを召喚した途端に現れたってことは一緒に来たのか? そんなこと出来るのか?

 俺自身半ば混乱しながらレイリアを見ると、レイリアは苦笑を浮かべているような気がした。いや、ドラゴンの姿なので判らないが、なんとなく。

 

 とりあえず、レイリアに事情を聴くにもこの体勢だと色々問題あるのでティアの肩に手を置き引き離そうとしたその時、すさまじい殺気が背後から叩き付けられた。

 慌ててティアを胸に抱いたまま振り返ると、そこに修羅が、もとい笑顔の茜が居た。ステキな笑顔です。笑顔、なんだけど、めっちゃ怖いです。はい。

 具体的には5魔王単位くらい。ちなみに1魔王単位は魔王一人分ね。

 

「あ、茜? 」

「えっと、裕哉、とっても可愛らしい方だけど、紹介してもらえる、よね?」

 あ~、なんかすっごくデジャビュ。前回レイリアが来たときもこんな遣り取りがあったよね? 今回は5割り増しで怖いけど。

 ってか、茜からはティアの顔見えてないよね? なのになんで可愛いって判るんだ???

「私にも紹介して欲しいなぁ。兄ぃ、その子猫ちゃんは一体誰なのかな?」

 いや、亜由美も誰が上手いこと言えと……


 とにかくこのままだとラチがあかないので、いつの間にやら喉をゴロゴロ言わせ始めたティアを引き離す。

「ンニャァ」

「と、とにかく、紹介しておく。ティア。友人の茜と妹の亜由美だ」

 引き離されたことに少し不満そうな顔をしたティアに茜と亜由美を紹介する。


 ようやく周りに人が居たことに気がついたらしいティアが少し顔を赤くしながら二人に頭を下げる。

「す、すみません。私はユーヤ様の奴隷のティアと言います。茜様と亜由美様ですね。よろしくお願いいたします」

「ど、奴隷?!」

「テンプレ? 兄ぃが美少女奴隷とエロエロ?」

「ちょっと待て!! ティア! 奴隷じゃないだろ?!」

 慌てて訂正する。とんでもない誤解を広めてたまるか!

「あ! す、すみません従者でした」

「従者でもねぇよ! 仲間だ!仲間!!」

「「……仲間?……」」

 ちくしょう。茜と亜由美の絶対零度の視線が痛い。全然信じてないだろ。


 俺は助けを求めてレイリアを見る。ヘタレと言うなかれ、こんなんどうしようもあるか。

 俺の視線を受けてレイリアは少し呆れたような目(しつこいようだがドラゴンなのでよくわからないがそんな気がした)をした後その姿を光が包みこむ。

 突然辺りが光に溢れたことで茜&亜由美も驚いたように目を向けたその眼前に人化したレイリアが姿を現す。

「ひ、人になった?! え? あの大きさが?」

 話には聞いてはいてもあの巨大なドラゴンからの変化は理解の範囲を超えていたらしい。

「…………質量保存の法則はどこいった?」

 いや、んなこと知らんよ。


「2ヶ月ぶりじゃの二人とも。変わりなさそうでなによりじゃ」

 落ち着いた口調で声を掛けるレイリアに呆けていた二人が現状を認識したのかようやくそれぞれ挨拶を返す。

「えっと、お久しぶり?ですレイリアさん」

「……こんにちは」

「うむ。色々と言いたいことはあるのだろうが、とりあえずこんな場所で立ち話もなかろう。どこか落ち着いて話が出来る場所へ行かぬか?」

「そ、そうだな。それじゃあ、とにかく俺の部屋へ行こう」

 レイリアの助け船に急いで同意する俺。

 一旦仕切り直ししよう。そうしよう。うん。

 

 茜と亜由美も顔を見合わせてから同意したので全員で俺の部屋に『転移』で移動する。

 レイリアやティアはもちろん、茜も亜由美も2回目なのでさほど驚くことは無かったようだ。

 勿論みんな土足のままなので急いで靴を脱いでもらい、全員が話をするには部屋が狭いのでリビングに場所を移すことにした。

 母さん? すでに仕事に行ったので大丈夫です。

 全員にソファに掛けてもらい、俺はお茶の用意をする。

 

 カチャ。

 とっておきのFORTNUMフォートナム & MASONメイソンのダージリンを入れ全員に配った後、俺も自分の分のティーカップを持って空いている席に座る。

 妙な緊張感が漂う中、紅茶を一口飲む。はぁ~落ち着く。

「ふむ。実に美味いのう。主殿にこのような特技があったのか?」

 同じように紅茶を口にしたレイリアがそう言って柔らかく微笑む。

 ようやく少し場の緊張が解れたのを見計らって俺は話を始める。とにかく早くこの件を片付けたいからな。

「改めて紹介する。茜、亜由美。こちらが以前にも顔を合わせたレイリア。見ての通り人化も出来るが黒龍で俺とは従魔契約をしているが立場としては対等。んで、もう一人はティア。猫の獣人で向こう異世界で一緒に旅をした仲間だ」

 俺の言葉にそれぞれが改めて自己紹介をする。

「以前は世話になったの。あの時には話せなんだが、我とティアはこちらから見れば「異世界」のものじゃ。思うところはあるじゃろうが、よろしく頼む」

 レイリアの言葉に二人は頷く。

 そして始まる質問タイム。

 曰く、

  剣と魔法の世界ってどんなところなのか。

  食べ物はどんなものを食べているのか。

  魔物ってどんなのがいるのか。

  ティアが奴隷って、どういうことなのか。

  俺の向こう異世界での女性関係 etc……

 

 最後のは何なんだよ。

 

 一通りの質問が終わり、茜と亜由美もようやく落ち着いたようだった。

 ティアは色々聞かれすぎて目を白黒させていたり、ネコミミとしっぽを触られて赤くなったり大変そうだったが俺はノータッチだ。下手なことをすればこっちに飛び火しかねん。

「はぁ~~……裕哉の話を疑ってた訳じゃないけど、改めて聞くととんでもないわね」

「ん。兄ぃが勇者……ップッ……」

 亜由美が笑いを堪え、てないな。くそ。

「とにかく! 俺の話は理解したな? もういいだろ?」

「あ、うん。理解した。レイリアさん、ティアさん、話してくれてありがとうございました」

「良いネタを聞かせてくれてありがとう」

「うむ。色々と思うところはあるじゃろうが、何にせよ生きて帰ることが出来たのじゃからそれを喜んでやるがよい」

 レイリアがそう言うと茜と亜由美も頷いて納得したようだった。

 ふう。ようやく一件落着か。

 

 

「んで? どうしてティアがレイリアと一緒にいたんだ? もしかしてレイリアは王宮にいたのか?」

 場が落ち着いて談笑するようになってから俺は出来るだけ気安い感じで訪ねる。

 俺がこちらの世界に帰った後はティアは王宮でメルスリア殿下の侍女として働いていたはずだ。

 ティアは両親を亡くしていて、幾ら俺達の旅に同行し腕が立つようになっているとは言え若い女の子にソロで冒険者をさせるのは心配だ。しかも一部には獣人に対する差別も依然としてある世界に後ろ盾なく放り出すわけにはいかない。なのでメルが王宮で働くことを勧め、俺も賛成したのだ。ティア自身もそれに同意して侍女となったはずだった。

「いや、我は塒におったよ。例の聖剣を返しに行ったとき、メルとティアに主殿と会ったことを話しての、塒に帰った我の所にティアがどうしても主殿のところに行きたいと訪ねて来たのじゃ」

 それを聞いて茜と亜由美の視線の温度が下がる。それはもう急激に、一気に氷点下である。

「い、いや、会いたいと思ってくれるのは嬉しいが、こっちでティアが生活するのは無理だぞ」

「……駄目、ですか?」

 ティアが泣きそうな顔で俺を見つめる。

 お願い。そんな目で俺を見ないで。

 

「だ、駄目っていうか、耳とかしっぽとか、こっちには獣人とか居ないから直ぐに大騒ぎになるし、それに生活するには戸籍も必要なんだよ。まさか俺の家に閉じこもってる訳にもいかないだろ?」

「ふむ。外見に関しては我が魔法で何とかしようぞ。何も一生こちらで過ごすというわけでもない。何とかならぬか?」

「折角来たんだからしばらくは良いじゃないの。泊まるところなら私の家に来れば良いし」

「兄ぃ、女の子捨ててトンズラなんて非道過ぎる」

 女性陣が口々に援護射撃を繰り出す。ってか、亜由美は誤解を招くようなこと言うんじゃねぇよ!

「大丈夫です。ユーヤ様にご迷惑をお掛けするわけにはいきません。もう一度会えただけでもう思い残すことはありません」

 ティアが涙を堪えながらそんなことを言うものだから更にエキサイトする。

「ティアさん! 大丈夫よ! 私の所に来て、いつまで居ても良いよ!!」

「兄ぃの人でなし。外道。鬼畜。女の敵。腐れ"ピー"。童貞」

 妹が酷すぎる。

 

「わ、わかった! わかったから!! 家に居ればいいよ!」

「で、でも」

「お願いです。居てください!」

 これ以上は俺のメンタルが耐えられません。

「で、でも裕哉の家って大丈夫かしら。うちのほうが良いんじゃない?」

「大丈夫。兄ぃは私が監視する」

 こいつらの中で俺はどんな評価されてるんだよ。泣くぞコノヤロウ。

 

 とにかく、こうしてティアの滞在が決定した。

 そして、何故かレイリアも一緒に。

 どうしてこうなった?

 いや、嬉しくないわけじゃないよ。慕ってくれているティアの事は俺も気になっていたし、正直可愛い女の子&美女が家に居るのは嬉しいさ! 男の子ですから!!

 それでもさぁ、向こう異世界で別れたときもう一生会うことが出来ないと思ってちょっとしんみりしちゃったりしたんだよ? それがレイリアといいティアといい、僅か数ヶ月で再会できたってのは何か微妙っていうか、あの時の俺の心の痛みは何だったのかとか、悲壮な覚悟は何処いったのかとか、色々考えてしまうわけですよ。それにどうしても気になることがあるし。

 まぁ、それはそれとして、今は再会を喜ぶことにしよう。

 二人に会えたこと自体は本当に嬉しいのは確かだしな。

 

 そうして午後はレイリアとティアの滞在に必要なものを買いに全員で出かけることになり、ファミレスで昼食を済まし(当然のようにレイリアはパフェを3回おかわりした)、服だの下着だの生活必需品だのを買い込んで買い物は終了。

 更にパフェを強請るレイリアを宥めて自宅へ帰り夕食が終わり、順次風呂を済ませた。

 現在は亜由美が風呂に入っている。アイツは夏でも長風呂なのでいつも最後だ。俺はシャワーだけなので最初だしな。母さんはまだ帰ってきていない。今日は人手不足で遅くなるようだ。いつもながら頭が下がります。

 

 

 俺は風呂から上がったレイリアとティアにリビングで冷たい麦茶を出す。

「すまぬの」

「ありがとうございます」

 礼を言う二人に軽く微笑むと俺は対面側のソファに座る。

「さて、そろそろ聞かせてくれないか?」

「む? 何をじゃ?」

「ティアがレイリアの所に居た理由だよ」

「言うたであろう? 主殿の所に来るためじゃよ」

「いや、それが嘘だって言ってるわけじゃねぇよ。でも、それだけじゃないだろ?」

 俺はレイリアではなくティアの顔を見ながら言う。

「あ、あの、それは」

 ティアが言いよどむ。

 ふむ。質問を変えようか。

「メルはどうしてる? まさか黙ってレイリアの所に行った訳じゃないだろ?」

 メルの名を出した途端ティアの肩がビクリと震える。

「言えよ。それとも俺に言えない事か?」

 俺は今度はレイリアに視線を向けて言う。

 レイリアの目に逡巡が浮かぶ。

 更に視線に力を込めるとしばらくしてレイリアが大きく息を吐いた。

 

「ティアはメルスリアに命じられて我の所に来たのじゃよ」

「……それで?」

「それだけじゃ。別に主殿に何か含む所があるわけではない」

「メルは何のためにそんな命令をしたんだ?」

「……ティアを死なせぬためじゃ」

「どういう意味だ?」

 レイリアはそれ以上語ろうとしなかったが代わりにティアが答える。

「帝国が、ベルゼ帝国が挙兵したんです」

「は?!」


 ベルゼ帝国は俺が召喚されたアリアナス王国の西にある国で歴史はそれほど古くはないが武断的な面が強い強国だ。

 帝国や王国があるウィルテリアス大陸は1000年以上昔、一つの大帝国が支配していたという伝説があり、各地にそれらの遺跡も数多く残っている。

 元々は大陸中西部の小国だったベルゼはその大帝国の末裔を僭称し、周辺の小国を急激に取り込みながら拡大して200年ほど前に帝国を名乗るようになったらしい。

 魔族が魔王によって勢力を拡大させるようになってからも周辺国と武力衝突を繰り返していたほど領土欲が旺盛ではあった。

 それでも邪神の軍勢と戦ったときには協力姿勢を示していたはずだ。まして、邪神との戦いが終結してまだそれほど経ってはいない。

 

「20日ほど前、突然ベルゼ帝国がアリアナス王国の西側国境近くの街フリステルに6万の大群で攻めて来たんです。あっという間に街と周囲の村が占領されて、帝国から王都に降伏勧告が届きました。王国側は勧告を拒否して周辺国に支援を要請しました。それでも邪神との戦いの影響で戦力は帝国の半分ほどしかありません。なので国民にイルヴェニア皇国や東部都市国家連合への避難を勧めています。わたしもメルさんにレイリアさんの所に行くように言われて……」

「ティアは本来王国の民ではないからの。あやつも巻き込みたくは無かったんじゃろう」

 レイリアが諦めたように後に続ける。

「そう、か」

 俺はそう言った後、言葉を続けることが出来なかった。

 頭の中がぐるぐる廻っているようで考えが纏まらない。

 幾つもの感情が渦巻くが一番大きいのは怒りだ。

 人類が団結して邪神の軍勢と戦って幾らも経っていない。あの戦いの傷跡は決して小さなものでは無い。各国の軍もまだ再編されているはずもない。

 20日前に挙兵したのなら先の戦いが終わった直後には既に準備を始めていたはずだ。それどころかこのタイミングを狙っていたのなら、先の戦い自体戦力を温存していた可能性が高い。人類存亡を掛けたあの戦いで、だ。

 

 ギリィッ!

 奥歯が軋みをあげる。

 身体から殺気が溢れ出す。

「主殿!落ち着かんか!」

 レイリアの声で我に返る。

 視線を戻すと真剣な顔をしたレイリアと少しおびえた顔のティアが見える。

 俺は大きく何度か深呼吸して気を落ち着ける。

「すまん」

「いえ、元々ユーヤ様が気に病まないようにこの事は話さないようにレイリアさんと決めていたんです」

 気を遣わせてしまっていたようだ。

 とはいえ聞かなかったらそれはそれで後悔しそうだな。

 それでも少し頭が冷えてきた。

 俺は一つの質問をレイリアにぶつけてみることにした。

「なぁ、レイリア」

「ん? 何じゃ?」

「俺を連れて、ウィルテリアスに戻れるか?」

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