第32話 勇者の探偵物語 Ⅴ
自宅まで戻った俺は再びバイクに跨り直ぐさま発進させる。
茜の持っている俺特性の魔法付与付きネックレスと影狼のお陰で『探査』するまでもなく場所は判っている。
市の中心街にあるビルの中。ここからそれほど離れていない。
念のため影狼にパスを通じて状況を確認するが、特に切迫した状況では無いようだ。
恐らくは実際に対面させてから切り札として使うつもりだろう。
もっとも対策済みの俺には意味が無いんだがね。
10数分でそのビルに到着する。
ビルの入口近くで一旦バイクを降り、そしてバイクはアイテムボックスに仕舞う。
悪戯されたくないし、状況によっては茜を連れて『転移』してでも離脱するかもしれないしな。まぁ、無いとは思うが。
入口に入ってから改めて『探査』を掛けて茜が居る階を特定する。
12階。
エレベーターを使いたい所だがセオリーに基づいて階段で上がることにする。
体力的には何てこと無いが、非常に面倒臭い。
誰も見ていないのをいいことに一飛びで階段を駆け上がる。12階まで24歩。およそ10数秒で到着した。ギネスにでも登録申請したくなるね。やらないけど。
12階のフロアに繋がる扉の前で気配を探る。
扉の向こう側に2人、エレベーター前に4人。それと、どうもこのフロアは広いワンフロアとなっているようで部屋は一つだけ。いや、奥に小さな部屋が2つあるか。
茜は大きな部屋の窓側にいるようだ。
と言うことはこの階に居る連中は全員関係者ってことで良いんだよな?
部屋の逆側に5人。小さな部屋に8人ずつ。結構集めたもんだね。
たった一人にどれだけ警戒してるんだか。
俺は構わず扉を開けてフロアに入る。
「こんにちわ~!出張マッサージで~す♪」
「ああ?誰だテメーは!」
適当な事を言いながら入ってきた俺に見張っていたのだろう2人が訝しげに誰何する。
面倒なのでそれには答えず、『雷撃』を叩き込んで悶絶させる。
「ウガァッ!」
二人揃って短く呻くと倒れて動かなくなる。心配すんな。峰打ちだ。
そのまま足を進めるとエレベーターの前にいた4人も俺に気がついたようだ。
俺はそれを無視して廊下の真ん中付近にあったドアを開き中に入った。
だって、どうせ中にもいっぱい居るのに個別に相手するの時間の無駄じゃん。
部屋の中を見渡すと数個のデスクと会議用っぽい机、椅子がいくつか置いてあるだけのガランとした光景が目に入る。
広さは30畳以上あるかね。広さに対して物は極端に少なく、まるで貸し出し前の事務所みたいだ。
茜は左側の奥、窓際に置かれた椅子に腰掛けている。
「裕哉!!」
俺の顔を見た茜が声を上げて椅子から立ち上がる。
街でも散策していたのだろうか、夏らしいノースリーブのワンピースに踵の低いパンプス姿だ。
憂いを含んだ姿が実に美味しそ……ゲフンゲフン。
とりあえず元気そうで安心した。
が、コイツはなんだってあっさり監禁されてるんだか。
「お~ま~え~は~ア~ホ~か~」
俺は昔懐かしの横○ホットブラザースのネタの拍子で非難する。
「だ、だって、裕哉がバイクで怪我したって聞いて……」
「そんなんで簡単に欺されてんじゃねーよ! ついこの間水上が欺されたの知ってんだろーが!!」
「うっ!うぅぅ……」
自分でも軽率だった事は判っているのだろう。茜は申し訳なさそうな、情けない顔で落ち込む。
「良く来てくれたね。予想よりも早い到着に驚いたよ」
ガン無視されたのに焦れたのか男の声が会話に割り込んできた。
声のした方を見ると、20代後半位のお高そうなスーツを着た男が大仰な仕草で笑いかけてきていた。もっとも目はまったく笑っておらず、寧ろ苛立ちが隠しきれていない。まったく! どうせ悪党するのなら
「なに、折角の御招待なんでちょっと早めに到着するのが礼儀かと思ってね。アンタがさっき電話してきた人かい?」
「それはありがとうございます。初めまして、ですね。私は新城と申します。落ち着いて話が出来そうな方で安心しました。ところで、迎えにやった者はどうしたんです? 一緒には来ていないようですが」
「ん? 過重労働が過ぎてるみたいでな。公園で居眠りしてたぞ?」
俺の人を食ったような返答に男の頬が僅かにヒクつく。
「そうですか。それは失礼しました。それでは早速本題に入りたいのですがよろしいですか?」
「それは良いが手短に頼むよ。早めに帰ってガッ○ャマンの再放送見なきゃいけないんだ」
俺の完全に虚仮にした態度に男の顔が怒りに歪む。
お? キレるか?
「…………ふぅー。いいでしょう。では単刀直入に言いましょう。このところ貴方がしている我々のビジネスに対する妨害行為を止めてもらいたいんですよ」
おお!何とか堪えた!
「ビジネス、ねぇ」
「その代わりと言ってはなんですが、貴方は相当腕が立つようです。なので今後は是非我々の協力者となって頂きたい。要するにスカウト、ですね」
「…………」
「勧誘するにあたり貴方のことは色々と
要するに友人や家族の事は調べてある、危害を加えないって『報酬』を与えてやるから言うことを聞けってか。
「悪いけど自分の本名も名乗れない奴を信用出来るわけないだろ? ”田中 信介”さん? 島根県出身の31歳だっけ?」
「!!」
新城改め田中の顔が驚愕に引きつる。
自分だけが相手の情報を持っている事で相当な優位にあると思い込んでいたのだろう。まさか部下にも明かしていない本名や出身地まで知られているとは思ってなかったに違いない。
まぁ、種明かしすれば奴を『鑑定』しただけなんだけどね。
さっきようやく存在を知ったのに調べる時間なんかあるわけないじゃん。
「キサマどうやって」
「お~い。言葉遣いが素に戻ってるぞ~」
更に煽ってみる。
「調べたのか?」
その問いに答えずにいると、田中は指を鳴らす。
すると奥の小部屋からぞろぞろと男達が出てきた。
どうやらこれで全員らしい。
それにしてもこういうのってよくドラマやアニメで見るシーンだけど、呼ばれる方ってドアの向こうでひたすら耳を澄ませてるのかね?
それって、相当間抜けな絵面だと思うんだけど、そこまでする意味ってあるんだろうか。
「俺達に逆らってただで済むと思ってるのか?」
人数が増えたことで多少は余裕を取り戻し、必死に平静を装いつつ横にいた別の男に目配せをする田中。
それを受けて男が茜に向かって移動する。
「おっと、動かないでもらおう」
動こうとした俺を田中は腰の後ろから拳銃を取り出して牽制する。
背後にいた3人も拳銃を構える。
こいつら本当にヤクザっぽいな。麻薬もそうだが拳銃なんてどうやって手に入れてるんだか。
驚いて立ち尽くしている茜に男が近づき、あと数歩というところで茜の影から突然黒い何かが伸びて男の股間に食らいつく。そしてそのまま持ち上げた。
影狼だ。
多分だけど、男の足に食らい付こうとしてタイミングがずれたんだろうな。
「そんなバッチイもの咥えちゃいけません! ペイッしなさい!」
叫び声を上げてもがく男は無視して影狼に言う。
影狼は直ぐさま男を投げ捨てるが、牙が引っかかったのか男の股間部分が破れてそこだけ露出してしまった。股間と尻を丸出しにしてピクピク悶えてる。
「な?なな……なんだよソレ……」
田中&その他大勢は呆然と影狼を見る。
まぁ、いきなり床から体高2メートル近い巨大な獣が出てこれば驚くよな。
連中が茫然自失している内に俺は魔法を練りつつ茜に近づく。
「茜。大丈夫か?」
「ふぇ?!」
一緒になって呆然としていた茜に声を掛ける。
俺の顔を間近で見て今の状況を理解したのか茜は暫し呆けた後俺に抱きついてきた。
「裕哉!」
「お、おう、大丈夫か?」
薄着なんだからそんなに密着しないでくれ。ドキドキしちゃうじゃないか。
茜の柔らかい感触を(どことは言わないが)惜しみつつ肩を掴んで引き離す。
ちょっと不服そうな茜の頭をポンポンと軽く撫でるように叩きながら未だに固まっている男達に視線を向ける。
俺の視線を受けて田中が我に返ったらしい。
「お、お前、一体何者だ」
「ん? 俺の事調べたんじゃなかったのか?」
俺の挑発的な返答に田中以下男達の表情が怒り一色になる。
「テメェこの人数相手にどうにか出来るとでも思ってんのか!」
茜の視線を遮るように影狼が前に出て背後を守る。
俺も既に魔法の準備を終えて何時でも発動できるようにしてある。
「こっちには拳銃もある。そのでかい犬がいてもどうにもならないぞ!大人しくしたらどうだ」
大人数で囲っていることを思い出し余裕が出来たのか田中が拳銃を構えて恫喝する。周囲の男達もそれぞれ武器を取り出し、少しずつ広がっている。
既に俺を迎えに来た10人ほどが戻らない事で油断はしていないようだ。
今にも飛びかかってきそうな気配を漂わせている。
ただ、そうはいっても俺もさっさと終わらせたいので田中の言葉は無視して魔法名を唱える。
「Paradise of Baldheads」
俺の言葉に何かあると察したのか、男達が一斉に動き出し、そして盛大にひっくり返った。
「な?! うわ!!」
倒れた男達に驚いた田中を含めた動かなかった奴らも身体をそれぞれ動かし、そして残らずひっくり返る。
倒れた全員が何とか身体を起こそうとするがそれも出来ずにただ床にへばり付く。
それどころか倒れた勢いでそのまま床を滑り出し、何かにぶつかってはピンボールのように滑っていく。まるで水を撒いたスケートリンクのようだがそれの数倍は滑るだろう。
勿論これは俺の魔法の効果だ。
オリジナル広域支援魔法『
あまり普段は意識することはないが、全ての物質には摩擦という力が働いている。それが低くなるとその物質は滑りやすくなる。氷の上や鉄板の上に油を撒いた状態が分かり易い。そして摩擦がなければ人は立ち上がることはおろか姿勢を維持することも出来なくなる。僅か数グラムでもバランスがずれるとひっくり返り二度と身体を起こせない。身体を起こすためには一部分でも身体を固定しなければ出来ないがその固定すること自体が摩擦がないと不可能なのだ。
そして更に構造物自体が形を維持できなくなる。接着剤やネジ、釘は摩擦があってはじめて物を固定することが出来るのだし、摩擦が利用されていない構造物は存在しない。そもそも分子同士の結合すら摩擦の主因であるクーロン力が働いた結果なのだから。なのでもし摩擦力を完全にゼロにすると全ての物は形を維持できなくなる。
流石に俺の魔法はそこまでではなく、生きている物や結合が極端に強い物(熱や高い圧力で形成された物など)には効果がない。しかし今床に落ちた拳銃なんかはネジや接着が意味を成さず少しでも動かせばバラバラになってしまうし、
もっともそもそも摩擦が無いので落ちたものを掴むこと自体出来ないが。
元々この魔法は意志に反して戦争に参加させられた敵を殺すことなく無力化することを目的に、レイリアや
いや~、大変だった。なにせ魔法優位で科学の発展が遅れている異世界人に摩擦の概念やクーロン力を理解してもらうのに多大な労力がいったのだ。
それでもそのお陰で、発動までに時間が掛かる事と消費魔力が多い事、無詠唱では発動させられない等の欠点はあるものの大旨満足のいく魔法になった。
名前に関しては周りに呆れられたが。分かり易く且つ中二病的じゃない名前でしょ?
そしてこの魔法には副次的な効果が。
おっと、その前に茜を帰さねば。
茜は目の前の光景に目を丸くしている。
巨大な黒い犬(実際は狼だが)と何やらもがいてるだけで起き上がることも出来ずあっちこっちに滑っていく男達。多分理解が追いつかないのだろう。
「お~い、茜?」
俺が声を掛けつつ目の前で手をヒラヒラさせるとようやくこちらを向く。
そして猛然とくってかかってきた。
「裕哉! 一体何したの?! それにこの大っきなワンちゃんは何?!」
「さ、さぁ。俺も何がどうなってるのやら」
「誤魔化すなぁ!! ちょっと前からおかしいと思ってたのよ。きっちりかっちり説明してもらうわよ!!」
茜が俺の胸ぐらを掴んで強い力で揺さぶる。
うん。やっぱり誤魔化せないよねぇ。
特に影狼出したのは不味かったな。部屋に入った瞬間にさっさと殲滅しておくべきだったか。もっともそれをしてもこうなった気がするが。
「わ、わかったから! 落ち着けってば!」
「ホントーにちゃんと説明してくれるんでしょうね!」
こうなったら仕方がない。まぁコイツなら誰かに話したりはしないだろうし何時かは話さないといけなかったかもしれないな。……ってか、説明して信じてくれるのか?
「ちゃんと説明する。ただ、今すぐって訳にはいかないから、先に帰っててくれ。一応聞くけど、バイクは?」
「……わかった。今日はバイク乗ってきてない。家から歩いて買い物に行こうとしてた時に連れてこられたから」
「そうか。忘れ物は無いか? 無いなら直ぐに『送る』から俺の部屋で待っててくれ」
茜が頷いて荷物が無い事を確認すると、俺は茜だけ『転移』させるために魔方陣を展開する。
「え?!」
驚いた茜の顔が一瞬見えた後、その姿は消える。
「影狼。一応茜に付いててやってくれ」
「わふ!」
俺の言葉に一言了解の声を出すと影狼はその巨体を影の中に吸い込ませ消える。
これでとりあえずは大丈夫か。
帰ってからの事を考えると気が重いが。
改めて転がってる男達を見やるが、とんでもなく酷い状態と化していた。
何せ着ている服がほとんどボロボロになっており中には全裸の奴まで居る。
さっき言いかけて途中になったこの魔法の副次的な効果なんだけど、この魔法で摩擦力を無くすとごく一部の素材を除き、服や靴なんかは無くなっちゃうんだよな。
何故なら衣服を構成している布ってのは天然・合成問わず摩擦を最大限利用した糸で出来ている。つまり細かな繊維を寄り合わせて糸にする時に摩擦があるからこそ解れることなく作れるのであって、もし摩擦が無くなれば直ぐにでもただの細かな繊維に戻ってしまう。しかも戻った繊維は最早固まることなくバラバラとなり、シルク等の一部を除き数センチ程度の繊維が残るだけとなってしまうのだ。(シルクってのは蚕が自分の中にある液体を糸状にして取り出すので繭一つ分が一本の繊維となっている)革製品も素材そのものは魔法の影響を受けないが皮同士を縫い合わせているのは糸なのでこれも同じだ。
よって、動いて床に付いてしまった場所の布はまるで溶けるように解れて無くなってしまうというわけ。
そんな状態なので先程の茜の転移や影狼に注目していた奴はいないだろう。意識して視線を向けること自体かなり難しいだろうし。
もっとも見られていても別に構わんが。
つくづく茜を先に帰らせて良かったと思う。こんな汚いものは見せられん。
俺はそろそろ頃合いだろうと魔法を解除して摩擦を回復させた。
そして代わりにこのフロアに『結界』と『遮音障壁』を展開する。
何人かがそろそろと身体を起こすが大部分がそのまま床に突っ伏したままだ。
「さて」
俺が一言発すると一斉に視線が集中する。どの顔も得体の知れないものを見るような恐怖の表情を浮かべている。
視線を気にすることもなく田中に近づく。
田中は息を切らせながらも何とか身体を起こして俺を精一杯睨み付けてきた。
もっとも他の奴らと同様、恐怖心が表情に出ているので大して意味が無い。
それでも俺が近づいても取り乱したりしないのは流石にチンピラを束ねているだけはあるのかもしれない。実に見習いたくないものだ。
あの高そうなスーツは見るも無惨、僅かに上半身の半分程度に引っかかってるだけになってしまっていた。下半身はベルト以外丸出しである。
「お前は一体何者なんだ。俺達に何をした!」
「あんたらが調べたとおりただの大学生だよ。もっとも多少他の奴よりも色々なことが出来るのは確かだけどな」
「何が目的だ」
「ん? 特に目的ってのは無いけどな。ただうちの大学や俺の住んでる街にロクでもないクスリばらまいた落とし前っての? 付けてもらおうと思ってな。とりあえず知ってることを残らず喋ってもらおうかね」
俺の言葉に憎々しげは目を向ける。
「喋るとでも?」
「その辺は自由意志に任せるよ。但し、全部喋るまで俺の好きにさせてもらうけどな」
「クソッ! 死ねぇ!!」
後ろから正気を取り戻したらしい奴がナイフを突き出してくる。
声を掛けながら襲いかかるとか、バカじゃないのか?
動きを把握していた俺は振り向きざまナイフを指で摘むとソイツの腹を蹴り上げる。勿論治癒魔法は忘れない。
俺の手の中にナイフを残したまま男は天井に激突してからそのまま床に落ち、動かなくなる。いや、死んでないよ。
床に激突する男を尻目に(いや尻丸出しだけどそっちは見たくない)男達を睥睨する。どうやら今のを見て最後の抵抗の気力も尽きたようだ。
さて、んじゃま情報提供をお願いしますか。
俺は一番詳しいであろう田中に近づきつつ、奪ったナイフをカッターナイフのようにペキンペキンと折る。
そんな姿に必死に這いずり回って距離を置く男達。
唯一田中だけはプライドからかその場から動かない。
「んじゃさくっと話してくれるか? オタクらの組織と麻薬の入手法、関係のある犯罪組織その他この街の裏側に関すること一通り、な?」
「…………」
田中はそっぽを向いて話そうとしない。
実に良い感じだね。
散々手間を掛けさせられてあっさり告白されるのも面白くないからな。
今、俺の顔はとても悪どそうな表情をしているだろう。
「さっき言ったように黙秘するのも良いけど、結構大変だと思うよ~」
俺はそう言いながら田中のむき出しになったMUSUKOさんを踏みつぶした。
フロアに絶叫が響き渡る。
そしてその絶叫は1時間ほど続くのであったとさ。
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