第31話 勇者の探偵物語 Ⅳ

「本当に知らないんだよ!俺も定期的に連絡があるだけで、名前も連絡先も聞いてないんだ!いつも向こうから非通知で電話が来て指定された場所でクスリと金を交換するだけで!嘘は言ってねぇよ!!」

 俺の目の前にへたり込んでいる男が必死に叫ぶ。

 どうやらコイツもハズレらしい。

「他に知っていそうな奴は?」

「た、多分誰も知らないはずだ。ほ、本当なんだよ!」

 男の周りには2人蹲ってのびている男が転がっている。

 仕方がない。また振り出しかと思うと気が滅入るがこれ以上聞いても得るものはなさそうだ。

 

 先の事件から既に1週間が経過している。

 俺は隣の市にある繁華街近くの路地裏で情報収集をしていた。

 例のイベントサークルの屑共に聞いた麻薬の売人から辿ってばらまいている大元を捜しているのだが、どうにも芳しくない。

 これで5度目の空振りである。

 俺が麻薬の売人を潰して廻っていることが情報として流れているらしく、今回は接触した途端に襲いかかってきた。

 んで、軽くぶちのめした後尋問していたのだが、とうとう辿ってきた糸が途切れてしまったらしい。

 

 

 あのサークル事件の後、自宅に帰ってからようやく茜に連絡することが出来た。

 水上から既に電話があったらしいがその後俺から連絡がなかったのでかなり心配したらしい。

 まったくもって面目ない。

 茜を通じて宍戸にも連絡が取れて、その日の内にスマホとバイクを自宅まで返しに来てくれた。水上と一緒に。

 あれからそれほど時間が経っていないのでまだ動揺しているかと心配したが、思ったよりは元気そうだった。

 やはり恋人の存在は大きいらしい。俺には経験無いので判らんが。

 それはそれとして、バイクはともかく、スマホは助かった。

 

 その時に宍戸にはある程度顛末を話したが、宍戸はこの件を大学に報告することにしたらしい。

 宍戸自身何らかの処分を受ける可能性が高いが『脅されていたとはいえ被害に遭っている女の子が居たのを知ってて何もしなかったんだから覚悟している』と言っていた。コイツどこまでイケメンなんだ?

 ただ、女の子達の事は概要のみを報告するに止める事にしたようだ。

 

 事が事なだけに慎重にするべきなのは確かだし、証拠となるデータは俺がぶっ壊したからな。

 被害者の子からしたらこれ以上誰にも見られたくないだろうし、俺も自分の行動を後悔してはいない。

 それと、宍戸から俺がクスリの内容をバイ○グラだと水上に説明したことの文句を言われた。

 文句を言いながらもそれほど不満があるわけではなさそうだったが、俺が『そんなもの必要ないって証明してやったらどうだ?』とからかったら『そんなこといつもしている』と返された。

 ムカついたので軽くデコピンで後方宙返りを体験させてやり『もげろ!』と言っておいた。

 

 その更に翌日、屑先輩連中は警察に自首した。

 念のために魔法でマーカーを着けて行動を監視していたのですぐに判った。

 宍戸曰く、金は連中の親御さんが謝罪と共に返却に来たらしい。

 そして面倒なことに俺も警察に事情を聴かれる羽目になった。もっとも同様に事情を聴かれていた宍戸や水上が俺を擁護してくれたし、目撃者となった女の子も証言してくれたらしい。相手が多人数で凶器も多数所持していたこと、連中が俺の事を一切話さなかった事などで、連中の怪我に関して責任を問われることはなかった。但し、証拠品であるデータを破壊したことに関してはかなり文句を言われたが。

 宍戸の薬物使用も脅迫を受けて一度使用しただけというのが検査の結果認められて、こちらもお咎め無しだ。当然と言えば当然だが。

 女の子の被害に関しては本人達の意向が優先されるのでどうなるか判らないが、ひとまずサークルの件は片付いたと考えて良いだろう。

 

 

 イベントサークルの件はそれで終わりなので、本来なら俺がこれ以上何かする必要は無いし警察に任せるのが筋だとはわかっているのだが、どうもこのままだと消化不良な気がして落ち着かない。

 特別、大学をターゲットとしていたとは限らない。ばらまいた先の一つがたまたま俺の通っている大学に過ぎないのだろうとは思っている。

 ただ、俺の友人達がいる場所に麻薬なんぞを持ち込まれたのがどうしても気に入らない。それにこのまま野放しにしておくと、この先火の粉が降りかかってこないとも限らないからな。

 だが、この麻薬をばらまいている連中。相当用心深いようで現在の所まったく尻尾が掴めていない。拠点や規模はおろか名前すら判らない状況だった。

 

 今回動くに際して俺は一切正体を隠していない。

 そもそも宍戸と一緒に行動していたのをサークルの連中に見られているから俺の事が相手に伝わるのは時間の問題だと思っているのだ。今更隠しても意味がない。

 そんなわけで売人のルートから大元を辿ろうと考えたのだが進展がないのは先に言った通りで、これからどうするかしばし考える。

 地道な調査ってのは恐ろしく忍耐力が必要なのを痛感した。警察官ってのは凄いね。ニュースとか見てだらしないとか思ってたのをちょっと反省する。

 あと出来ることと言えば、適当にガラの悪そうな連中に『鑑定』を掛けて薬物中毒者を見つけるくらいしか思いつかない。

 それか、わざと見せつけるように派手に動いて連中が接触してくるのを待つか。

 

 そんなことを考えながらバイクを走らせ自宅まで戻って来た。

 時間はそろそろ夕方に差し掛かろうとしているが、少し休んでからまた出かけるつもりでバイクを自宅のガレージには入れず、門の脇に止める。

 ヘルメットを取り家に入ろうかとバイクを降りた時、背負っていたデイパックからもぞもぞと『タマ』が這い出てくる。そして「キュッキュウ!キュイ!」と俺に何事か告げてきた。

 俺は直ぐさまタマと視覚を同調させる。

 視界に入ってきたのは部活帰りであろう妹の亜由美(中学制服Ver)&友人だろう数人の女の子と少し離れたところでカラス&ハトの大群に襲われている3人の男?だった。

 男達は鳥達を振り払おうと目茶苦茶に手を振り回しているが鳥達は素早く躱して逆に意外に鋭い爪で引っ掻き、嘴で突っつきまくっている。もちろん離れ際に糞攻撃も忘れない。

 なんていうか、実にシュールでホラーな光景だ。

 大昔のヒッチ○ック映画みたい。ウンコは余計だが。

 そして、しばらく呆然と見ていた亜由美が一緒にいた友人達とその場から走って行くのが見えたのでひとまず安心して同調を解除する。

 

 今回の事はもちろん俺がタマに指示してやったことだ。

 麻薬の売買を組織的に行っているであろう連中を正体を隠さず(隠せず?)に追っかけている以上、家族が狙われる可能性は十分にある。というかドラマやアニメとかでは定番だしね

 なので亜由美と母さんにはタマが使役した鳥達に監視と万が一の場合の護衛をしてもらっていたのだ。

 タマ単体だと数十メートルしか使役できないので俺が側で魔力を供給して範囲を広げる必要がありデイパックに入れて一緒にいたというわけ。

 勿論、護衛は亜由美と母さんだけではなく、俺と親しく且つ今回の件にも多少の関わりのある茜にも付けてあるが、茜の場合はバイク持ちで行動範囲が広いのでタマではなく『影狼』を茜の影に潜ませてある。

 そして、さほど間を空けることなく影狼からも警戒の信号が召喚獣と繋がる魔力パスを通して伝わってきた。

 

 茜の方にも何かあったらしい。危機的状況になるまでは影狼に手出しはしないように言ってあるが、まぁ大丈夫だろう。一応合宿の時に渡した『障壁』の付与付きネックレスも身につけているようだし、万が一の場合は影狼が守ればいい。

 それにしても、どうやら連中はこちらのことをしっかりと調べているらしい。

 おそらく人質にでもするつもりで狙ったということだろう。とすれば直ぐにでも俺に直接接触してくるはずだ。

 

 俺は最近常に展開するようにしている『探査』の範囲を広げて周囲を確認してみる。

 凡そ100メートルほど離れた位置にこちらを伺うように2人の人間が居る。そしてその更に後ろに2台の車に複数の人間が乗っているのが察知できた。

 う~ん、こっちに帰ってきて結構感覚が鈍ってるな。こんなに近くに居るのに今まで気がつかなかったなんて、向こう異世界にいたときには考えられないほどだ。

 ちょっと気を抜きすぎてたか。少しは鍛えた方が良いかもしれん。

 

 何気ない風を装いながら俺はバイクをそのままに歩いて5分ほどの所にある公園に移動する。

 住宅地の中にある比較的小さな公園の入口横に設置されている自販機で缶コーヒーを買い中に入る。

 公園は周囲に木が植えられていて内側は広場になっている。昔は滑り台とかジャングルジムなんかが置いてあったんだけど、数年前に撤去されてしまった。子供が怪我をしないようにだと。ちょっとアホらしいと思うのは俺に子供がいないからなのかね。

 まだ暑いからだろう、公園の中には人が誰もいない。もう少しすれば犬の散歩をする人が来るだろうが、しばらくは大丈夫だろう。

 木陰に設置されているベンチに座りながらコーヒーを飲む。

 喉が渇いている時にコーヒーを飲んだのを少し後悔しつつ周囲を探り続けていると公園の2カ所ある入口を塞ぐようにミニバンタイプの車が止まり、中から男達が出てくる。先行して俺を監視していたと思われる男2人も合流したようだ。

 全部で10人。服装に統一感は無いが、どいつも少々ガラが悪そうだ。

 男達が近づいてきたのでベンチから立ち上がる。

 

「柏木裕哉ってのはアンタかい?」

 一番手前にいた男が話しかけてきた。

「そうだけど、おたくらは?」

 俺がそう尋ね、男が答える前に俺のスマホが着信を知らせてきた。

 ポケットからスマホを取り出し画面を見るも発信者は非通知。

 ……随分と芸の細かいことで。

 男の顔を見ると、顎をしゃくり電話に出るように促す。

 しょうがないこの茶番にしばらく付き合うことにしよう。

「もしも~し?」


「はじめまして。忙しいところ申し訳ない。少し話をしたいのだがいいかな?」

 俺の適当感溢れる応答に電話口から男の落ち着いた声が聞こえた。

 声から判断するに歳は20代後半から30代位かね。物腰は丁寧だが声音に人を小馬鹿にするようなものを含ませている。

「構わないさ。アンタのお友達も大人しく待っててくれるみたいだしね」

「話が早くて助かるよ。ちょっと君と落ち着いたところでゆっくりと話をしてみたくてね。彼等を案内として行かせたんだ」

「案内、ねぇ。んで? 茜の身が大切なら大人しく招待を受けろってか?」

「……驚いたね。ますます君に会って見たくなったよ。それで、招待を受けてくれるかな?」

 男は素で驚いたような声を出す。

 とはいえ、尻尾が掴めなかった連中の折角の御招待だ。受けないという手は無いだろう。

 

「ああ。勿論応じさせてもらおう。それで、茜は?」

「丁重にもてなしているので心配いらないよ。彼女、工藤茜さんだったかな?も君が来るのを心待ちにしている。勿論、指一本触れていないので安心して欲しいね」

「そう願いたいね。それじゃあ直ぐにそっちに行くから首を洗って待っててくれ」

「……クッ、フフフ。楽しみにしているよ」

 男は俺の言葉に心底楽しそうに笑うと電話を切った。

 俺はスマホをポケットにしまい、周囲を囲んで待っていた男達に向き直る。

「聞いての通りだけど、何処に案内してくれるんだ?」

 先程声を掛けてきた男が止めてある車の方を顎で示しながら「こっちだ」と促し先に立って歩き出す。

 おとなしく俺もそれに続く。

 

 入口の少し手前で男が立ち止まり、不意に振り返りつつ俺の鳩尾目掛けて拳を打ち込む。

 俺はそれを察知しながらも敢えてそのまま受ける。

 ドスッ!

 鈍い音が響き、男の顔が一瞬喜悦に歪むが直ぐにそれが驚愕に、そして苦痛のそれに変わる。

 俺の腹を殴った男の拳にはメリケンサックだっけ?が嵌っている。いつの間に装着したのだか素早いことだ。が、それが潰れて指にめり込んでいる。

 うん、結構痛そう。指折れてそうだし。

 俺がしたことと言えば、ただ腹筋固めて迎え撃っただけなんだけどね。

 衝撃は、う~ん、ゴルフボールを軽く腹にぶつけたくらいにしか感じられなかった。もちろんノーダメージ。ナイフとかだったら流石に避けるけど、ステータス差を考えると鈍器程度じゃ避ける必要すらないしな。刃物でも多分大丈夫だとは思うけど、万が一ってこともあるし、痛いの嫌じゃん。

 

 手を押さえて蹲る男に、周囲は一斉に殺気立つ。

 思うに、最初に一撃して立場を理解させた上で連れて行こうとしたんだろうけど、生憎と俺は連中の理解できる範疇に収まっていない。

 大体、指が潰れた位で蹲ってるようじゃ向こう異世界の並程度の冒険者や兵士にすら相手にならない。

「テメェ! 逆らう気か!」

 残った連中がいきり立つ。

 おとなしく付いていってやろうかと思ったけど、どうせやることが早いか遅いかくらいで変わらないから、少しは数を減らしておくか。めんどくさいし。

 

 公園全体を覆うように『認識阻害』と人が近づけないように『結界』を張る。

 俺の家のご近所なので騒ぎを起こしたくないのだ。これでも一応世間体ってものを気にするのよ。

 俺の態度から不穏なものを感じたのだろう。男達はそれぞれ警棒やらメリケンサックやらナイフやらを取り出して構える。

「女がどうなっても良いんだな?」

 一人がそう脅しを掛けてくるが動じない。

 茜がもっているネックレスは危機が迫ると自動で『障壁』を展開するし、影狼は普通の人間にどうこうできるような魔獣じゃない。例え自動小銃あたりを持っていても問題ナッシングである。

 とはいっても早めに茜を迎えに行くに越したことはない。事情を知らない茜は不安でしょうがないだろうしな。

 なのでさっさと終わらせよう。

 俺は蹲る男は放っておいてとりあえず一番近い奴の前に出るとそのまま手にしている警棒ごと蹴り飛ばす。警棒がへし折れて腕の骨が折れる感触と音が響く。

 蹴られた男は吹き飛び地面を数度転がり呻く、が、折れたはずの腕は何も無かったようにそのままだ。

 

 いや、俺も色々と考えたのよ。

 いくら悪党とはいえ、この法治国家である日本で相手を骨折だの内臓破裂だのをさせていたら流石にいつか捕まるし必ず正当防衛が認められるとも限らない。なので、相手を殴り飛ばしても怪我してなきゃいいんじゃね?って思って、『治癒』魔法を掛けながら殴ることにしてみた。

 そうすれば怪我した直後には治癒するし、痛みや衝撃は確実に与えられる。

 例え相手が訴えようにも痣一つ残ってないんだからどうしようもないだろう。

 そう考えて麻薬の売人相手に実験をしつつ聞き込みをしてたんだよ。

 結果は中々上々である。

 

 そんなことを思い出しつつ、他の連中も次々と殴り、蹴り、潰して行く。

 当然直ぐに怪我が治るので一度倒れても向かってくる奴はいる。

 が、どんな相手でも数回それを繰り返せばまず心が折れる。

 何せ治ってるだけで、ダメージ自体は重なるし痛みもある。加えて自分の攻撃は何一つ通じない。武器も簡単に破壊されている。

 結局誰一人として逃すことなく、10分程で全員が恐怖の表情を浮かべながら身を縮める事になった。

 最初の奴? 何もせずに放置してたけど同じように蹲ってるだけだった。勿論怪我も治してないよ? だって、アレは自分でやったやつだし。

 

 向かってくるのがいなくなったので改めて周りを見渡す。

 うん、良い具合にみんな精神的に潰れてるみたい。

 ついでに連中の情報を聞き出そうと一歩踏み出すと、目があった奴は一様に頭を抱えて蹲りガタガタと震えだした。

 ……ちょっとやり過ぎたか?

 これでは質問(尋問?)も出来そうにない。

 どうしようか迷ったが、どちらにしても茜と影狼を通じて居場所は察知出来ている。先程の電話の男の口調からも連中のリーダーかそれに近い立場の人間であろう事は間違いなさそうだし、詳しいことはその男に聞けばいいか。

 そう自分の考えをまとめて公園に展開していた魔法を解除してその場を後にする。

 男達? んなもん放置だ。放置!

 

 さて、それじゃあ、お姫様を迎えに行くとしましょうかね。

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